第13話 『五月晴レ』
「」 中間試験も無事に終わり、あと数日で試験結果が張り出されるといった今日この頃、俺は、特に何事も事件もなく、平穏に過ごしていた。
今日は、久しぶりに図書委員の仕事があるので、たった今図書室に向かっているところだ。図書室は、特別教室棟の3階の隅にある。俺は今日日直だったので、大神君には先に図書室へ行ってもらった。
「ふんふふんふ、ふーん♪」
「グスン……もうどうすればいいか分からないよお……。」
あと少しで図書室へ着くというところで女の子がすすり泣く声が聞こえてきた。
「んー、どこだろう?」
周りを見回すが、辺りにそれらしき少女はいない。それどころか、放課後の特別教室棟の隅の方なので俺以外に人影はない。
あっ! わかったかも!
俺はそちら――少女の居そうな場所の方へと向かう。その場所とは、階段だ。
うちの高校では、基本、屋上へは立ち入り禁止で、屋上への扉は施錠されている。しかし、逆を言えば屋上へと続く階段には立ち入れるのだ。ここは、知る人ぞ知る絶好の隠れ家となっている。
そろりそろりと音を立てないようして階段を登り、踊り場までたどり着く。そーっと屋上前の扉のところを覗き込む。
「「あ。」」
目が合った。
そこには、目を赤く泣き腫らした織姫が階段に腰掛けていた。彼女のこんな顔、初めて見た。織姫は、クラスの中のギャルグループに所属していて、いつも明るくにこにこしている。
最近は、高梨と付き合っているという噂を俺と仲のいい俺のグループの子から聞いたが、特に何かあったということは耳にしていない。何かあったのだろうか。付き合うを1度は遊園地の件で止めようとはしたが、頓挫しちゃったし、お互いが付き合いたいと思ってるならいいや、と思ったのでこの件は放置していた。
彼女は、前世でも今世でも他人に自分の弱みを見せたことがないのだ。なのに……。
「べ、ベガさん……、ごめんなさい、覗こうとしてたわけじゃないの。声が聞こえてきたからつい……。」
「あんたか……人気者の久我さんね。あたしのこんな姿を見たことは許してあげるから早くから帰ってよ!」
「でも泣いてるよ? 何か嫌なことがあったの? 私が聞くよ。」
「あんたに何がわかるってのよ! あんたは、楽でいいよな、大して努力もせずに周りにちやほやされてただニコニコしていればいいだけでしょ。」
そうか、そんなふうに俺は思われていたのか。
たしかに、俺は子役をやっていてドラマなんかにテレビに出るだけでお金が貰えていたし、今だってクラス内に俺が何かをしたわけではないのに俺を中心としたグループができた。でも、それは本当に俺が何もしなかったわけではない。
子役だって、実は結構大変なのだ。お芝居の練習もそうだし、色んな役柄ができるよう、様々なお稽古をしなければならない。
きっと彼女は何かに悩んでいるのだ。そうでなければ普段あんなに明るい織姫がこうも泣くわけがない。いや、もしかしたらこっちが彼女の素なのかもしれない。
俺は、織姫の制止を気にせずに彼女に近づき、彼女の隣に腰掛ける。
「大変だったんだね。もう私がついてるよ。」
彼女の頭をよしよしと撫でる。きっと辛いことがあったんだろう。今はそれを聞かずに彼女を落ち着かせることが重要だ。
なでなで
よしよし
関を切らしたのか、いつそう嗚咽が激しくなり、大粒の涙がほろほろと頬をつたう。それでも俺は彼女の頭を撫で続ける。
「ひぐっ、ひぐっ、わだじはぁ、出来損ないでぇ、ひぐっ、おねえぢゃんやおにいぢゃんみたいにぃ、得意なことがない出来損ないなのぉ。」
織姫は、泣きじゃくりながらも、ぽつりぽつりと俺に話し始めた。そんな様子の彼女には、最早、普段の頼れる姉貴といった雰囲気は欠片もない。
今の俺にできることは、黙って聞いてあげて彼女のむしゃくしゃとした気持ちを受け止めてあげることだ。
「そのわだじをねぇ、ただひとり、ひぐっ、認めてくれたひとがぁ、いるのぉ……。」
そこからの話は、こういったものだった。
織姫によると、織姫はヤツのことが好きだったし、ヤツも織姫のことが好きだったらしい。今もそうとのことだ。まあ、あれだけ遊園地でイチャコラしてたしなあ。
そのあと、益々仲が良くなって、家に遊びに行ったときに何度かヤってしまったそうなのだ。その時はちゃんと避妊具を使い、お互いの了承のもとでやったとのことだ。まあ、これについては高梨の無理やりじゃないから別にいいと思う。
問題はそのあとだ。快楽に溺れたのか、普段チャラめの織姫なら許可して貰えると思ったのか知らないが、ヤツは、織姫に今度にゃまでヤらせてくれるよう頼んだらしい。それに対して織姫は、にゃまはさすがにやめよ、と言ったらしいのだが、え、別にいいじゃん、と軽く言われたとのことだ。
それで織姫は、にゃまをもっと強く拒んだらほかの女の子のところへやつが行ってしまうかもしれないし、かといってにゃまは怖いし、そんな覚悟もない。だから困っていたのだそうだ。
やつのその行動は、かなりまずいと思う。男の高梨は深く考えてないかもしれないが、女の子にとっては大問題なのだ。女の子になった俺なら分かる。男ならピュッとするだけだが、女の子は今後の人生がかかっているのだ。もし子供ができたら大学には行けなくなり、その後の学歴にも関わる。北欧の国なら妊娠している学生が大学に通えるような支援が充実しているし、恥ずかしいことでもないので問題はないだろう。しかし、ここは日本だからそうはいなかない。
さらに、赤ちゃんができるということは、命を授かるということだ。命を授かるんだから当然その命の責任を親は追わなければならない。しかし、まだやつも織姫も学生なので当然収入もなく、赤ちゃんを養うことはできない。
「そっかそっか。」
だんだん嗚咽が収まってきただろうか。次第に鼻を啜る音のみが階段に響くようになる。
「はい。」
ポケットティッシュを織姫に渡す。今の彼女の顔は涙でぐちゃぐちゃだ。普段の濃いめの化粧もすっかり落ちて閉まっている。よくよく見ると、化粧してなくても結構かわいい。普段は化粧と彼女自身の振る舞いのせいか、頼れる姉貴感が出ているが、今は年相応の女の子、心做しか少し童顔の気もする。化粧の力ってすごいなあ……。化粧恐るべし。
「ありがとう……」
ティッシュを受け取ると織姫は、涙を拭き、鼻をチーンとかむ。
彼女が一旦落ち着いたところで俺は、今回の問題の解決策を彼女と模索することにする。もう粗方決まっているのだが。
「あなたはどうしたいの? あんなこと言われてもまだ付き合うの? それとも別れちゃうの?」
「あんなこと言うやつだけど、好きだから……別れたくない。でも、生はいや。」
織姫は、俺の質問への返答を腹の底から絞り出す。俺も本当に疑問に思って聞いた訳では無い。もう彼女の中では答えが出ているだろうからそれの確認のためだ。
「あんなデリカシーのないやつだけど、あんな非常識なやつだけど、あんなバカなやつだけど、あたしは、裕也が好き。だって、あたしは裕也の彼女だから。」
彼女の独白はまだ止まらない。
「あたしね、さっき言った通りに出来損ないなの。姉みたいに勉強もできない。兄みたいに運動もできない。もうあたしは、ダメな子なんだって思っちゃってたの。もう何をしても姉や兄みたいに慣れないから努力するのも辞めちゃおっかなって。今から思えば、そんなふうにくよくよと悩んでたあたしは、出口のない迷路でずっと彷徨ってように感じるの。ほら、いくら悩んでも解決するわけじゃないからさ。
でもね、そんなあたしを出口のない迷路から引っ張りあげてくれたのは他の誰でもない裕也だった。たしかに裕也は、バカだし、キザだし、エッチなことが好きなのはわかってる。あ、バカって言うのは成績面じゃないよ? 裕也、ああ見えて頭はいいから。テスト前には勉強教えてもらったんだ。エッチなことが好きなのは男の子だからしょうがないのかな?
そんな裕也にあたしは、いつの間にか惹かれていたの。最初は顔から入ったさ、でも裕也と付き合ううちに、裕也はあたしの救世主様だって思った。だからあたしは、裕也が好き。別れたくない。」
そう言い切った彼女の表情はとても輝いていた。まだ泣き止んだばかりだから目は赤いが、どこかすっきりしたような、そして尚且つ覚悟を決めたような顔をしていた。
「わかったよ。織姫の気持ちは、私によく伝わったよ。
それじゃ2人で1発高梨にガツンと言いに言こっか。」
俺は立ち上がって、織姫を立たせるために手を差し伸べる。俺の手を掴んだ時に俺の方を見上げた彼女の顔は、ここ最近の五月晴れのように晴れやかなものだった
TS好きの人にオススメの作品を紹介します。
『TS転生したから百合百合したいだけなのに中々うまくいかない』(平朝臣 様)
↑自分も3ヶ月前から毎日欠かさず読んでます。毎日投稿されてるので嬉しいです。多分、誰でも楽しめる作品だと思う。
『リトアニア転生記 〜TSしたミリオタが第二次世界大戦のリトアニアを救う〜』(雪楽党 様)
↑TSしてリトアニアの将校になって奮闘する話なんですが!
TS要素がなくても、全然構わないくらいに面白い。主人公が成り上がっていくんだけど、ファンタジーじゃないから無理やりな成り上がりじゃなくて、ストーリーのしっかりさと相まって作品に多みが出てる。鬱展開は今のところないから気持ちよく読めて、主人公がだんだん出世していくのが気持ちいい。私は、全然ミリオタとかじゃなかったからこういう作品を読んだことなかったけれど、ものすごくハマりました。この作品も基本毎日投稿されてます。
他にもオススメの作品はあるんですけれど、今回はここまで。だいぶ熱く語っちゃいましたね。
次話で、高梨にガツンと言いに行く予定です、たぶん。
追伸!)11月27日
数日以内には次話を投稿します! よろしくお願いします!




