すり減って、満たされて
帰り道。
タキさんとコンちゃんが2人っきりになった時でした。
「どうして落ち葉に化けてたんですか?」
「え? だってタキさんが迷子になったら大変じゃないですか」
どうやらコンちゃんは、タキさんのために落ち葉に化けていたようです。
「心配してくださったのは嬉しいですけど、次からは多分大丈夫ですから」
「わかってます。それに、化けるの禁止令が出ちゃいましたからね」
コンちゃんはそう言って笑ったあと、不意に真面目な顔になって。
「……秘密に、出来ますか?」
不意に、そう言ったのです。
「え、ええ」
タキさんがうなづくと、コンちゃんは言いました。
「ライさんのあの『森に来た理由』って、嘘なんですよ」
「えっ?」
コンちゃんは悲しそうな顔をしていました。
「……ライさんが暴れん坊なのは、寂しいせいなんです」
予想外の言葉に、タキさんは何も言えませんでした。
「ある日……私は人間に化けて、木の実を集めていたんです。私も人間みたいにお料理がしてみたかったんですよね……。そうしたら、突然引っ掻かれましてね。誰かと思ったら、ライさんでした」
ひやりとした、冷たい爪で、深く引っ掻かれました、とコンちゃんは言った。
「慌てて私は元の姿に戻って、説明しました。私は人間みたいに料理がしたかったから人間に化けていた、今は材料集めをしていた、と」
ふとコンちゃんは立ち止まり、前足で右後ろ足に触れました。きっと、そこが引っ掻かれた場所なのでしょう。
「そうしたらライさん、泣き出したんです。寂しい。俺は寂しい。そして、人間が憎い。憎らしい、と」
タキさんはどきりとしました。それに気付いたのか、「大丈夫ですよ、タキさんがやってきた日に悪い人じゃなさそうだって説得しましたから」とコンちゃんが言いました。
「……実はですね、昔、アライグマの里に住んでいた他の仲間が、全員人間に殺されたことがあったそうです。その毛皮を狙われて」
タキさんは身震いをします。
そんな恐ろしいことがあったなんて、知らなかったのです。
「ライさんは元々、臆病だったらしいんです。他のアライグマさんよりも、もっと臆病だったそうです。もちろん、暴れることもなかったそうですよ。だからその時も、他の誰にも言っていなかった自分だけの秘密の隠れ家の奥底に隠れて、それで自分だけ、難を逃れたと言います」
でも、とコンちゃんは続けます。
「人間が『これでここにいるアライグマは全部だな?』と言ったその声を聞いた時、自分以外のアライグマはみんな、人間に殺されたんだと思ったそうです。実際、人の気配がなくなってから外に出ると、そこには生き物の気配がなかったそうです」
コンちゃんもタキさんも、悲しそうに俯きました。
「可愛がってくれたアライグマも、逆に可愛がっていたアライグマも、仲良しだった子も、喧嘩していた子も、親も、全ての仲間を失ったそうです。……その時からライさんは、人間を憎むようになりました。ライさんは自暴自棄になって人間の匂いをたどって走っていたそうです。殺されてもいい、少しでも人間に傷をつけてやる、そんな思いで」
「……そのあとは?」
「その先はライさんが言った通りですよ。この森にたどり着き、リコさんの声を聞いて、ここに住むことを決めたんです。……でも、リコさんの声を聞いて思ったことは、少しだけ違うようですね。ごまかしのために『ここは本当にそんな森なのか』と聞いただけで、本当はこう思ったそうです」
コンちゃんは、にこりと笑いました。
「ここなら仲間がいるかもしれない。ここなら寂しくないかもしれない。現に、こんなに綺麗な声を聞いて、空っぽだった心が満たされている自分がいるのだから、と」
「確かにそれは……そうかもしれません。僕もあの歌を聞いた時、心があったかくなって、満たされたような気がしました」
タキさんも思わず、笑いました。
「だからライさんはここに住み始めたんです。でも……人間のことだけは、未だによく思っていないようですね。むぎさんが住み始めた時はむぎさん、ケガばっかりしていましたし」
今では仲良しですけど、とコンちゃんは笑います。
今野むぎの話だけは嘘でしたが、それ以外のことは、本当のことを語りました。
「ただ、昔のことを思い出すので、過去のことは語りたくないみたいです。だからみんなには嘘をつくんです。私が知ったのは、たまたま私が化けていたから、それだけです」
コンちゃんは、静かに繰り返します。
ただ、それだけです、と。
そのうち、家に着きました。コンちゃんは家に帰り、タキさんは古小屋に入ります。
そしてその少しあと、コンちゃんは今野むぎに化けて古小屋を訪れ、タキさんに問うのでした。
ほんの少し、泣いているようにも聞こえる声で。
「ただいま! 今日は楽しかった?」




