041.春は突然やってくる
ラトリア様から手紙が届いた。
手紙には、色んな土を使って、陶器と磁器を作っていると書かれていた。
ろくろは他の工房にも広がり、試行錯誤しながら陶器と磁器を作っているということだった。
その中で、アルト侯爵が持っている中国茶器──ト国茶器のような色合いが出ている磁器があったらしい。
ただ、再現は出来ていないとのこと。
青磁?!
青磁の器欲しい!
前世で私が青磁の茶碗を手にして喜んでいたところ、同居していた友人が、その茶碗を手にしながら言っていたのを思い出した。
『青磁の色を作るのに家が傾く、なんていう言葉があるぐらい、青磁の色を作るのは難しかったらしいよ』
物知りの友人に、どうやってあの色を作るの? と尋ねると、間を置かずに答えが返ってきた。
彼女に質問して、分からないとか知らないという答えは聞いたことがない。いや、あっただろうけど、それぐらいいつも彼女はものをよく知っていた。
『鉄だったと思う。2%ぐらいだったかな。それを超えると上手く発色しないとかだった気がする』
何でそんなことまで知ってるんだ、と思いながらもほー、と聞いていた。
『最近の青磁は色々入れてるんだろうけど、昔の青磁は灰と土石類で釉薬を作ってたんだって。
その釉薬を重ねて厚みを持たせることであのガラス質を作るんだけど、そうすると厚くなり過ぎて重くなるから、元の器を薄く作ったりしていたみたいだよ』
どうして青磁にそんなに詳しいのかと聞いたら、父親が中国を旅行した際に青磁作りの職人と知り合って、教えてもらったことを聞いたから、と言われた。
そんなことを思い出しながら、こちらの世界では難しいのかも知れないなぁ、と思っていた。
鉄分量の制御は簡単ではないのでは?
例えば変成術で鉄分を取り出すことは出来るとして、何に鉄分が含まれているのかを検知するのは難しい。
「どうかしましたか?」
「青磁の作り方を思い出していたのです」
「セイジ?」
「お義父様がお持ちのト国茶器、あれを青磁というのですけれど、あの発色は難しいのです」
「淡い透明感のある不思議な色でしたね」
緑を含んだ透明感のある色。
「どのあたりが実現に難しいのですか?」
「鉄分の量によって色が違うみたいなので、鉄をどれぐらい含むのかが調べられれば成功率も上がるのでしょうね」
「調べられますよ?」
「え?」
ルシアンは当然のように答える。
「以前の転生者が冷蔵庫やレンジを開発させたことはお話したと思いますが、彼女は魔力を持っていませんでしたから、変成術は出来ません。
その作成過程の中で、構成する物質に何が含まれるのかを検知する装置を開発させたのです」
えっ、天才?!
ただの魚好きの変人かと思ってた!
「その装置、高額なんですよね?」
欲しい、その装置!
でもきっと国宝レベルとかそういうのに違いない。
「そうですね、まぁまぁだとは思いますが。
私からミチルにプレゼントしましょう」
「えぇ?」
い、いやいや、待て待て。
ルシアンは私に甘いから、高くても買ってくれようとするに違いない。
っていうか、量産されてるものなの?!
「お高いのでしょう? 申し訳ないですもの、大丈夫ですわ」
あ、ダズン商会からの慰謝料で買うとかどうだろうか?
買えるかな??
ルシアンはふぅ、とため息を吐いて目を伏せた。
?!
どうかした? 色っぽいよ?
「愛する妻が欲しいものもプレゼント出来ない程、甲斐性がないと思われているということでしょうか」
「?!」
お待ちになって?!
どうしてそうなった?!
愛する妻とか言った?!
「い、いえ、そうではなく、ルシアンのご負担になりたくないだけなのです」
慌てる私に、ルシアンはにっこり微笑む。
「ほうじ茶」
へ?
「先日のほうじ茶の件を上奏しました所、輸入済みの緑茶を焙じ、間違いなく緑茶からほうじ茶が作られる事を確認したようです。
すぐにほうじ茶の輸入量を減らすのは燕国に警戒されますから、緑茶が国内で流行しているということにして、ほうじ茶の輸入量を減らしていく事になりました」
つまり、ほうじ茶の件でご褒美をくれるということだろうか?
ただ、流行ってるーと言うだけで燕国の人たちは納得してくれるだろうか?
徐々にほうじ茶の輸入量を減らしていくんだろうけど、それなら、緑茶の輸入量を増やせばいいだけと思われるだけでは?
実際流行ってもらって、何かをきっかけにしてほうじ茶の作り方が発覚した方がいいのでは?
「緑茶にはカテキンというものが含まれておりまして、動脈硬化や痩身に効果があると言われております。あとは風邪予防でしょうか」
動脈硬化とはなんぞや、と聞かれたので、ざっくりと説明した。
いや、お恥ずかしい事に語れる程知らないから、本当にざっくりとした説明だったけど、ルシアンの脳内にある何某かの知識と合致したのか、納得された挙句、詳細な説明を受けた。本当すっごいな、なんなのかな。
「動脈硬化に効果があるのですか? それは凄いことです」
私の突拍子のない発言も、ルシアンは聞いてくれる。
優しい。
「飲み過ぎると体内での鉄分の生成を阻害するようなので、飲み過ぎはいけないようですけれど、身体に良い飲み物です」
なるほど、とルシアンは呟いた。
「実際に緑茶を流行させて、ほうじ茶の輸入量を減らす方向にしたいという事ですね。
確かに緑茶の輸入量を増やして、ほうじ茶の輸入量はそのままでいいのではと言われてしまうと面倒です。
いずれ知られるにしても、まだ先でいいですからね」
うんうん、と私は頷く。
「痩身に効果があるということでフレアージュ家から広めていただきましょうか」
流行はフレアージュ家からということになってるもんね。
「では、私から分析器をプレゼントするということで」
あれっ?!
「ルシアン!」
ふふ、とルシアンは笑うと、不意に私にキスをして、呆然とする私を横目に部屋を出て行った。
こ、こんな自然にキスを……!
……あっ、逃げられた!
デネブ先生に分析器はいかほどするのか質問してみた。
「安価なものではありませんけれど、ルシアン様なら余裕で購入出来るものですわ」
え、そうなの?
余裕?
ルシアンは確かに伯爵位を持ってるけど、ノウランドはルシアンの懐を温めてくれるような領地ではないよ?
「アルト侯爵家の次期当主が自由になるお金を持っていない筈はないでしょう」
そ、それはそうですけど……。
前世が庶民だし、いや、以前の私は確かに無駄にドレスとか買ってたけどさ。
「有り難く頂戴すればいいと思うわ。夫が妻に満足に贈り物も出来ないなど、恥ずかしいことですもの」
プレゼントが嫌なんじゃないんだよー。
値段の問題なんだよー。
「分析器を使ってアルト家の利益に繋がるような事をすれば良いのではなくて? そうすればルシアン様も妻にプレゼントが出来ますし、アルト家としても利益に繋がるし、ミチルもこれからの事に分析器が使えるのですから、良いことずくめです」
駄目だ、貴族の感覚は私と合わん。
とは言え、分析器が欲しいのは確かだし、大人しくもらって、恩返しをしよう。
きっとルシアンのことだから、近日中に分析器を持って来るに違いないし!
抵抗しても無駄な状況になってると思うんだよね。
「どうぞ、ミチル。」
にっこり笑顔のルシアンが差し出す包み。
もしかしてこれ……。
「ぶ……分析器……ですか……?」
そうです、と答えるルシアン。
いやいや、そうです、じゃないよ!
早いよ! 早すぎるよ!!
昨日の今日じゃん!
高いんでしょコレ?!
それをこんなあっさり買ってくるなんて?!
私の横に腰掛け、笑顔を向けてくる。
あぁ、今すぐ開けろってことね……。
笑顔の圧力に負け、ラッピングをほどき、箱を開ける。
15cm×15cmの正方形の文字盤には元素記号がびっしりと書かれており、文字盤から伸びた管の先には吸盤のようなものが付いていた。
「裏に魔石を嵌め込む所がありますよ」
文字盤を裏返すと確かに魔石を嵌め込む用の穴がある。
完全にコレ、電池はめる電子機器を模してるよ……。
「分析器をどう使う予定なんですか?」
「磁器を作ろうとしている土に、何が含まれているのかを調べたかったのです。
青磁を作る為の釉薬に、鉄が何パーセント含まれるかで色合いが異なるようなので」
と言いながら、鉄を入れるのなら、鉄鉱石? 鉄?を粉末にして加えればいいんじゃないか? とか思ったり。
そんなことを話したら、ルシアンが紙にサラサラと何かをメモしていった。それをロイエに渡す。
ロイエはお辞儀をして部屋から出て行く。
「今回ミチルが作ろうとしている青磁の釉薬で使用しなかったとしても、他の何かで使えるかも知れませんから、無理に分析器を使おうとしなくてもいいんですよ?」
ルシアンは私から分析器を取り上げると、テーブルの上に置いた。
私の髪を撫でる。
「ミチルは一筋縄ではいきませんね。もっと甘やかしてしまいたいのに」
「充分甘やかされてますっ」
「宝石も欲しがりませんし、ドレスもそうです。
ミチルの欲しいものは何でも揃えてあげたいし、望みは何でも叶えてあげたいのに、言って下さらないから」
えぇっ?!
だってゴスロリ服いっぱいもらったし、それに合う装飾品とかもいっぱいあるし、淑女なのに料理とか好きにやらせてもらってるし、結構ワガママ言ってると思うんだけど?!
「充分にドレスも宝石もいただいてます。夜会の度にドレスもいただいてますし、これ以上贅沢したら、罰が当たりそうです……」
贅沢は敵だとまではいかないけど、使い放題はいかんよ!
血税って奴ですよ!
ルシアンは苦笑して、「ミチルは本当に無欲ですね」と言う。
「では、アルト侯爵領内の鉱山から採掘される宝石で作ったものなら、受け取っていただけますか?」
これまでのやりとりからして、ルシアンは分析器だけではなく、私に何か贈り物をしたいようだ。
さすがにここまで言われて断るのは失礼だろうなというのは、鈍い私でも分かるので、それならばと受け取ることにした。
「近いうちに採掘させたものを持って来させましょう」
*****
恋の溺れ方は人それぞれだな、としみじみと思う。
ジェラルドが婚約したのだ。
しかも、ジェラルドはその婚約者にぞっこんらしく、王子がうんざりしていた。
どうやら王子相手に惚気るらしい。
今日は研究室に五人揃っている。
「いい加減、ジェラルドの婚約者の話は聞き飽きた」
そう言ってジェラルドを睨みつける王子に、目尻の垂れきったジェラルドが、仕方ないだろう、と言う。
何が仕方ないのか。
「本当に愛らしいんだから」
うわぁ!!
めっちゃ甘い空気を醸し出すジェラルドを見て、ルシアンを見る。
ルシアンも大概私に甘いけど、こんな甘い空気出したこと……あったな、確か。って言うか、いつも……。
思い出したら恥ずかしくなってきた!
「どうかしましたか?」
私の顔を覗き込むルシアン。
どうかもなにも、貴方の所為ですよ!
「な、なんでもありません」
「私にとってこの世で一番愛らしいのはミチルだけですよ」
そう言うなり私の手の甲に口付けるルシアン。
ぎゃああああぁぁぁぁ!
何故この流れでそうなるんだあああああ!!
「……私も婚約しようかな……」
ぽつりと呟く王子に、モニカが目をキラリと光らせた。
「まぁっ! 殿下も想う方がおりますの?!」
モニカは凄い勢いで王子に迫る。
勢いあり過ぎて王子の前で祈るように手まで握っちゃってるよ……。
迫ってはいるんだけど、あー、これ、コイバナ聞きたいだけの顔だ。
王子は一瞬戸惑った表情をしたけど、さすが腹黒王子。
すぐに黒みを帯びた笑みになった。
実は最近、うすうす感じていたんだけど、王子ってモニカのこと好きっぽいんだよね。
それなのに、モニカってば人のコイバナ収集のほうが楽しくなっちゃってるみたいで、自分のことそっちのけで、ミチルはとても心配です。
しかもその当人に、好きな人がいるのかと聞く始末ですよ。
でもこの様子からして、そこにショックを受ける所か、利用する事を思い付いたようだぞ?
「うん、いるよ。
ねぇ、モニカ。私は心配なんだ、その令嬢が私からの婚約を受け入れてくれるのかが」
ロックオンが完了したな、と思った。
一方のモニカは全く気付いてないようだ。難しいお相手なのかしら? とか考えてるんだと思う。
「殿下からの婚約をお断りするような令嬢なんておりませんわ、ご安心なさって下さいませ!」
そっか、と言って王子はにっこり微笑み、目の前のモニカの両手を包むように握った。
「では、私との婚約、受け入れてくれるね? モニカ」




