酒場で仲間を探そう!②
「ぴっ、ぴぃいいい」
「おいおい、大丈夫か? だから宿で待っとけって言ったのに」
「だだだ、だって、ボク今日は失敗ばっかりでヴルフに迷惑ばっかしかけてるから、だだ、だから、少しでも役に立た、たたないとって、おおお思って」
「無理しやがって。ったく」
左腕にしがみつくミッファーを外套で包んで隠し、肩を掴んでその身を支える。
城塞都市アーハントに幾つか存在する酒場。
その中でも二人が足を踏み入れたのは酒も安価で味も下の下、その上素行の悪い冒険者やゴロツキ、日雇い労働者がたむろする場末の酒場だ。
二人が泊まっている安宿から歩いて五分。
都市中心部から離れており、歓楽街や貧民窟も近いこの酒場は夜にもなればどこからともなく人が集まり、いつも大賑わいだ。
「ようヴルフ、聞いたぜ? お前騙されたんだってな!」
6つある木製の円卓の内の一つを取り囲んでいた中の一人が、ヴルフの顔を見るや否や杯を掲げてニッコリと笑いかける。
無精髭に無数の切り傷をこさえたその顔は、お世辞にも整っているとは言い難く、酒に酔って赤らんだ顔のせいで更にくっきりと人相の悪さを際立たせていた。
「おう、ライリー。なんだお前ら景気良さそうだな」
「まぁよ! 大口の護衛依頼が終わったばかりでな!」
「ついさっき報奨金を山分けにしたんだが、こりゃ多分全部酒で消えちまうな! がはははっ!」
「俺ら下っ端冒険者にゃそれが関の山だ! おおいもっと酒持ってこーい!」
次々と話に割って入る、汗臭そうなむくつけき男共にヴルフは内心、安心感を覚えた。
冒険者は大体がこのように、日々を刹那的に京楽的に生きる者ばかりだ。
明日の飯さえ確保できればそれで世は事もなし。
貯蓄も何もあったもんじゃない。楽しければそれでよし。
「んで、ヴルフ。そのべっぴんはどーしたんだよ」
「ぴぃっ!」
外套に包んだだけじゃ隠しきれる訳が無い。
円卓を囲んでいた一人が目ざとくミッファーの姿を見つけ、ヴルフの外套を無遠慮にめくる。
「あボ、ボク、あの、ひぃっ、ヴルフぅううう」
顔を青ざめさせガタガタと震えながら、ミッファーはヴルフにしがみつく腕の力を更に強めた。
内心やはりとため息を吐きながら、ヴルフは自由な方の腕を上げて小指を持ち上げる。
「ああ、コイツはまぁ……俺の『これ』だ。こーゆうとこになれてないんでな。勘弁してくれ」
「あぁん!? テメェ借金抱えてるくせにこんなべっぴんな女作りやがったのか! 許せねー!」
「ぎゃははははっ! 許せヴルフ! こいつさっきそこの道で娼婦に酒断られて荒れてんだ!」
「ダッセェなお前! いやぁ! それにしてもヴルフに女かよ! こりゃまた、神造迷宮に雪でも降るんじゃねぇか!?」
謎の盛り上がりを見せる男達の姿に、ミッファーは更に身体の震えを強くする。
「んなわけねーだろ。ここの神造迷宮にゃ雪を降らせる魔物なんざいねーって。それよりライリー。ちっと尋ねてー事があるんだが」
酔っ払いの扱いに慣れているヴルフが上手く話を逸らす。
酒の入った人間にまともな返事を期待するのは無駄な事。
話半分に聞き流そうと軽い気持ちで問いを投げかける。
「ん? なんだ?」
ライリーと呼ばれた髭と傷の男は、自らが小さなクランを立ち上げた銀等級冒険者の中でも古参に位置するベテランだ。
腕こそそれほど良くないが、仕事と人格に関しては一定の評価を得ており、酒に弱い点を除けばかなり信頼できる男であった。
「ああ、今パーティーメンバーを探してんだ。どこのクランにも所属してない腕利き、知らねぇか?」
「パーティーメンバーったって、そりゃどこにも入れねぇチンピラならごまんと知ってるが。ちなみに適職は?」
「後衛向き。後詰も任せられりゃ充分なんだが」
「んじゃあ、中・長距離職か。んで、幾ら出す?」
これだから冒険者という人種は。
ヴルフは予想していた返答に呆れながらも、懐から自らの財布を出して、口を縛った麻紐も解く。
中からルファー銀貨一枚を取り出すと、ライリーに向けて親指で弾き投げた。
「お、羽振り良いじゃねーか」
「良いわけねーだろ。なけなしの銀貨だっつーんだよ。意味は分かってるよな?」
つまり言外に『これだけの額を出したんだから、騙しなんざ入れたら容赦しねぇぞ』と言っているのである。
「お前を敵に回すなんざ命が幾らあっても足りねーよ。しかしまぁ、学習したみたいだな」
「あんだけ信頼してた団長に騙されたからな。もうすっかり人間不信だよ」
「同情はしてやるよ。金は無ぇがな。んじゃ、この上の部屋を尋ねてみな」
ライリーは酒を煽りながら銀貨を手遊びで放り投げ、掴んだ手そのままに人差し指で天井を指す。
「上? なんだ、今お楽しみ中の奴か?」
この酒場に限らず、安さとガラの悪さを誇る場末の酒場はいわゆる『連れ込み宿』を兼ねている事が多い。
つまり『上』と言うのは酒場の二階であり、そこに居ると言うことはそれすなわち『致している最中』と言うことになる。
「二時間ぐれぇ前か? 若くて威勢の良い新人を誘い込んでたから、もう終わってんじゃねぇかな」
「ああ、あのクッソエロいエルフか! かー! 俺が先に声かけてたらなぁ!」
「鎮護の森の守護がこんなゴミ溜にいるなんざ珍しいよなぁ。俺も機会があれば、うひひひ」
ライリーの言葉に続いて男達が各々の感想を述べる。
その断片的な情報を元にして、ヴルフはおおよその人物像を思い浮かべた。
「森人の女?」
ヴルフ達が住むこのエルシュカル自由王国において、森人が生息しているのは王国の東方に位置する『鎮護の森』と呼ばれる聖域である。
森と共に生き、森と共に死ぬ長命種族である森人は極めて保守的な種族で、鎮護の森から出て生活している者は相当珍しい。
更に言えば、森の神に与えられた神大樹を守護し崇めている森人はそのほとんどが潔癖なまでに純潔に拘る。
こんな汚らしい酒場に立ち寄るなんて滅多な事じゃあり得ない。
「そいつ、腕は立つのか?」
「ああ、腕前だけは保証してやらぁ。ただし」
杯をこれみよがしに掲げ、ライリーはニタニタと嫌らしく笑った。
「どこにも属さね手練れなんざ、どいつもこいつも問題抱えてるか性格最悪な奴ばっかだ。ソイツもまぁ、オレの聞いた話じゃ、都のほうでやらかして南方に逃げてきたらしいしよ」
それに関しては、ヴルフも折り込み済みである。
なにせ自分もそうだったから。
単独よりも、どこぞのパーティーやクランに所属していた方が冒険者としては圧倒的に有利だ。
そうしないと言うことは、止むに止まれぬ事情があるか、協調性が皆無かに大別されるだろう。
「ん。あんがとよ。ちょっと当たってみるわ」
「おう! 頑張れよ!」
「お、俺のこと紹介しておいてくれ!」
「がはははっ! お前みたいな不細工なんざ紹介したら即で信用失っちまぁな!」
「あぁ!? テメぇもう一回言ってみろごらぁ!」
「なんだぁ!? 本当の事言われたぐらいでキレてんじゃねぇよ!」
「おいおいお前ら今すぐ喧嘩やめねぇと二人ともぶっ飛ばすぞ?」
ヴルフとミッファーの事など即で忘却し、男達は椅子から立ち上がると剣呑とした雰囲気に包まれた。
「ミッファー、聞いてただろ? 二階に行こう」
我関せずと男達から距離を取り、ヴルフは未だ自分の外套に包まれたままのミッファーに声をかける。
「ヴ、ヴルフ? あの人たち放っておいて良いの? うわっ、ついに殴っちゃった……」
すでに男達は三つ巴の殴り合いを初めており、その周りを他の酒飲みが取り囲んで囃し立てている。
「気にすんなって。いつもの事だから」
「そ、それなら良いけど。森人かぁ。良い人だと良いね」
「相手が亜人なら、お前もちょっとは平気だろ?」
二人は店の奥にある二階へと繋がる階段へと歩を進める。
「う、うん。それに女の人なんでしょう? じゃあ、大丈夫かなぁ」
ミッファーが恐怖を抱く対象は『人間』だ。
これはまた根深く重い理由があるのだが、これもまたいつか明かすとしよう。
「ボクが鎮護の森に住んでた時も居た人かなぁ。と言っても半年ぐらいしかあそこには滞在してないけど」
ヴルフの腕にしがみ付きながら、器用に階段を登るミッファー。
ヴルフからしてみれば歩きづらい事この上ないのだが、今腕を離されてパニックに陥られるよりマシだと判断し、何も言わない事にした。
「さぁな。まぁ、あんまり期待すんのはよそう。そもそも勧誘に応じてくれるかどうかもわかんねぇんだからよ」
「そりゃそうだね」
階下の物騒な喧騒から逃げ出すように、ヴルフとミッファーは二階へと進んでいく。





