051.出るのはため息ばかりなり
ジェラルドのお陰と言うか、セラのお陰と言うか、私たち五人は無事に皇女と同じクラスになることもなく、始業式を迎えた訳ですが。
休み時間やお昼、皇女に気を付けなくてはいけない時間はあるけど、まぁ何とかなるかなー、なんて思いながら教室に入り、衆目を集める人を見て思わず固まってしまった……。
何故ここにフィオニア様?
フィオニア様は私たちが教室に入って来たのを見て、立ち上がると目の前までやって来て微笑んだ。
おぉ、美人。
「これから一年間、よろしくお願い致します」
ルシアンは無表情のままフィオニア様を見てる。モニカやジェラルド、王子は普通に挨拶している。
この前の歓迎会のことがあるから、何となく気まずいのは私だけですか?
固まってランチをしよう、ということにはなったものの、テーブルが基本六人掛けな為、ここに皇女が来てしまうのでは? と、みんなが思っていたと思う。
実際皇女はこっちに向かって歩いていた。自分ではプレートを持たずに。
「まだ顔見知りがいないので、混ぜて下さい」
返事も聞かず、フィオニア様がテーブルに着く。
目当ての席をフィオニア様に取られてしまった皇女が怒ってるのが視界の端に見える。
まぁ、すぐにこちらのテーブルがよく見えるテーブルに着席なさいましたけどね、取り巻きたちと一緒に。
「その内憤死しそうだよな、あの姫」
ハハ、と乾いた笑いを浮かべてジェラルドが小声で言ったが、同感だ。血管ブチ切れまくってるもんね。
「皇都でもあんな様子でしたから、存外平気なのかも知れません」
しれっとフィオニア様が言った。
あれがデフォルトかぁ……。
「ルシアン様はよく怒らせてましたよね、皇女殿下のことを」
あぁ、そうか、この二人初対面じゃないのか。
ルシアンは二年間皇都にいて、フィオニア様も皇都に留学なさっていて、今回何でか知らないけど戻って来て三年生に編入した。
同じ国の出身として、接点があったとしても何らおかしくない。
歓迎会での様子からしても、あんまり良い人間関係は築けてなさそう……っていうかルシアン、人間関係の構築に興味が1ミリも無さそう。
「記憶にありません」
素っ気ない態度のルシアンに、フィオニア様は苦笑する。
「相変わらずつれない方ですね」
なんだろう、この何かを匂わせるような雰囲気。
明らかに以前何かあったっぽい二人。
とりあえず食べよう、うん。
今日私が選んだランチはハヤシライス。前世でもハヤシライスは好きでよく食べてたんだよね。
あ、今度オムハヤシ作ってみよっかな。男子的にはそっちのほうが好きそうじゃない?
「ミチル」
「はい?」
呼ばれて左を向いたら、ルシアンがグラタンを掬ったスプーンを私の前に差し出していた。
何故?!
「はい、あーん」
「えっ? あのっ、る、ルシアン?!」
みんないるのに何をイキナリ?!
「なるほど。これが夫婦円満の秘訣というものなのかな」
王子が肯定的な意見を口にする。
いやっ、そこは止めようよ!
モニカは相変わらずキラキラした目で私たちを見てるし!
「はい、モニカ。あーん」
王子までハヤシライスを掬ってモニカに食べさせようとしている。
途端にモニカが顔を真っ赤にさせ、口をパクパクさせた。
パクパクさせた瞬間にスプーンをそっと口に入れられて食べさせられてしまったモニカ。
「ふふ、よく噛むんだよ?」
甘い声で声をかける王子にぽかんとしていたら、私もルシアンにグラタンを食べさせられてしまった。
ちょっと離れたところから、んなっ! という聞き慣れた声が聞こえた気がしたけど、きっと気の所為だ、うん。
見守る側からやられる側になったモニカは、あまりに突然のことで頭がついてってないっぽい。
そうでしょうそうでしょう。本当に恥ずかしいんですよ、こういうの……。
あまーい! とかそういうんじゃなくてね、可能なら床でのたうち回りたいぐらい恥ずかしいんだよ!
みんな見てるし!!
「オレもロザリーに食べさせたい……」
ため息を吐くジェラルドに、フィオニア様は笑った。
二口目のグラタンが口に運ばれてきて、慌てた。
「ルシアン、ちゃんと召し上がって下さいませ!」
そうですね、と言うなり、ルシアンが口を開けた。
こっ、これは?!
まさか、私のハヤシライスを食べさせろということ?!
膠着状態が一分程続き、耐えきれなくなった私が自分のハヤシライスをルシアンに食べさせた瞬間、バキッという音が聞こえた。
あぁ、これは駄目だ。鉄扇買おう、本気で。
身の危険を感じます……。
王子がチラッとモニカを見た。モニカは無理ですわっ! と真っ赤な顔をして首を横に振る。
「ずっと無理?」
「ず、ずっとではありませんけれど、まっ、まだ……」
言わせたかった言葉をモニカから引き出したんだろう、王子は満足した顔で、「では、その日が早く来ることを願っているよ、私のモニカ」と、トドメを刺していた。
鬼がここにも。
むしろルシアンよりエゲツない気がしたのは、気の所為だろうか。
……モニカ、ふぁいとっ!
教室にいては皇女の襲撃を受けてしまう、ということで、食べ終わってから研究室に向かう。
フィオニア様は気が付いたらいなかった。
なんか不思議な人。掴み所がないって言うか。
研究室に入ると、セラがいた。
あ、そうだ、ここにいるって言ってたな。
「ミチルちゃん、紅茶とコーヒーどっちがいい?」
「あ、紅茶でお願いします」
三人が衝撃的な顔をしてセラを見ている。
……あ、家みたいな口調で喋っちゃってたな、セラ。
そう思って見ると、セラはうふふ、と笑っていた。分かってて言ったみたいだ。
「これから一年お世話になるのだから、嘘偽りはよくないかなぁって思って。素のアタシを受け入れて欲しいわ☆」
なんか色々とツッコミどころ満載な気もしたけど、やめておこう。
「皆さんは紅茶とコーヒー、どっちがいーい?」
ぎこちなく三人は紅茶で、と答えた。無理もない。
執事なオネエとか、斬新すぎるもの。
更に執事なのにタメ口。一人は王太子なのに。ルシアンも止めないの?
「セラ、私、鉄扇が欲しいのだけれど……手に入るかしら?」
セラはにやりと笑う。
「皇女対策にでしょ? うふふ、探しておくわね」
ヨロシクお願いします。私の命がかかっております!
王子はため息混じりに話し始めた。
「本来であれば、ミチル嬢から新しい知識を伝授してもらいたいところだけど、皇女がいるのではそれもままならないね。迂闊に知られて皇国に情報を流されても困る」
あの姫にそんな頭あるのかな、とも思ったけど、悪知恵だけは働く母娘みたいだから、止めておいたほうが良さそうという意味では同意です。
皇女がアレでも、取り巻きもいるしね。
廊下の奥の方から、「何故ここから先に私が入ってはいけないの?! 私は皇女よ!?」という叫び声が……。
先生たちが「学園では爵位などの身分は適用外となることはお伝えしておいた筈です! ここから先は一般生徒の出入りは禁止です!」と防戦していた。
「すっごぉい☆」
セラ、笑いごとじゃないからね。本気でヤバイのよあの人!
「あのお方が皇位継承権一位でなくて良かったわぁ。世界が滅ぶわよねぇ。ハーレムとか作りそう」
うわぁ!
本気で作りそう!!
「突破して来たら怖いから、カギかけちゃお☆」
そう言ってセラがカギをかけた後、ドアをガタガタさせる音が!
きゃーっ!! 間一髪過ぎる!!
「開けなさい!」
先生たちの壁を突破したってこと?!
「ルシアン! ルシアン!! ここにいるのは分かっていてよ! 早く私を迎えに来なさい!!」
ホラーだ!!
次の瞬間、廊下の奥から何人かが駆けて来る音がして、扉の向こうで何やら捕物のようなバタついた音が……。
「離しなさい! 私を誰だと思っているの?!」
ルシアーン! と叫ぶ皇女の声が徐々に遠去かって行く。
「こっわ!」
率直なジェラルドの意見に私も激しく同意しますよ。
って言うかさ、まだ初日ダヨ……?
皇国でクーデターが起きることを強く強く願った一日だった……。
帰宅した私は思った以上に疲弊していて、ソファに寄りかかっていた。
セラの淹れてくれたホットココアを飲んで、ほっとひと息を吐く。
「前途多難ねぇ」
いつも余裕な顔をしているセラも、さすがにあの皇女にはそうはなれないみたいだった。
「権力を持たせちゃいけない人間の典型的パターンよ、アレ。凄いわぁ、呆れる程に凄いわぁ」
屋敷にいても何だか怖い。
来ちゃった☆とか言って来たらどうしよう。
いやいや、ダメダメ、フラグ立ちそう!
来ない来ない! 絶対来ない!
「想定の上をいきますね、あの方は……。
あの方からの猛追をルシアンはよく二年間も耐えきりましたね?」
「聞くところによると、皇女と仲の悪い令嬢たちが、皇女の振る舞いを直接窘めてたみたいよ」
下手したら公爵家のほうが皇女より皇位継承権が上だったりするような状況だもんね。
そういう抑止力が働くのかー。
「なるほど。今はそういったお立場の方がいないから、暴走が止まらないということですね」
はぁ……明日からも皇女はぐいぐい来るんだろうし……。
あれを物理的に止める方法って何があるんだろう?
ほら、よく相手にしちゃ駄目とか言うけどさ、あの皇女は相手にするとかどうとかじゃなくて、土足で乗り込んで来るんだよね。
強制的に相手をさせられちゃう。
こうして考えると、キャロルの電波なんてまだ可愛かったのかも。
「大丈夫ですか?」
私の横に腰掛け、ルシアンは私の髪を撫でる。
「私は見ているだけでしたけれど……ルシアンこそ大丈夫なのですか?」
「不快ですよ、普通に。同じ言葉を話しているのに通じませんから」
確かに。
キャロルの時もそうだった……。
ただ、不快さを感じさせないぐらいにルシアンはいつも無表情だけど。
「それにしても、皇女ってディンブーラ皇国語しか話せないんでしょう? これからどうするのかしらね?」
……あ、本当だ。
この国の貴族は得手不得手はあってもディンブーラ皇国語が使えるんだよね。
でも、普通の講義はディンブーラ皇国語ではされないから、どうするんだろう、皇女。
取り巻きたちが何とかするのかな? でもテストあるよね?
「私は皇女よー! で貫く気なのかしらー?」
……やりそう。
「そう言えばセラは、ディンブーラ皇国語が出来るのですね」
「まぁねぇ、これでも一応貴族の端くれだからね☆」
あ、やっぱり。
セラ、多分子爵とか男爵とかの出なのかも。
上位貴族に仕える下位貴族は多いもんね。
それにしても、私、他の貴族のこと全然知らないな。
さすがにちょっとヤバイのでは?
「ミチルちゃんは別に他の貴族の顔や名前なんて覚えなくていいわよぉ。ワタシが覚えてるから」
でも……と口ごもると、「ミチルちゃん、そういうの興味ないでしょ」と、ズバリ指摘されてしまった。
「ありがとうございます……」
「ワタシちょっとやることあるから、二人でいちゃいちゃしててね☆」
夕食時に迎えに来るわーと言いたいだけ言ってセラは部屋から出て行った。
自由過ぎる……!
「セラもあぁ言っていたことですし、しましょうか、いちゃいちゃでしたか?」
セラ、変な言葉ルシアンに教えないで!
この前フェロモンとかデブ専とかばいんばいんとか、もっとどうでも良い言葉を教えた自分は棚に上げますけども!
ルシアンは手慣れた様子で私の腰に腕を回し、ひょいっと自分の膝の上に私を座らせる。
「すみません、ミチル。巻き込んでしまって」
困った顔をするルシアン。
「いいえ」
あまりに色んなことが今日一日であったから、混乱したままでいたけど。
「思っていた以上で、皇女に圧倒されました……扇子を何本も折っていましたし……」
今日だけで二本は折ってたよね?
「あの方……ルシアンのこと、本当に好きなのですね」
凄かった……本当に凄かった……。
「どうでしょうね」
あんなに必死?にルシアンと接点を持とうとしていて、確実に好きだと思うけど。
「自分に靡かない私が気に入らないだけではないでしょうか」
手厳しいですね?!
でもまぁ、キャロルもそうだったな。
なまじ優れた容姿だったりと、周囲からちやほやされた所為で、誰もが自分を愛して当然になり、そうならない人間の関心を引こうとして、その気持ちを恋だと錯覚する……。
執着から、本当の恋になることも、なくはないとは思うけどね……。
愛されることは当然ではないのにね。
当然の権利と思い上がった結果、本来手にしていたものも失ってしまう。
姉のように。
私も、こうしてルシアンに愛されるのを当然と思ってはいけない!
私からも愛情表現を!
……愛情表現を……(冷や汗)
愛情表現って、何をどうすれば……。
ルシアンはよく、私を撫でてくれたり、抱きしめてくれたり、キスしてくれる。言葉も……。
前にルシアンが、どう思ってるのか、どうされたいのか、どうしたいのかを言葉にして欲しいって、言ってたけど……。
言葉……。
じっとルシアンを見つめる。
「ミチル?」
「ルシアン、あの……」
「はい」
「大好きです」
その後、とろけたルシアンから中身が出そうなぐらい抱きしめられ、キスされまくりで、セラが迎えに来たときには軽くグロッキーになっておりました……。




