第17話 『対策会議』
莉江ちゃん一家との晩餐会があった次の次の日…つまり、日曜日に、俺は都内の駅近くに位置している、宗教画っぽい絵が壁にある某ファミリーレストランにいた。
今世ではなかなかこのような場所にわざわざ来ることはなかったので、実はけっこう昨日から楽しみにしていた。高級料理もいいんだけど、たまにはこういうチープ(ファミレスには失礼だけど普段と比べればしょうがない)な感じが懐かしくてきたくなるのだ。
「スピカさん、そろそろ来るかな~」
「うん、そろそろじゃないかな。3時に待ち合わせだもの。」
「すみません、遅れてしまいました。」
莉江ちゃんと俺の2人でドリンクバーを頼んで飲んでいると、涼やかで、女性のなかでは比較的ハスキーに響く、落ち着いた声が聞こえた。
やや中性的で知性を感じさせるような容貌の女性が立っている。ここは一般的なレストランのはずだが、背景の壁に見える絵の聖母マリアがマッチするような、不思議な清冽さを感じる。
「スピカ先生!」
莉江ちゃんが立ち上がってお辞儀をする。
「今回は唐突な私のわがままによりお呼びしてしまってすみません。来て下さりありがとうございます。」
莉江ちゃんに倣って俺もお辞儀をする。
「あらあら、そう固くならないでください。こちらこそよろしくお願いします。私も貴方達に会えて嬉しいです。」
スピカさんにも席に座ってもらい、ドリンクバーを注文して一息つく。
「美波ちゃんは、妹の…織姫の事情や私との関係は、莉江ちゃんから聞いたのですよね?」
「はい。ですが、スピカさんのほうからも、織姫ちゃんについてお聞きしたいんです。織姫ちゃんは言っていました。『わたし、お姉ちゃんやお兄ちゃんと違って出来損ないなの』と。何か、ご存知ではないかと思って…」
「あの子は、考えすぎなのです……。」
スピカさんの表情は、分別のある大人としてだけではなく、心のそこから妹を愛し、気遣う姉であることを物語っていた。
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山本家は五人家族だ。
サラリーマンの父の山本一郎と専業主婦である母の山本芳子(旧姓は山田)。
長女のスピカ、二歳下の弟の勇士、七歳下の妹の織姫。
母は少女時代、家庭の経済状況のためにスピカの母校『聖アグネス女子学院』に通うことができず、地元では名門の私立高校に、大学も中堅女子大のところにいった。両方とも、地元ではそれなりの名門として名を馳せているものの全国区ではさほど有名というわけではない。
母方の祖父母が、「女の子が偏差値の高すぎるところに行くと結婚出来なくなる」と考え、「良妻賢母になることの方が大事」と教育していたのもあるだろう。
大学卒業後は会社事務員として就職し、一歳年上の山本一郎…スピカ達の父親と出会い、寿退職をする。結婚してからは恋愛と結婚生活の差で苦しんで夫婦喧嘩を交えつつ、3人の子宝に恵まれる。
旧姓が山田、結婚後の姓が山本であることも関係しているのか、母は母にとっての『普通、平凡であること』に抵抗があった。そのため、子供たちの名前をいわゆるキラキラネームにして、教育においても非凡でいさせようとしたのだ。
「私が母の期待に応えようとしたことが、結果的にはあの子の足枷になってしまったのかもしれません」
母は、初めての女の子であるスピカに自己を投影し、ピアノ・バレエ・学習塾に英会話などの習い事をさせた。元来生真面目なほうだったスピカは瓶の水を移すように吸収し、母にとっての「理想の女の子」となった。
中学高校大学で友人達と出会って自分の意見や将来の夢を持つことなかったら、母の理想を体現する存在として進路も全ていいなりになってしまっていただろう。それでは操り人形と何ら変わらない。
2番目の子であるオリオンは「男の子はのんびり、ドーンと構えた逞しい子に育てなきなきゃ」と考えた祖父母の意向もあってか、勉強に関する束縛はキツくなかったが運動を伸ばすようにさせられた。
本人が従順な性格であったために母に対して疑問も抱かず、スピカとの違いについても「性別が違うから」で納得してしまう子だった。公立中学に進んだあとは高校と大学をスポーツ推薦で合格し、今に至る。
末っ子のベガは、上2人が別々の方向で一定の成果を出してしまったために「全て出来る子にしよう」と母は考えたのだ。
学習塾、英会話、書道、そろばん、理科実験教室などの勉強に関わるものから、バレエやエアロビクス、日本舞踊のダンス系、陸上や球技系、ピアノやバイオリンの楽器系などの習い事が入れ替わり立ち替わり、ベガの前に現れては消えていった。
ベガはコツコツと努力することによって着実に身につけるタイプであり、母にとっての基準をすぐに満たしていくことが難しかった。モノにする前に失望され、ある程度つかんできたかどうかという頃合いで次のことをするように言われる。ベガにとっては、耐え難い苦痛だっただろう。
姉兄妹間の年齢差がそこそこひらいていたのも、状況を悪化させた一因だった。
ベガが6歳で就学したての頃にスピカは13才で、すでに聖アグネス生であり、母は繰り返し繰り返しスピカの素晴しさをベガに説いた。ベガが聖アグネスへの中学受験に失敗した頃、スピカは首席卒業して日本最高学府で勉強していた。同様のことが、地元でも期待の選手として知られるオリオンについていえる。
基本的に仕事人間である父親は、最低限しか子供と関わらない。よって、母親を止めるものはいない。
どれほど努力して進んでいっても、常に先を進む姉兄と比べられたことによって、ベガの中には大きな劣等感とコンプレックスが生まれてしまった。根が優しく、あまり言い返せないベガは家族を嫌うことはできない。唯一ベガが心から楽しめたイラストも否定されては、息をつくこともかなわない。
聖アグネスを高校受験せず、ベガ自身で資料を集めて試験を受け、家からそれなりに離れたところにある 高校に合格したのは彼女自信のせめてもの意地だったのだろう。
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なるほど。思った以上に根が深い問題のようだ。
元凶は誰か、と問われれば間違いなくスピカさんとベガの親御さん、とくに母親だろう。しかし、父親や祖父母の影響も少なからずある。単純な話ではない。
元凶である母親は、なにも悪人ということではないだろう。純粋に子供を思って、自分が正しいと思うやり方を実践したのだ。
シェイクスピアやスウィフトの研究で知られる英文学者の中野好夫氏は著書の『悪人礼讃』で、
『善人って、善意さえあればさもこちらが正しいですよーという態度だよね!ほーんと苦手だよ…悪人の方がまだ対処できるよ(意訳)』
というようなことを記している。一朝一夕で説得することは難しいだろう。
スピカさんたちと話すなかで俺のなかには今後の方針が決定した。
1、スピカさんとベガの橋渡しを行い、姉妹間でのコミュニケーションを可能にし、ベガの劣等感を少しでも拭う。
2、スピカさんと俺が根回しして、母親からベガへの心証を改善する。具体的には、成績方面について俺がサポートし、クラスでの交遊面において俺のグループと連携する。
3、ベガのイラストについて本人と話してみる。
この3つに「高梨裕也の妨害を行う」を平行して行うのだ。
3については、ベガに自信を持たせるために計画した。スピカさんがイラストが描かれた何枚かの紙をクリアファイルに丁寧に包んで持ってきてくれた。幼稚園頃の作品と思われる、お花やお日さまに溢れたものをはじめとして、最近に至るまでのイラストには技術の成長が明らかに見てとれていた。
そのうちの何枚かは母親に見つかったらしく、ぐちゃぐちゃにされていたり破られたりしており、スピカさんがくず箱から拾ったのがそのまま想像できた。
俺が逆行した当初には想像できなかった展開だ。ただやつへの妨害のためだけではなく、友達のために俺はお節介を焼く。
「プランAの決行は今度の土曜日の午後ということでお願いします。」
同志たちに概要を伝えると、頼もしい首肯が返ってきた。
これからは週一投稿にします。
ざまぁが楽しみなヒトはまだ待っててね〜
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