034.チキン南蛮は酸味のあるタルタルソースで!
気が付けば総合評価が1300を超えておりました!
皆さまのお陰です。
ありがとうございます!
結婚から二週間が経つが、私はいまだにルシアンの寝顔を見たことがない。
ルシアン、ちゃんと寝れてるのかな?
さすが貴族社会と言うべきなのか、恐れていた冷やかしを受けることもなかった。
キャロルのことも、誰も口にしない。
してはいけないことになっているのかも知れないけど。
今日はアルト侯爵が王室帰りに屋敷に寄るということなので、侍女たちが張り切っていた。
ただ、料理人はめっちゃがっかりしていた。
何故なら、侯爵は私の作った料理を所望したからだ。
そんな訳で私が作ったのは、チキン南蛮だ。
それから菊花かぶ。チキン南蛮はこってりしているから、箸休めにと思って作ってみた。
侯爵はワインがお好きとのことなので、トマトとモッツァレラチーズのカプレーゼ。
からすみがあったら大根とカプレーゼでも良かったけど、季節じゃないからね。
あとは料理人にサラダとか、おつまみを追加で作ってもらった。
組み合わせが無茶苦茶だけどいいのだ。
「いやぁ、ルシアンからミチルの作った料理は珍しい上に美味しいと散々聞かされていたからね。
結婚したら作ってもらおうと思っていたのだよ」
義理とは言え親子になったので、侯爵は私を呼び捨てになった。私もお義父様と呼ぶ。
侯爵は嬉しそうにテーブルに着く。こんなご機嫌な侯爵見たの初めてなんだけど。
私とルシアンも並んで席に着いた。
「これは何て言う料理なんだい?」
早速大盛りの唐揚げが気になったようです。
そうでしょうそうでしょう。
「これはチキン南蛮というもので、こちらのタルタルソースを付けてお召し上がり下さいませ」
侯爵の執事が大皿から唐揚げを2つと、タルタルソースを侯爵の皿に取り分ける。
ナイフとフォークで唐揚げを半分程にカットし、タルタルソースを付けて口に入れる。
「これは……酸味があって、鶏肉の油と相性がいいね。それなのにこってりとしている。とても美味しい」
気に入ったようで、チキン南蛮をぱくぱくと食べていく。
横のルシアンも、もくもくとチキン南蛮を食べていく。これも気に入ったようだ。
男子は好きな味だよねー、チキン南蛮!
「箸休めにこちらのかぶをどうぞ」
「これはかぶなのかい? かぶで花を模したのか、凄い細かい技術だ」
菊花かぶは酢漬けで、とうがらしの輪切りを乗せてあるので、白い椿のような見た目だ。
すっぱいのと、とうがらし効果でちょっとピリッとする。
実は菊花としてはだいぶ失敗してるけど、侯爵には分からんだろうからいいのだ。
「あぁ、これは口の中がスッキリする。それなのにちょっとピリッとして、後を引く不思議な味だ」
トマトとモッツァレラチーズのカプレーゼも好評で、ワインと相性がいいね、と言ってにこにこしながら食べていた。
食後、侯爵はチキン南蛮と菊花かぶのレシピを尋ねてきたので教えてあげた。
別に料理屋を開く予定もないし。
「ルシアンの言葉通り、珍しいだけでなく、大変美味しかったよ」
そう言えば以前、照り焼きチキンのレシピをルシアンにあげたことがあったけど、侯爵は食べたことなかったのかな?
そのことを尋ねると、侯爵はちら、とルシアンを見る。
恨めしそうな顔である。
「ルシアンは全部一人で食べてしまうのだよ。酷いと思わないかい?
ルシアンの料理人も、ルシアンの許可がないと出せないと言って食べさせてくれないし。レシピも教えてくれないし」
ルシアンは涼しい顔でお茶を飲んでる。
そう言えばあのレシピを教えた後、ちょっと色々あったりもしたけど(汗)、ルシアンからプレゼントとしてシノワをもらったんだよね。
「本当は今日のレシピも父上には教えていただきたくなかったのですが、また来られても困るので」
父親の扱い酷いな!?
「いくら新婚でミチルと一緒にいたいからと言って、その扱いはさすがに酷いと思うよ」
さすがのアルト侯爵もルシアンにかかるとただの父親に成り下がるのか。これはこれでちょっと面白い図だ。
「そうそう、ミチル。
あまり思い出したくない話だろうとは思うが、少し我慢しておくれ」
話がガラリと変わった。
「キャロルの生家、ダズン商会が潰れたことは話したね?」
私は頷く。
「商会が持てる全ての資産を換金したのだが、それは全額ミチルへの慰謝料となる。
あぁ、ルシアンも馬乗りになられたり水をかけられたりと、貴族の令息とは思えない破廉恥被害には遭っているのだけれど、侯爵家としては慰謝料は受け取らず、全てミチルに渡すことにした」
そうだ!
ルシアンも散々な目にあってた!
水が滴ってイイ男だったけど!
あれはかなりいかんかったと思う。破廉恥罪適用で!
「ルシアンも受け取ったほうがいいと思います」
私だけ受け取るなんてとんでもない!
「ミチル、君が教えてくれたサムシングフォーと結婚指輪、あれが今どのぐらいアルト侯爵家に財を運んでくれているのか、知っているかい?」
「いいえ?」
そういえばそんなものもあった。
「本来であれば小さ過ぎて値打ちも付かなかったサファイアが、結婚指輪に嵌め込むことで価値を持った。
今、王都は結婚指輪ブームなんだよ、ミチル。
国王夫妻にも献上したけれど、大変お喜びいただいた」
これまで値の付かなかったものが、価値を持つ。
それはいいことだと思う。
でも、だ。
分からないけど、ダズン商会の全資産は、かなり凄い額だろうと思う。
それがまるまる私だなんて。
「ネクタイピンにもサファイアが使われることが増えたよ」
あ、そういえばそんなものもありました。
「これからもミチルの力を我々は借りるのだから、いいのだよ。もらっておきなさい。
何か買うときに夫に確認しなくてもいい資産があるというのは悪くないと思うよ。
例えば、ルシアンの束縛が酷くて家から逃げ出したいとか」
それを実の父親が言うんだ?!
ルシアンは殺しそうな冷たい目で父親を見てる。
なにこの親子怖い!
「香水とタイを贈る意味が広がって、フレアージュ家は他にも贈り物に意味を持つものがあれば教えて欲しいと、私に言ってきている。
当家としてもこれまであまり接点のなかったフレアージュ家と付き合いが深まるのは喜ばしい」
つまり仲良くなかったみたい。
「フレアージュ侯はご息女のモニカ嬢を通して情報を得ようとしたようだが、モニカ嬢がお怒りになられたようだよ。
ミチルはアルト家の人間で、今後も付き合っていくつもりがあるなら、自分をダシにミチルを懐柔するのは狡いとおっしゃったようでね。
令嬢は真っ直ぐなご気性のようだ。それにはさすがのフレアージュ侯もぐうの音も出なかったようでね」
アルト侯爵は楽しそうにくすくす笑っている。
「そうですね、真っ直ぐで、情の深いお優しい方です」
いつもいつも、私を守ろうとしてくれる。
キャロルから守ってくれた、あの時も。
あんなに優しい人はなかなかいないと思う。
誰だモニカを悪役令嬢って言ったの。
「そんな訳だから何か他にも意味を持つプレゼントはないかい?」
ぱっとは思い出せそうにないなー。
「思い出してみます」
さて、息子に殺される前に父は帰るね、と笑顔で言って侯爵は帰って行った。
楽しんでる、あれは絶対に楽しんでるな!
キャロルの話題が出たからだろうか、夜中に目が覚めた。
隣にルシアンはいなかった。
「ルシアン?」
ベッドから出てガウンを羽織った。
10月に入ったし、夜は寒い。
それに夜着で廊下とか本当は出ちゃいけないし。
ランプを手にドアを開け、廊下に出てみる。
うっ! 怖いかも!
歴史ある洋館だから、雰囲気が出過ぎてる!!
足音をさせないようにして廊下を進んで行くと、ルシアンの書斎のドアから光が少しだけ漏れていた。
ここにいるの?
そっとドアノブを回し、扉を押し開く。
中を覗き込むと、机に向かっているルシアンが無表情にこちらを見ていた。
「ミチル?」
表情がすぐに柔らかくなり、立ち上がってこっちに来るとドアを開けてくれた。ルシアンの大きな手が背中に回されて、部屋の中に案内される。
「どうしたの?」
「ちょっと、目が覚めてしまって……あの……ルシアンは何をなさっていたの?」
机に目を向けると、何やら書類が広がっている。
「結婚で爵位を賜ったので、父の仕事の一部を引き受けているんです」
「!」
それはそうだ!
だけどルシアンは家にいる時、いつも私の側にいる。
それだと仕事をする暇なんてなくて……あぁ、だから私が寝てから仕事を……。
うっ、こんな当たり前なことも分かってなかったなんて、なんて駄目妻!!
「ごめんなさい、ルシアン。私がいる所為で仕事が出来ないのね。
あの、私のことなんて気にしないで、仕事をなさってね?」
ルシアンは笑顔を浮かべ、私のおでこと瞼にキスをした。
「違いますよ、これは私の我儘なんです」
「ルシアンの我儘?」
「ミチルとの結婚を早めたのも、日中仕事をしないでミチルの側にいるのも。アルト領に関する仕事をするのも。
父はまだしなくてもいいと言ってくれてますが、私は早く仕事を覚えたいのです。
いずれ宰相になった際に、領地の仕事と宰相の仕事を同時に覚えるのは難しいでしょう。
それこそミチルと共に過ごす時間がなくなってしまうかも知れない。
それは私にとって本末転倒なんです。
私はミチルと一緒にいたいから宰相の座を望みました。それなのにその宰相の仕事の所為でミチルの側にいられないのでは意味がない。
ですから、今から少しずつ始めているだけなんですよ」
「でも……」
ルシアンの人差し指が私の口を塞いだ。
「さ、眠りにつくまで側にいますから、寝室に戻りましょう」
そう言うなりルシアンはひょいと私をお姫様だっこして寝室に連れて行くと、あっさりと私をベッドに寝かせてしまう。
私の横で、私の髪を撫でてくれるルシアン。
優しくしてもらえて嬉しいし、愛情も感じるけど、なんだか守ってもらってばっかりだ……。
っていうか何か、娘になった気分……。フクザツ……。
翌日、私はルシアンを強引に書斎に連れて行った。困ったようにルシアンは笑う。
「ルシアンはどうぞお仕事をなさって下さい。私、ここにいて刺繍しておりますから」
カウチに座って、ルシアンからリクエストを受けたシアンの刺繍を始める。
どんな格好のシアンにしようかなー。やっぱりおすまししてる時のシアンかなぁ。
……はっ、視線!
と思って顔を上げるとルシアンは横に座っていた。
それ、意味ないし! 私がここにいる意味ないし!!
「もぅ! ルシアン!」
「ミチルが刺繍している姿、初めて見るなと思ったもので。どうぞ、続けて?」
にこにこと笑顔で、どうあっても仕事をする気はないようだ。
「分かりましたわ。私もやります!」
止めだ止め! この作戦は失敗です!
さっさと刺繍道具を片付ける。
「え?」
「私も一緒に仕事します! そうすれば早く終わりますわ!」
戸惑うルシアンの手を引いて立ち上がらせると、机に座らせる。
「ミチルにこうして手を引かれるのもいいですね」
「そんなのいつでもして差し上げますわ。今はお仕事です」
ルシアンはふむ、と、顎に手を当てながら一瞬目を閉じた。
これは反対されるな、と思っていた所、「では、そうしましょう」と予想外の答えが返ってきた。
「い、いいのですか? 私がルシアンのお手伝いをしても?」
ふふ、とルシアンは微笑んで私の頰を撫でる。
「ミチルがそんなにも私と一緒にいたいと思って下さってるとは思いませんでした」
この笑顔の理由はそこか。
いや、うむ。
そりゃ、ルシアンの側にいたいですし? 新婚ですし?
一緒にいたいですよ、そりゃあね?
恥ずかしくてそんなことは言えませんけれども。
ルシアンはすぐ側に控えているロイエをちら、と見た。
そう言えばロイエいた!
気配消すのが半端なく上手なこの執事の存在を、私はちょいちょい忘れてしまう。
「ミチルに椅子を」
「かしこまりました。すぐにご用意致します」
間も無くして私用に椅子が用意され、ルシアンから領地の経営について教えてもらうことになった。
……あれ?
これ、結局邪魔してない?




