ようこそ地獄の借金生活へ!①
あんまり危険な表現使わないよう注意しますんで、見逃してくだせえ
どう足掻いても絶望である。
いや、ヴルフは絶望に対する足掻き方すら知らない。
だから結果として、どうする事も出来ないで絶望している。
【オラァ! 居るのは分かってんだヴルフ! 出てきやがれ!】
【テメェもしかして踏み倒そうって気じゃねぇだろうな! あぁん!?】
クラン本部の正面扉が、今にも破れそうな勢いで叩き打ち鳴らされる。
以前に団長が大金をはたいて魔法付与工事を施工させていたので、この程度で壊れないのは頭では分かっているのだが、それでも不安になる音だ。
今にも破れそうなのは、ヴルフの我慢袋の方だ。
「あぁああああもう! うるっせぇなぁ本当に!」
ついにヴルフは吠えた。
吠えなくも良いのに吠えた。
自分の短所が短気だと自覚はしていても、もう1秒たりともヴルフは落ち着いていられなかったのだ。
【あっ! やっぱり居やがったなテメェ!】
【おらぁ! ルファー金貨にして十枚、耳を揃えて返してもらおうか! いや、せめて一枚でも良いんだ! じゃないと俺が親方に殺されちまう!】
【そんなのこっちだって同じだよ! ヴルフ、せめて顔を見せてくれよ! なんでこうなっちまったのか、理由を聞かせてくれ!】
扉の向こうで悲嘆にも懇願にも似た怒声が次々と起こり、やがてちゃんと声すら聞き取れない程大騒ぎとなった。
「そっ、そんなのこっちが知りてぇよ! 半年の単独討伐任務からようやく帰ってきたら、クランがこんな有様になってるなんざ、誰が想像できた!」
かつては多くの仲間で賑わっていた、このクラン本部の大ホール。
高価で贅沢な魔導具や、団長の趣味で集められた煌びやかな調度品で豪勢に飾られていたここも、今じゃ全て消え失せまともに埃すら拭われていない、まるで場末の酒場かの様に変貌している。
【な、なぁ。良いから説明してくれよ。この扉を開けてくれ。一度話し合おうぜ?】
【そうだぜヴルフ。俺らとお前の仲じゃねぇか】
【みんな知りたがってんだよ。銀の絆はこの街でもそこそこ有名な中堅クランだったじゃねぇか】
ヴルフは考える。
今まであまり使ってこなかった足りない頭で一生懸命に考える。
そうだ。今外に居るのは、どいつもこいつも本当は気の良い奴らばかりじゃないか。
鍛冶屋の倅に大工の見習い、酒屋の店主にクランが贔屓にしてた商会の徒弟。
皆馬鹿でどうしようもない粗暴な奴らではあるが、気前と気っ風の良い飲み友達だった。
自分が本当に困っているなら、多少の立場の違いはあれど手を貸してくれるはず。
それぐらいの友誼は深めてきた筈だ。
熱に浮かされた様にフラフラと椅子から立ち上がり、ヴルフは無駄に大きくて無駄な装飾品で飾られた扉へと足を運ぶ。
こつん、と額を扉に当てて、大きく深呼吸をした。
「──────怒鳴ったり、暴れたりしねぇよな?」
【もちろんだぜヴルフ! 俺たち友達だろ!?】
「──────武器持ってたり、縄持ってたりしねぇよな?」
【当たり前だぜ! 銀等級の戦士相手に剣を向けるなんざ、馬鹿のすることさ!】
「──────ほんとだな? 信じて良いんだな? 俺、今マジで泣きそうだからな?」
【大丈夫だヴルフ。怖くねぇ、怖くねぇって】
記憶の中の楽しかったあの頃が蘇る。
ほんの半年前、単独で依頼に旅立つヴルフの為に開かれた壮行会。
浴びるほど酒を飲み、声が枯れるほど歌い合い、顔の筋肉が固まるほど笑ったあの日の事が、まるで昨日の事の様に思い起こされた。
「……ふっ、そうだったなぁ。俺ら、ダチだもんなぁ」
ヴルフは自嘲して頭を軽く振ると、扉に向かって手のひらを当てた。
淡い緑の光を発して、魔法で施錠された鍵が開き内側にゆっくりと扉が開いていく。
「……ああ、ダチのお前らにビビるなんざ。俺本当にどうかして──────」
「捕まえろ! 相手は銀等級の戦士だ! 正面からじゃやられちまうから、回り込んで取り囲め!」
「しめた! コイツ武器を持ってねぇ! おら小僧ども! 捕縛縄とありったけの麻痺薬をぶっかけろ!」
「ようやく見つけた銀の絆メンバーだ! 絶対逃がすな! 勢い余って殺すんじゃねぇぞ!」
雪崩れ込んで来たのは、ヴルフの想像の数倍はあろう人の群れ。
皆見知った顔ばかりで、食堂の旦那から馬屋の主人から、果ては漁師の若大将に旅船の水夫まで。
血走った目つきをギラギラと光らせ、物騒に弓や短剣で武装してヴルフへと襲いかかって来る。
「ちくしょう!! きっ、汚ねぇぞテメェら! 信じてたのに! 俺お前らの事、ダチだって信じてたのによぉ!」
「ウルセェ! 全てはツケにツケまくって姿を消したお前らの団長様が悪いんだ! 俺らだって生活がかかってんだよ!」
「殺しやしねぇ! 生け捕って金目の物を絞り出してやる!」
「お前、剣闘士とか興味ねぇか!? 儲けの9割を借金の返済に充てるってプランなんだがよ! なぁ!!」
泣きっ面に蜂どころの話では無い。
死に物狂いで助けた姫に背後から刺されて殺された、ぐらいの衝撃だ。
「それもう奴隷闘士じゃねぇか! 俺は何もやってねぇのに、なんでだ!」
住み慣れた我が家でもあるクラン本部の大ホールで、ヴルフは力の限り叫んだ。
「団長! みんな! どこ行ったんだよ! 何が起きてんのか説明してくれよ! 俺どーすりゃ良いんだよ!!」
泣きそうな心を無理やり抑え込み、ヴルフは力の限り叫び続けた。
そして数分後、あっけなく捕縛された。