030.ギルド発足と収入印紙
一週間程休んで、学園に復帰した。
教室に入ると、わっとみんなが集まって来てびっくりした。
お、おお……。
「ミチル様!」
モニカが駆け寄って来て、私の首に抱き付いた。
わー、いいにおーい。やわらかーい。
「良かった! ミチル様に何かあったら私……!」
はっ、しまった! モニカの感触と匂いを楽しむと言う変態行為をしている場合ではなかった!
あぁ、でもちょっとオッサンの気持ちが分かったわ……美少女は正義だと思うよ……!
大きな目にいっぱいの涙を浮かべるモニカ。
モニカの背中をそっと撫でる。
「ルシアンから伺いました。モニカ様や皆さまが私の為に尽力して下さったと」
ざっと周囲を見回して、頭を下げる。
「ありがとうございます、お陰で私、こうして戻って来れました」
かけられたのはただの水だった訳だけれど、みんなが止めてくれなかった場合、あれだけで済んだかどうかは分からない。
そう思うと、今更ながらにぞわりとした恐怖が、よぎる。
今生の私は、運が良かったのだと思う。
現に前世の私は無関係にも関わらず巻き添え食って死んでるのだから。
じわり、と胸に重いものがのしかかる。
ランチ後、5人で研究室に集まった。
「殿下、ジェラルド様、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
王子とジェラルドは苦笑しながら首を横に振った。
「迷惑なんてかけられてないよ。私は何も出来なかった。
ミチル嬢には怒られても仕方ないのに、謝罪なんていらないよ。それにね、父上にもお叱りを受けたよ」
王子が王様に叱られた?! 何で!?
「俺も、キャロルを止められなかった。騎士を目指しているのに、肝心な時に助けられないんだから、お粗末すぎて自分で嫌になった」
はぁ、とため息を吐く二人を見て、モニカが苦笑する。
「お茶を入れますわ、皆さま、お掛けになって」
あ、私も手伝おう。
モニカの横に立って、お茶の準備を手伝っていく。
「先日淹れていただいたミチル様の紅茶、とても美味しかったですわ。あれは何かコツがありますの?」
モニカに様付けで呼ばれているのはいつものことなのに、なんだかちょっと嫌だな、と思った。
多分、私の中の心の壁がなくなって、モニカともっと親しくなりたいなぁ、と思ったからだと思う。
「モニカ様」
「何ですの?」
モニカはティーポットに茶葉を入れている。
「良ろしければ、ミチルとお呼び下さいませ」
モニカの顔が真っ赤になる。
な、何で?!
私、愛の告白とかしてないよ?!
「で、でしたら、私のこともモニカと!」
前のめりに言ってくるモニカ。私は思わず苦笑した。
「それは爵位的に駄目なのでは?」
「ミチル様は来月にはルシアン様とご結婚されて侯爵家に入るのです! 何ら問題ありませんわ!」
「でも……」
「モニカと呼んで下さらないと、私、反応しませんわよ!」
仕方ないなぁ、モニカは。
まぁ、こんなところも可愛いんだけどさ。
「分かりました、モニカ」
モニカはぱぁっと顔を綻ばせて、どんどん茶葉をティーポットに入れていく。
「モニカ?! 茶葉入れすぎです!」
先日、戯れに、というよりは割と本気で話したギルドは、私の適当な案よりも格段に現実的なものとして王室の官僚たちに立案され、4ギルドが発足された。
一番コントロールが難しいと思われる商人ギルドはアルト侯爵家。本当はフレアージュ家にしようとしていたらしいんだけど、息子の婚約者が密輸を扱った商家の娘に危害を加えられたことに激怒している、の体でいくらしい。そうした方が睨みが効きやすいから、とのこと。
国内全般の雑事をこなし、時には国内に異変が起きていないかの斥候役を兼ねる冒険者ギルドは騎士団長を常に輩出するハーネスト公爵家。
魔道学により作成されたものを、平民たちでも実現可能な形に出来るようフォローする手工業ギルドは魔道の権威 カーネリアン家。
服飾や宝石、嗜好品などを扱い、流行をコントロールし、他国に普及させる為の服飾ギルドはフレアージュ侯爵家。
まぁ、基本のギルドだから上位貴族が独占する形になってしまっているけれど、今後発足するギルドによっては、下位貴族の管理下に置くことも許可することも同時に発布されているようなので、下位貴族にとっては王政に食い込んでいくチャンス! になるのかなぁ。
この4ギルドに関していえば、王室が立ち上げたものだから予算は王室から出したらしいが、新規に発足した場合には、自分たちで立ち上げに必要なだけの資金を用意する必要があるとのこと。
そのギルドでどういった生業を主とするのか、統括する貴族は誰なのかを書類として提出する必要がある。ギルドで何かあった場合には統括する貴族の責任となる為、美味しい所だけ、とはいかないようだ。
ちなみに、これまでは商会を立ち上げると、売り上げにかかわらず、一律の税金を国に納付していたようだ。
「このギルドは順調だからと税率を一律で上げてしまうと、成長途中の商会には辛くなってしまうだろう?ある程度大規模の商会から税収を取る方法はないものか……」
悩まし気に王子は腕を組む。
どうも聞いていると、この国は裕福でもなく、貧しくもないらしく、制度も古いまま、という感じだったようだ。
王室としては少しでも国を良くしたいという思いはあるものの、雑事に忙殺され、更に皇国関連の問題が定期的に起こる為、物事が停滞しやすいのだそうだ。
そりゃ、暴利を貪る商会には格好の餌食ですわなー。一定額の納税をした後はノーチェックでやりたい放題なんだから。
「商会が新しく契約を結ぶ場合は、ギルドを介在するのですか?」
ルシアンが頷いて、教えてくれた。
「既存の契約に関しても、羊皮紙に起こしてギルドで管理することにしました。
その際、あまりにも片方に不利になる契約であると思われるものに関しては、ギルドが介入する形で、契約内容の是正を行います」
なるほどなるほど。大事だよね、そういうの。弱者救済的な。
過去の契約に関してはグレーゾーンのものも散見されるだろうから、そこは余程悪質なものでなければ、目を瞑るとして、今後の契約だよね。
「印紙、というものを作りませんか?」
ミチルの記憶に印紙は存在しない。
いかんせんミチルの記憶だから怪しいんだけどね。
まぁ、存在したらしたで別の方法を考えよう。
王子、ジェラルド、ルシアンが同時に「インシ?」と聞き返す。
この反応で印紙と呼ばれるものが存在しないことは分かった。別の呼び名で同じようなものがあるかもしれないけど。
「はい。国が発行する物ですね。契約の金額に応じて発行する印紙を商会に購入してもらうのです。
購入時に支払われたものは国に税収として納められます」
モニカは今日も書記係をしている。几帳面な字でサラサラと文字に起こしていく。
「過去の契約に関しても印紙を発行させようとすると反発が生まれるでしょうから、過去に関しては不問にしますが、悪質な内容で再契約になった場合は、印紙を発行してもらいます。
また、印紙を発行せずに行われた契約が発見された場合は、本来支払うべきだった印紙代の3倍をお支払いいただくということでいかがでしょう?」
「なるほど……」とルシアンと王子が呟く。
「印紙を購入出来るのはギルドだけです。
印紙の不正発行を避けたいので、ギルドが印紙を購入する際にはギルド印を押してもらい、購入枚数も記録します。
これだけだと商会にとってメリットがなくなってしまいますので、この契約がギルドが認める公正な契約であることの証明になりますし、後々問題が起きた時に、ギルドが保証することを約束します」
印紙の作成については、カーネリアン先生に相談にのってもらおう。
偽造出来ない方法とか、考えないとね。
「ギルドに登録している商会が他国と交易をする際に、冒険者ギルドに護衛の依頼をした場合は、値段設定を安めにして下さい。その代わり、登録していない商会が護衛を必要とした場合は、正規の値段をお支払いいただくということで」
「それはいいな。ギルドに登録した方が良いと思わせることが出来る」とジェラルドも何度か頷いた。
国内でギルドに登録せずにちまちまやってる個人事業主みたいなのは、まぁいいと思う。
その辺まで手を付けるのは、現時点では無理でしょう。
とりあえずギルドの話はこの辺にしておこう、ということで、アルト侯爵家の料理人にお願いして作ってもらったアップルパイをみんなで食べることにした。
研究室には紅茶の茶器はあるけど、お皿などはないので、寮から持って来たのだけど、ここにも置いておきたいなー。
っていうか中国茶器も作りたいなー。
同じことを思っていたのだろうか、王子がト国茶のことを話し始めた。
「そういえば、ト国と独占契約を結ぼうとしたら断られてしまってね。何とか交渉材料が欲しいのだけれど、難しいものだね」
王子はだいぶ国政に関与するようになっているようで、以前よりため息が増えた。大丈夫かな……。
その原因は私のような気もしなくもないけど……。ハハ……。
「ト国から輸入が出来ないと言うことは、茶器を国内で生産出来たほうが良いということですよね」
またしても王子が苦い顔になった。そんなに難しいのか……。
「我が国の陶器は、隣国のサルタニア国からの輸入に頼っているんだよ。サルタニア国の陶器は我が国が作る陶器と違って形が均一で美しく、耐久度も高く美しい」
食器は生活必需品だからなぁ、それをいつも輸入というのはなかなか。食料品じゃないだけマシなのかも知れないけど。
苦い気持ちになりながらアップルパイを口にする。
はぁ、アップルパイ美味しい……。幸せだー。
隣でモニカも美味しそうにアップルパイを食べている。
「国内での陶器の産地は何処なのですか?」
「レンブラント領が陶器に向いた土を産出するね」
レンブラント……キース先生のご実家の領地だろうか。
「叔父のキースに頼んでみましょうか、見学させて下さいと」
「!?」
驚きで声にならない私を見て、ルシアンは首を傾げた。
何故気付かなかったんだろう……!
確かにルシアンとキース先生って似てる……!
アルト侯爵とキース先生を思い浮かべてみる。……あぁ……似てるかも……。
なんだろう、このがっくり感……。
「そういえばルシアン、兄上はレンブラント公爵に養子入りしたのだろう?」
は?
ジェラルド、今なんて?
「そうです」とルシアンが頷く。
え? 長男がレンブラント公爵家に養子入り?
じゃあアルト侯爵家は?
茫然としている私に、ルシアンが教えてくれる。
「兄上はレンブラント公爵家に養子入りし、伯爵位を賜ることになりました。私も結婚と同時に伯爵位を賜ることになっております」
……と、言うことは、それってつまり……。
「結婚、早めなくても良かったってことですか……?」
王子とジェラルドが目を逸らし、モニカが微笑み、ルシアンがふふ、と笑った。
か、確信犯……!
確信犯だコイツ……!!
「そのような手があったのなら、教えて下されば良かったではありませんか!」
「いえいえ、兄上の養子が決まったのは私たちの結婚が早まったからですよ。それまでは侯爵家を継ぐのは兄上だったのです」
……本当かな……。
ジト目でルシアンを見る。
「ミチル嬢、顔。顔に出過ぎだ。気持ちは分かるけど」と、ジェラルドに窘められた。
「一夫多妻制ですから、それでもと皇女に押されると難しい所なのです。
それに、転生者のミチルと結婚するには、侯爵家次男では弱いのです。ですから私が侯爵家を継ぐことになりました。
叔父のキースは子供の出来ない身体だと分かった時点で、私か兄上のどちらかが養子に入ることが決まっていました」
え! それ、私の所為!?
確か、転生者は王族や上位貴族と婚姻を結んで囲い込むとは言ってた……。
そうか……だから侯爵家次男だと立場的に駄目なのか……。
「ルシアンのお兄様は……その……納得なさってらっしゃるのですか?」
どうしよう……自分の所為で長男を追い出すことになるとか、思いもよらなかったよ……!!
「むしろ兄上が言い出したことなのです」
「え?」
「宰相になりたくないと。ですから、ミチルが気にすることではありませんよ」
「……本当……ですか……?」
「今度会う機会を作りましょう。会えば分かりますよ」
もやもやした気持ちを抱えながら、口に入れたアップルパイは、なんだか美味しくなかった。




