044.人のいちゃいちゃは目に毒
ルシアンの許可も取れたので、カーネリアン先生に手紙を送った。なかなか会えなかった事へのお詫びを書いて。
お返事が来るといいんだけど…。
王子とモニカは私の祝賀パーティまで皇都にいてくれる事になった。
なったんだけど、いつも二人でいます。超ラブラブ生活を満喫してる感じ。
城では出来ない事をここでやってるな、っていうのが丸わかりです、えぇ。
「何をそんなに不貞腐れてるんですか?」
私の頰をふにふにつまみながらルシアンが聞いてきた。
ルシアンの膝の上に座りながら、モニカと王子の事を話していたら、色々思い出して、不満が顔に出てしまっていたらしい。
「不貞腐れてませんもの」
いえ、不貞腐れてます。
だってさ、屋敷滞在二日目にして、二人の世界にどっぷり入られてしまって、気を使って皇都案内とかしようとした私は、二人のいちゃいちゃを目撃しちゃったりして!
いや、案内する程皇都知らないけどね?!
自分の家なのに、なんだか身の置き場がなくて、部屋に閉じこもってる訳です。
自由に出れるけどあえて自室に閉じこもるのと、閉じ込もらざるを得ない状況というのは似て非なるものです。
たまたま窓の外見たら、庭で二人がいちゃついてるのを見ちゃったりして、カウチの上で体育座りですよ、もう…。
「お二人が、破廉恥なのです」
「ミチル的破廉恥?」
なんだね、そのミチル的破廉恥って?!
「ミチルの事ですから、二人が一緒に歩いていたり、頰に口付けをしていたりするのを見て、破廉恥と表現しているのではないかと」
ぅぐぅ…。その通りですよ。
「二人は王城では、立場があってあんな風に出来ないのですから、ここにいる時ぐらい、好きにさせてあげては?」
ルシアンの手が私の頰に触れる。
「そうなのですけれど…」
それは分かってるの!分かってるんだけどね!
って言うかルシアン、すっごい物分かりの良さそうな事言ってるけど、私がモニカにべったりにならなくて喜んでるだけでしょ?
私にはお見通しですよっ!
「けれど?」
「その瞬間に遭遇してしまうと、困るではありませんか…」
友人のいちゃいちゃシーンなんて、恥ずかしいでしょ。
………って、ルシアン、皆の前でも私にやってた!
ぎゃーーああああああ!!
蘇る羞恥プレイな日々ぃぃぃ!!!
「では、我々もいちゃいちゃしましょうか」
んなっ?!
何でそうなるの?!
顔が熱くなる。
「ルシアンまで私を困らせるのですか?!」
「困らせてるのではなくて、夫から妻への愛情表現ですよ?」
ふふ、とルシアンは笑うと頰にキスしてきた。
いかん!いかんよこの流れは!
「る、ルシアン、まだお話の最中です」
耳たぶにルシアンの唇が触れる。
「聞いてますよ?続けて?」
ルシアンの声が耳元でして、ゾクゾクする。
ひぃぃ!
こんにゃろ!自分の声の効果を分かっててやってるな?!
「か、カーネリアン先生に、お手紙を書きました。失礼をしてしまったので、お返事をいただけないかも知れませんけれど…」
「大丈夫ですよ。先生は直ぐに理由を理解して下さいます」
ルシアンの手が私の頰を撫でる。
「そうだといいのですが…」
「そう言えば先生は皇都にいらしてから、研究院にこもりきりだそうです」
魔道学をもう一度勉強したいって言ってたもんね。
「カーネリアン先生のあの熱意、尊敬しますわ」
私のはたまたま前世の記憶と結びついたラッキーパターンだからなぁ…。
「なんだか…羨ましいです」
「何がですか?」
ルシアンの肩に頭を乗せて寄りかかる。
ちょっと甘えちゃうぜ。
「目標に向けて努力をしている方って、ステキじゃありませんか?」
ルシアンも何か目標あるんだろうか?
自分の肩にのっている私の頭に、ルシアンは頰を寄せる。
「ルシアンも目標はあるのですか?」
「ありますよ。
オドレイ侯爵達を殲滅するという目標が」
えええええぇっ?!
それ目標なの?!
殲滅って表現おかしくない?!
あぁー、でもオドレイ一家は殲滅しちゃいたいかもー。
娘に始まって息子、父親とアレコレしてくれちゃったもんねぇ。許しませんよー、温厚な元黄色人種を怒らせた事を後悔すると良いですよ!
「色々と目標を持っていますよ。
今、ミチルが聞きたい目標はオドレイの事ではないでしょうが」
色々と目標を持ってる…。ふむ…?
「何も、大きいものだけが目標ではないでしょう」
確かにー。
確かに確かにー。
そうだよね。
働いてる時も短・中期の目標と、長期の目標と、いくつも持ってたもんね。
「そうですわね。それでしたら、私の目標は、祝祭を考えて、やり遂げる事ですわ。
ルシアンとノウランドにもいつか行きたいですし、アレクサンドリアをもっと良い領地にしたいです。
作ってみたい魔道具もあります」
ふふ、とルシアンは笑うと、「いいですね」と、私の言う事に賛同してくれた。
そうですよそうですよー、なんかちょっと目が覚めてきたような、頭がクリアになったというか。
楽しくなってきたー。
皇都で出来る事は、魔道具を作る事と、祝祭を考える事だね、うん。
「おキレイですわ、奥様!」
ありがとうございます!
「さすが、妖精姫です!」
それはやめてっ!
今日も今日とて、お義母様監修の元、磨き上げられております。
毎回思うんだけど、本当凄い。
お肌すべっすべになるんだよね。思わず自分で触っちゃうぐらい。
前世だったら、周囲の人にすっごいすべすべになったの!触って触って!って腕を差し出す所だけど、今それはやれないし、そんな事をしても許される相手にしたらば大変な事に…あばばばばば。
サファイアブルーのプリンセスドレスに、白のレース編みした幅広のリボンをベルトのように腰に緩く巻いて後ろに垂らす。
賜ったアンクは、今日はレース編みのリボンに通してチョーカーのペンダントトップにしている。
髪にもレース編みリボンが編みこまれている。
どうやら今日はレース編みリボンを推したいらしい。
感謝祭の屋台で見つけたレースのリボンを、お義母様は目敏く見つけ、そのお店まで押しかけたらしく、ベルトとチョーカーを作ってもらったとの事。
オシャレにかける情熱が凄い…私には到底真似出来ない…。まず、己で作ろうという発想がないよ。
ルシアンの瞳と同じ色のイヤリングを付け、完成です。
いざ、祝賀パーティへ!
嫌だけど!
さすがに皇族になっちゃった私にちょっかいは出せまい!
…と思うものの、行きの馬車の中、不安で仕方ない私はルシアンの手を握っていた。
「大丈夫ですよ」
隣のイケメンは例によって例の如く、緊張も不安もない様子です。
多分、その辺の器官が完全にイカれてるか、ないんだと思うな、このイケメンには。
「ルシアンは、緊張した事ありますか?」
私の質問に、ルシアンは苦笑した。
「ありますよ」
あるの?!ないかと思ってた!
人の子だった?!
「どんな時に緊張なさったのですか?」
「図書室でミチルに初めて話しかけた時」
あー、あの時?
っていうかふるっ!
「それ以外は?」
「そうですね…ない…かな」
はぁ?!
「兄も私も、常に冷静に判断出来るように、気持ちの切り替えを幼少時より訓練させられています。緊張状態は警戒が疎かになりますからね」
アルト家こえー…。
本気ですげー。ヤバすぎですわー。
「アルト家は規格外過ぎます…」
ふ、と笑うイケメンに、ドキッとする。
慣れてきててもこのイケメンっぷりにはやられる。
生粋のモブには刺激が強いですわ、本当に。
「さ、着きますよ」
夜会そのものは既に始まっていて、主賓の私はアレクシア姫と途中から入る事になっている。
かつてない立場だわー…。
皇城に入り、皇族専用サロンに案内され、私とルシアンだけ入ると、アレクシア姫とバフェット公爵夫妻がいた。
「伯爵夫人」
姫はぱっと顔を明るくさせて、立ち上がった。
姫と公爵夫妻にカーテシーをした。
公爵が苦笑して、「ミチル様がカーテシーをする相手は、今後限られてきますよ。私は公爵ですが、皇族ではありませんから」と言われた。
あ、そうか。
「失礼しました。まだ、感覚が伴わず」
いえ、と公爵は微笑んだ。
この人がお義父様とやりあってた人かー。
確かにキレ者って感じだな、目が。
姫に隣に座るように促されたので、言われるままに座る。
「これからはミチルとお呼び下さい、アレクシア姫」
「では、私の事もアレクシアと」
「それは駄目です」
私に却下され、あからさまにショックを受ける姫。っていうか断るの早過ぎたか?
ショックでぷるぷるしてる!
何この生き物、超可愛いよ?!
「世継ぎの御子を軽々しく呼び捨てなど許されません」
「で、では、二人きりの時とか」
「使い分けが出来る程器用ではありませんから、ご遠慮申し上げます」
しょんぼりするアレクシア姫。
凄い!ルシアンのあざとい子犬と違って、本当にしょんぼりして垂れてる耳が見えるようだ…!
「諦めるんだな、アレクシア」
公爵夫人が笑いながら姫に話しかける。
「私の娘にはならなかったが、私はそなたを娘同様に扱うからそのつもりでな」
ふふん、どうだ、参ったか、と言わんばかりに公爵夫人がドヤ顔で言った。
えぇ…なんでこう、皇族って…。
あぁ、でも皇族ってこういうものか。
ゼファス様も強引だもんなぁ。
ルシアンを見ると頷いていた。
「光栄にございます」
「お母様と呼んでもいいぞ」
何故!
「アレクシア様がそうお呼びした方がよろしいのでは?」
「駄目だ。私は叔母が良いのだ。だが、他に娘はいないからな。そなたがそう呼ぶ事を許す」
許すって言うか強要の間違いじゃ…。
「リンデン、そんな風に困らせたら会ってくれなくなるだろうから、そのへんで止めておいた方が良い」
公爵が助け舟を出してくれた。
助かった…。良い人や…。
「リンデンと呼んでおけば良いですよ。たまにお母様とでも呼んであげれば喜んで何でもするでしょうから、上手く使い分けて下さい」
え、公爵?
何か妻の扱い酷くない?
「セオドア、たまにでは意味がないのだぞ、母なのだから」
「母じゃないんだから、たまにで良いだろう」
そんなやりとりを、ぽかんと見ていたら、ドアをノックする音がした。
「お時間にございます」
「参るか」
公爵夫人がそう言って、公爵夫妻と姫が立ち上がった。私もルシアンに支えられて立ち上がった。
目標って大事ですよね。