秘密の仮面舞踏会
ドリューモア・アレクサンドリア(ミチル姉)視点です。
妹のミチルがルシアン様と婚約されてからというもの、私の気持ちが晴れることはない。
何故あのような、美しさも品性の欠片もないミチルがルシアン様と……!
信じられないことに、婚約はアルト侯爵様側の強い希望だというではないの。聞いた時、己の耳か頭がおかしくなってしまったのかと思った程。
両親も兄も手放しでこの婚約を喜んでいる。上位貴族それもアルト侯爵家と縁続きになることは、伯爵家の当家としてメリットしかない。友人たちにもこぞって羨ましがられた。
私としても、本当は喜ばなくてはならないのは分かっているけれど、あのミチルが!
豚のように肥えた醜くて愚かなミチルが、何故私の婚約者よりも上位の爵位を持つアルト侯爵家と……!
なんて忌々しい……!
しばらくぶりに屋敷に戻って来たミチルは、驚く程に痩せていた。幼い頃はその美貌を褒め称えられていたミチルに戻っていた。
アッシュブロンドのストレートの髪は腰まで伸びていた。この色の髪は、パサついて見える為、とてもとても手入れを必要とするのに、ミチルの髪といったら、滑らかさが遠めにも分かる程だった。
肌は元々私より白かったけれど、シミだらけだった筈だ。でも、今はシミ一つない陶器のような肌で、ニキビもない。あんなにニキビだらけだったのに……!
侍女はエマしか付けていない筈なのに、どうやって美貌を手に入れ、保っているというの?!
きっと、アルト家がその為だけに人を付けて下さっているのだわ……。そうでなければこんなにミチルが美しい筈はない……。
あぁ、私にもそのような侍女が付いたなら、きっとミチルよりも美しくなれるのに!
だって私はミチルより美しく、聡明なのだから……!
家族全員で参加したアルト家の舞踏会で、初めてルシアン様を目にした時、あまりの美しさに息が止まるかと思った。
純白のクラヴァットとは対照的な濡れ羽色の髪。光り輝く黄金の瞳。長身痩躯はタキシード越しにも鍛えられた身体がよく分かり、彫刻かと思う程に美しい。
あのように美しく、聡明で、家柄も素晴らしい方が、ミチルを……?
信じられない、と思っていた私の目の前で、ルシアン様はミチルに声をかけ、愛しい者に向ける優しい笑顔でミチルを見つめる。
ご自身が選ばれたというドレスを着ているミチルを、手放しで褒める。
愛しくてたまらないといった、熱のこもった眼差しでミチルだけを見つめてらっしゃるルシアン様。
音楽が流れ始め、ミチルが他の貴族の令息にダンスを申し込まれると、ルシアン様はそれを全て断っていた。それは、誰にも渡さない、という意思表示だ。
その様子を見ていた他の令嬢たちは頬を赤らめ、感嘆の声を上げる。
それからルシアン様とミチルは連続で3曲踊った。2曲連続で踊るのは恋人だけ。3曲踊るのは、婚約者の証。
踊り終わると、ルシアン様とミチルはドリンクを手に二人、バルコニーに消えた。
ルシアン様と踊りたいと思っていた女性たちは、明らかに残念そうに肩を落としていた。
世の女性が憧れてやまない状態を、ミチルが受けていることに、私の怒りは頂点に達しそうだった。
*****
私は今日、仮面舞踏会に来ている。
ミチルの所為で晴れない気持ちを少しでも発散したかったのだ。
本来、婚約者もいる私が、このような場所に来るのは間違っている。
私の婚約者は私に夢中だ。当然だわ、私は美しいのだから。
私としても、婚約者のことを好ましくは思っている。同じ伯爵家だけれど、由緒正しい血筋で、財力も問題ないし、容姿も悪くないし聡明で人格も問題ない。
けれど、どうしてもミチルの婚約者のルシアン様と比べてしまう。
あの美しい方よりも上の人が現れて私を奪って下さらないかしら……。
そんな非現実的なことを思いながら、その可能性を捨てきれず、仮面舞踏会の参加を決めた。
ここでは危ない恋を楽しみたい方も来るけれど、名前は不要。そして、身分も不要。
仮面舞踏会で見染められて上位貴族と婚姻を結んだ令嬢も少なくない。
この、仮面舞踏会でなら、私に相応しい方が、きっと私を見染めて下さる筈……! そう思って参加したけれど、声はかけられても、どうもその気になれなかった。
今回で参加は三度目になるけれど、感触が悪ければ止めようかしら。変な噂が立つ前に……。
そう思っていた私に、どなたかが声をかけてきた。
振り返ると、水色の髪、水色の瞳の仮面を付けた方が私を見つめていた。
顔の半分を隠していても、この方がどなたなのか、私にはすぐに分かった。
サーシス侯爵家長男のフィオニア様。
水色の髪を持つ方は多くいらしても、水色の瞳まで持つのは、サーシス家だけ。
あの美しい方が私に声をかけてきた……!
私の胸は歓喜に震えた。
「美しい方、よろしければ私にお話しいただける栄誉を」
あぁ、あぁ、やっぱり、私を見出して下さる方が現れたのだわ……!
当然だわ、ミチルよりも私のほうが、どれだけ美しいか……!
「勿論ですわ……」
差し出された手の上に、私はそっと手を重ねた。




