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転生を希望します!  作者: 黛ちまた
皇都編
188/360

見透かされる

レーフ皇弟殿下のお付きの人視点です。

レーヴァ様は皇城の図書室にて読書をなさるのを日課とされている。

目的があって皇国に来た訳でもない。皇国貴族と必要以上に慣れ親しむ必要もない為、基本的に皇城におられる。

腐敗している筈だった皇国が正常に機能しているのは、一部の官僚達による涙ぐましい努力と、アルト家による建て直しによるものだった。


女帝は体調不良を理由に皇城の奥深くから出て来ず、政は姪であり、先日立太子された皇女アレクシアが、実の祖父であるクレッシェン公爵と、叔母であるバフェット公爵の後ろ盾を得ながら行っている。

宰相の任に就いたのは、アルト家当主の実の弟であるキース・レンブラントで、クレッシェン公爵に養子入りして皇国貴族となった。妻も皇国貴族出身だ。

宰相の甥であり、次期アルト家当主となる事が決まっているルシアン・アルトも宰相補佐として入り、皇室の建て直しを行なっているとの事。

正直、たかが一人や二人の力と思うが、恐ろしい早さで問題を解決していったという。

その事をレーヴァ様に話すと、レーヴァ様は笑っておっしゃった。


組織というのは、実は一人か二人、優れた者がいて、その者の言う通りに事が進むようになされていれば回るものだ。むしろ、その方が効率が良いのだ、と。


その言葉通りの結果が出ているという事か。


「私のそっくりさんは、もう何年も前から本国で執政に携わっていたらしい。優秀な事だ」


アルト伯爵は今年18歳になったと聞く。それなのに、既に何年も前から執政に関わっている?


「中等部時代に高等部での学業を全て終わらせて、高等部では領地経営と執政の両面に携わっていたらしくてな。

誰もが匙を投げ、現状維持するのが精一杯だった不毛の地も、今では税収を得られる程に運営が上手くいっていると聞く」


「それはまた、本当に優秀なのですね」


「私の読みでは、伯爵夫人が鍵だと睨んでいるがな」


転生者と言われている、あの美貌の夫人が?


「勉強不足で申し訳ありません、レーヴァ様、転生者という者を、よく存じ上げないのですが、それ程凄い存在なのですか?」


「転生者というのは、前世の記憶を損なう事なく持ち得ている者の事だ。私達が日常的に使用している冷蔵庫や、街中の街灯は、転生者が前世の知識を元にしてこの世界に再現したものだ。

前世とひと口に言っても、その記憶は万能ではないらしく、偏りがあるそうだ。まぁ、他の世界で過ごした記憶がある、というだけだからな、人によるというのは頷ける」


当たり前のように使っていた冷蔵庫だったが、転生者によるものだったのか…。


「天才と称されるアルト家当主の息子が、同様に天才だったとしても、これまでに生み出された事のない手法を出し続ける事は現実的ではない。皇城の執務作業を大幅に改善させる手法、道具を作成したのは伯爵夫人だと言うからな」


なるほど、と頷くしかない私。


「人妻でなければ、連れて帰りたい程の人材だ」


「冗談でもお止め下さいませ。伯爵夫人は皇族になられたのですよ?」


ハハハ、と殿下は笑う。


ぴたり、と殿下が歩みを止める。

何があったのかと殿下の視線の先を見ると、黒髪の男がいつも殿下が座るソファに腰掛けて本を読んでいた。


男は殿下の視線に気が付いて顔を上げると、にっこり微笑んだ。


「これは、皇弟殿下」


殿下に先に話しかけるなど、なんと無礼な!殿下だと分かった上でのこの態度、許し難い。

抗議しようとした私をレーヴァ様は制止する。


「先日は息子の嫁をお助けいただき、ありがとうございました」


と、言う事は、この男がリオン・アルトか。

それにしても、なんと無礼なのだ!

天才だなんだと持て囃されて、礼儀を弁えなくても良いと誤認しているのか?!


殿下はアルト公爵の正面のソファに腰掛けた。


「人の噂とは当てにならぬものですね」


楽しそうに公爵は言った。

心なしか、殿下は緊張しているように見える。

いつも泰然とされている殿下が、実に珍しい。


「…それは私の事か?」


「兄を凌ぐ優秀さはあるものの、その傲慢さが瑕である、などと言われている方が、私の無礼に眉一つ動かされない」


「…公爵はさすがの情報通のようだな。

だが、噂通りだと思うがな」


ふふふ、と公爵は笑うと、「ここは敵国ですよ、殿下。傲慢であると決められたのなら、その仮面を外してはいけませんね」と言った。


殿下は苦笑した。


「…公爵は人が悪いな。分かった上で私を試しているのだから。公爵の基準でいけば、今ので私は落第だな」


人好きのする笑顔で公爵は、笑う。

息子の伯爵と似ても似つかぬ愛想の良さだ。


「次の私の質問にどうお答え下さるか、次第かな」


殿下が身構えるのが、分かった。


「殿下はいつまで続けるつもりですか?」


そう言ってまた、手元の本に視線を落とす。


わざとなのだろうが、いちいち態度にイライラさせられてしまう。

皇弟殿下に対してこのような態度を取るなど!


「…公爵は言葉こそ優しいが、内容が優しくないな」


「殿下、私の息子は貴方に瓜二つだ。その所為で皇帝が差し向けた刺客に襲われてしまった。優しくしろと言う方が無理な話ではないかな?

貴方がグズグズしている間にも兄君の精神状況と執政は悪化の一途を辿り、国内はレジスタンスが皇弟殿下こそ帝位に相応しいと活動をしているというのに」


「…それは事実か?」


初耳だった。

皇国にまで刺客が送られている事も、伯爵が人違いをされて襲われた事も、帝国内でレジスタンスが活動している事も。

帝国内の事は逐一報告させている。レジスタンスの事など、報告にはなかった。


「信じても、信じなくても構わないけれどね。火の粉が皇国にもかかるなら、振り払うのみだから」


公爵は手に持っていた本を閉じると立ち上がった。


「ミチルに手を出せば、アルト一門が総出でお相手させていただくよ」


我慢出来ずに思わず反論した。


「無礼が過ぎるぞ!殿下はそのような方ではない!」


軽口は叩かれるが、そんな倫理に悖る事をされる方ではない。

それに人妻に手を出さねばならぬ程、殿下は異性関係で困った事はない!

おモテになられて困ってるぐらいだと言うのに!


公爵は困ったように私を見る。


「主人の事を理解していないようでは、まだまだだね。

そなたの主人は、そなたが思うよりも狡猾で打算的で、純粋な人物だよ」


「な…っ!」


侮辱され、顔に熱が集まるのが分かる。


「そうそう、うちの息子に気を付けてね。

アレは、私と違って容赦しないから」


言うだけ言って図書室を出て行った公爵に、私が腹を立てていると、殿下はため息を吐いた。


「そなたの鈍感さが羨ましい」


「どう言う意味ですか、殿下?!」


殿下はハハ、と笑った。


「いや…本当に、参ったな」


そう言って殿下は額に手を当てた。


何がですか?と問い返す。


「あんなのが辺境を守っているのかと思うと…」


「レーヴァ様?」


「そなた、公爵を無礼な男としか思っていないだろう?」


その通りです、と頷く。


「私が傲慢だという噂は、帝都でしか知られていない筈なのに、公爵はそれを知っている。しかもそれが、故意に演じているものだと言う事まで知っているのだ。

更に兄上と私との関係性も、あの様子なら分かっているのだろう。私が、兄上の敵になりたくないが為に、傲慢であるように振る舞っている事も」


殿下の説明を受けて、今更ながらに背筋がぞわりとした。

私は知っていたからそのまま聞き流してしまったが、殿下がおっしゃる通りだ。


知られていない筈の事を、公爵はずっと話していた。


「噂には聞いていたが、たったこれだけの会話でこれだ。スタンキナが勝てる筈もない。あれではこちらの手の内が丸見えだ。

それに、あれはたまたまではない」


「故意ですか?」


「徹頭徹尾そうだろう。私がいつもここにいる事も、あのソファに腰掛ける事も知っている。

本当に私が傲慢なら、自分をどかせて座る筈が、私は迂闊にも、そうしなかった。この点で、公爵の中で様々な符号が合致した筈だ。

そもそも、傲慢であるなら、私はとっくに兄を追い落とそうと帝位を狙って行動してもおかしくない。

そういった行動が出来ないように制限を受けている身であるように見せてはいるがな。

とどめはレジスタンスだ。あれを聞いた時に私は、好機であると喜ぶ素振りを僅かなりとも見せる必要があった。それも忘れた。

その後、公爵ははっきりと伯爵夫人の事を口にした。本来なら、エメラルドがお好みですか、と婉曲的に尋ねただろう」


エメラルドとは、伯爵夫人の事だ。

美しい瞳はエメラルドのようだから、そう表現される。

夫である伯爵は、エメラルドがはめ込まれたタイタックピンをよく身につけている。


「あれはもはや、遠回しに表現する必要がないと判断されたからだ。つまり、落第だな、私は。

それから、警告だ。早く皇国を出て行くようにとのね。

兄に殺されるか、皇国で伯爵に狙われるか…はたまた、覚悟を決めるか」


苦虫を潰したような表情のまま、殿下はそれ以上なにもおっしゃらなかった。


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