068.想定の範囲内
皇女がウィルニア教団の聖女であると女皇は大々的に報じた。
各地のウィルニア教信者は浮き足立ったようだけど、ウィルニア教そのものに懐疑的な思いを抱いている民達は、マグダレナ教の扉を叩いた。
これは予想外の反応だった。
信者達は皇女の美しさを、さすが聖女と褒め称えた。
でもあの美しさは、聖女と言うより魅惑の悪女系だよね……。乙女ゲームなら間違いなく悪役令嬢ポジションですよー。
そう言えば悪役令嬢に王女ってあんまり見たことなかったなー。権力があるから失脚させ辛いからかなー。
よくある国外追放とか無理があるもんな。
っていうか、公爵令嬢を平民を害した罪で国外追放ってありえないよね。
だってまだ、王子と婚約とかもしていないただの平民なのに。今更ながらに乙女ゲームの無理を感じたミチル十七の秋。
貴族達はこぞってマグダレナ教に集い、民はウィルニア教とマグダレナ教に分かれた。様子見勢も当然いる。
「ミチル、マグダレナ教の聖女になれば?
見た目だって皇女とは対照的で聖女向きだよね」
ゼファス様が本気とも冗談とも分からないトーンで話すものだからギョッとして、思わずルシアンの後ろに隠れてしまった。
ルシアンはそんな私を抱き締める。
「聖女が既に人妻とか、斬新だね」
「申し訳ありません、聖下。聖女の条件にミチルは当てはまりません」
ルシアンがそう言うと、お義父様とゼファス様は一瞬動きを止め、私の方に視線を向けると頷いた。ルシアンはじっとお義父様を見ている。
「姫は白の婚姻を望んでいなかったかい?」
「転生者である事は卒業まで隠す予定だったのでは?」
そう言われた時、卒業するまで手は出さないと言い続けていたルシアンが、白の婚姻を破棄した理由が分かったような気がした。
私が誘ったから、だけじゃなくて。
諸々の可能性を考えて、ルシアンは白の婚姻を破棄したんだろう。
夫婦であると言葉に出して接触を増やし、私に意識させる。
誤算はモニカと、モニカに触発された私が突然暴走した事だろうか……。
親子の睨み合いによる冷え切った空気はゼファス様の言葉でなくなった。
「ミチルは私の代わりに働いてくれそうだったのに惜しい」
働け、教皇!
接点を持つうちに分かって来たんだけど、この聖下、物凄い面倒臭がりなんだよね。
お義父様の友人だけあって、優秀なのに、とにかく怠けたいみたい。
でも暇は嫌だから面白い事を持ってきて欲しい、というかなり困った人。
楽しい事の為に人を貶めたりしないだけいいけど。
ベッドで一人グズグズしていたら、ルシアンがやって来て、ドアに鍵をかけた。
?!
いきなり鍵?!
ルシアンはベッドで横になってる私の横に座る。
「ミチル……」
拗ねてるので枕に顔を突っ伏したまま、顔は見せないのです。絶賛もやもや中です。
「私の事を軽蔑していますか?」
軽蔑はしてない。してないけど、何て答えていいのか分からないから、反応出来ない。
だってさ、なんかもやるでしょ?
我慢できませんでしたの方がなんか、女心としてはね?
いや、でも私から仕掛けちゃってるしなぁ……うぅ……。
「本当は卒業まで待つつもりでした。
ですが皇女の事があり、普通なら秘匿する転生者の情報を公開すると父が言ったのです。
そうなれば白の婚姻であることを理由に貴女を奪われる可能性が出て来てしまう」
白の婚姻だと……?
皇女が婚姻を無効にさせようとするって事?
そんな無茶苦茶なと思うけど、あの皇女ならやりかね無いし、皇女だけじゃなく、あの女皇も大概だよね……。
「奪われかねない。そう思うだけで耐えられなかった。
貴女を誰にも渡したくなかった。
ようやく婚姻まで漕ぎ着けて、やっとミチルを私だけの物に出来たと思っていたのに」
枕から顔を上げてルシアンを見ると、悲しそうな顔で私を見つめてる。
「ごめんなさい、ミチル。約束を破ってしまって」
白の婚姻が良いとか言いながら誘惑した私としては、こんな素直に謝られると、罪悪感を感じるといいますか……。
ルシアンは私の意向を汲んで卒業まで我慢しようとしてくれていた。
でも、お義父様が私のことを公表しようとしたから、私との白の婚姻を破棄することに決めて……それでじわじわ距離を詰めていったら、明後日の方向から暴走した私がルシアンを誘惑して関係を持ち、今に至る、と。
…………。
………………。
……………………。
ぅあああああああ!!
恥ずか死ぬ!!
ヤバイ! 私かなり駄目な感じ!
こんなにルシアンが順序だててくれたのに、いきなりぶち壊してるし!
ムードもへったくれもないってこういう感じ!
恥ずかしさに耐えきれず、枕にまた突っ伏した。
「ミチル? 怒っていますか?」
枕に顔を埋めたまま、首を横に振る。
息が詰まりますよ、と言って私を起こす。
顔を見られたくないから体育座りして膝におでこを乗せて俯く。
「は……っ、恥ずかしい……」
「何がですか?」
「る、ルシアンが……色々考えて下さっていたのに気が付かないで、私……いきなり……」
ルシアンが息を吐いたのが分かった。
顔を上げてルシアンの顔を見る。苦笑まじりにルシアンは言った。
「あの時は心臓に悪かった。
フレアージュ家のタウンハウスに泊まった翌朝、ミチルの様子があまりに暗いので、モニカ嬢に卒業してないのにまだ早いと言われてしまったのではないかと冷や冷やしました。
そうかと思えば、ミチルからキスをして下さるし、これは一体何が起きているのかと、動揺していました」
うぅ……恥ずかしい……。
本当に申し訳ないです……。
なんか急にスイッチ入っちゃって、ぐいぐい迫ってしまった……。
あれはきっとモニカのぐいぐい病が一時的にうつったんだと思う。
「モニカに、結婚して結構経つのに、まだ済んでないのかと詰められまして……。
我慢させているのではないかと……」
ルシアンはため息を吐いて額に手を当てた。
「私、前世も今生も女子なのでよく分かりませんけれど、ルシアンの年頃の男子は、その……そういったことがその……我慢出来ない年齢と……聞いたことがありまして……」
「……ちょっと……答えづらい……」
やっぱりそうなんだ!
ルシアンは困ったような顔をしてる。耳が赤い。
すみません、と謝るルシアンが可愛くて愛しくて、自分が愛されてる、大切にされてる実感が、綯い交ぜになって胸に迫る。
「可愛い……」
私がそう言うと、少し複雑そうな顔をするルシアンがまた、可愛くて仕方ない。
きゅんきゅんする!
「ルシアンが可愛くて、愛しくて仕方ないです」
「愛しい?」
「ルシアンに愛されていると実感しました。いつも感じておりますけれど、こう、胸がぎゅっとすると言うのか……申し訳ありません、分かりづらいですね」
ルシアンが泣きそうな顔になった。
「ルシアン?」
そっと頰に触れる。
ルシアンは私の手を掴むと、キスをして、自分の頰にぎゅっと押し付けた。
「私も、今、ミチルに好かれている実感がわきました」
何度も好きって言ったことあるのに。
……あぁ、それは私もそうか。
ルシアンは何度も私に好きだと、愛してると言ってくれてた。それはそれで伝わるものはあったんだけど、今日のやりとりは、胸の奥に迫ったというのか。
ルシアンのキスは、とても甘かった。
*****
私的に予想外なことが起きた。
バフェット公爵が突如マグダレナ教会の後援を行い始めたのだ。行動だけでなく、言葉としても表し始めた。
これだとウィルニア教団&皇室 vs マグダレナ教会&バフェット公爵家の図になり、マグダレナ教会の後見をしているアルト家とバフェット家が手を組んだように見えてしまう。
ど、どうしよう!
っていうか、こんな事まで想定してなかった!
慌てている私に、何故か最近アルト家に滞在する事の多いゼファス様が言った。
「順調だね」
縁側でお茶すすってるおじいちゃんみたいなこと言わないで……。
「リオンの策は順調に進み過ぎて、暇つぶしにもならないんだよね。面白いことは面白いけど」
「お褒めに与り光栄だよ、ゼファス。
こちらとしてもキレイに罠にかかってくれたようで嬉しいよ」と、お義父様はにっこり微笑む。
罠?!
っていうことは、お義父様はこうなることを予測してたってこと?!
ゼファス様、暇つぶしとかまだ言ってんですか!
隣に座るルシアンを見ると、微笑んでいた。
あ、これは全部分かってる顔だ。
私だけ分かってない奴だ。
「あれだけ慎重に事を進めるバフェットが、こんな簡単な罠にハマるとは思わなかった」
意外だと言いつつ、全く意外に思ってなさそうな顔をしたゼファス様は、ゆったりとチャイを飲んでる。
最近ハマってるらしい。
「私が考えた案なら、きっともっと慎重に進めたのだろうね。でも、今回のはミチルが原案だ。もしかしたらルシアンの案とでも思ったのではないかな。だから予測がズレたのだろう。
きっとこちらの策の穴をついてやったぐらいに思ってると思うよ」
聞くところによると、なかなかにバフェット公爵も策略家で、お義父様と渡り合える人のようだ。
でも今回はお義父様の言葉を借りるなら、策士策に溺れる、って奴だろうか。
「女皇を焚き付けて皇女を聖女にさせ、自身はマグダレナ教会に付き、教団により狂わされていく民を助け、皇室のあり方に疑問を呈しつつ、民を守ろうとする公爵家。
ゼファスを通してアルト家を手にしたと勘違いしているだろう」
ただ、ここまで聞いても、どうやってバフェット公爵の目論見を崩せるのかが分からない。
どうも私以外みんな分かってる風だ。
「このまま様子見をするのか?」
「どうだろうね。あちらの動き次第かな」
ふふふ、と楽しそうに笑うお義父様。
ラトリア様の、全てを思い通りに進める人だ、という言葉が思い出される。
「バフェットはそう遠くない内に教団の不正を暴き、女皇と皇女を失脚させるだろう。
守る者のいなくなった皇子から皇位継承権を奪う為の材料としては、こちらから贈り物をしてあげよう。
女皇の子は全て魔力の器を持たないと」
ふぅん、とゼファス様が目を細めて言う。
これは初耳だったらしい。
「皇家に平民の血を入れ、あまつさえ皇位に就けようとしているなど、許されない」
さすが皇族。ゼファス様も大概だった……。
やっぱりアレですか。やんごとないお血筋にうんたらかんたらって奴ですか。
「女皇の子は全て皇位継承権を失う。
晴れてバフェット公爵家の息子二人のうちどちらかが立太子される。
全てを手に入れられると思った瞬間に全て壊してあげたら、あの澄まし顔の公爵はどんな顔をするだろうね?」
にっこり微笑むお義父様に、思わずごくりと喉が鳴ってしまった。
うん、確信した。
お義父様はやっぱり魔王だと思う。
「あ、それ楽しそう!
立太子の式典、私も見学に行こう」
楽しそうて!
「バフェットも潰すのか?」
皇室の危機?!
「潰さないよ。
キレイな身体のままにしておくって言っただろう? 彼らはこれからも必要な駒だよ」
ゼファス様の顔色が消えた。
全く気にしないお義父様は紅茶のおかわりを執事に命じた。
「駒か……あの者達が不憫に思えてきた」
ふふふ、とお義父様は笑う。
「今日のゼファスは私をよく褒めてくれるね」
「褒めてない」
魔王怖い……。




