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転生を希望します!  作者: 黛ちまた
学園編

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059.遺伝子の都合

 研究室にみんなで集まるものの、真剣味はない。

 当然やる気が起きる筈がない。

 ただ、セラの淹れてくれた美味しい紅茶を飲むのみ。


 だって、みんな皇女のこと良く思ってないし。思える筈もないし。

 唯一の問題は、カーネリアン先生が罰を受けないかどうかだけが問題だ。


 先生は、苦笑いしながら、「実現出来なければ魔道研究員を辞めれば良いだけのことですから、大丈夫ですよ」とおっしゃっていたけど、カーネリアン家に生まれ、魔道学をずっと研究し続けた先生が、皇女なんかの為にその道を絶たれるのは、何だか悔しかった。


「皇女は何の為に魔力の器が欲しいのでしょう? 領地経営などなさらないでしょう。どの家に嫁いだとしても」


 モニカの疑問は至極もっともだった。


 ルシアンと結婚したとしても、あの性格からして領地の為に協力なんて絶対しないだろうし。


「皇位継承権の問題でしょうね」


 皇女の父は伯爵位だった。その父が原因で弟の皇太子は、皇太子と呼ばれてはいるものの、皇位継承権は三位という捻れた状態になっている。少し前までは皇位継承権一位は皇太子だったのに、議会にバフェット公爵がかけた結果、皇太子の皇位継承権は下がって三位になったのだ。

 本来議会はない国だったんだけど、女帝が即位した時に、補佐をする為という体で議会が発足した。でも、実情は女帝の暴走を抑える為に生まれた組織なのだ。

 ここに来て、更に父親が平民の血を引いてるとなると、考えるだに恐ろしいことになりそうだ。


 政敵であるバフェット公爵家はその事実を間違いなく利用するだろうし。

 血の雨とか降っちゃうのかなー。


「そういえば、ルシアンは何度聞いても皇女のことを問題無いと言うが、その根拠をそろそろ教えてくれないか?」


 ジェラルドが当然とも言える質問をする。それは私も知りたいです。

 少し考えた後、ルシアンが話し始めた。


「皇女は魔力の器を持っていませんから、一貴族の私と結婚したとしても領地経営が出来ません」


「そんなのはアルト家の財力で何とかなるだろう。一夫多妻のこの世なら別に皇女が魔力がなくてもなんとでもなるだろう」


 確かに。

 まぁ、皇女との間に子供でも出来たらまた、別の問題が出てきそうだけど……。

 それは考えたくないから、無し、です!


「アルト家は、妻を一人しか迎えてはならないのです」


「え?」


「これは初代アルト家の当主が決めた取り決めです。

妻が複数いて当主の寵愛を争ってはならない、というもので、代々妻は一人。

アルト家は機密情報を取り扱うことも多いので、誰とでも婚姻出来る訳ではありませんし」


 初耳です。

 この貴族社会でなんと珍しい!

 でも言われてみればアルト家は一夫一妻でラブラブだ。

 政略結婚をしない家だとは聞いていたけど……。


「そんなの、ミチル嬢との婚姻を解消すれば良いってことになるだろう」


「皇女のみを妻とした場合、アルト家は永遠に魔力の器を失います。そこまでする価値はあの皇女にありません。

それに、上位貴族と転生者の婚姻は絶対です。ジェラルドも殿下も婚約者を迎えたばかりで、ミチルを転生者だからと受け入れますか?」


 王子とジェラルドは眉間に皺を寄せて俯く。

 これから最愛の人と結婚して幸せな結婚生活を迎える筈なのに、いきなり第二夫人問題とか。

 結婚生活に亀裂入りまくりです。


「うちの兄がミチルを迎え入れる訳はありませんし。

フロマージュ家はそもそも男子がおりませんから、一族から養子を迎え入れるんですよね?」


 ルシアンの質問にモニカが頷く。

 フロマージュ侯爵家の子供はモニカ一人で、そのモニカが王太子妃になることが確定しているから、分家から養子を迎え入れる訳だけど、それもまだ少し先のことと聞いている。


 納得のいかないジェラルドはなおも食い下がる。


「サーシス家がいるだろう?」


 フィオニア様は確かにどなたとも婚約してらっしゃらないから、もしそうなれば私はサーシス家に嫁ぐ可能性が高くなるのか。


 王子が息を吐いて言った。


「近々アルト家は公爵に陞爵される。公爵家や王家の婚姻には皇室と言えども口出しは出来ない」


「いいのですか? おっしゃって」


 ルシアンはそれが分かっていたのだろう。でも、軽々しく口に出来る内容ではない。


「いいよ」


 頷いた王子は説明を始めた。


 以前からアルト家の公爵位への陞爵は議題に上がっていたのを、他国からの干渉があり実現出来なかった。

 それを、転生者関連のどさくさに紛れて、これまでの功績もあるし上げてしまえ、ということらしい。

 そもそも、アルト家にはこれまでも王家の姫が輿入れすることが何度もあったのだから、血筋的には王家にそう遠くない。


「王室としても、いい加減対応しなくてはならない内容だったからね。

現皇室の手段を選ばないやり方の前では、付け入る隙を作っておいたこちらが悪いということになってしまう。

ある意味、ミチル嬢のお陰でアルト家を陞爵出来ると言ってもいいぐらいだ」


 色々あるんだなぁ、と、ぼんやり思ったのと同時に、さっきのやりとりで自分が物のように表現されたことに、少しもやりとした感覚が残る。

 ここではそれが当たり前なんだけどね。女ですし。

 しかも転生者とか、道具ですよ、道具。


「ミチル?」


 名前を呼ばれて顔を上げる。


「あまり、聞いていて気分の良い話じゃなかったでしょう? すみません」


 ジェラルドが王子に肘鉄を食らっていた。モニカもジェラルドを冷たい目で睨んでる。


「何があっても、私は貴女を手放しません。だから、安心して下さい」


「申し訳ない、ミチル嬢。そんなつもりはなかったが、配慮が足りなかった」


 水に濡れた子犬みたいにショボくれた状態でジェラルドが謝って来た。

 分かってる。ジェラルドは気になっただけなのだ。

 ジェラルドは貴族の中でも上位に位置するのだから、そういった感覚が骨の髄まで染み込んでるんだろう。


 大丈夫です、と答えて微笑んだ。


 一度沈んだ気持ちというのは、早々に戻るものでもなくて、ため息を吐いてしまった。

 ルシアンの手が私の髪を撫でる。温かくてホッとする。


 ざわり、とした不安が胸の下あたりに広がっている。

 大丈夫だと自分に言い聞かせてるのに、それは消えない。


 ルシアンは私の手をぎゅっと握る。安心させようと、優しい笑顔をみせてくれる。







 皇女の為に何かをする気は依然としてない訳だけど、改めて、魔力の器って何なんだろうなと思う。


 器に魔力が溜まっていて、それを体外に排出することで作られる魔石。

 体内を巡る魔力で物質に干渉することで、物質を変質させる変成術。


 魔力の器。

 貴族にだけあって、平民にはないもの。


 前に私がちらっと思ったのが、そもそも、貴族と平民が祖を別とするものだ。

 貴族の祖は魔力という特別な力を持つ一族だった。

 でもその力は薄めて他の一族と混ざり合うものではなくて、むしろ能力としては弱く、消されてしまう。

 私の妄想だけど。


 皇女そのもののDNAは平民の遺伝子が強く出ているから、魔力の器が存在しない。

 デネブ先生の調査結果によれば、稀に魔力の器を持った平民が生まれたりする。

 ということは、皇女自身も遺伝子としては、魔力の器を体内に作り出す遺伝子? を持っているということで……。


 皇女の子供なら何とか出来るのかも知れないけど、皇女自身のDNA? はもう変えられない筈。

 現代科学でもそんなことは出来なかったと思う。もしかしたら倫理とか宗教とか、諸々のことで出来ないことにされてて、本当は出来るのかも知れないけど、ただの一般人だった私には分からないことで。

 あっちでなら皇女の子供うんぬんは出来るかも知れないけど、こちらの世界では無理な話で……。


「ミチル」


 は。

 ルシアンの声。

 壁に寄りかかってこっちを見て笑ってる。


 カウチで無意識にゴロゴロしちゃってたよ。

 淑女としてあかんかった。

 何事もなかったようにしれっと座り直すと、私の隣にルシアンは腰掛けた。


「随分長い間考え事をしてましたね」


 と、おっしゃるってことは、随分長い間私を見てたってことだよね?

 そう言う目で見ると、ふふ、と笑われた。

 ゴロゴロ以外大丈夫だったよね? 変な格好してなかったよね?!


「魔力の器のことを考えてました」


 遺伝子やDNAについて、私が知ってる適当な知識を、ルシアンに説明した。

 その中で、貴族と平民は祖が違うのではないか? という素朴な疑問についても。


「貴族と平民が違う一族というのは、事実ですよ。

その事実を知らなかったミチルが、魔力の器からその結論に達したことが大変興味深いですね」


 あっさりと肯定されてしまって、これって歴史の闇なんじゃないの? って思っていた私の戸惑いは、行き場所がなくなる。


「知る人は知っている知識です。別に隠されていることではありませんから、安心して下さい」


 そ、そうなのか……闇じゃなかったから良かったってことにしておこう、うん……。


「それにしても、遺伝子ですか。前世のミチルがいた世界は、本当に色んな物が進んでいたのですね」


 文明そのものは進んでいたけど、人はどんどん愚かになっていたような気がするけどね。


「そうですね」


 ふと、次に生まれ変わったらどういう世界に行くんだろう、と思った。


 前世とこちらの世界は似ているようで違う。

 魔力なんてあっちにはない。

 もしかしたらまたあっちに生まれ変わったり。

 それはそれで面白いけど、記憶はないだろうしなぁ。全然違う世界にいくのかな。

 原始時代みたいなとこに、記憶持ったまま行くとかはやだなー。

 文明がある程度あるとこにお願いしたい。


 そんなことをぼんやり考えていたら、ルシアンに抱き締められて我に返った。


「ルシアン?」


「何でもありません。少し、こうさせておいて下さい」


 よく分からないけど、ルシアンの髪をなでなでする。







*****







「ミチル、先日の件ですけれど……」


 言いづらそうにモニカが聞いてきた。


「デネブ先生に本日、お呼ばれしております」


 あれから遺伝子やDNAについて色々思い出してみたけれど、元々興味ない分野だったんで、大した収穫はないのだけどね。文系ですし!


「それは、私たちも同行してもよろしくって?」


 私は頷いた。


「勿論です」


 カーネリアン先生の今後のこともあるけど、そもそも論として、実現可能なのか不可能なのかをはっきりさせないといけない。

 というか、無理だと思う。


 そもそも変成術というのは、魔力を持つ者がその力を使って分解したり、組成したりする学問なんであって、魔力をその身にどうこう、という研究はこれまで一切されてきてない。


 今回カーネリアン先生が研究結果として報告した、魔力の器の有無というのは、私が気になった疑問を、カーネリアン先生が形にしてくれたものであって、専門にやってきていたものではない。

 現状が分かっただけであり、対策を練るにしても、分からないことだらけの現状で、皇女の願望は一足飛びにゴールに連れて行けと言ってるようなものなのだ。

 しかも、研究を始める前から、平民の血が入っていると魔力の器を子孫に残していくのが難しいということが既に発覚している。優性遺伝とか劣性遺伝とか、そういう奴だよね。

 この状況で平民の血を引いている皇女の身体に魔力の器を、っていうのは難易度高い。

高いって言うか実現不可能。

 魔力の器を持たない、という遺伝子情報を親子二代続けて保持しているのだ。

 現在存在している人間の遺伝子情報を操作する、ということは無理だし。


 これはもはや、神の領域。


 ……と、言うことをカーネリアン先生、モニカ、王子、ジェラルドに説明する。


「両親の能力を足して二で割るのかと思っていた」


 それならなんの問題も無かったんだけどね。


「では、皇女に魔力の器を持たせることは不可能、ということでいいですわね」


 ため息混じりにカーネリアン先生が言う。


「研究でどうにかなるものではない、ということを分かっていただく必要があるのですが……」


 アレ、言葉通じない生き物だからなぁ……。


「報告をして、引き続き努力しますでいいのでは?」と、ルシアンが言い放つ。


 まぁ、それしか方法ないもんね。


「資料とか用意したほうがいいのでしょうか?」


 って言っても、遺伝子がどうのとか、さっぱりだけど。


 私の質問にカーネリアン先生は首を横に振った。


「いえ、先日の研究結果報告で、平民の血が入った場合の検証データがありますから、それを今回も用いることにします。

不可能ではありますが、研究は引き続き行っていかないといけませんけれど……。

それから、研究員の資格を返上し、准研究員になろうと思っております」


 研究員だと、皇都に呼ばれたら行かなくてはいけないんだけど、准研究員だと、国内留め置きになるから、皇女も手を出しにくい、という理由だと思う。

 皇女自身はアホの子っぽいから、言葉が通じないのとか殴るとか投獄とかはあっても、いや、十分どうかと思うけど、女帝がどう動くか分からない。

 女帝の考え次第では、カーネリアン先生の命も危険に晒される可能性がある。そうならない為にも必要な対策なんだろうな。


 私があんなことをカーネリアン先生に聞かなければ、こんなことにならなかったんじゃないだろうか。

 魔力の器の位置なんて、どうでも良かったのに。


 カーネリアン先生の手が私の肩に乗せられた。私を見て、先生は優しく微笑む。


「ミチルの所為ではないわ。あの研究結果は事実を伝えただけなの、無駄ではないの。

どんなものも、悪くするのは人なのよ」


 そんなの、分かってる。

 分かってるけど、でも……考えてしまうよ。


 ドアをノックする音が、部屋に響いた。

 何処か焦っているように聞こえるノック音に、なんだか不安になった。


「……どうぞ」


 カーネリアン先生が許可して直ぐに、カーネリアン先生の従者が入室して来てお辞儀をする。


「お客様がいらっしゃるのに、何か急ぎの用件ですか?」


 いつも無表情の従者の顔色は、心なしか良くないように見える。


「皇女殿下が、デネブ様に今すぐ登城するようにと」


 言葉を切って、従者は私を見た。


「アレクサンドリア女伯も、連れて来るようにと仰せです」


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