038.微熱
ルシアンは私を大切にしてくれるし、甘い言葉も沢山くれるし、誰が聞いても私を溺愛してると言う。
それは、分かる。
さすがに目の前の人物が、自分を好意的に見てるかどうかぐらい、分かる。
「どうしましたか?」
「何でもありませんわ」
何でこの人は私のことを好きになったんだろう?
ルシアンの話を総合すると、中学一年の時かららしいのだが、何かあったっけ?
初めて会ったのはシアンを保護した時だし。
それからしばらくして図書室で会って話すようになったけど、それから少ししてルシアンは皇都に行ってしまったし、文通みたいなこともしていないし。
婚約だって、コミュ障なルシアンが比較的喋れる相手と言うことでしたんだと思ってたし。
って言うかむしろ信じてなかったし。
「ルシアンと出会わなかったら、どうなっていたのかしら?」
やっぱり修道院?
私の独り言に、ルシアンの表情が消え、にっこり微笑んだ。
……あ、やばい。
この笑顔は、ルシアンが怒ってる時っていうか、何言ってるの?って思ってる時にする奴!
新婚にあるまじき発言でした!
すんませんでした!
もう言いません! 言いません、多分!
「多分とはどういうことですか?」
考えてること読まれてますし!
ルシアンは私を軽々と抱き上げるとソファに座り、私を自分の膝の上に座らせた。
腰はがっちりホールドされて確保されております。
気が付けばロイエもリジーもおりません!
いつものことながら、ルシアンにのみ忠実です!
「私との結婚が嫌になりましたか?」
「違いますわ!」
そうじゃない、そうじゃないのです。
「では、何か別に不満があるのですか?何でもおっしゃって下さい。ミチルの願いなら何でも叶えますから」
何でもて!
ルシアンの左手は、私の指を撫でている。
暖かくて大きい、男らしくて、私はルシアンの手が好きだ。
「不満なんてありませんわ」
不安なだけで……不安……?
何に不安なんだろう。
ルシアンがいつか自分に飽きてしまうだろうということ?
私なんか及ばないようなステキな女性が現れるとか?
いや、それなら既にキャロルだっていたし、モニカだっているし。
うーん……何だか自分の気持ちがよく分からなくなってきたぞ。
結婚すれば、安心出来ると思ってたのかも。
何処かで、結婚をゴールにしていたというか。
前世でも誰かが、結婚はゴールじゃない、スタートだ、って言ってたけど。
一つのゴールには到達したけど、また新しいスタートをきってしまったということか。
前世で見てきた既婚者の一部が駄目過ぎて、結婚そのものが信用出来なくなってるのか?
ルシアンを信用してないんじゃないんだよなぁ。
自分がルシアンに相応しい気がしないって言うか……。
マジマジとルシアンの顔を見る。
この恐ろしく整った顔。全方位から見ても死角がないなんて凄すぎるよ。
睫毛も女子が嫉妬するぐらいバサバサだし長いし。私より本数あるし長いよね?! 眉の形も、男性らしさもありながら中性的にも見える絶妙な太さだし。髪は無造作風だけど、触ると柔らかくて、濡れ羽色という奴で艶々だし。
身長も高いし、鍛えてるらしくて、こうして抱き上げられた時に胸筋逞しいのとか分かるし、脚長いし。って言うかいつ鍛えてるの、この人?!
声だって程よく低くて、でも耳元で囁く時には、いつもより甘くてちょっと低くて。あんな声で囁かれ続けたら昇天しそ……ってうわわ、何考えて……!
私の理想を体現したようなルシアンだけど、私、大丈夫なの?
そりゃ、ジョギングで痩せました。痩せはしました。
今も走るようにしてるし、アレクにも乗りに行ったりして、スタイルを維持する努力は怠っておりませぬ。
あんまり出るとこ出てませんけど……。
髪も肌も、エマやリジーたち侍女たちが週に一度は全身エステをしてくれるから、ミチルにしてはつやっつやですよ。
この面倒臭いアッシュブロンドの髪も、彼女たちのお陰で維持されております。
でも、つるんぺたん。女性らしさのかけらもない身体。
「以前、私の理想をルシアンはお尋ねになったでしょう?
ルシアンは私の理想を通り越してるぐらいなんですけれど……」
何も言わずルシアンは私の頰を撫でる。何も言わずに撫でられるって、ちょっと恥ずかしい。
何を考えてるんだろうとか、深読みしてしまう。
「ルシアンの、理想の女性って……どんな方……ですか?」
これで巨乳好きとか言われたらどうしよう。
実はデブも許せるぐらいの巨乳好きで、かつての私が好きだったのはデブによる巨乳だったからで、久々に会ったら痩せて巨乳じゃなくなってたとかそういう。
どうやって巨乳になればいいの?!
牛乳?! 牛乳でいけるかしら?!
それとも美容整形かしら?!
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするルシアン。
そうかと思えば、ルシアンは私を抱きしめて、私のおでこやら髪やら頰にキスし始めた。
あっ、もしかして誤魔化す気か?!
やっぱり巨乳好きで、それは無理だろうと思うからキスして誤魔化すとかそういう奴か?!
「ルシアン、私、真剣に聞いておりますのよ?」
我ながら順番が無茶苦茶だとは思う。
何もかも無茶苦茶だ。
好きになった後に相手の理想が気になるのはいいとして、もう結婚してるし!!
いや、だって、あの時はそれどころじゃなかったと言うか。
貴族社会だから、別に不思議じゃないとも言えるけれども!
「私に関心を持って下さったということですか?」
「関心? ルシアンに対して? それはいつもありますけれど?」
私の言葉にルシアンはちょっと苦笑した。
え、何ですか、その顔。
その仕方ないなぁ、みたいな顔は。
「大丈夫、待ってますから」
待つ?! 何を?!
「ルシアン、誤魔化さないで下さいませ!」
ふふ、とルシアンは笑うと、私の指に自分の指を絡めてくる。これ、ちょっとドキドキする。
なんかすっごい触られてる感がして。
「誤魔化しているのではなくて、理想はありませんから、答えようがありません」
「そんなことありませんでしょう? 何か一つぐらいあると思います」
理想通りの人を好きにならないことなんてザラだとは思うけど、理想に近づいたほうが、いいとは思うのだ。
飽きられにくくなるとかさ。
「私はミチルが好きなのに、ミチルは何故私の理想を知りたいのですか?」
「それは当然、ルシアンに飽きられない為ですわ」
前世で周囲の同僚たちは、外国の人が多かったからか、いつも口をすっぱくして言ってた。
愛し愛される努力を怠れば、相手の気持ちは直ぐに何処かに行ってしまうと。
言葉や態度、プレゼントを欠かさない同僚たちを見ていて、よくやるなぁ、と思っていたのだ。
その時の私には、失って困るような人がいなかった。恋心なんか分からんかったし。
だからふぅん、と他人事として聞いていた。
でも今は違う。
これだけのイケメンなのだ。並大抵の努力ではいかん気がする!
ルシアンの耳がちょっと赤い。
照れてる?
そっと耳に触れると、ルシアンは困ったように笑う。
耳に触った手はすぐに掴まれてしまった。
「ミチルは、突然私の気持ちを煽りますね」
煽る?
何を? 何か言ったっけ?
「ミチル、私も、一人の男ですよ?」
「存じ上げております」
「分かってませんね」と苦笑しながら、私の顎をなぞる。
背中がぞわっとして、さっきのルシアンの、一人の男、の意味を理解した。
瞬間、顔が熱くなった。
「意味、分かりました?」
私の発言の何がルシアンを刺激したのかは分からないけど、ルシアンの言った意味はワカリマシタ。
「これでも、我慢は結構辛いんですよ?」
我慢、と言われて耳まで熱くなってきた。
「真っ赤ですね」
そう言ってルシアンは私の耳にキスをした。
背中がゾクゾクする。
「……っ!」
だっ、誰かお助けを……!
これ以上は身の危険と言うより、心臓に負担が!
いや、身の危険でもあるんだけど、いや、でも夫婦だしな、うぅ……っ。
逃げ出そうとした瞬間、キスをされた。
思わずぎゅっと目を閉じる。……我ながら色気ない……。
そっと目を開けると、ルシアンと目が合う。
……笑ってる。
笑ってるー!!
「私をからかわれたのですね?!」
「先にミチルが煽ったのですから、そのお返しです」
ちょっと意地悪そうな顔をするルシアン。
「煽ってません!」
「無意識に煽りますから、ミチルは。本当に、刺激が強いです」
んなっ!
それはこっちの台詞ですー!!
「ルシアンこそいつも私をドキドキさせるではありませんか」
恥ずかしくてたまらない私は、ルシアンを両手でポカポカ叩く。それを避けている内にルシアンの身体が傾いていく。
「ミチル、駄目です。止まって」
少し焦るようにルシアンが私の唇に手をあてる。
その手を掴み、ぐいっとルシアンに身体を寄りかかり、お返しとばかりにその手に口付ける。
なんか、いつもと立場が逆転してる気がする!
いつもルシアンにあわあわされてるけど、今日はちょっと私優位じゃない?
「ミチル。お願いです」
お願いです、と言われてはた、と止まる。
気が付いたら私、傾いてたルシアンの身体を完全にカウチに押し倒してる……!
しかも、馬乗りではなく、重なった状態で……!
ひぃ……っ!
我ながら何てことを!!
「ご、ごめんなさい、私、なんてこと……っ!」
慌てて身体を起こすものの、依然としてルシアンは私が組み敷いちゃってる状態で。
下から私を見るルシアンの目が、色っぽい……!
ややややや、やばいやばい、コレ、私、未経験なのにルシアン襲いたいよ!!
いやいやいや、待て待て自分!!
何考えてるんだ私!!
冷静になれ!
夫の色香に迷っちゃ駄目だろう! ……あれ?! 夫の色香が駄目ならみんな駄目なんじゃ?!
「る……ルシアン……」
どうしようこれ、どうしたらいいのか分からない!!
誰かに見られたら破廉恥罪で逮捕されそう!!
半泣きになっていたら、ルシアンの腕が伸びてきて、私の身体を引き寄せると、そのまま抱きしめられた。




