017.化学のお時間です
放課後、ルシアンとモニカの3人でデネブ先生の執務室に向かうと、見慣れた人物二人と遭遇した。
どうしてここに……?
お掛けになって、と先生に促され、頭の上に? がいっぱい浮かんではいるものの、素直に座る。
私とモニカとルシアンが座り、反対側のカウチに王子とジェラルドが腰掛けた。
二人はちょっと、神妙そうな表情だ。
「皆さま、ご面識はおありだとは思いますので、紹介は割愛させていただきますわね」
私の動揺を無視して、先生は話し始める。
先生の侍女は紅茶とお菓子をテーブルに置いた。
「今回の私とミチルによる協同研究には、王室にも協力をいただいておりますし、今後も必要になることが予想されます。
その都度私が王室に許可をいただいて伺う時間が、勿体ないと陛下が仰いまして、王太子殿下が研究にご参加下さることになりました」
なるほど、確かに研究には王室に関わってもらってるから、王子が入るのはありなんだろうけど、王室もメリット欲しいよねぇ。
正直、私みたいな子供を准研究員に任命しちゃう研究院もどうなのかなーとは思うんだよね。
大体こういう貴族組織って、内部が熟れ過ぎていたりするし。
そんなことを思っていたら、エスパーなのか先生が言った。
「補足をしておくと、私たちの研究結果を、研究院が独占することを懸念されての、王室の介入になります」
あ、やっぱりそうなんだ。
それを先生自らが言うということは、研究院内部は推して知るべし、と言ったところか…。
そして先生もそれを良しと思っていないと。
しかもこんなあっさりと言うぐらいだから、嫌がらせなんかもあるのかも知れない。
わざわざ王室側から協力を申し出ているし…。
しかも独占て……。
それはルシアンもアルト侯爵に報告もするかな。
問題を孕んでいそうだもんねぇ。
侯爵なら皇都の事情にも詳しそうだし。
「まぁ、そう言った面倒ごとはこちらで何とかしますから、ミチルや皆さまには、研究に邁進していただければと思いますわ」
先生も大変だ。
組織の中の先生の立場というものが分からないけど、一筋縄ではないのだろう。
この世界でも女性の地位は高くないからなぁ。
そもそも研究院そのものの、この世界での立場というものもどうなのか把握出来ていないなぁ。
それは知っておいた方がいいんだろうか?
でも私はただの伯爵令嬢で、ただでさえ今回の研究で悪目立ちしている可能性があるからなぁ。
一番知っていそうなのはアルト侯爵だろうなぁ。
先生はさすがに組織の一員でもあるから、全てを詳らかにはしないだろうし。
そこで、ピンときた。
あぁ、そうか、私がルシアンの婚約者だからだ。
アルト家というのは、絶大な力を持っている。
それこそ皇都でも。
私が准研究員なんかに認められたのは、他でもないアルト家次男のルシアンの婚約者だからで、あわよくばアルト家を取り込みたいという思惑なんかもあるのではないだろうか?
面倒なことにルシアンとアルト家を巻き込んだことだけはよく分かった。
どうやって詫びたらいいものか……。
金銭的なものでは駄目だろうしなぁ……。超が付くお金持ちだもの、アルト侯爵家……。
顔合わせが終わって寮に帰る道を、モニカに断ってルシアンと二人で帰った。
今回のことを、どうしても謝りたくて仕方なかったのだ。
「ルシアン。私の所為で面倒なことに巻き込んでしまって申し訳ありません。どうお詫びを申し上げていいのか……」
ルシアンは苦笑する。
「ミチルが望んだ訳ではないでしょう。当家はこの手の話は多いですから慣れてますし。それに、今回のことはそうではありませんから」
あぁ、やっぱり、ルシアンはとっくに気づいていたんだ。私のせいでアルト家が巻き込まれたことに……。
ですよねー…。そうですよねー……。
私ごときが気づいてるんだから、ルシアンが気付かない筈はないっすよねー。
「でも……お詫びのしようが……」
「気にせずこのまま私と結婚していただければそれで」
顔がカッと赤くなった。
ぬああああ! 不意打ちすぎる!
くそう!こんな時まで!
「またルシアンはそんなことを!」
もうー! こっちは真剣に悩んでたのに!
「いえ、私も真剣です」
物凄い真面目な顔でルシアンは言った。本当に凄い真剣な顔だ。
ルシアンの中で、この婚約がなくなるっていう心配でもあるんだろうか?
逆じゃない? それ心配するのこっちじゃね?
「ルシアンは何か不安でもあるのですか?」
「えぇ、ありますよ。ミチルとちゃんと結婚出来るか」
最近分かったことなんだけど、ルシアンは根が真面目だからか、冗談を言わない。
こういうことを言ってる時は、本当に悩んでるのだ。
「え、だって婚約してるではありませんか」
何言ってんだ? この人。
その為の婚約だろう。
「ミチルから破棄されるかも知れないでしょう?」
「何故?」
思わず即答で答えてしまった。
伯爵家のうちが侯爵家との婚約を破棄とか絶対にありえないし。そんなことしたら父親に磔にされるのは間違いないし。
何より破棄する理由がない。
ルシアンがじわじわとこぼれるような笑顔を向けてきた。
なっ、なんだこの幸せ満載な笑顔は?!
え!? もしかして私が即答で破棄しないって言ったから?!
……っちょっ! 恥ずかしくなってきた!
なんか知らんけどルシアンが私の手を掴んでますし。これまた逃げられないパターンですし。
夕暮れとは言え二人っきりですし!
先日に引き続きピンチ再びです!
「ミチルと結婚出来ないなら死んでもいいです」
そう言ってルシアンは私の手を自分の頬にあて、手のひらの内側に口付けた。
あああああああ!
ちょっとちょっとそのへんでストップ! ストップぷりーず!
ミチルの上限に抵触しまくりですよ!!
言葉攻めにお触りまで!!
ルシアンって、実は私の命狙ってんじゃないかって思う時あるよ!!
婚約者に多額の保険金をかけて殺害ですよ! その必要はないぐらいアルト侯爵家はお金も(以下略)
「ミチルと結婚する為ならば、魔道研究院やその他もろもろなんて些末なことです」
うお! 言い切った! イケメンすぎる!
いや、本当イケメンなんだけど!
「ですから、気にしないで下さい。ミチルの為に何か出来ることがあるというのも、私にとっては嬉しいんですよ?」
重ね重ねイケメンすぎてもはや言葉もないです。
このチート級イケメンめ!!
*****
翌日、ルシアンとランチをしていた所、モニカと王子とジェラルドが同じテーブルに座った。
「色々とお話ししたいことがありますので、ご一緒させていただきますわ」
昨日のことだろうな、と思ったので、私は素直に頷いた。
「ルシアン様もよろしくて?」とモニカが問うと、ミチルが良ければ異論ありません、と抑揚なく答えた。
「突然あのような形になって申し訳ない」と話を始めたのは王子。
「ミチル嬢も突然准研究員などにされてさぞや驚いたことだろうと思う」
そこから王子が話したことには、今回の魔力の器の位置が人により異なるという発見を、最初はデネブ先生の名前だけで報告したらしい。
先生は私を表立って巻き込むつもりはなかったということだ。
けれど、先生のライバル関係にある別の研究員が横ヤリを入れて来ようとし、どうしたものかと思っていたらアルト侯爵から私の名を出すように言われたらしい。
どうしてここでライバルが出て来たりアルト侯爵が出て来たのかさっぱり分からん!
話の続きを聞くと、王室への報告には一人では来れない。魔道研究院長と、デネブ先生のライバルが随行し、その報告をしたとのことだった。
そこに宰相であるアルト侯爵もいて、そこでその発想はデネブ先生一人のものかと問われ、私の名前が出たと。
ライバルはそれをネタに先生をいじり始めたが、侯爵がうちの息子の婚約者の名前も是非出して欲しいなぁ、と言い出しての、共同名義報告と、准研究員認定というものらしい。
……で、今後の研究にはうちの息子と王子も一緒にやって、皇都の本体に美味しい所持ってかれないように牽制するのもいいんじゃないですか、と言われての今、だそうだ。
ははぁ……なるほど。
なんか色々おかしいなと思ったら侯爵が噛んでるのか。
チラリとルシアンを見ると、気にした様子もなくコーヒーを飲んでいる。っていうかこの涼しげな顔。もしかしなくても粗方知ってたんじゃ……?
「……何処まで、ルシアンはご存知だったのですか?」
「全て父から聞いております」
全部かよ?!
ちょっとちょっと……昨日あんなに巻き込んで申し訳ないと思った私の気持ちを返して下さいよ……!
「あの人の息子を16年程やっておりますが、物事が不自然な程に円滑に動き始めた場合、大体あの人が絡んでますね。
ただ、それが表に見える形の場合は問題ありません。出ないことが殆どですが」
ひぇっ。
なんか実の息子からめっちゃ不穏なこと言われてるけど、侯爵ってば?!
王子とジェラルドが同時に目を逸らしたよ……?
薄々思ってたけど、アルト侯爵って、魔王タイプだよね?!
そのデネブ先生のライバルとやらが、先生を貶める為に私の親なんかにちょっかい出したりしたら、もう目も当てられないしなぁ……。
その想像が難くない程には、愚かさには定評があるからな、うちの父親。他の家族も。
いくら私が絡むとルシアンも巻き添えを食うからとは言え、そんなの婚約解消でなんとでもなることだろうになぁ……。
「……ご厚情をいただいたことだけはよく分かりました。アルト侯爵様には何かお礼をさせていただきたいと思いますわ」
ひと通り話し終えた後、ジェラルドが苦笑いを浮かべながら、まぁ、よろしく頼む、と言った。
いや……それはこっちのセリフでは……。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私たちはその日の放課後、他の生徒より先んじて魔石生成の復習をした。
魔石の大きさ、形を自在に変えられる訓練だ。
私とルシアンと王子の魔石は黄色で、モニカとジェラルドは緑色の魔石だった。
魔石をマジマジと見つめていると、ジェラルドにツッコまれた。
「魔石を穴が空くほど見つめてどうした? ミチル嬢」
「いえ、魔石と魔石を一つにまとめられればいいのになと思いまして」
魔石は込められている魔力量に応じて大きさが異なる。より大きな魔力を、となれば大きい魔石が必要になる訳だが、一人の人間が持つ魔力量には限界がある為、そうもいかない。
その為、魔石と魔石を繋ぐ魔道具が存在する。電池を直列で繋ぐような感じだ。
でもそれだと沢山の魔石を必要とする。そう言った場合はどうするのだろう?
だって、冷蔵庫とかはずっと魔力を必要としており、コンセントから魔力をひき続けているのだから。
私の疑問に先生が答えてくれた。
国営の魔力供給所には巨大な杯があり、そこに魔石を入れると魔石が姿を変えて液体化するので、それを流すのだそうだ。
ますますもって電気みたいだなー。
ルシアンの魔石を触らせてもらった。
私の魔石と同じ黄色だけど、違う黄色なのかな? そう思ってくっつけて見比べようとした所、接合部分が溶け合ってしまって、離せなくなってしまった!
慌てて先生に聞くと、同じ色だと融合しますが、別の色だと融合しませんよ、と言われてしまった。
ただ、融合させられるのは、同じ色の魔石を作れる人だけだと言う。
それを聞いてジェラルドとモニカは自分たちの魔石をくっつけていた。確かに融合した。
完成した魔石を、後からでも変えられるのなら、こんなことも出来るのかな?と思った私は、黄色い魔石を両手で包むように握り、前世の電池の形をイメージしてみた。
手の中で、魔石が形を変えるのが分かる。
手を開いてみると、思った通り、電池の形になっていた。プラス部分が出来上がっている。
「何ですか、この形は? 奇怪な」
あまりに奇抜な形に、王子が驚いてる。まぁそうだよねー。初めて見るよねー、電池の形。
「モニカ様、そちらの緑の魔石もこれと同じ形にしていただけませんか?」
両手で握って、この形になるように想像するんです、と伝えると、作ってくれた。ただこの形に認識がないから、ちょっと歪だけど。
何かむき出しの魔道具があればなー、魔石の直列が機能するか確かめられるのになー、自分で魔道具を作れるようになったら、試してみよう。
厳密には違うかも知れないけど、この2つの魔石は大体同じ大きさだから、魔力量も同じぐらいだと思うんだよねー。
「何か魔道具をご使用になりたいかしら?」
先生が察してくれたので、外付けの魔道具はございませんか?と尋ねると、魔道球(前世で言う所の電球だね)とコイルを持ってきてくれた。おぉ、化学の授業っぽい。豆電球とかでやったなー。それで電池増やして、豆電球の明るさが増すのを確かめたりしたしたー。
それを思い出して、黄色い魔石のマイナス部分と緑の魔石のプラス部分をくっつけて直列にする。黄色の魔石のプラス部分と緑の魔石のマイナス部分にそれぞれコイルを付けて電球につなげたら、魔道球が点灯した。
「?!」
みんながあまりにも驚いてるので、あれ、私なんかやっちゃったかな、と内心冷や汗をかいていた所、先生がため息を吐いた。
「魔石と魔石の間に魔力を通すのはかなり難しく、専用の魔道具を必要とするというのに、ミチル、あなたという人は……」
あぁ、なるほど。その、専用魔道具無しに魔石同士を結合させて魔力を通しちゃった、ということか……。
「こ、これもその内研究結果として発表しましょう、デネブ先生」
「分かっていたことですけれど、ミチル様は本当に規格外過ぎますわ」
モニカにまでため息混じりに言われてしまった。




