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セミ

SANチェック多目でお送りしております。


「ねぇ、死体…いらない?」


 俺の目の前に居るのは小柄で汚ない身なりの女。


「は?…なん…の?」


 かろうじて自分の周りが見える、そんな真っ暗な闇の中にいる。


「キラキラ光る…小銭?欲しい」


 そうだ、こいつは小銭を欲しがっていたんだ。


「だからお金なんてもってねぇって!おまえも死体なんて持ってないだろ!」


 イカれた奴だ、早く…逃げないと。


「………あるよ?」


「え?…あ…あ、ああああああああ!!」


 視界にノイズが走り、その端からペンキで塗り潰す様に紅に染まっていく。


 女の足下に転がった1つの死体、それは紛れもなく俺だった。



 ◆  ◆  ━



「うわあああああああ!!」


 タクトは慌てて自分の周りを確認する、窓からは光が射し込み、そこが自分の部屋である事を思い出した。

 不安に駆られる体を布団で覆い隠す、暑い、汗が吹き出る。


「夢!?夢か…、夢だ、夢だ夢だ!」


 タクトは汗だくになりながら震える自分の体を布団で押さえ込む。

 怖い夢など何度も見ている、しかし今朝は不安で仕方がなかった。




「タクトー?どうしたのー?」


 部屋の外から声が聞こえてタクトは一瞬呼吸が止まった。

 大丈夫、大丈夫だ、あれは母さんだ、タクトは自分を落ち着かせる。


「…な、何でも無いよ」


 そう、少し怖い夢を見ただけ、冷静に考えれば不安に思う事など何も無い、昨日色々有りすぎて精神的に参っているに違いない。


 そう思うと次第に冷静さを取り戻し布団から這い出る、ほら、いつもの自分の部屋だ、怖い物など何も無い。



「つっ、…ん?なんだ?」


 ほんの一瞬だったが膝に強い痛みを感じ、足を確認するが別になんとも無かった。


「…なんだろうな、昨日走り過ぎたかな」


 この時、タクトは自分の独り言で思い出した、自転車を置いてきた事を。

 流石に歩いて行くには学校は遠い、それに自転車を放置してるのも不味いだろう。




「母さーん!今日学校まで送ってもらいたいんだけどー!」


 自転車が壊れて道の途中で置いてきたことを説明し、今日は車で送ってもらう事にした。

 それとついでに自転車を回収し、修理に出してもらうという事で話がまとまった。


 あの女の話はする気になれなかった、出来ればすぐに忘れたい。



「はいお弁当、後は準備出来てるわね?じゃあ行くわよ」



 まだ早朝だというのに車内は既に暑く、クーラーが効くのを待つ。

 一度車が冷えてしまえば後は快適なものだ。

 実に涼しいし、蝉の鳴き声も窓に遮断されて遠くに聞こえる。


 昨日の出来事も夢だったんじゃないかと思う程に平和だった。

 しかし、道端に転がったままの自転車が昨日の出来事が現実である事を物語る。




 ……… ……… …… …





「おっすタクト!」


「シンイチか、…おっす」


 タクトとシンイチは同じクラスだ、タクトが席に着くなりシンイチがやってくる。


「元気ねぇな、どうしたよ」


「ん…、まぁ、お前なら良いか、無関係じゃねぇし、実はよ、昨日の帰りにあの女に会ったんだ。っていうか、話しかけられた」


「あの女?」


「ほら、あいつだよ。昨日の部活中に居た奴」


「何!あれ幽霊じゃ無かったのかよ!妹に幽霊見たって自慢しちゃったじゃねぇか!」


「はは、俺も残念だよ」


 シンイチは明るい性格だ、タクトも感化されて気持ちが落ち着いていく。



「で、…可愛かったか?…その、体はどうだった?見えたか?」


「そんな余裕無かったわ、俺もお前くらいゲスかったら楽だったかもしれねぇな」


「男子高校生として当然の嗜みだと思うが?…で?何話したんだ?」


「あー、たぶんあいつホームレスだわ。金が欲しいんだとよ」


 むやみに怖がらせる事も無いだろう、それ以外は伏せる事にした。


「ほー、よく分かんねぇけど未成年なら保護してもらえたりしねぇのかねぇ。俺なら自分で保護しちゃうけどな、ふへへへ」


 シンイチのゲス顔を見るに、こいつならやりかねないと思ってしまう。


「滅多な事言うもんじゃねぇよ、それに不謹慎だぜ?関わらなくて済むなら関わるもんじゃねぇよ、ああいうのはよ…、俺はもう御免こうむりたいわ…」




 この後も普段の日常が続き、タクトも普段通りの心を取り戻していた。

 そのまま午前の授業は何事も無く終わりを告げる。



「タクトー、一緒に飯食おうぜ」


「おう、今日もパンか?たまには弁当持って来いよ」


「あー、ダメだわ、母ちゃん作ってくれねぇし、自分で作る気力もねぇ」


「まぁ、俺も自分で作るくらいならパン買ってるだろうな」


 そう思うと毎日弁当を作ってくれる母親に感謝もしたくなるというものだ。今日は自転車の修理も任せちゃったし、たまには家事を手伝うべきだろうか。


 タクトはそんな事を思いながら弁当を机に並べるが、水筒を取り出した時に違和感を感じた、妙に軽いのだ。そういえば弁当箱も軽い気がする。


 水筒の蓋を外してコップにし、水筒を傾けるが、いつも入っているはずの麦茶が中蓋の注ぎ口から出てこない。

 水筒を振ると、中から「…サ…カサ…」という乾いた音がする、まるで紙でも入っているかのような軽い音が聞こえてきた。


「…?お茶入れ忘れたんかな」


 今度は弁当箱に手をかけると、突然弁当箱が振動し大きな音が鳴る。

 それは間違いなく…セミの鳴き声。


「うわあああああ!!」


 タクトは堪らず弁当箱を床に投げ捨てると、開いた蓋の隙間から無数の蝉が這い出してきた、そのどれもに羽が無い。

 もしかして、そう思ったタクトは水筒の中蓋を外してひっくり返す。そうすると中から大量のセミの羽が落ちていく。


「な!なんだよこれ!なんなんだよ!」


「おいタクト!お前が何なんだよ!突然どうした?」


「は!?見れば分かんだろ!何だよこの蝉!」


「あ?飛んで逃げない様に一匹ずつ羽切ってくれたんだろ?お前の母ちゃん芸が細かいよなぁ、うちの母ちゃんじゃよおやらんわ」


「はあ!?シンイチおまえどうしちゃったんだよ!」


「いらんなら1つもらうぞ?」


 そう言うとシンイチは蝉を一匹拾い上げて、あろうことかそのまま口に放り込んだ。


「ちょ…お、おい…」


「やっぱ雄か、中身スカスカだわ」


「あ、あ、ああああああ!」


「あ!おい!タクト!?」




 ……… ……… …… …




 気が付くとタクトは保健室のベッドの上だった。

 気を失ったタクトをシンイチが保健室まで運んでくれたという事を保健室の先生に教えてもらった。先生は三十台の女性で優しいため割りと人気がある。

 時計を見ると既に6限目が始まっているようだ。


「夢…だったのか…、はは…、だいぶ参ってるんだな…俺」


「…疲れてる?ちゃんと寝れてる?まぁ、今日はもう帰りなさい、家に連絡入れたから、もうすぐ来ると思うわよ」


「あ、はい。そうします」




 しばらくして母親が来てくれた。

 保健室で横になっているタクトを心配そうに見つめていた。


「学校で倒れたんだって?病院行く?」


「いや、もうだいぶ気分も良くなってきたよ、大丈夫」


「あ、そうそう、自転車直ったよ」


「ああ、ありがとう」



 一言二言会話を交わした後、先生に一礼して部屋を出る。

 廊下に出たタクトを見付けるとシンイチが駆け寄ってきた。


「おう、大丈夫そうだな。でも今日の部活は休むだろ?顧問に言っとくわ」


「ああ、ありがとう、俺を運んでくれたのもシンイチらしいな、悪かったな」


「良いってことよ!ほら、お前の鞄」


「あ、ああ。何から何までほんと悪いな」


「俺の数少ない親友だからな!」


「嘘つけ、シンイチは友達めっちゃ多いだろうが」


「へへへへ」


「埋め合わせはいずれな」


「期待しないで待ってんよ」




 シンイチに別れを告げて母親の車に乗り込んだタクトはそのまま帰路に着く。

 家に着いて玄関の扉を開けるといつもの我が家だった。

 おかしな所は何も無い、やっと現実に帰ってきた気がした。




「あ、タクト、弁当箱出してね、洗っちゃうから」


 ふいにタクトの心臓が跳び跳ねる。いや、大丈夫なはずだ、あれは夢だったのだから。そう自分に言い聞かせて弁当箱を取り出す。


 取り出した弁当箱は妙に軽く、夢の内容がフラッシュバックして弁当箱を落としてしまう。

 …落ちて開いた弁当箱の中身は…空だった。


「は、はは、そうだよな、夢だもんな、これシンイチが食べたんだろうなきっと」



「あら、綺麗に食べたわね。頑張って捕まえた甲斐があったわ」


「………え?」




蝉の雄は音を出す為にお腹がスカスカで食べ応えが無いらしいです。

みーんみーんみーん

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