ヤァム・リャーはソレが欲しい①
「さて、と。どうすっかな」
「今真っ最中かも知れないんだよね?」
薄くボロボロな木製の扉の前まで来て、ヴルフとミッファーはお互いの顔を見ながら困り果てていた。
紹介されて来たは良いものの、相手は下の酒場で男を漁って部屋に連れ込んでいる。
つまり中では、一夜限りの享楽的な男女の遊びが行われている可能性が高い。
もしかしたら絶賛クライマックス中であり、そのタイミングで扉をノックしようもんなら興醒めも良いところ。
自分達がシてた場合に置き換えても、あまり好ましいとは思えない行為だ。
「終わるまでここで待ってるか?」
「いつ終わるかわかんないじゃん」
「じゃあ、お前ノックしろよ」
「や、ヤダよ! なんでボクが!?」
「俺だって嫌なんだが……ん?」
そこでヴルフは、扉の奥から声が漏れている事に気付いた。
扉の厚さのせいでくぐもってはいるが、間違いなく男と女の声だ。
「ん? んー?」
「ちょ、ちょっとヴルフ! 盗み聞きするなんてダメだってば! 御行儀が悪いよ!?」
人の行為に聞き耳を立てるなど行儀が悪いどころの話ではなく、下世話で野暮な行為である。場所が場所なら犯罪にもなってしまおう。
「あ、いや。なんかそんな色っぽい感じの声じゃねぇぞこれ」
「え?」
「ほら、お前も聞いてみ?」
「え、あ、うん。い、良いのかな」
良くは無い。
「え、えへへ。なんかこっちが恥ずかしくなっちゃうねこれ」
顔を赤らめて歯にかみながら、ミッファーは扉に右耳をつけて中の音を盗み聞く。
この少女、普段は真面目で勤勉な引き込もりなのだが、やはり半分が淫魔故に性に関する知識に興味しんしんである。
つまり、むっつり。
ヴルフも同じ様に左耳をつけ、まるでミッファーと向き合う様にして盗聴を始めた。別に向き合う必要は全くない。二人は仲良しだ。
『……めっ……もう……だ……』
意識を耳に集中していくと、どんどんと中の様子が音として現れ始めた。
「おっ、男のひとの声だねっ! ボク、ヴルフしか知らないけど、男のひともアレの時声を出したりするんだねっ! ねっ!」
鼻の穴を大きくさせながら息遣い荒く興奮するミッファーが、ヴルフにしなくても良い報告をする。
「ミッファー、少し静かにしてくれ」
「ご、ごめんなさいっ」
目を爛々と輝かせて謝れても、あまり信用できない。
口を閉じる代わりにふんふんと鼻で息をするミッファーの姿に結構な心配を抱きつつも、ヴルフは再び耳に意識を集中させた。
やがて経験と積んだ冒険者としての研ぎ澄まされた聴力が、部屋の中の音をヴルフの耳へと集める。
『ほらほらっ、もう少し頑張ってよぉ』
『もっ! むっ、無理です! お願いしますもう無理なんですぅ!』
『なぁにぃ? 下で口説いて来た時はあんだけ大口叩いてたのに、もうダメなのぉ? なっさけなぁい。朝まで寝かせないとか言ってたじゃぁん』
『ひっ! 指、入れるのやめっ! あぐぅっ! ダメだって! もう出ないからぁ!』
『ほらほら、あんなんじゃちっとも満足できないんだけどぉ? その気にさせといてお預けとか、酷い話だよねぇ?』
『おっ、俺が悪かったですっ! 誰か助けっ! んひぃっ!』
聞こえて来たのは予想していた桃色で艶のある声じゃなく、しゃがれてカスカスの悲痛な声。
ミッファーにもそれは聞こえていた様で、ヴルフとお互い目を丸くして見つめ合う。
「え、えっとミッファー。これ、ノックしても良い奴だわ」
「う、うん。ボクもそう思う」
なんとなく居心地が悪くなり、二人して立ち上がって服を直してみたりする。
「こ、こほん」
二人の間に流れるこの空気をどうして良いか分からず、ヴルフはとりあえず軽く咳を払った。
「じゃ、じゃあ」
「よ、よろしく」
ミッファーの了承を得て、扉を三回ほど大きめにノックする。
「すいませーん」
『だぁれ〜? 今忙しいんだけど〜』
扉越しのヴルフの声に、部屋の中から返事が帰って来た。
語尾を伸ばした甘ったるい声。
まるで湯気を上げる熱したトロトロのシロップを連想するその声は、女性のものだ。
「あー、えっと。ちょっと話があるんだけど、少し時間貰えないかな」
『おっ、なんだか良い男っぽい声じゃぁん。ちょっと待っててねぇ。今開けるぅ』
『たっ、助けてくれぇ!』
『あんたうるさぁい。なんだ元気じゃぁん。本当はもっとイケるぅ?』
『ひっ、むっ無理だからぁ!』
『どれどれ〜』
『あっ、あっ、あっ、あっ、あぁ! いぎぃ!』
『あっ、勿体なぁい。もうちょっと我慢しなよぉ。ほれほれ〜』
『がっ、あうっ! あおっ! あぉおおおんっ! あおっ! ひぎゃあ!』
『う〜ん。もう無理かなぁ。出るけどふにゃふにゃあ〜」
一体中で何が行われいるのか、ヴルフは考えるのも恐ろしくなって想像するのをやめた。
ミッファーも少し怖いのか、ヴルフの外套の中に自ら包まってその腕を抱く。
『駄目かぁ。おっとぉ、お客さんお客さん〜っと。ほら、アンタは解放してあげるぅ』
木製のベッドがキシキシと軋む音と一緒に、得体の知れない金切音も聞こえてくる。
「な、なんの音かな?」
「さ、さぁ? でもなんとなくだが、ロクでもねぇ物の音な気がする」
「ボクもそう思う……」
ミッファーと二人冷や汗を掻きながら、扉が開くのを待つ。
衣擦れの音が何度か聞こえて来て、やがて扉がゆっくりと開いた。
「お待たせぇ。あら、本当に良い男じゃぁん。入って入ってぇ」
出て来たのは、金の細い髪をサイドに括った、目鼻立ちくっきりとした森人美人。
大きく長い尖った耳がとても目立ち、誰が何をどうみても森人だと一目で分かる容姿をしていた。
背は高く、ベッドのシーツと思われる布で隠された体は細身。
肉質はあれど腕も足も長く、そして目が冴えるほどに真っ白い。
「あれ? 彼女も一緒ぉ? ん〜まぁ良いや。その子とっても可愛いし、三人でスるのなんて久しぶりで燃えちゃうかもぉ」
しなっと身体をくねらせながら、森人の美女はミッファーに向けて妖しい笑みを向けた。
「えっと、取り込み中にすまん。俺はヴルフ。こっちがミッファー・リリアム。冒険者をしている」
「ど、どうも」
本当に扉を潜って良いのか迷いながら、ヴルフの紹介に従ってミッファーがぺこりと頭を下げる。
「あらあら、ご丁寧にどうもぉ。ワタシはヤァム・リャー。リャー氏族のヤァムよぉ? よろしくねぇ?」
そう言ってにこりと微笑むその顔だけは、清純で温和な森人に間違いなく見える。
だがその後ろのベッドに広がった光景が、ヴルフとミッファーの脳裏に警告信号を送り続けていた。
「あ、これ? 気にしないでぇ。ついさっきまで元気だったんだけど、失神しちゃったみたい。あとで外に放り出しておくからぁ」
両手両足を麻縄で縛られて天井から吊らされている男の存在を、どう気にしなければ良いのか。
ヴルフとミッファーにはそれが分からない。





