037.ロマンスのススメ
自分宛に来た招待状を読み終え、ため息を吐いた。
またしても皇室から夜会の招待状が届いたのだ。
3ヶ月に1度どころか、もっと開催してるような気がするよ?!
「あらぁ、また来たのね、招待状。今度は何ですって?」
「特に開催の理由は書いてないわ」
「大方、殿下とお近付きになりたい令嬢と、その家が皇室を突いたんでしょうね。皇国の建て直しで忙しいって言うのに、馬鹿馬鹿しいったらないわ」
呆れた様子でそう言い放つと、セラは私と自分用の紅茶をテーブルに置いた。
セラは最近紅茶にハマっていて、紅茶率が高い。美味しいし、香りも良いので、私も気に入っている。
それにしても、セラの言う通りだと思う。他国の人間が必死に建て直そうとしてるのに、当の本人達が玉の輿しか考えてないとか。
馬鹿馬鹿しいけど、姫がいるからなぁ。キース先生、ルシアン頑張って、と思ってしまう。
「でも、こういう状況になったらなったで、お義父様なら喜びそうですわ。膿を出すのに丁度良いと思わない?とかおっしゃって」
セラが苦笑した。
「よく分かってるじゃない、ミチルちゃんてば」
以前、皇都の貴族の事を、無駄に数だけいるんだよ、と笑顔でさらりと言っていたから、この状況を見たら間違いなく、淘汰していくと思う。
お義父さまも魔王だからね…。
ルシアンはあまり興味なさそうだけど、そういうのには。
そのルシアンは、カーライル王国のお義父様に直接会う必要があるとかで、不在だ。
夜会には間に合うみたいだからホッとしてる。一人で行きたくないし。って言うか行かなくて良くなればいいのにー。
この前も結局嫌がらせを受けたし。
源之丞様が助けてくれたから良いものの。
はぁ…彼女達も懲りないよね。
頭に血が上っちゃって、冷静な判断が出来なくなってるのかな。
でもさ、ルシアンから簡単に殿下に鞍替えしたぐらいだから、殿下の事だってそんなに好きじゃなさそうなのに、あんなに嫉妬出来るものなの?いくら結婚が彼女達にとって死活問題とは言え。
料理長に作ってもらったほうじ茶ゼリーを食べながら、そんな事をぼんやりと考える。
「ねぇ、セラ」
「んー?」
ゼリーに練乳をかけているセラは、真剣だ。でも、かけ過ぎだと思う。
「何故私はこんなに皇都の令嬢に嫌がらせを受けるんでしょうか?」
「は?」
そんな、何言ってんのコイツ、って顔で見ないでよー。
私が聞きたいのは理由じゃないんですよー。その先?なんですよー。
「いえ、理由は大体分かっておりますわ。
分かっておりますけれど、私に手を出せば皇室が許さない事は周知の事実ですのに。それなのに何故、皆様、嫌がらせをやめられないのかなと」
ほうじ茶ゼリーを口に運ぶ。うむ、美味しい。
これならルシアンも食べられるに違いない。甘くないし。
「皇都の貴族令嬢達が愚かであるとしか言いようがないわね。カーライルではこんなに愚かな令嬢はそう多くいないもの。
単純に、中央が平和ボケしてるからこそ起きる状況じゃないかしら?」
「女帝とバフェット公爵夫人による争いの弊害ですか?」
「それはあると思うわ。真っ当な貴族は他国に流れたと聞いているもの」
oh…優秀な人材を登用しないだけならまだしも、国外に流出しちゃってるんだとするなら、今残ってる皇都の貴族は、悪い意味で粒揃いって事ー?
なんか報われないよねぇ。
優秀な人達が、下級貴族だからと不遇な立場にあって、馬鹿な奴らが上位貴族と言うだけで優遇される。
本当馬鹿馬鹿しい。そりゃ、他国に行きますよ。ここにいても無駄だもん。
フローレスやステュアートだって、伯爵家の出だけど、伯爵の中でも下の方に位置する所為で不遇らしいし。
姫も、裏では色々言われてるしなぁ。
あんなに一生懸命、皇国の為に悩んだりしてるのに。
もー!馬鹿どもにバチが当たればいいのに!
クロエからの追加報告書に目を通す。
思っていた通りの結果だった。良くも悪くも。
外来種は軒並み魔力を持たない。
野菜のように、品種改良のような事をされてきたものは、何処かで外来種を取り込んでいるのだろう。大体が魔力を持たなかった。
野菜以外を冷凍庫に入れるなんて事、殆どないから、気付かれなかったんだろうな…。
っていうか野菜も冷凍庫に入れないよねぇ。冷蔵したとしても。
貴族の地位を脅かさない為に、今ある植物を外来種と交配させるとか…そんな良くない考えが一瞬頭を過ぎった。
駄目ダメ、そんなの絶対駄目。
それにしても、なかなか難しい問題。
正直に、今の皇国の貴族とか見てると、植物から魔石がうんぬんとか知られたりして、それ以外にもフラストレーションが溜まったら、暴動起きてもおかしくなさそー。
そう考えると、むしろこの前提案した私の案が実行されて、アホ貴族共を淘汰した方がマシかも知れない。
いきなり平民が入ってくる事はないとしても、下位貴族の優秀な人材がもっと政治に食い込んでくれれば良いのになぁ、とは思う。
報告書を読み終え、ルシアンもいないしで暇だ。シアンはカーライルにいるし…。
良い子にしてるかなぁ、シアン…。
もふもふに触れたい。もふもふ欠乏症ですよ。
あまりに暇なので、屋敷の中を散策する事にした。
もう日も暮れているから、庭には出られないし。
目的もなくセラと一緒に散策していた所、図書室に人の気配がした。
そーっと覗くと、リュドミラが何かを書いていた。
……いやーな予感。
セラを見ると、セラも半眼になっていた。私と目が合うと、頷き、そっとドアを開け、リュドミラが気付いて慌てて紙を隠す前に、セラが奪った。
「あっ!!」
そして、紙に書かれた内容を見て、深いため息を吐く。
「セラ様、お許し下さい」
ブルブル震えるリュドミラ。
次の瞬間、リュドミラの眉間にセラのデコピンが炸裂した。
「あぅっ!」
あの攻撃食らってんの、私だけじゃなかったのか…!仲間がいた!
あまりの痛みに耐えきれず、リュドミラは眉間に手を当てて震えている。
痛いよねー、本当。
突かれるだけで痛いからね、デコピンなんてその倍は痛いよね…。
セラの手の中にある紙を見ようとした所、セラが首を振った。
え、そんなに凄い事が書かれてんの?!
「前回の比じゃないから止めておいた方がいいわ」
えぇ…あの…それ、またしてもモデル、私だったりするの?
リュドミラの顔が真っ赤である。耳まで赤いし!
見られたらそんなに恥ずかしがる癖に、何故そんなの書くんだい、リュドミラ!!
リュドミラは突如セラから紙を奪い取ろうとセラに飛び付いた。
!
令嬢とは思えぬ予想外の行動!
その行動が、紙に書かれた内容のハードさを予感させる。
セラの手から紙が数枚落ちたのを拾う。
「ミチル…」
ルシアンが甘い声で私の名を呼び、頰に触れる。
ぞくり、と背中が泡立つ。
この先の事を予感して、私の胸は高鳴る。
愛しいルシアン。
貴方に触れられると思うだけで、私の小さな胸は羞恥と喜びで満たされる。
「ルシアン…」
そっと目を閉じ、口付けをねだる。
次の瞬間に、柔らかな感触が唇に触れる。
「愛していますよ、ミチル…」
私の身体は、ルシアンの重みを受けてゆっくりと寝台に横たわった。
ルシアンの手が夜着の紐に触れ、肌が外気に触れる。
恥ずかしくて、目をぎゅっとつむ
「いやーーーーーっ!!!」
思わず絶叫してしまった。
セラが呆れた顔で、「だから見るなって合図したじゃないの」と言った。
それはっ、そうなんだけど!
こんな官能小説的な事になってるなんて思わないよ!
「な、何故、いつも私とルシアンがモデルなのですかっ、仮想の人物で書いて下さいませっ」
しかも軽く小さい胸とかディスられてるし!!
いくらリュドミラの胸がたわわだからって、酷くない?!
私が一番気にしてる事を!
お詫びとして少し分けてくれ!
「実在の人物の方が創作意欲が湧くものですから…」
はにかみながら答えるリュドミラ。
いや、そこ、はにかむとこじゃないから!
「処分するつもりで書いてるんでしょうけど、何がきっかけで書いたものが外に出回るか分からないわ。そうなった時、貴女は責任を取れるの?」
セラが冷静に問い質すと、リュドミラは俯いて首を横に振る。
「…取れません…」
「そうでしょう?だから、ミチルちゃんとルシアン様をモデルに書くのは止めなさい。他の人間ならいいから」
お待ちになって!
そこは、もう書いちゃ駄目、って諭す所なんじゃないの?!
「ちょ…セラ…?!」
「そうねぇ…リリー・エルギン侯爵令嬢とかどうかしら?
ルシアン様への叶わぬ想いを抱えながら、別の紳士に言い寄られ、嫌なのに、いけないと思うのに、流されていってしまうのよ」
……セラ、ハーレクィンとか、好きですか?好きですよね?
そうに違いない。私は今確信した。
こっちの世界のハーレクィンみたいな奴はロマンス小説として、ご婦人方に大人気らしい。多分セラの中でも!
「そ、そのリリー・エルギン侯爵令嬢の事をもう少し詳しく…」
リュドミラがセラにぐいっと歩み寄った。
スイッチ入ったっぽいー…。
目がキラッキラしてるし。
…えーと…リリー様、ごめんね?
恨むなら、己の行いを悔いて下さい。あれがなければセラもこんな提案をリュドミラにしなかったと思うし。
「きつめの美人だから可愛らしい色が似合わないんだけど、いつも淡い色合いを好んでいる所からして、少女趣味というか、夢見る乙女だと思うわ。
あー、胸は多分着痩せする感じで、大きめだと思うわ」
ふんふん、と頷くリュドミラ。
さっきから地味に胸の事で私のHPがえぐられていくんですけれどもー…。
「カッとなると自制が効かなくなるみたいで、言わなくて良い事を言ってしまう傾向があるわね。押しも強いわ。
表情は割と豊かで、父である侯爵には可愛がられて育ってるわね。いつもいつも贅を尽くしたドレスを着ているんだけど、似合ってないのよね」
セラも容赦ないな…。
その通りだけどさ、それを全部小説に反映させるのかい?
「似合わないドレス…切っ掛けにして…」
ヤバイー…リュドミラがブツブツ言い始めましたー…。
「お相手は誰が良いかしらねぇ。ツォード・オドレイとかもいいわねぇ」
ただでさえ、暴漢に襲われて不能になり、廃嫡されたとか噂されてるって言うのに、話の中でまで貶められるとは…。
「暴漢に襲われたツォード様がリリー様の前から姿をくらまし…リリー様は真実の愛に気が付く…」
oh…着々と話が出来上がっていってるっぽいー…。
「本当に不能にした方がいいのかしら…それとも献身的なお世話で…?あぁ、強引に関係を結ばされた時に子が出来て…?」
駄目だ、リュドミラの創作意欲が弾けてる。
これはもう、止められる気がしない。
リリー様とツォードが主役に決定だね、コレ。
「あ、リュドミラ、名前とか、所々変えておきなさいよ?もしかしてあの人?と思わせるのもなかなかオツなものよ?」
そう言ってウィンクするセラに、力強く頷くリュドミラ。
「ミチルちゃん、リュドミラの邪魔をするといけないから、お部屋でお茶でも飲みましょうよ」
「…あぁ…」
促されて部屋を出る。
心なし、セラがご機嫌である。
「リュドミラの趣味も、使い方次第では輝きそうよねぇ」
うふふ、と笑うセラ。
「…エゲツないですわ、セラ…」
「ロマンス小説だけじゃないのも書けるといいんだけど。そうよ、そういうのも話の中に盛り込めば、より話に深みが出るんじゃないかしら?
ロマンス小説である事を隠れ蓑にして、皇国貴族の不正を暴いていく、みたいなのとか、面白そうじゃない?」
アルト家こえー、と心の底から思った。
まさかリュドミラの趣味を使ってそんな嫌がらせを思い付くとは。
「正義の味方に、とある貴族をモデルにした悪役を作って、お仕置きしていくとかも面白いと思いますわ」
「正義の味方のモデルは誰?」
「うーん…アレクシア姫?でも姫とはバレないように、市井にお忍びで行っては不正を見つけ、姫の護衛騎士が成敗するんです」
暴れん坊皇女、とかどうですかね。
「それはそれで面白そうね」
セーラー●ーンと、水戸●門と迷って、暴れん坊●軍にしてみました。