懐刀
ロイエ視点です
ウィルニア教団のアジトでフィオニアが捕縛したレクンハイマーは、アルト家所有の屋敷の地下牢に繋がれている。
今日はルシアン様に付いて、捕らえたレクンハイマーを見に来た。
地下室の最奥に閉じ込めている為、辿り着くまで結構な距離がある。
湿気を含んだ、独特の臭いが鼻をつく。
カツカツと、ルシアン様と私の足音が響く。
牢の前に立ち、ルシアン様はレクンハイマーを睥睨する。
レクンハイマーは足音で来客に気付いていたようで、こちらをじっと見ている。
捕獲してから数週間は経っている。
髪は乱れ、髭も伸びているが、精神力はあるのか、目の下に隈などはない。
聞いている通り胆力はあるのだろう。
「教団の事実上の長である貴方とお会い出来て、光栄です、レクンハイマー殿。
……それとも、こうお呼びした方がいいかな? コンドラト・ネイマス・スタンキナ伯爵」
そう言って笑みを浮かべるルシアン様に、レクンハイマーも笑い返す。
「こちらこそ、アルト家次期当主とお会い出来て、感動で胸が震えておりますよ。
こちらが思っていた以上の方のようだ。それとも、お父上から教えていただいたのかな?」
リオン様の傀儡なのかと揶揄して、ルシアン様の性格を探ろうとするレクンハイマー。
無駄な挑発だ。この方にそんなものは効かない。
ルシアン様はふふ、と優しく笑うと、「お好きな解釈をどうぞ」と答える。
「父親を超える事を諦めているのか? 無理もない、父親があのリオン・アルトでは」
嘲笑うようなレクンハイマーをルシアン様は表情を変えずに見ている。
普通の令息なら、馬鹿にするなと怒る所だろうが、ルシアン様にそんなのは効果が無い。
「それほどに、父が怖い?
まぁ、貴方の策は悉く父に潰されていましたから、意識するなと言う方が無理なのかな?」
レクンハイマーの片方の眉がぴくりと動く。
「私は貴方から特段引き出したい情報がある訳でもないですし、貴方を大帝との交渉材料にする気もない。
大帝の懐刀と呼ばれる人物がどれほどのものか、ひと目確認したかっただけなので」
瞬きもせず、レクンハイマーはルシアン様を見つめる。
お前の命に価値はない、と言い切られている訳だから、さすがにレクンハイマーのプライドに傷がついたのだろう。
「……私を侮ったとしても、あの方を侮れば、ただでは済まないぞ」
「特に思う所はありませんが……欲深い方だとは思っています。あれだけの大国を構えながら、まだ領地を欲するのですから」
「あの方こそ、真の王だ。全ての国があの方の元にひれ伏すのが正しい在り方なのだ」
繋がれた鎖が、レクンハイマーの動きに合わせて音をさせる。
主人の話題が出た事で、先に冷静さを失ったのはレクンハイマーのようだった。
「大陸全土を支配したとして、その後は?」
「は?」
ルシアン様の質問の意図を計りかねて、レクンハイマーは間抜けな声を上げた。
「支配後は、他人任せ、ですか?」
「そんなものは陛下のすべきことではない。臣下が陛下のお気持ちを汲み、しかるべき支配をする。それだけだ」
目を細めてレクンハイマーを見ながら、ルシアン様は言う。
「なるほど……これが懐刀とは……それとも懐刀は他にもいるのかな?」
「なにっ!?」
明らかな侮辱に、レクンハイマーが眉を釣り上げる。
「何故最初にカーライル王国への侵入に失敗した時点で帝国に帰らなかったのですか?
貴方はその時点でこちらに目を付けられた訳ですし、その後の策が成功する確率も下がると言うのに。
それとも、この程度の事も看過出来ない程、貴方に信用が無いか、大帝が狭量なのか?」
「あの方を侮辱する事は許さん!!」
ルシアン様に食ってかかろうとして身を乗り出し、レクンハイマーを拘束する鎖が最大まで伸びた。
金属音の耳障りな音が響いた。
殺さんばかりに睨みつけるレクンハイマーに、ルシアン様は微笑む。
「あぁ、どうやら貴方は懐刀の一つのようだ。さすがにこの程度が大帝の唯一である筈がない。
これなら安心して、貴方を始末出来ますね」
ぞくりとする。
私はこの方のこの冷淡さに、いつも背筋が粟立つ。
「なん……だと……?」
「大帝の唯一の懐刀を手にかければ、こちらも無傷では済まないでしょう。
貴方がそうなのかを確かめさせていただいていたのです。
違うとは思っていましたが、念の為」
リオン様とルシアン様は似ていないと言われているが、常に側にいる私からすれば、恐ろしい程似ていると思う。
「リュドミラ様でしたか、ご令嬢は」
怒りに満ちていたレクンハイマーの目に怯えが混じる。
予想外の名前が耳に入って、冷静さは完全に失われた。
リュドミラはレクンハイマーの一人娘の名前だ。
目に入れても痛くないと豪語していた愛娘の名前。
「最初の失敗の後、リュドミラ様は大帝に召し上げられ、翌日塔から身を投げましたよ」
淡々と教えられる事実に、レクンハイマーは声を荒らげて反論する。
「う、嘘を吐くな! リュドミラが……あの方がそんな事をなさる筈がない!」
動揺を隠せないレクンハイマーは届かないと分かっていても、ルシアン様に近付こうと、鎖を引っ張る。
「いえ、私が申し上げたいのは、直に愛するご息女と再会出来ますよ、ということです、スタンキナ伯爵。
愛する婚約者と引き裂かれて純潔と命を奪われたリュドミラ様を、父である貴方がお慰め下さい」
背を向けたルシアン様に、レクンハイマーが懇願する。
「待て! 待ってくれ!」
ルシアン様は振り返るが、興味なさげな表情だ。
演技ではなく、実際興味はないだろう。
「あの方に……! あの方に会わせてくれ……!
礼ならばする! このスタンキナ、受けた恩は必ず返す!!」
「先ほど申し上げませんでしたか? 貴方に価値はないのだと」
ルシアン様を見上げるレクンハイマー、いや、スタンキナの顔には、絶望がありありと浮かんでいた。
「では、ごきげんよう、スタンキナ伯爵」
再び背を向けたルシアン様は、スタンキナがいくら呼んでも振り返らなかった。
帰りの馬車の中で、ルシアン様は、スタンキナが逃げられるように手筈をとおっしゃった。
利き足のアキレス腱を、二度と走れないように傷を付けておくようにとの注文と一緒に。
「……よろしいのですか?」
ルシアン様は頷いた。
「祖国にある筈だった領地も、妻も、娘も奪われた忠臣が、己の命一つで何処までやれるのか、少し興味がある。
大帝の辛抱のきかなさが招いた結果が、何をもたらすのか、見守るのも一興。
大帝に一矢報いるなら良し、屍になるでも良し。こちらは何の痛痒も感じない」
リオン様に、本当によく似ている、と思った。
「かしこまりました。
経過報告は、あちらのマグダレナ教会を通してさせます」
「任せる」




