表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

無機質な女

このページを開いてくださり感謝します。


 たとえば…、突然不思議な力に目覚めたら。


 たとえば…、不思議な世界に迷い混んだら。


 たとえば…、周りの人達がゾンビになってしまったら。



 そんな事を考えた事は無いだろうか。


 「有る」と自信を持って語れる人なんてほんの一握りだろう。

 しかし、これを読んでいるあなたはどうだろうか?似たような事を考えるほんの一握りの人間なのでは無いだろうか?

 物語を想像するのが好きで、物語を創造するのが好きな、ほんの一握りの人間。


 されども、それはかくも巨大な掌による一握りであることに気付くだろう。



 大丈夫、私もそうであり、この物語の主人公もそうなのだから。

 しかし、これはいったい誰の物語だろうか。


 分からない、分からないけれども物語は進む。

 君を置いて、私さえも置き去りにして、物語は進む。


 止める事は出来ない、止まらない。

 これはいったい誰の物語だろうか。




 あなたは自身の物語の主人公は自分だと自信を持って言えますか?

 誰かの物語の登場人物では無いですか?

 あるいは、物語ですら無く…、誰かの…夢の…、夢の主が起きてしまったら…。



 これはいったい…誰の物語、そもそも…物語なのだろうか?


 全ての根底を覆す夢物語、さりとて夢幻では無い現実。

 現実は、真実は、虚像は、それを測る物差しは誰の物?





  ◆  ◆  ◆  ━





 流家県立西三午るいえけんりつにしみご高等学校。

 白とは言い難い程度に薄汚れたコンクリートの校舎。

 グラウンドも大した整備は為されておらず、サッカーのゴールネットや陸上のハードルにも年季を感じる。放課後の部活動も活気があるとは言えない。

 歴史は古く、土地の広さだけは十分にある。そんなありふれた学校。


 そんな学校のグラウンドの更に外、校外を走る陸上部員の男子が四名。

 長距離選手はアスファルトなどの地面にも慣れる為にちょくちょく校外を走っていた。


 車の通りは多くは無い、田舎とまでは言わないが都会だなんて口が避けても言えやしない。

 民家と民家の間は広く、その間の土地には田畑が広がる。

 車で少し走れば県内には住宅街や大きな店等もあるのだが、学校の周りには無い。

 静かで実に平和な土地柄だと言える。


 唯一平和だと言えないのは肌をジリジリと情け容赦無く照らす強い日射し。

 夏の日射しは道路に逃げ水を落とし、アスファルトがキラキラと湖面の様に輝く。

 肌にも視覚にも分かりやすく暑さが伝わり、セミの鳴き声が聴覚にも追討ちを掛ける。



 そんなうだるような暑さの中、道路の反対側の歩道に、普段の平和さからは考えられないような変わった人物を見つけてしまう。

 ソレは明らかに異質であり、まともな人が見れば関わるべきでは無いと感じるだろう。

 



「おい、なんだあいつ」


 しかし好奇心の旺盛な年頃の男子には無視の出来ない風貌であることもまた確かだった。


「…あ?女?…きたねぇな」


 真面目に走っている者などいない、みんな走るペースを落としてソレを見ていた。


 ソレは若い女、歳は陸上部員達と同じくらいか、小柄なせいかそれより若くも見える。

 体つきは貧相で、身なりに至っては貧相どころでは無かった。


 土で汚れた服、それは元は白かったであろうただの布を体に巻いただけの際どいもので、靴だって履いていなかった。しかしそれを恥ずかしがるような素振りは見せない。

 背中まで伸びた長い髪も汚れ、女性らしい艶は微塵も無かった。


 どう考えても真っ当な生活などしていないだろう。

 その女は近くの田畑や民家、時折走ってくる車等を見ながらゆっくりと歩いていた。

 距離があるため表情は窺えないが、どこかボーっとした雰囲気を感じる。



「おいおい見ろよタクト、あの女もうちょっとで色々と見えそうじゃね?」


 それもそうだろう、その女は布を服の様に巻いているだけなのだから。

 大胆に弛む胸元は肌の大部分を露出させ、歩く度にずれていく。太股もまた然り、いくら小汚ないのを通り越した風貌であっても男子高校生には刺激が強かった。


「シンイチは相変わらずゲスいな、あんま見ねぇ方が良いだろアレ」


「タクトは相変わらずムッツリだなぁ、結局見てんだから同罪だろ?」


 シンイチはただでさえ見た目が良いとは言えない、やや魚面の顔を更にだらしなく歪めていた。話してみれば良い友達にはなれるタイプだが彼女は出来た試しが無い。

 タクトはと言うと基本的には目立たないタイプの人間で、顔は悪くないものの、積極的に女子に絡む性格では無い為やはり彼女は出来た事が無い。


 タクトとシンイチは中学の頃から一緒に陸上をやっている、タクトは短距離選手なのだが今日はシンイチに付き合って外周を走っていた。

 顧問の先生の弛さが窺い知れるというものだ。



 シンイチは視線を逸らさず女を見ていた、タクトもチラチラと見てしまう。

 たとえ怪しい奴でも男子高校生には肌の露出した女は気になって仕方なかった。



 しかし、大きなトラックが道路を走り、ほんの一瞬視界を遮ると、その一瞬の間で四人は女を見失ってしまった。


「あれ?え!?」


「嘘だろ…、どこに消えたんだ?」


「もしかして…、幽霊…」


「ば、バカ言ってんじゃねぇよ!あんなハッキリと見えてたんだぞ」


 夏だと言うのに四人とも背筋に寒いものを感じ、誰からともなく走るペースを上げる。

 普段長距離を走り慣れていないタクトだけが既に疲れており、残りの三人に追い付けないでいた。タクトは不安に駆られてさっきまで女がいた場所に視線を移す。


「……いない、よな」


 居ない事に安堵したタクトだったが、視線をやった時、同時に自分を見つめる誰かの視線の様なものを感じて恐怖感が膨らんでしまう。

 気のせいだと自分に言い聞かせ、残りの距離を走りきった後、他の部員と合流した事でようやく気持ちが落ち着いた。


 それと同時に、「幽霊を見た、俺には霊感があったんだ」なんていう奇妙な優越感がタクトの心を満たしていく。

 人とは違う力、その中でも霊感は認知度が高く、意味もなく人に自慢できる力。

 四人とも同じものを見たんだ、自慢してもバカにはされないだろう。

 物語を読むのが好きなタクトには自分が主人公になれたような高揚感であった。




 けれどもその高揚感も長くは続かない。


 部活を終えたタクトが住宅街へと帰る為に自転車を走らせていた時だ。

 信号機の無い小さな交差点を通過中、自転車のチェーンが外れてしまった。バランスを崩したタクトはふらつき、その場で止まる。

 それとほぼ同時に激しいブレーキ音とクラクションが耳を衝く。

 目の前には大きなトラック、ギリギリで止まってくれたようで冷や汗が出た。

 走り去ると思ったタクトの自転車が急に止まったから慌ててブレーキを踏んだらしく、運転手は声をかけてくる。


「おい、大丈夫か!?」


「あ、はい。急に自転車が壊れて…」


 慌てて自転車をどかし道を開けると、トラックの運転手は軽くタクトに手を振った後走り去っていってしまった。


 今まで一回も外れた事など無かった。チェーンのはめ方が分からないタクトは自転車をそのまま押していくしかなくなり、テンションは下がる一方だ。




 そして悲しい事に、悪い出来事というものは重なるものだ。


「ねぇ、ねぇねぇねぇ」


 自転車を押すタクトの後ろから女の子の声が聞こえる。

 思わず振り向いたタクトは、その女の子を見て全身の毛が逆立つような思いだった。


 そう、部活中に見たあの女の子、四人で幽霊扱いしてたあの子だ。

 露出が激しいのに日に焼けておらず、痩せこけた体が余計に幽霊を連想させる。

 ただただ恐怖で体が固まっていた。



「ねぇ、死体…いらない?」


「は、…は?…何…を」


 女の子は1つの建物を指差す、そこにあるのは個人経営の小さな肉屋さんだ。


「死体、あそこで屍肉とキラキラ光る物を交換してた、欲しい」


「小銭の…ことか」


 ちゃんと喋っている、幽霊では無くホームレスか何かかもしれない。

 身なりから考えるにお金を欲しがるのも当然だろう、まともに食事をとっていないかのような痩せ方をしていた。


 しかしその言動は狂気染みている、肉屋を知らない、そもそも買い物をしたことすら無いのかもしれない、タクトと歳も近そうなのに、そんなことあるのだろうか。

 幽霊への恐怖は薄れたが、生きている人間への恐怖に変わったに過ぎない。


 小銭を渡せば消えるだろうか、小銭くらいは持ち歩いている。

 しかしタクトは制服のポケットを探るが小銭入れは見つからなかった。


「さっきの場所で落としたかな…」


「………無いの?」



 女の子はまた一歩近付いてくる。その表情はあまりにも無機質で人間らしさを感じない。


「ひっ!来るなよ!腹が減ってるなら虫でも食ってろ!」


 後になって思えば女の子に対して酷い言いぐさだが、今はただ、目の前の不気味で小柄な女の子が怖くて仕方なかった。

 いっそ嫌われてしまった方が都合が良いという思惑もあったかもしれない。


「は…ら?……むし…何?」


「虫は虫だ!ミンミン鳴いてるだろ!もう俺に関わるな!」



 タクトは動かない自転車を放り捨てて走って逃げ出した。

 もう振り返らない、家までの道を無我夢中で走り続けた。

 付いてくる気配や足音は無い、そもそも痩せ細った女の子の足で陸上部員に追い付けるはずも無いのだから当然と言えた。



ここまで読んでくださり感謝の極み。

他にも書いてますので更新は遅いかもしれませんが出来る限り頑張ります。

気に入っていただけたらブックマークなどしてもらえたら更に頑張ります(笑)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ