045.カフェ、始めます。
冬。
各地の経済は目に見えて停滞するらしい。
それは王都も例外ではなく。
春になればお茶会やら夜会やらで賑わう社交界も、冬は充電期間とばかりに静まりかえる。
貴族たちの冬の楽しみの一つとして、読書がある。
私は推理小説が好きで、冬まで購入を我慢して、冬に入るなりまとめて読むのが大好きだ。
完結しているとなお良いのだけれど、私がこよなく愛する推理小説 アンクルモアシリーズはまだ完結していない。
っていうか完結して欲しくない。
新刊が出ているので、この冬の間に熟読する予定である。
王都に出る人間が少ないのを逆手にとって、カフェを開店することにした。
接客やらなんやら、覚えてもらうことが多いのに、客がどっと押し寄せてパニクられると困るからだ。
何しろ初のカフェですからね。
お店は共有名義で買い上げた。
店内のインテリアやエクステリアは、私の意見がほぼ通った。店内のイメージが貴族の皆になかったから。
飲食に関しては完全予約制にすることにした。二時間制限で。
ターゲットが貴族なので、並ばせる訳にもいかない気がしたのと、平民だと磁器の扱いが雑になりそうだったからね……仕方なく。
お店の場所も貴族が利用する商店の近くにある。
接客は全て男性。執事経験のあるような人を集めてもらった。そして出来ればイケメンで。
そう言った時に皆に「え?」という顔をされたけど、当然ですよ。
淑女がメインターゲットなんですから。
説明したら納得してもらえたけど。
なんですか、まさか私の趣味だと思ったんじゃあるまいな?
ちなみにかなり高いお値段をお支払いいただければ、個室も使えます。重ね重ね、完全予約制ですけど。
メニューは日替わりとし、季節のスイーツを楽しんでもらう。
どんなものなのかが分かるように、説明文を入れることにした。
さっくりした外側の食感と、しっとりした内側の食感が楽しめる、みたいな感じで。
焦がしキャラメルとか、イメージしやすい言葉を入れるようにとは伝えておいたけど、大丈夫かなー。
どんなスイーツにしたかは、パティシエしか分からないから、パティシエ頑張って!
スイーツは毎日五種。
それをミニ黒板に書いて、オーダーを取りに行く際にテーブルに持っていく。
軽食はサンドイッチにした。
ルシアンお気に入りのテリヤキチキンサンドは公開しないけど。
ミチル特製卵サンドと、ツナサンド、ハムとチーズときゅうりのサンドの三種類が載ったサンドイッチプレート。
セットで飲み物も付くのでお得です。
勿論スイーツにもセットにすれば飲み物がつきます。
飲み物は紅茶、ミルクティー(チャイやほうじ茶ミルクティーもある)、コーヒー、カフェオレを用意。
お酒はなし。
落ち着いてきたらパフェとかメニューに入れたい!
パフェ大好き!
そんな訳で今日は私たちを客として対応してもらい、内装、メニュー、接客態度、そういったものをチェックすることにしました。
来週オープンですからね。
モニカは早速友人を招いたらしい。
うーん、私が声をかけられる人って少ない……。申し訳ない……。
チェックの結果、私よりもモニカのほうが鬼軍曹だった。友人を招くことが決まってる分、気合いも入ってるのかな……。
それとも王太子妃としてとかそういうやつかな。
言いたかったことは全部モニカに言われたので、私からは何もなく。
ただ、ご苦労様とだけ労っておいた。なんか皆、魂半分出てるような顔になってたしさ……。
モニカすげぇな、っていう……。
今日は私がオムライス食べたい病にかかってしまったので、料理長が泣こうが喚こうが無視して、オムライスです。
料理長も最初は嫌がってたけど、自分の知らないレシピを私が作ると分かった瞬間に見学させて下さいモードに切り替わっていた。
玉ねぎを粗みじん切りにし、鶏肉をひと口より小さめに切っておく。
フライパンに油をひいて、まず、玉ねぎから炒める。
早めにきつね色にしたいので、玉ねぎは粗みじんなのだ。細かいと水分が出てなかなかきつね色にならない。
それからぱぱっと塩をかける。こうすれば玉ねぎから水分が出やすくなって、きつね色に(以下略)
玉ねぎが透き通ってきたあたりで鶏肉を入れて、絡めるように炒めていく。
鶏肉に味を付けたいので、少しの塩と、コショウはしっかりと。
玉ねぎがきつね色になったら二人分のご飯を入れ、木ベラで切るように混ぜていく。
混ざったら料理長特製ケチャップを入れて混ぜる。
混ざったら火を止め、お皿にチキンライスをのせて形はレモンのような形にしておく。
次は卵。
ボウルに卵を割り入れると、泡立て器で攪拌し、卵白と卵黄をしっかり混ぜる。
別のフライパンに気持ち多めに油をひき、充分にフライパンが温まったのを確認してから、卵をいっぺんに投入。
じゅわわーっという音をさせて固まろうとするので、菜箸で軽く掻き混ぜて、少ししてからフライパンをゆする。
火が入って入ればこの時点で卵は抵抗なく動くので、そのままフライパンからチキンライスのお皿にスライド。
同じようにもう一つ作って、卵の上からケチャップをとろりとかけて出来上がり!
見学していない別の料理人に頼んでサラダとスープを作ってもらっておいたので、これにてオムライス完成です!
今日も見学が許されなかったルシアンは、お行儀良くテーブルに着席して待っていた。
ルシアンの前にオムライスを置くと、初めて見るフォルムだったようで、マジマジとオムライスを見つめている。
私も着席する。
「これは、何という料理ですか?」
「オムライスです。どうぞ、召し上がって」
「はい」
スプーンを卵に差し込む。柔らかい卵の下からチキンライスが見える。
「卵と中のケチャップで味付けた玉ねぎとチキンを炒めたライスを一緒に召し上がって下さいませ」
卵とチキンライスを口に頬張るルシアン。口がぎゅっ、と閉じられた。うむ、気に入ってもらえたようだ。
うふふふふふ。成功ですよー。
かぶら蒸しの時に、ルシアンはとろふわ好きかもって思ってたから、食べてもらいたかったんだよねー。
「お口に合いまして?」
「はい、とろりとして、ですがふわりとして、チキンライスのケチャップの酸味とよく合いますね。美味しいです」
「ようございました」
セラがオムライスを覗き込む。あ、コラ! と後ろでロイエが声をあげる。
「ミチルちゃんは料理上手なのねぇ。料理長に後で私の分も作ってもらおうかしら」
「セラも気に入ってくれると嬉しいわ。ロイエも召し上がってね」
恐縮した様子で、頭を下げるロイエ。
さすがのロイエもセラには振り回されている。
セラ最強伝説。
アンクルモアシリーズ最新作を読んでいると、ルシアンが仕事を終えたのか、休憩なのかやってきた。
お茶を淹れようと立ち上がろうとしたら止められた。
「あぁ、気にせず読んで下さい。お茶はロイエに頼んであります」
そう言うなり私を膝の上に座らせて自分も読書を始める。
散々書類で活字を見ていたのに、更に読書とは。
というか、この体勢、読書しづらくないのか?
そういえば。
私たちは今回のスキップで来年は三年生になるけど、ルシアンは魔道学さえ済めば卒業出来るのでは?
私の視線に気付いたルシアンが顔を上げる。
「どうしました?」
「ルシアンはもう卒業出来るのでは?」
そうですね、と頷く。
何故卒業しないのかと問う前に答えが返って来た。
「ミチルと離れていたくありませんから」
そうでした! そういう人でした!
もうちょっと考えてから聞けば良かったです。
うぅ、恥ずかしい……。
っていうか何でこの人こんなに私至上主義なの……。
「では、もし私が最終学年もスキップ出来ていたら、ルシアンも卒業なさっていたということですか?」
「当然です」
あばばばば。
「ルシアンは、私のこと、好き過ぎです……」
嬉しいけど恥ずかしいよ。
ふふ、とルシアンは微笑むと私の頰にキスをする。
「嫌ですか?」
嫌ではないです。
嫌ではないけど、なんか駄目人間になりそう。
「そのような事はありませんし、ルシアンに愛されていたいですけれど、当たり前とは思いたくないのです」
「ミチルのその慎ましさも好ましく思います。当然と思っていただいても、勿論嬉しいですよ」
卒業したら、皇女のこと、何とか出来るのだろうか?
それでどうにかなるならそれも有りだと思うけど。でもきっとそうじゃないよね。多分そういうことではない。
何を成せば皇女に対抗出来るのだろう。
「私、ルシアンのお役に立てておりませんね……」
ルシアンの大きな手が私の頭を撫でる。
「あれだけの国益に貢献して役に立ってないとおっしゃるミチルが、むしろ凄いと思います」
「国益うんぬんではなく、ルシアンのお役に立ちたいのです」
私がそう言うと、ルシアンはふわりとした優しい笑顔を見せた。
反則級な笑顔に若干怯む。
「ノウランドの件については、ミチルのお陰で大分進んでおりますよ。ザワークラウトは安価なキャベツで作成可能でしたから、各家庭に三樽ずつ配給できましたし。大豆による豆もやし育成に関しても何とか間に合いました。
アルト侯爵領の南の領地でも、船員にザワークラウトを毎食食べさせるように徹底させております。お陰で少し長めの遠征にも行けるようになったと聞いております」
あぁ、そうか。
ノウランドの食糧改革にちょっとだけ関わっていたんだった。
実際のところはルシアンや各研究者の方たちのお陰で実を結んでいるんだろうけど。知識は必要だけど、現実に落とし込むと思わぬ落とし穴があるものだよね。
っていうか豆もやし出来るようになったのに、ロイエが私に教えてくれてない気がするんだけど、どういうことかしら?
豆もやしが出来たら是非お鍋を作りたかったのに。
あとビビンパ。あ、でもコチュジャンとかないかも。
「私は利益を求めてミチルと結婚した訳ではありませんから。
ミチルと出会っていなければ、結婚などどうでも良いと思っていたでしょうし、家を継ぎたいとも思っていなかったと思います。アルト家かレンブラント家のどちらかを継ぐことにはなっていたでしょうが」
貴族としては失格ですね、と笑うルシアン。
そっとルシアンの頬に触れる。すべすべです。
ルシアンは私の手に頬を寄せて、手にキスをした。
あぁ、私はこの人のことが好きだな、と思う。
胸の甘い疼きも、触れた部分の熱も、全て、好き。
「ルシアンのお傍に、ずっといたいです」
「私もです」




