「ようこそ」の歌
数日後。
その時、タキさんは北の広場にいました。
『はじめまして、こんにちは。
ようこそ。「逆さ虹の森」へ——』
「おー、始まったー」
こそこそっとトイくんが呟きます。
『——そこには橋がかかっている。
だけどボロボロのオンボロ橋さ。
下を覗いちゃダメだからね。
少し高くて怖いから——』
北の広場では、リコちゃんが初めて森に来た動物のために歌う歌を歌っています。その声は相変わらず、いや、いつも以上に綺麗な声を響かせていて、タキさんは森の動物たちと一緒にその歌声を聞いていたのです。
『——川より北には3つの畑。
栗の木、銀杏、りんごの木。
栗の木畑にキツネが住むよ。
コンちゃん、コンちゃん、こんにちは。
とってもお人好し、優しいキツネ。
キツネのコンちゃんのお家の隣。
人間が住む、古小屋がひとつ。
今野むぎちゃんが住んでいて、
時々クッキー焼いてるよ。
銀杏の木の上、リスが笑うよ。
スーくん、スーくん、やられたなぁ。
いたずら好きのムードメーカー。
りんご畑でヘビさんがにょろり。
トイくん、トイくん、食いしん坊。
お話しするとき語尾を伸ばすよ——』
「君——スーさんは、いたずらをするんですか⁈」
「大好きだぜ!」
『——柿の木畑にアライグマの家。
ライくん、ライくん、プンプン、スン。
暴れん坊さんには手を焼くよ。
梨の木畑にクマが隠れてる。
マイクやマイク、出ておいで。
この森いちの怖がりさん。
木の実畑にコマドリが歌う。
リコちゃん、リコちゃん、歌うたい。
時々オスと間違えられる——』
「やっぱリコの歌はいいよなあ」
うっとりとして呟くのはライくんです。
「素敵な歌ですね」
タキさんもそう言いました。
しかし、タキさんは今野むぎとコンちゃん以外のみんなの名前を、たった今、歌で知りました。理由は簡単。その日、初めて外に出てきたからです。
そう、これは今日の朝——。
***
「もうケガも完治したみたいですし、外を出歩いても大丈夫そうですね」
「そうですか。ありがとうございます」
最初は何故かコンちゃんを見て嫌悪感を醸し出していたタキさんでしたが、だんだんと慣れてきたのか、今ではもうすっかり笑顔で接することが出来るようになっていました。
「タキさん、外に出てみませんか?」
「え」
「外ですよ。森のみんなに会ってみませんか?」
コンちゃんはにこにこ笑顔です。
「……どんな方がいらっしゃるんですか?」
「コマドリさんに、ヘビさんに、アライグマさんに、リスさんに、クマさんです」
「……えーっ⁉︎」
タキさんの目はまん丸に見開かれています。
「しかもそこにあなた、キツネが加わると言うことですよね?」
「そうなりますね」
平然と言うコンちゃんに、タキさんは「信じられない」と呟きます。
「どうしてその6匹と1人が仲良くできるんですか……?」
「……なんででしょうねぇ? 分かりませんけど、仲良しには違いありませんよ」
それを聞いたタキさんは驚きが隠せませんが、それと同時に好奇心が湧き上がってきました。
相性が悪そうなのに仲良しだという動物たち。
一体どんな動物たちなのでしょう?
「外に出るのが楽しみになってきました」
「そうですか? なら、これから北の広場に行ってみましょう」
「北の広場?」
「ええ。いつもみんなで遊んでいる場所ですよ。さ、付いてきてください」
「えっ? ああ、待ってくださいよぉ!」
***
——と言うわけで、タキさんは北の広場にいたのでした。
『——森のどこかにお池がひとつ。
その池の名はドングリ池さ。
ドングリ沈めて願いをどうぞ。
きっと願いが叶うはずさ。
だって今までも叶えてきたから。
沢山の沢山の願い事を——』
リコちゃんがそう歌った時、タキさんはハッとしました。
自分の探し求めている池の名前です。
『——実はもひとつお池があるよ。
りんご畑の、名無し池。
これはただの澄んだ池。
願いは何にも叶わない。
みんなここで食べ物を洗って、
手を洗ったり体洗ったり。
なのにいつまでも澄んだ池。
だからある意味不思議な池さ。
そうそうこれを忘れちゃいけない。
北の森にある広場から、
大きな大きな虹がかかるよ。
北の広場からはじまって、
反対の端は根っこ広場さ。
でもでも、ただの虹じゃない。
皆さん覚えておりますか?
そう、ここの森は「逆さ虹の森」。
その由来はそう、この虹ですとも。
逆さまにかかる、自慢の虹さ。
初めまして、田沼タキさん。
ようこそ、「逆さ虹の森」へ。
どうぞゆっくりくつろいで、
楽しんでいってくださいな』
歌が、終わりました。
誰からともなく拍手がわき、リコちゃんは嬉しそうに短い旋律を口ずさみました。
「そっかー、その人が噂のタキさんなんだねー」
トイくんがのんびりと言いました。
「そうです。初めまして。田沼タキと申します」
よろしくお願いします、とタキさんが深く頭を下げると、
「……顔上げろや、人間」
ライくんがきつい口調で言いました。
「あんまりにも頭を下げられると気分悪い」
「そんなに頭下げなくたって、もう友達よ」
木の上からリコちゃんがさえずり、
「リコの言う通りだな!」
とスーくんが断言します。
タキさんは戸惑いを隠せません。
「と……友達、ですか?」
「と、友達だよ! で、出会った時からみんな友達だよ!」
マイクくんはいつもの怖がり口調が抜けませんが、それは嘘を言っている声ではないと、タキさんにはなんとなく分かりました。
辺りを見回すと、色々な表情がそこにはありました。でも、みんな嬉しそうな雰囲気を隠すことは出来ません。
「……ありがとうございます。よろしくお願いします」
タキさんはみんなが仲良しな理由が分かった気がしました。




