ミッファーは彼の帰りを、とてもとっても待っていた②
「いつもなら二ヶ月ぐらいで帰ってきてた! こんなにボクを待たせなかった!」
涙目で避難を浴びせてくるミッファーの勢いに、ヴルフは少したじろいでしまう。
「あ、いや。そうは言ってもだな北方の方が現場だったし、そもそも往復で二ヶ月かかるって説明してたじゃねーか」
「じゃあちゃんと二ヶ月で帰ってきてよ! 半年とは聞いてなかったもん!!」
「お前無茶言うなって。氷河巨人の群れの討伐に俺一人だなんてそりゃ、時間かかるに決まってんだろ」
「そもそもそんな頭のおかしい依頼を易々と引き受けたヴルフが悪いんでしょう!? ヴルフが居ないとボクおしゃべりできる人居ないし買い出し行ってくれる人もいないし団長は権限を行使して勝手にこの部屋に入ってこようとするしそしたら他の女性団員が勝手に嫉妬して嫌がらせしてくるし! ソレにどんどん魔力無くなっていくから、着る物も維持できなくなってくるし!」
「ああ、だからお前素っ裸なんだな」
改めて、ミッファーの姿を確認するヴルフ。
幼さが残る顔に、額で綺麗に揃えられた黒髪。
小さな肩に形が良く張りのある大きな胸。ちょっとだけぽっこりしている腹は普段からだらしない生活を送っているせいなのか。
肉付きはあるものの身体の小ささ故に太く見えない脚など、こんな事態でなければ肉欲に溺れてむしゃぶりつきたくなるほどだ。
「他の団員から精気、貰えなかったのか?」
「ボクが誰にでも股を開くお安い女だとでも思ってんのかキミは! 嫌だもん! 他の男から精気なんて貰うぐらいなら死んだ方がマシだもん! て言うかこの部屋に入れたくないもん! 怖いもん!」
「でも背に腹は変えられんだろうに。実際死にかけてたみたいだし。大変だよな淫魔って」
これだけ元気ならもう心配いらないだろうと胸を撫で下ろし、ヴルフは肩の力を全力で抜いた。
「ヴルフは根本的に勘違いをしている! ボクは純粋な淫魔じゃ無いから、別に精気だけ吸って生きてるわけじゃ無いし、純粋な人よりもエネルギー効率が良いんだ!」
この見た目だけなら清楚な美少女であるミッファー・リリアムは、何代か前の祖先が淫魔の、いわゆる『先祖帰り』の半亜人である。
淫魔ほど魔に近くは無いが、人よりも淫の気配に敏感で、更には異性の精気を取り込む事で際限なく活性化するという特性を持つ。
彼女が淫魔の特性を発現したのは、今から三年前。
14歳という若さで魔導院最高峰の称号『賢者』を取得した、その直後の話だ。
理性とは裏腹に本能で男の精気を求め疼いてしまう事を忌避した彼女は、その優秀な頭脳と魔導の腕を持ってして独自の理論を構築。
自然界にある微量の魔力を身体に取り入れ、己の物とする魔法陣を開発した。
本来なら十数人の魔術師が然るべき年月と莫大な予算をかけてでしか成し得ない偉業である。
これは彼女が銀の絆に在籍している理由にもなるのだが、その話はいつか述べるとしよう。
「ちゃんとご飯食べてちゃんと寝て、あとはちょっとだけ我慢すればソレでいいの! ボクが今まで精気を貰った事あるの、ヴルフしかいなんだからね!?」
「お前、人間嫌いだもんなぁ」
そう言いながら、ヴルフの視線は自らの胸部に移る。
先ほどから胸に縋り付くミッファーの、他の部位よりちょっと硬い魅惑の突起を服の布ごしに感じとってしまったからだ。
借金の事やミッファーの安否の事でいっぱいだったヴルフの脳裏に、ムクムクと『何か』が鎌首を持ち上げ初めていた。
「人間嫌い、じゃなくて。人間怖い、だから!」
そう、彼女は大の人間恐怖症であった。
ソレはクランのメンバーですらまともに対面できないほどで、気配に怯え、声に震え、顔を合わそうもんなら悲鳴をあげて失神するほどだ。
そんなミッファーがなぜヴルフだけに普通に接する事ができるか、だが。それはまた、別の機会で語らせて貰おう。
「えぐえぐ……もう備蓄してた食料も尽きかけてきてたから、体内に残ったヴルフの精気をなんとかやりくりして今日まで生き延びて来たんだぞ! 謝れ! 遅くなってしまった事をボクに謝って、優しく抱きしめろ!」
本当に辛かったのだろう。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れた顔を、ヴルフの胸板にグリグリと擦り付けて抗議するミッファーはどこか必死である。
「お、おう。すまんかった?」
多少その理不尽に疑問を抱きつつも、ヴルフは素直に非を認めて謝罪する。
別にヴルフにミッファーを養う義務などないのだが、この銀の絆でミッファーの面倒を見ていたのはヴルフだけだ。
他の団員に心開かず、特に男性メンバーに対してまるでこの世の終わりが来たかの如く怯えるミッファーにとって、頼れるのはヴルフしか居なかった、とも言い換えられる。
「気持ちが篭ってない! あと頭ちゃんと撫でて!」
「わ、わかった。ごめんなミッファー、帰るのが遅れちまって、本当に申し訳ねぇ。この通りだ」
その細く手触りの良い黒髪を、頭頂部から背中にかけて指を通して撫でる。
ついでにすべすべな肌にも触れてしまい、また一つヴルフの中のムクムクとした『何か』が肥大していく。
だだ基本真面目なヴルフは、それを理性で押し込む。
今はそんな事に時間を費やしている場合では無いのだと、あんまり頭がよろしく無いヴルフにだってわかるのだ。
「……んふー♡」
満足そうに鼻息を荒く吐いて、ミッファーはスリスリとヴルフの肩口までよじ登った。
「そう、それで良いんだ♡ はぁ、幸せ♡」
接触や体液からでも微量ながら精気を摂取できるのも、淫魔の特性の一つだ。
だからミッファーは、ヴルフと共に居る時は必要以上に密着したがる。
「ところで、ヴルフ。こ・れ♡」
ミッファーは身体を少しよじらせてスペースを空けると、細く長い指先でヴルフの下腹部をツツーっとなぞる。
そのまま肩に顎を乗せ、ヴルフの耳元に小さい唇をそっと添えて、ミッファーは蚊の鳴き声よりもか細く呟く。
「……半淫魔のボクにソレ、隠し通せると思った? 良いよ。ボクも、お腹ペコペコだ・か・ら♡」
性愛を糧に生きる淫魔をルーツとしているせいなのか、ミッファーの口から放たれる言葉に、妖しいイロが纏わり付いた。
ヴルフの鼓膜から侵入し、脳から搦めとるようなそのネバついた声。
理性に容易く侵食し、全てを桃色に書き換える何よりも恐ろしい魅了の言葉。
「……後悔すんなよ」
「やん♡」
フリル満載のピンク色のベッドに、ミッファーをやや乱暴気味に押し倒すヴルフ。だがミッファーは痛がったり怖がったりもせず、嬉しそうに鳴いた。
「後悔? ボクが? するわけないじゃん。ほら、おいで♡」
両手を広げ、蕩けた笑みを浮かべ、その滑かで淫靡な肢体を何も隠す事なくヴルフを招く。
抗いがたい欲情は、ミッファーの淫魔としての最大の特性である『魅了』に惑わされているからだ。
(まぁ、今日は疲れたしなぁ)
銀等級の冒険者として経験を積んでいるヴルフには、各種精神操作系の魔法に対する術ももちろん持ち合わせている。
だが単純な魔力の量では純粋な魔法職であるミッファーとほとんど魔法が使え居ない戦士職のヴルフとでは蟻と竜ぐらいの差があるので、もちろんなんの抵抗もできない訳だが。
冒険者が徒党を組むべきはそういう所に理由があるのだが、今は論ずるべき時ではない。
「お互いさ、何か色々溜まってるみたいだし♡ 先ずはスッキリしてからにしようよ♡」
目元をとろんと落としたミッファーは待ちきれない様子で、両足をヴルフの腰に巻きつけてその身を寄せる。
「ボク……もう我慢できないよ♡」
「さいで」
こうなった以上これは必要な事だと己を騙し、ヴルフは深く深くミッファーの身体へと潜っていくのであった。





