二度目の「初めまして」
翌日の朝。
タキさんは不意に目をさましました。
誰かが、古小屋の扉を叩いているのです。
「……どなたですか?」
「お隣のコンと言います。むぎさんに頼まれて、薬草の交換に来ました」
そして、勝手に扉を開けて、キツネのコンちゃんが入ってきます。
「き、キツネ……」
タキさんが驚いたように、何故か少しばかり憎悪の念を滲ませるような声で、タキさんが呟きますが、コンちゃんは気付きません。
「……こ、今野むぎさんは?」
そう。タキさんにとって肝心の今野むぎ本人は、当然ではありますが、今は家にいません。
だって、コンちゃんが今野むぎなのですから。
「なんか、しごと、って言うのがあるらしくって。朝早くに出かけて行きましたよ?」
(本当はここにいるんですけどね……)
コンちゃんは少し苦しそうに言いました。
でも、タキさんにはその表情が、なんだか困ったような顔に見えました。
「……そうですか」
タキさんは、森の中で知る唯一の話し相手である今野むぎがいないことにがっかりしましたが、
「私、この古小屋のすぐ横にお家があるんですよ。それで、むぎさんとは仲が良くって。だからタキさんの面倒を見てあげて、って頼まれました」
と言うなり甲斐甲斐しくタキさんの面倒を身始めたコンちゃんを見て、タキさんは意外そうな顔をしました。
「……あなたは、キツネですよね? 騙したりはしないのですか?」
「……騙すことは、嫌いです」
コンちゃんは一瞬、苦いものを噛み潰したような顔をして、でもすぐに笑顔に戻ります。
「改めまして、初めまして。私の名前はコンと言います。以後、お見知り置きを」
それが2度目の初めましてだと言うことに、タキさんはもちろん気付きません。
「……コンさん、ですね。私は、田沼タキです。よろしく、お願いします」
タキさんは戸惑いを隠せないような声で言いました。それがコンちゃんには理解が出来ません。
タキさんは何に戸惑っているのでしょう。人を騙すことで有名なキツネであるコンちゃんがお人好しなことに戸惑いが隠せないのでしょうか?
「……はい、薬草の交換は終わりました。あと少しで治りますね」
いつの間にか、薬草の交換が終わっていました。心なしか、キズの痛みが引いた気がします。
「ありがとうございます……あの、ドングリ池って、コンさんはご存知ですか?」
「ええ」
「どこにあるんですか? 願いを叶えに行きたいんです」
タキさんは必死な目でコンちゃんを見ます。
「……その時が来たらお教えします」
「え?」
「実はですね、いつでも願いが叶うわけではないんですよ。月に一度、川の水が増えて水神様がいらっしゃった時に叶うんです。その日まではまだ大体10日ぐらいあります。少々危ないところもありますし、ケガを治して、せっかくですから森のみんなとも仲良くなってから行くのはどうでしょう?」
コンちゃんは笑顔です。でも、その目は真剣です。
タキさんは少し考え、そして、うなづきました。
「分かりました。そうしましょう」
その返事を聞き、コンちゃんは安心したように表情を緩めます。
コンちゃんはそのあと、食べ物をたくさん置いて、古小屋を出ました。そして、すぐに駆け出します。もちろん目指す先は、根っこ広場です。
そしてそのあと、動物会議が開かれたのは言うまでもないでしょうね。




