006.万年筆と文書整理
初日は雰囲気を知ろう、と言う事でルシアンの視界に入らない所に椅子を用意してもらって座っていた。
セラとクロエにはルシアンの手伝いをしてもらって。
ステュアートは時折私を睨んでいたけど、気にしない。
私なんかにイライラしてると処理効率下がると思うんだけどな。
ルシアンは恐ろしい勢いで溜まっていた書類を捌いていく訳だけど、これ、ルシアンのような優秀な人だからこんなスピードで出来るんであって、いなくなったらどうするんだろう?
1年もいたらこの体制に周囲も慣れちゃうよね?
ルシアンの後任の補佐官は死ぬんじゃないの?まぁ、宰相補佐官だから、優秀な人を連れて来るんだろうけど。
このイケメンの事だから気にせず1年後にはカーライル王国に帰るんだろうけど、他の人達がまた帰れない日々が続きそう。
キース先生の前任の宰相がルシアンを必死に引き止めたと言う事は、ルシアンが優秀だったからだろうし。
とは言え、私が不必要に介入するのもねぇ。どうかと思いますし。
なのでお茶を飲む。後は見学。
そんな私に腹が据えかねたのか、ステュアートが私に言った。
「貴女は何をしているのか!補助に来たといいながら、ずっとお茶を飲んでるだけではないか!」
「その通りですわ、ステュアート様」
認めると、ステュアートのこめかみに青筋が。
凄い!青筋浮いてる!イラついてる!
「本日はみなさまの働きぶりを見学させていただいております」
「偉そうに!」
セラとクロエが私とステュアートの間に立つ。
他の官僚達はハラハラした様子でこっちを見てる。
「偉くはありませんけれど、皆さまの働き方には改善の余地があると、見てて思っておりましたわ」
「改善の余地だと?!何処にそんなものがあると言うのだ!これ程効率的に動いている室はない!」
いや、少なくとも私なんかに気を取られている君は効率的ではないよ…。
ちらりとルシアンを見る。
邪魔したくなかったのに、結果的にステュアートの所為で初日からとんでもない事に…。
いや、私も言わなくていい事言ってるんだけどね?それは自覚あります。
でもこの人、何を言っても聞いてくれなさそう。
「ミチル、この書類が終わりましたら話を聞かせて下さい。ステュアートはミチルに絡む前に己の仕事を終わらせるように。次にミチルに絡んだら問答無用でここから出て行ってもらいます」
「補佐官様!職務と奥方と、どちらが大切なのですか?!」
「ミチルですが?」
…ルシアン、分かってますけど、即答はちょっと…。
それにしても、私と仕事どっちが大事なの?!を他人に言われるとは?!
ぽかんとしているステュアートにルシアンが追い打ちをかける。
「私はそもそも、戻ってくるつもりはありませんでした。ミチルが付いて来て下さったので戻って来ただけです。
私はカーライル王国の貴族であり、本来、皇国の建て直しに加わるべき人間ではありません」
ルシアン!素直に全部言わなくていいから!
呆然とするステュアートはとぼとぼ席に戻る。
優秀だけどアホの子なのかなー。残念な感じ。
少しして、作業を終えたルシアンが私の名を呼んだ。
「ミチル、お茶にしましょう。貴女の気付いた事を教えて下さい」
私は頷いてクロエを見た。クロエは頷いてお茶の準備に取り掛かった。
「では、お願いします、ミチル」
みんないてちょっと言いづらいけど…仕方ないか。
「あの、ルシアン、この机に積み上げられた書類ですが、期日がバラバラのものですよね?」
「そうです。それは私も気になっているんですが、持ち込まれた時点で積み上がっている為、仕方なくこのままで作業しています」
それを整理する前に片付けてしまった方が早いもんね、ルシアンなら。
「書類を分類する人間を一人置いて下さい。補佐官の秘書が必要です。
それから、補佐官直筆でなければならない書類でなければ、その代筆も秘書に任せて下さい。最終的に書類に目を通して印を押すのは補佐官自身が行う事にして。
これだけの量がありますから、もっと手分け出来るものはしないといくら時間があっても足りません。
あと、文書の管理が煩雑です。どの書類が完了したものなのかが不明確で、みなさん何度も確認をされています。
サインをすべき場所を探すのにも手間取ってらっしゃいました。その辺りは、付箋紙の導入をお勧めします。
また、各分野に担当者を付けてはいかがでしょう。担当分野に関しては知識が特化していきますから、補佐官でなくとも判断が可能になったり、補佐官に助言も可能になりますので。
現時点で気が付いている所はこんな所です」
私の言葉にルシアンは頷いた。
「いいですね。採用したいと思います。
秘書に関してはセラやミチルにお願いするのはよくありませんね。いずれいなくなる人間が請け負うのは正しい形とは言えませんから」
その通りです。
あくまで、ここにいる人達が主体的になって進めていかないとね。
「私やセラ、クロエは他の執務室に書類を持って行ったり、完了した書類を整理する用途にお使いいただいた方がいいと思いますわ。
代筆には字のキレイな方が向いてますわね。書類を分類するのは、判断能力が高く、多方面の知識をお持ちの方がよろしいかと」
ルシアンは顎に手を当てて、官僚達を見る。適性を見て選ぼうとしてるのかな。
「フローレス、代筆を任せます。それからステュアート、書類の分類を任せます」
それぞれの分野の担当者も割り振られ、役割が明確になった。
ステュアート卿はアホの子だけど、仕事は出来るんだな。
ルシアンに名前を呼ばれて、泣きそうな顔でステュアートは返事をした。
「私、これから書類整理などに必要な道具を、皇都に求めて参ります」
「それでしたら、私がご案内します」
いつの間に来たのか、フィオニア様、もといフィオニアが室内にいた。
様付けは不要です、と言われているんだけど、つい習慣で付けてしまう。
「私も行くわ」
セラとフィオニアさ、フィオニアはルシアンの方を向いてお辞儀をすると、私を連れて部屋を出た。
馬車に向かう廊下で、セラが言った。
「あのステュアートとかいう男、子供過ぎて面倒だわ」
うん、子供という表現、ぴったりだね。
フィオニアは苦笑する。
「彼はルシアン様を崇拝してますからね、その様子だとミチル様に絡んだのですね?」
「あと一回ミチルちゃんに絡んだら退場よ」
警告からのイエローカード1枚、って感じですね。次でレッドカードっス。
「何事にも全力投球な方なのでしょうね」
「褒めてあげる必要ないのよ?」
セラの言葉に思わず苦笑する。
これはかなり、鬱陶しいと感じているな。
まぁ、無理もないけど。
ちなみに褒めてないヨ。
「ミチル様、何をお求めですか?」
「確か、カーネリアン家が営んでいる店舗が皇都にあると伺っているのですけれど、そこに行きたいですわ。
そこにあれば、付箋紙と、ファイルボックスを購入したいと思っております。
それとは別に、作りたいものがあります」
「変成術で?」
「こちらは羽ペンで書類を書くでしょう?
都度都度インクを付けて書くのも時間の無駄ですし、ペン先も適宜整形しなくてはなりませんから、何とかならないかと思いまして」
万年筆を考えてるんだよね。
カートリッジタイプではなくて、インクを吸い上げるタイプの万年筆。
ペン先は鉄で作れば結構もつだろうし。
「必要な素材はガラスと、鉄と、ゴムと木材です」
万年筆作りに必要な素材と、付箋紙とファイルボックスを購入してルシアンの執務室に戻る。
大変ありがたい事に、カーネリアン家の作った付箋紙は、私が前にデネブ先生に言った通り、形が3種類あり、色も8色あった。凄いわー。
ファイルボックスも同じ配色であったので、8種類買ってみました。
それから、みんながちょっとつまめるようにと、手を汚さずに食べれるお菓子を買って来た。
用途に合わせて使い分けてもらうように、付箋紙は人数分買ってきた。
「ありがとう、ミチル。助かります」
セラとフィオニアが官僚達に付箋紙の使い方を説明する。
官僚達は感心したように何度も頷いていた。
ファイルボックスは軽さと丈夫さに驚いていた。
最初は不満げだったステュアートも、付箋紙の便利さには感心していた。
みんながそれぞれ席に着いて作業を始めたので、私はまず、箱を作る事にした。
全部で4つ作る。
既決箱と未決箱で、"可及的速やかに"、"急ぎではないけど期限があるもの"、"期限のないもの"、を未決箱で3種類。既決箱1個で、計4個。
それをルシアンの机に置く。
「ミチル、これは?」
説明を求められたので、ざっと箱の使い方を説明する。
ステュアートが内容に合わせて付箋紙を貼り付け、未決箱3種類の中に、期限に合わせて入れる。
それをルシアンが期限間近のものから片付け、完了したら期限に合わせて既決箱に入れる。既決箱は一種類でいいかなと。終わったら直ぐに片付けるという事で。
既決箱に入ったものは、秘書のどちらかが書類に付いている付箋紙の色からどの担当者に返せばいいのかを判断し、受け取った担当者は後続の作業に取り掛かる。
「なるほど、書類の状況をひと目で分かるようにするのですね」
そうですそうです。
早速内容と期限で振り分けた物をステュアートが未決箱に入れていく。
うんうん、素晴らしいね。
みんなの机の上に、3段トレイとかも置きたいな。そうしたら机の上の書類がかさばったりしないし、机そのものも広く使えるようになるし。
セラには未決箱と既決箱の作成方法と使用方法を文書にさせ、カーライル王国のお義父様に提出させた。
それから、3段トレイ用に木材の追加購入をフィオニアにお願いしておいた。
さて、私は初めて作る万年筆に集中せねば。
以前の上司に、万年筆にこだわっている人がいたので、ちょっとだけ構造に詳しい。
万年筆のブランドは、人によってこだわりがあるので、詳しくはない。モンブランが有名だという事ぐらいしか分からない。
でも今はブランド名より、構造の方が大事なので、前世の知識は役に立ちそう!
カートリッジタイプの製造をカーネリアン家にやってもらう為にも、近いうちに自分で作ってみないとね。
それはそれとして、今はインクを入れる空洞部分のある万年筆を作成する。インク残量が見えた方が楽なので、ガラスで作る。
インクが漏れたらいけないから、蓋はゴムだ。
スポイトでインクを吸い上げ、空洞部分にインクを入れ、ゴムで栓をし、持ち手部分をネジのように回転させて結合させる感じ。
ペン先が差し込む部分はガラスと鉄だと削りあってしまいそうだから、差し込み部分も鉄にしておく。
ペン先を5パターンぐらい作ってみたので、紙に線やら文字を書いて、質感などを確認する。
視線に気付いて顔を上げると、何故かみんなが私の机の周りに集まっていた。
何で?!
みんな仕事して?!
「ミチル、これは何ですか?」
そうでした。ルシアンは私が作業してるのを見るのが大好きな人デシタ。
多分ルシアンが私の作業に関心を持って見学して働かなくなり、秘書達も何事かと見に来て、最終的にみんな見学したのだと思われる。
「万年筆を作っています」
ダウ●トンアビーぐらいの文化かと思うと、意外な所が発達していたり、未発達だったりするこの世界では、まだ万年筆は存在しないのだ。
学生の時は鉛筆だったからいいんだけど、公式書類になると油性インクを使うからね。
とは言え、羽ペンは不便過ぎる。
「マンネンヒツ?」
「はい。羽ペンの代わりになるものですね。
羽ペンですと、都度都度インクをペン先に付けなくてはいけませんし、付け過ぎればインクで紙が滲みますし、ペン先が潰れてきたら削り直さなくてはなりませんから。
これだけの書類と格闘しながら、そんなことしている余裕はありませんでしょう?
ですから、インクをペンの中に入れておいて、ペン先も鉄で作成すれば潰れにくいので、便利かと思いまして」
出来たばかりの万年筆と紙をルシアンに手渡すと、サラサラと線や文字を書いていく。
「これは、素晴らしいです。傾けてもインクが漏れませんし、紙にも滲みにくい。
インクの残量はここを見ればいいのですか?」
そう言って万年筆のインク部分を指で指す。
「そうです。減ってきたら、こちらのスポイトで吸い取って、この部分に入れればまた使えます。
ルシアン用に作りましたので、どうぞそのままお使い下さい。使用して気付いた点がありましたら、おっしゃって下さいませ」
にっこり微笑み、ルシアンは私の頰にキスをした。
慌てて頰を手で押さえる。
「!!」
周囲の生温かい視線に恥ずかしくなる。
ふふ、とルシアンは笑うと、つい、と答える。
こほん、と咳払いをし、何事もなかったフリをする。
「次の万年筆は、補佐官の代筆をなさるフローレス様にお渡ししようと思うのですが、お使いいただけますか?」
フローレスは笑顔で首を縦に振る。
「楽しみにしております」
多めに作って、カーライル王国にも作成方法と使用方法を書いて送らないとな。