誤算
「どう言う事だ!」
怒声と共にグラスの割れる音が室内に響いた。
床に敷かれた輸入物の高級絨毯が、赤いシミを作っている。
ガラスの破片もあちこちに飛び散っている。
どう言う事だも何も、それはこちらだって言いたい。
だがそんな事を口にする訳にはいかない。
ここは平身低頭、怒りがいくらか収まって、話が出来る状態になるのを待つしかない。
あまりの怒りと、先程まで飲んでいた酒が効いてるのだろう、目が血走っている。
「一体あの娘にどれだけの金を注ぎ込んだと思ってる!」
確かに、目の前の御仁も、私も、彼女にはかなりの大金を注ぎ込んだ。
大金が彼女の元に運ばれた訳では無い。
彼女と繋がる為に大金を注ぎ込んだ、という意味だ。
「貴族に手を上げて処刑だなどと! あの娘は一体何があってそんな暴挙をしたと言うのだ!」
そこなのだ。
手の者に調べさせた所、調査内容は要領を得なかった。
あの娘が意中の男に水をかけ、男の婚約者に聖水をかけ、結果として処刑が決まったと。
最初にその報告を聞いた際には、目の前の男が馬鹿にでもなったのかと思った。
そして眩暈がした。
水をかける? 聖水をかける? 何の為に?!
目的は分からない。
だが、貴族の令息と令嬢に平民がそんな事をしてただで済む筈が無い。
そう、だからただでは済まなかったのだが、まず、何故水をかけるに至ったのかが不明なのだ。
学園内で起きた詳細までは調べきれなかった。
分かったのは、貴族の令息に行った事、貴族の令嬢に行った事、結果が処刑だと言う事。
「あの娘と商会の影響力を使って、カーライル王国に入り込もうと思っていたのに、ダズン商会のみならず、我が国と繋がりを持っていた全商会が潰されるとは! これまでの金と苦労が全てパァだ!」
御仁は、テーブルの上にあった、火の灯されていない燭台を薙ぎ払った。
私と御仁は、絶大な影響力を持つダズン商会と裏で繋がり、ハウミーニア王国を落としたように、隣国カーライル王国を掌中に収めるつもりでいた。
その為にダズン商会を筆頭に、十を超える商会と繋がり、少しずつ必要な物を運び込み、その準備を進めていた。
ダズン商会の娘が、適性を持っていた事も含めて、全てが順調に進んでいたのだ。
かつてカーライル王国に入り込もうとした際に、異様な速さで見つかり、我らを追い出し、ハウミーニアとカーライル王国の国交断絶まで持っていったのは、宰相のアルト侯爵だ。
そして今回の被害を受けた令息は、アルト侯爵の次男であり、宰相の後継者とされている。
またしてもアルト家だ。
まさかあの娘の価値に気付いて、処刑になるように事を運んだと言うのか?
あり得ない。
あり得る筈が無い。
だが、そのあり得ない事を現実のものにするのが、あのアルト家だ。
一体いつ、こちらの情報を入手したと言うのか。
ため息しか出なかった。
「落ち着かれなさいませ。次の策は既に考えております」
私の言葉に、ようやく目の前の御仁は、表情をいくらか和らげた。
「ほぅ?」
「まずは汚れを払わせましょう。夜は長ぅございます。話をするのに十分なだけの時間はございます」
鷹揚に頷くと、御仁は良かろう、と言って椅子に座り、背もたれに寄りかかった。
私は扉を開けて直に部屋の片付けと、新しいワイン、グラスと、本当はまだ出さずに置いておきたかった秘蔵のつまみを持って来るよう命じた。
確かにあの娘は適性があった。
適性は無いよりはあった方が良い。だが、必須では無い。
私の今度の対象は持たぬものであるが、持たざるものであるからこそ、道具として使えるのだ。




