ミッファーは彼の帰りを、とてもとっても待っていた①
「ミッファー!」
クラン本部の扉を勢い良く開き、ヴルフはそのまま大ホールを抜けて奥の通路へと飛び込んだ。
すでに集まっていた借金取り達は解散していたようで、先ほどまでの喧噪は嘘みたいに収まっている。
「ミッファー! お前、居るんだろ!? 返事をしろ!」
このクランで数少ない、『普通』に会話のできる友人。
そんな彼女の名前を呼びながら、廊下を走り抜け角を曲がり、目を凝らして『入口』を必死に探す。
「ちくしょうっ! めんどくせぇ【隠し部屋】なんざこさえやがって! これだから賢者ってやつぁ!」
小さめの部屋から順番に飛び込み、四方の壁を必死にペタペタと触りながら、ヴルフは悪態を吐く。
全く人の気配を感じないこの銀の絆クラン本部。
所属メンバー、団長以下六十四名。
あれだけの大所帯が毎日ひしめき合っていたとは思えないほどにこの本部は荒廃していた。
積もりに積もった埃と、空き巣にでも入られたのではないとばかりに荒れた室内。
どう考えて誰かが居るとは思えないが、それでもヴルフは確信を持って彼女を探し続ける。
その殆どが魔導院を出自とする魔術師の中でも、人並み外れた成績と業績を認められて賢者と名乗る事を許された天才。
それがヴルフが探している少女、『ミッファー・リリアム』だ。
魔導を司る者は総じて学者肌故に、殆どが自らの研究室を所有している。
研究成果を漏らさぬようにと、自らの魔法で何重にも防犯を施す事も珍しくはないが、ことミッファーの研究室は特殊すぎる。
魔法により空間を一度外部より完全に切り離し、ある程度限られた敷地の中に完全にランダムで『入口』を移動させる。
つまり決められた場所に部屋は無く、ミッファーが望めば誰も入る事叶わず、むしろ誰にも入って欲しくないから入口を設置しない。という芸当ができる。
「聞こえてんだろミッファー! 俺だ! ヴルフだ! 『部屋』を開けてくれ!」
団長・シルバー・ホプキンスの見栄のおかげで、この城塞都市でも一・二を争うほど大きく建てられた銀の絆クラン本部。
三階建てのその建物は、貴族屋敷たるやと言わんばかりの敷地面積を誇り、ヴルフ一人で全ての部屋を確認しようとすれば半日もかかってしまうだろう。
「ミッファー! おいミッファー・リリアム!」
だからヴルフは入口を探し回る事を諦め、大声で彼女の名前を呼んだ。
まだ生きていれば、その声に反応してくれるはず。
「ミッファー──────あ」
本部内を一周し大ホールに戻ってきたヴルフは、部屋の一番奥の角にソレを見つける。
淡く緑色に輝く魔法の光に縁取られた、質素な木製の扉。
さっきまでは絶対に存在しなかったソレは、間違いなくミッファーの『研究室』に繋がる入口だ。
「ミッファー! 生きてるか!」
わき目もふらずにその扉を乱暴に蹴破り、ヴルフはミッファーの姿を血眼になって探す。
室内には乱雑に置かれた木版や、高価な書物、古代魔法文明の残した巻物、形状からは効果が判明できない魔導具などが散りばめられており、そこそこに広いはずの室内をかなり小さく圧迫している。
「ミッファー! 返事をしろ! ミッファー!」
カーテンで仕切られた風呂桶や簡易便所まで暴いて探しても、ミッファーの姿は一向に見つからない。
不規則に並べられたいくつもの本棚で迷路と化した研究室の一番奥、寝所らしき場所にたどり着く。
「ミッファー! この馬鹿野郎!」
見つけた。
やけにミルキーなピンク色に統一された、レースと刺繍が施されたファンシーな拵えのベッドの上。
黒髪をまるで海に漂う海藻の様に広げながら、この部屋の主人ミッファー・リリアムがうつ伏せで倒れている。
なぜか、全裸で。
「おい! おいしっかりしろミッファー!」
慌てて駆け寄り、その体を乱暴に持ち上げた。
形が良く張りが抜群な両方の乳房がぶるんぶるんと波打つも、今のヴルフにソレを気にする様な邪念は一切ない。
「お前、いつからこの部屋に籠もりっぱなしなんだ! 飯を最後に食ったのいつだ! おい、ミッファー!」
着痩せするとは言え人よりも大柄で筋肉質なヴルフに比べて、ミッファーの身体はとても小さい。
力なく落ちる細い腕や脚の様子から、糸の切れた操り人形を連想してしまうほどミッファーは衰弱していた。
「ゔ、ヴル……フ?」
白い喉を震わせながら、ミッファーはか細い声でヴルフの名を呼ぶ。
「お、おお! 俺だ! 大丈夫か!?」
まだ声を出す気力が残っていた事に安堵し、ヴルフは笑みを隠さずに応える。
どうやら最悪な状態ではないらしい。
その生まれの特殊さ故に、普通の人間よりも食事をあまり必要としないミッファーだ。
いつからここに籠もりっきりなのかは定かではないが、なんとか命は繋げていたらしい。
「……バ」
「ん? なんだ!? 飯か!? 水か!?」
震える右手になんとか力を込めて、ミッファーはヴルフの服を弱々しく握る。
全てさらけ出された裸体を隠そうともする気力も無いのだろう。
身体に纏わりつく艶のある黒髪は、見る者によっては劣情を駆り立て我を忘れさせるには充分魅力的なのだが、幸いなことにヴルフはそうではなかった。
そして一度生唾を飲み込み、大きく深呼吸をして、ミッファーは目尻から一筋の涙を流してこう告げた。
「ばかぁああああ! 帰ってくるの遅いぃいいい〜! ばかぁああ! ヴルフのばかぁああああああ〜!」
まるで駄々を捏ねる子供の様に、ミッファーはぐずぐずと泣きながらヴルフにしがみ付いた。





