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ようこそ地獄の借金生活へ!③


 「は? え?」


 目の前に広がる現実に、認識が全く追いついていない。


 ヴルフの前に広がっているのは、(おびただ)しい数の羊皮紙の束だ。

 ところ変わってここはアーハント冒険者組合(ギルド)本部。

 二階建てのその大きな建物の二階中央に位置する、組合長執務室(マスタールーム)だ。


 すでに差し押さえられ、抵当に入ってしまった銀の絆(シルヴァスタ)本部では、あまりにも人が多いとアウロ組合長の指示で場所を変え、ここに連れてこられた。


 ペネロピが言葉も無く執務机に広げた、高さにしてヴルフの手首から肘ぐらいまであるこの束はすべて借用書である。


「こちらが武具や魔法具を調達していた南方商人商会サウス・マーチャント・ギルドの3年分のツケ。こちらは他国や他の地方で借り入れた遠征用の馬の使用料。そこにまとめてあるのは地税の滞納分。ああ、各集落で飲み食いした分は飲食と宿泊費で分類しております。本部改築費用もまだ全額払い終えてませんし、これなんか都の娼館の未払いですね。あとはこっちが──────」


「待って! 待ってくれペネロピ! お願い待って!」


 一枚の羊皮紙に刻まれた数字の一つ一つの桁が大きすぎて、ヴルフの脳に全然入り込んでいない。

 武具の修理費や馬の餌代、貴族へ贈答する花や調度品の代金などなど、バリエーションに富んでいる。


「──────これが、貴方が支払うべき借金の大体の内訳です。ここから差し押さえた物品の鑑定が済み次第、その金額が日付の古い順に支払われていくんですけど。大体十分の一ってところでしょうか」


「なっ、なんで俺が払わないといけないんだっ!?」


 そもそも、ヴルフは銀の絆(シルヴァスタ)の只の平団員だ。

 その上、毎年クランに少なく無い年会費まで収めている。

 もっとも流通していて安定性のあるルファー銀貨にして18枚。

 冒険者としては銀等級。つまりこのアーハントで銀貨分の仕事を請け負えると認められたヴルフが、毎月真面目に貯金してまで支払っていた物だ。

 金貨なぞという高価な硬貨は年に一回、指名された大きな仕事の時じゃ無いとお目にかかれない代物。

 その一枚で三月(みつき)は遊んで暮らせる価値がある。

 多少のレートの変動はあるものの銀貨100枚分と同価値のそんな大金なんて、ヴルフの財布の中には一つも持ち合わせていない。


「なんでもなにも、貴方の債務だからです」


「んなわけ無いだろ! 俺はただの団員で、クランの財務は団長と副団長がしっかりと──────」


「無いんです」


「──────は?」


 ヴルフの激昂を冷静に遮って、ペネロピは一枚の羊皮紙をつまんで見せた。


「その団長、シルバー・ホプキンスの名前がどの借用書にも記載されていないんです、もちろん副団長であるアニタ・バーニッサムの名も」


「ん、んなアホな。一枚も?」


「ええ、一枚も。その代わりすべての借用書には、同じこの名前だけがサインされています。一枚の例外無く」


 人差し指で羊皮紙を弾きながら、ペネロピは借用書の一部分をヴルフの顔に近づける。

 流れるような筆記体で、明確にはっきりくっきり黒字でしっかり一切の綴りミスも誤字も無く書かれたその名前とは──────。


「──────俺?」


 ヴルフの名前である。


「はい。およそ4年前の春から、すべての借用書に貴方の名前が記されています」


「な、なんで俺? 俺ただの冒険者だし、どっかの店で買い物することはあっても、ツケなんか効くほど名も売れてないぞ?」


「……そこで、ワシが関わってきとる」


 今まで黙って窓の外から城塞都市の景色を見ていた黒光り禿げジジイ──────アウロ組合長がゆっくりと振り返る。


 目尻と眉を落とし、哀愁漂う面持ちでヴルフの顔を見る。


「5年前、ソロの賞金稼ぎだったお前を冒険者に誘い、銀の絆(シルヴァスタ)に推薦したのはほかでもない、ワシじゃ。シルバーはそれを利用し、ワシの認めた冒険者という名分を用いて方々に借金をしておったらしい」


 この南方の冒険者を束ね、各クランへの依頼(クエスト)の平等な分配や斡旋を生業としている冒険者組合(ギルド)は、信用という点に於いては王家に匹敵する力を持つ。

 その長であるアウロ組合長の名前を出せば、ほとんどの組織から高待遇が受けられるほどだ。

 もちろん正当な関係性を証明しなければならないのだが、銀の絆(シルヴァスタ)はこのアーハントでそれなりに名の通ったクランだ。

 まさか借金を踏み倒すなど、どこの組織も考えすらしなかっただろう。

 なにせクランの羽振りは良いように見えたし、実際5年前までは滞りなく支払いをしていたのだから。


「だ、団長がそんなこと」


「現にしておるじゃろうに。彼奴(あやつ)の本性を見抜けなかったワシの落ち度も多分にある。なので今回、責任を感じてお前を庇いだてておるのじゃ」


 そう説明されても、ヴルフには到底信じられない。

 クラン団長、シルバーはヴルフの目から見ても人格者であり、一冒険者としてもかなりの手練れであった。

 団員には皆分け隔てなく接し、いつも明朗快活で物腰も柔らかく、言葉に説得力もあった。

 とてもじゃないが、ヴルフに借金を押し付けて行方をくらますような人間とは、今を持ってしてなお思えないのだ。


「時に、これは確認なのじゃが」


 二、三度ペネロピとアイコンタクトをとったアウロ組合長が、執務机の引き出しから眼鏡と新しい書類の束を取り出してヴルフに問う。


「お前さんが今朝まで行っとった依頼(クエスト)なんじゃが、ワシらに届いてる申請だと六名と記載されておる。なんでまた一人で行っておったのじゃ?」


「え、いや、俺は最初から単独(ソロ)指名って聞いてたけど」


「んなわけあるか。北方冒険者組合からの応援要請じゃぞ?」


「そ、そんなこと言われても。俺に来る指名なんて単独(ソロ)しか無いし」


 ヴルフはクランに入ってからの五年間、一度も他の団員と仕事をしたことが無い。

 ほとんどが巨獣の討伐だったり、肥大化した魔物の群の殲滅任務だったりで、常に一人だけで行動してきた。

 不思議に思った事は無い。

 ヴルフの『戦い方』では、誰かと連携を取ったり拠点を防衛したりはとてもじゃないが向いていないと自覚しているのだ。

 

 むしろ足を引っ張りかねないし、最悪ヴルフ自身の手で仲間を傷つけかねない。


 だからヴルフはクランが仕事を選んで配分してくれる事がとても有難かった。

 どこのクランにも属さない個人の冒険者は、皆一様に仕事を取ってくる事が苦手だ。

 いくら組合(ギルド)が斡旋してくれるとは言え、その分母にはどうしたって限りがあるし、冒険者の数は日々増減する。

 もしそんな細々とした依頼をこなしてもその日の宿代で消えてしまい儲けにならず、廃業してしまう者だって居るのだ。


「……単独(ソロ)指名? なんじゃそれは。ペネロピ、少し──────」


「もう調べ終えております。組合長(マスター)


「い、いつにも増して仕事が早いのう。さすがはペネちゃんじゃ」


「不快なのでその呼び名はやめてくださいと何度も申し挙げております。あの件、本部へと告発されてもよろしくて?」


「す、すいませんでした」


 黒光りした筋肉を盛り上がらせた巨大な髭面の老人が、本気で頭を下げている。

 一体どんな弱みを握られているのか。

 茶番じみたそのやりとりも、普段なら笑って見ているであろうが、今のヴルフはそれどころじゃ無い。

 また何か、自分に取って寝耳に水な事実が突きつけられてしまうのでは無いかと内心大荒れである。


「まず最初に申し上げますのは、ヴルフ。貴方への指名依頼など組合(ギルド)は一度も受注した事なんてありません」


「──────は?」


「そしてこれは私が独自に調査した結果判明したのですが、貴方がこの五年間こなしてきた依頼(クエスト)はすべて大規模討伐依頼(レイドクエスト)。本来はクラン総出で挑むべき高ランクの依頼(クエスト)です」


「なんと!!」


 ペネロピの報告を受けて、アウロ組合長は大きなリアクションで憤る。

 一方当のヴルフはと言えば、あまりにも予想外すぎる言葉に一周回って冷静になってしまった。


 思い起こせば、確かに変だ。

 単独(ソロ)依頼(クエスト)なのに依頼人に会った事など一度もなく、報酬はいつだって組合とクランを通してでしか受け取れなかった。


 いざ現地に行ってみたら、補給もままならない過酷な環境で単身ジリ貧に追い込まれることも少なくなかったし、大体にして必ずと言っていいほど遠方へと駆り出されていた。


 今まで頭の片隅にあった数々の腑に落ちない事が、物凄い速さで組み合わさっていく。

 まるでバラバラだったパズルのピースが、手足を生やして勝手にあるべき場所に飛び込んでいくように。


「な、なんで。そんなことが」


 そう。

 最終的にはソレである。

 なぜクランは、そんななんの利益にもならない事をさせたのか。

 単独でなくクラン全員、もしくは精鋭を送り込めば、討伐も楽に終わらせられるそ依頼(クエスト)は早期に達成できて次の仕事も受注できる。

 ヴルフが一人で頑張る意味は、実力と経験を積むぐらいの方便しか存在しないのだ。


「これは私感ですが…………いえ、もうほとんど確信しているのですが。ヴルフ、貴方本当は──────」


 ペネロピはここにきて初めて、まるで哀れな子供を慈しむような表情でヴルフの顔を見る。

 何がなんだかさっぱりなヴルフはそんなペネロピの顔を見て、『ああ、やっぱり美人だなぁコイツ』などと現実逃避した。


 そしてペネロピは、なぜだか唇を強く噛み締め、そして震える声でこう告げた。





「──────みんなから、虐められてたの」



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