嘘つきコンちゃん
「……タキさん。私もね、嘘をついていたんですよ。沢山、沢山」
不意にコンちゃんが、呟きました。
「え? どうしたんです、コンさん?」
突然立ち止まってしまったコンちゃんに、タキさんは困ってしまいます。
「タキさん。あのですね……願い事は川の水が増えた日でないと叶わないって話、あれ、嘘なんです」
「……え」
「根っこ広場で願い事を言うと願いが叶いやすくなるっていうのも、嘘なんです」
本気で願いを叶えるためにしていたことが、本当はどうでもいいことだった。
そのことを知ったタキさんは、思わず「どうしてです⁈」と詰問してしまいます。
「……ずっとここ数日、苦しかったんです」
「……え?」
血を吐くような声に、タキさんはどきり。
「……村のみんなで、話し合ったんです。もしも、タキさんが悪いお願い事をしに来ていたら、どうしようって。話し合った結果が、嘘をつくことでした」
タキさんはもう、何も言えません。
「タキさんが勝手に外に出ないように、川のことで嘘をつきました。タキさんが嘘をついていないことを確かめるために根っこ広場に行ってもらいました。他にも……」
コンちゃんは不意に1回宙返りをして……。
「……今野むぎと言う人はいません。この森に人間は住んでいません。私が人間に化けている時の名前が今野むぎなんです」
——今野むぎの声です。
そう。コンちゃんは今野むぎに化けたのでした。
その時、タキさんはようやく気付きました。
今野むぎとコンちゃんが、同時に同じ場所にいたことがないことに。
いつも朝早くには出かけてしまい、夜に帰ってきて、7日に1度は『お休み』なので1日中森にいる今野むぎ。
いつも早起きで、夜にはさっさと寝てしまい、7日に1度キツネの集会で1日中森にいないコンちゃん。
綺麗にコンちゃんと今野むぎの行動が噛み合います。
今野むぎが、コンちゃんに戻ります。
「疑いたくはありませんでした。でも、警戒心というものは私も人並みに——いいえ、人一倍持っています」
タキさんも、なんとなく理解しました。
昔に辛く当たられたその記憶が、おそらくコンちゃんを疑り深くしているのです。
「でも相手を疑って、嘘をついて——それは、誰かを傷つけること。私がそれを一番知っています」
……疑われ、嘘をつかれた側だったから。
コンちゃんはぽつりと呟きます。
「誰も……傷つけたくないのに」
その言葉が引き金となり、コンちゃんの目には涙が溢れ出しました。
ぼろぼろ、ぼろぼろ。
涙は、溢れて止まりません。
「……コンさん」
ハッと顔を上げました。
そこには、タキさんがいます。
その目は真剣で。ちょっとだけ、傷ついたような表情に見えた気がして。
でも、すぐに笑って。
「嘘をつくことは、必ずしも誰かを不幸にするわけじゃないんですよ」
予想外の言葉。
コンちゃんは思わず、戸惑いの声を漏らします。
「誰かを幸せにするための嘘だってあるんですよ。不幸にしないための嘘があるんです。現に、コンさんは僕を不幸にしないために、嘘をつきました」
「……どういう、ことですか?」
コンちゃんには、理解が出来ません。
「……もしもコンさんが今日にならないと願いは叶わないと嘘をついていなかったら」
「……いなかったら?」
にやり、とタキさんは笑って一言。
「僕はきっと、気が急いたままで、ケガをした身のままで、無茶をしてドングリ池を探しに行っていたでしょう。そうしたらきっと、僕はさらにケガを沢山していたでしょう。もしかしたら誰もいない根っこ広場に迷い込んで根っこに捕まり、ずっとそのままだったかもしれません」
コンちゃんは驚きを隠せません。コンちゃんの目からは相変わらず、涙がこぼれ続けています。
「もしかしたら、この嘘は森の皆さんの都合でついたものだったのかもしれません。でも、僕にとっては、僕を不幸にしないための嘘でした」
「タキさん……」
タキさんは優しいタヌキでした。
(私よりも優しい……優しい、タヌキさん)
「ありがとうございます。嘘をついてくださって」
その柔らかな微笑みを見た瞬間、コンちゃんの涙は悲しいものではなくなりました。
「……初めてです。こんなに、あったかい涙なんて」
コンちゃんは笑いました。ようやく、ついていい嘘もあるのだと知ったのです。
実はコンちゃん、今まで優しい嘘をついたこともありましたが、コンちゃんにはその自覚がなかったらしいのでした。
今まできつくきつくコンちゃんを縛っていた何かが、解けたかのようでした。
「嬉しい時にも、涙は流れるんですよ」
「……知らなかったです」
泣いているのに、笑っている。
コンちゃんにとっては初めての経験でした。
笑いながら泣くことは、ありましたが。
「……タキさん、ありがとうございます」
コンちゃんは微笑み、ようやく涙をぬぐいました。




