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第3話 5歳児、修行する―1

 翌日。

 今日は幼稚園がお休みだ。

 いわゆる休日というものだ。


 今日は特に何も予定していたわけではないので、ゆっくり二度寝を楽しむ……つもりだった。


「ねぇ、お父さん。

 どこに連れていくの?」


 私は、馬の牽かない馬車――車というらしい――の助手席に座りながら、ハンドルを握っているお父さんに尋ねた。


「秘密だ」


「さっきからそればっかりじゃん」


 私は唇を尖らせると、馬車よりも早く流れる外の景色に目を移した。


 この車という乗り物はすごい。


 軍用の馬車よりも速く走り、かつ馬がいないので途中で休ませる必要もなく、燃料が続く限りどこまでも速く移動することができる。


 話を聞くに、私の住むこの日本という島国の本州と呼ばれるものの端から端まで、たった一日で向かう事ができるという。

 歩いて向かえば二週間ほどかかる距離がたったの一日だと言うのだからこれまた驚きだ。


 ぜひとも向こうの世界でも作って広めたいものだ。


 そんなふうなことを考えていると、景色は都会からちょっと田舎に入った。


 ところどころに見える水浸しの畑は、たぶん田んぼというものだろう。

 ここでお米という穀物を育てているらしい。


 私も、魔法薬草学はかなり得意だったので、そういう様子で育てられる似たような穀類も前世の世界にもあったことは知っている。


 よくリザードマンの集落に観察に向かった時に、似たようなものを見た。


「ねぇ、本当にどこに行くの?」


 もう十回以上繰り返している質問に、お父さんは苦笑いを浮かべながら『もうすぐわかるよ』と返した。


 さっきまでの返答が全部『秘密』だったのが、『もうすぐわかる』に切り替わったことから、目的地が近いらしいことをなんとなく予想する。


 しばらくして日が天辺に登りきった頃、お父さんは車を整地された駐車場に停めた。


「ここどこ?」


 尋ねると、お父さんはニコリと微笑みながら私を車から追い出した。


「優花のおじいちゃんの家」


「……へ?」


⚪⚫○●⚪⚫○●


 それからしばらく歩くと、立派なお屋敷が見えてきた。


「すごい……おっきい……」


 それは、昔ながらの和風建築のお屋敷だった。

 高い石垣の上に建てられた巨大木造建築の家は、まるで時代劇の世界にでも入り込んでしまったかのような錯覚さえ覚えてくる。


「そうだろう、おっきいだろ?」


 私はお父さんの手に引かれながら、長い長い石の階段を登る。

 途中で登るのに疲れた私は、お父さんの大きな背中におぶさりながら、そのどこまでも続くかの様に思える石階段を登った。


 やがて階段を登りきると、大きな木の門が現れた。


 幅は五メートルくらいあるんじゃないだろうか?

 私の仕えていた王宮の正面玄関の半分くらいはあるぞ……。


「おう、来たか晴明はるひろ!」


 そんなことを考えていると、その巨大な木の門がバン!と音を立てて開き、中から豪快そうな、少し白髪の混じった黒髪をオールバックにしている男性が登場した。


「ただいま、親父」


 お父さんはそう言って、その男性に言葉を返した。


 ……え?

 今、この人親父って言った?


 という事はこの人が私のおじいちゃん!?


 なんか、想像してたのより若いんだけど……。


 そんなちょっとした衝撃を受けながら、私は何やら二人だけで話しているお父さんを下から眺めていた。


 すると、そんな様子の私に気がついたのか。

 おじいちゃんはニッと笑うと、私の体をその大きな両手で持ち上げて、高い高いをしだした。


「おうおう、久しぶりやなぁ優花!

 覚えとるか〜?

 じぃじだぞ〜!」


「……」


 全く記憶にないんですけど。


 でも、お父さんの様子から見るに、この人が本当に私の祖父であることは間違いなさそうなので、とりあえず愛想笑いを返しておくことにした。


 ……うまくできたかな?

 ちょっと頬が引きつってるような気もするけど。


 ていうか、高い高いって、私もうそんな歳じゃないし。


「……おい、晴明。

 こいつすげぇな。

 この歳でもう愛想笑いなんてできるぞ」


「単純に親父の接し方に引いてるだけだと思うぞ、俺は」


「……そう、なんか?

 なんかそう言われてみると、そんな気がして来たな……」


 おじいちゃんは悲しそうな表情を作ると、ジッと私の瞳を見つめてきた。


 ……何これ、ちょっと怖いんですけど。

 泣いていいかな?

 私、今は子供だし。


 でももう赤ちゃんなんて歳でもないので、流石にそれはやめておこう。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 屋敷に入ると、そこには沢山の女中がぱたぱたと動き回っていた。


 時代劇……というより、旅館?


 そんな感想をいだきながら、おじいちゃんについていく。

 と、おじいちゃんは女中さんの一人を捕まえて、何やら話し始めた。

 しばらくして話が終わると、女中さんはその場から急いで離れていった。


「優花。

 ちょっとええか?」


 おじいちゃんはそう言うと、私をフロントのソファに座らせて、私に目線を合わせた。


「優花、今日はなんでここに連れてこられたか、晴明……パパに聞いとるか?」


「んーん」


 私は、その質問に首を横に振った。

 すると、おじいちゃんは溜息をついてギッとお父さんを睨んだ。


「晴明、なんでや?」


「あんな怖いこと、また思い出させろっていうのか、親父は?」


「せやけどやな。

 最低限の覚悟と予備知識ってのが必要やろ」


 おじいちゃんは額に手を当てながらため息を吐くと、私の両肩にそのゴツゴツした手を置いた。


「しゃーない。

 パパから教えてもろうてないんやったら、今から話そうか」


 おじいちゃんはそう言うと、私の隣に腰掛けた。

 ほぼ同時に女中さんがやってきて、おじいちゃんにお茶を、私にはジュースを渡した。


「これ何のジュース?」


「青汁」


「青汁……?」


 え、ジュースじゃなかったの?


 ま、まあ……。

 青汁は名前だけならテレビのCMとかで美味しそうに飲んでるの見るし、見た目通り不味くはないとは思うけど……。


 試しに一口、青汁を煽った。


「……美味しい」


「そんなら良かった」


 ちょっと苦い。

 けど、その中に甘さと酸味が程よくマッチしている。


 子供には少しキツいかもしれないが。


「んじゃ、早速本題に入るか」


 おじいちゃんはそう言って、テーブルの上にお茶を置いた。

 それに倣って、私も青汁のコップを机に戻す。


「優花、お前昨日人攫いにあったらしいな」


「うん」


 なるほど、やっぱりこの話繋がりだったのか。

 さっきお父さんがちらっと『あんな怖いこと』とか『思い出させる』とか言ってたし、私の覚えている中で『怖いこと』に該当するのはおそらくあの一件のみだからだ。


 ……だとすると、ここに連れてこられた目的はなんだろう?


 一瞬そう思考を馳せるが、全く想像つかなかった。


 おじいちゃんは私の返答を聞くと、私の目をジッと見つめて、次の言葉を続けた。


「そこでな。

 お前のパパから、もう二度とこんなことが無いように、そしてもしそうなったとしても無事でいられるように……と、優花に護身術を教えることになった」


「護身術……?」


 護身術……っていうと、あれか。

 冒険者養成学校で最初に教えられる対人基礎の一つの。


「そうだ。

 しかし、護身術を学ばせるにしても、そんな一日二日じゃあ何もできん。

 そこで、お前には今日から毎週二日。

 土曜と日曜にじぃじの家に来て、オレが自ら優花に護身術を教えることになった」


「それが、今日連れてこられた理由?」


「おう!

 それに、孫の顔も見たかったしなぁ。

 晴明ときたらあいつ、年賀状の写真くらいしかお前の成長を観させてくれんかったからなぁ」


 そ、そうなんだ……。


 私は苦笑いを浮かべると、お父さんに視線を向けた。

 するとお父さんも苦笑いを浮かべて、おじいちゃんの皮肉に何やら言い訳を試みていたが、やがておじいちゃんに言い負かされてしまっていた。


 それにしても、護身術か。


 土曜と日曜の週二日、という事はやっぱりおじいちゃんの家にお泊りする事になるのかな?

 でも私、お泊りの用意とか持ってきてないし。


 服とか下着とか、あと歯ブラシとか……。


 そんなことをおじいちゃんに尋ねてみると、それは心配しなくていいと言ってくれた。

 それから、タイミングを見計らったかのように現れた女中さんに連れられて、私は一人、宛てがわれた部屋へと移動した。


「ここが、お嬢様のお部屋になります。

 どうぞご確認ください」


 女中さんはそういうと、『四〇ニ』と書かれた札がかけられた部屋の中へと案内した。


 それにしてもお嬢様って……。

 確かに、メイドさんなんて雇えるくらいにはお金持ちなんだろうけど、ちょっとしっくりこないかな。


 宮廷魔導技師だったころだって、屋敷は貰えてたけどほとんど帰ってなかったし。


 私は部屋の中に足を踏み入れると、その部屋の中を確認した。


 広さは大体十二畳ほど。

 床はフローリングで、家具はパイプベッドと勉強机、椅子、クローゼットにチェストや箪笥といった、最低限の家具類に加えて、エアコンが完備されていた。


「こちらにお部屋の照明ボタンがございます。

 エアコンをご使用になられる際は、こちらのリモコンを。

 使い方はまた後ほどご説明させていただきます」


 それから、一通りの説明を聞いた私は、クローゼットやタンスの中の確認に移った。


 クローゼットの中には、一通りの上着類が掛けられていた。

 その下の引き出し収納の中には、道着と思われる白い服とズボン、帯が二セット。

 他の引き出しには、まだ使わない防寒具などが収納されていた。


 タンスの中には上から、下着類、靴下、服が収納されていた。

 チェストの中は文房具などの小物がちょこちょこと入っている程度。


 勉強机に至っては、大量のノート以外には何も無かった。


「この下着とかお洋服とかってどうしたの?」


「昨日のうちに誂えさせて貰いました」


「ああ、そうですか……」


 これ、一晩で揃えられる量じゃないと思うんだけど。


 でも、まあおじいちゃんはお金持ちっぽいし、深く考えるだけ無駄な気もしてくるけど。


 私はそう結論をつけると、女中さんから部屋の鍵を貰って、おじいちゃんの待つ場所へと連れて行かれた。

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