街での活動 その72 コローナの受難(後)
後半
俺とザフロールがイメージ作りのために建物内をうろつくと、職員達が俺を見るなり立ち止まってお辞儀をしたまま硬直する。それどころか礼儀なんて持ち合わせて居ない様な職人達まで、手を止めてこちらに頭を下げる。
「ねぇザフロールさん、今の私ってもしかして迷惑な存在?すごく皆の邪魔になっている気がする」
「はは、叔父さんのイメージを固めるんじゃなかったのかい?叔父さんはそんなの気にしないよ?」
「そうは言ってもねぇ……ほらそこ!のんびりして熱し過ぎたら鉄は変質しちゃうんでしょ!?私の事なんか気にしてないで手を動かしてよ!」
「へ、へい!そうさせて頂きやす!」
「やっぱここに居たら迷惑だよ。人が居ない屋根の上にでも行こう」
「はいはい、仰せのままに」
***
屋根に登ると音の騒々しさが少し和らぎ、水の音と水車の軋む音がよく聞こえる。俺にとっては一番安らげる音だ。俺はそこでため息をついて気を落ち着かせ、ザフロールと話を始めた。
「オジサン……ニーダーレルム公って今後どうなっちゃうんだろう」
「どうっていうと?」
「お嬢様の下で働くっていったってさ、さっき私達が回ってきた感じじゃ、馴染むのなんか無理じゃないかなって。早くお家に返してあげた方が良いんじゃないかと思えてきた」
「それは確かにそうだねー。でもこれは叔父さんの訓練でもあるらしいんだ。人智を超えた圧倒的な存在に触れることで、自分の力が他の人たちと大して変わらない、特別な存在ではないと実感するようになるんだって。この街ではそれが出来るらしい。まぁ自由に何でも出来る君達を見ていると、僕も本当にただの人なんだなーって思っちゃうよね」
「ふーん、ただの王様の嫌がらせじゃないんだね」
「一応は兄弟だしねー。王権を取ろうと企てたとはいえ、何とか出来るなら和解したいんじゃない?」
「そっかー兄弟なのかー。それなら何とかしたいよねー……」
兄弟と聞いて自分の状況に重ねてしまう。そして少ししみじみした所で頭を整理して気付く。
「ってあれ?兄弟?王様とオジサンが?」
「あれ?知らなかった?まぁ君達にとってはどうでもいい事だもんね」
「いやいやいや、どうでも良くないよ!そりゃコローナお嬢様が怯えるわけだよ!大変!謝りにいかなきゃ!」
「えー?別に後でいいんじゃない?今やろうとしている事が変わるわけじゃないし」
「変わるよ!コローナお嬢様に負い目がある状態で練習台なんて出来ないよ!」
俺とザフロールは建物内を走り、元の部屋に向かう。すると、途中でオジサンの幻影がポムっと煙になって消え、俺の体が半透明から戻った。まだ少女姿ではあるので、クーに何かがあった訳ではなさそう。まだアチラの準備が整っていないという意思表示なのか?でも勝負を始めに行く訳ではない。ちょっと謝って仕切りなおしをするだけ。クーからは今の会話も把握できているはずなに何かおかしい。でも行けば分かるかと、そのまま向かう。
部屋に着くと、そこではコローナが真剣な表情で練習をしていた。
コローナの少し前にはオジサンの幻影が仁王立ち。資料を持った文官達がオジサンの後ろに並び、護衛の衛兵が少し間隔をあけて出入り口付近を押さえている。
なるほど、もう俺との対決の先、実際のシチュエーションを想定した練習か。それで慣らしておけば、俺の演じるオジサン一人など何でもないって算段だな。畜生やりやがる。っていうか卑怯だろこれ。確かに追加で幻影だしちゃダメってルールは設けなかったけど……。
卑怯ズルイは敗者の戯言。カロエに散々言われて分かっているけれど、やはり出し抜かれるとズルイって思ってしまう。俺がそうして悔しがっていると、オジサンが切り出した。
「こいつらに試算させたが、街中の者を集め、さらに周辺の村から人出を出させれば二ヶ月で修復可能と出たぞ。今すぐ取り掛かれ」
オジサンの幻影は紙をコローナの方に投げてばら撒いた。
「は、話になりませんね。今は収穫期です。街も収穫物や冬支度の取引で忙しい時期。人手など集まるわけがないでしょう。殿下は領地を運営された事がないのですか?」
「なんだと!?この田舎貴族が!思い上がるのもいい加減にしろ!お前の家を取り潰してやってもいいんだぞ!」
オジサンの幻影は怒りをあらわにするが、コローナも負けじと睨み返す。こんなコローナは始めて見る。その睨みが俺への怒りの表れだと思うと心苦しい。キリの良いところで入ってさっさと謝りたい。
「ふ、フンです!いつもです!いつも口だけ!それなのにいつも問題を大きくする!もう沢山です!」
あいったー。あいったー。心が痛い。
俺はダメージを追った。同時にオジサンの幻影もたじろぐ。そして弱々しく反論する。
「だが修復も遅らせて良いものではあるまい。この街は前線に近いのだぞ?一度攻められてもいる。今は民の生活など気にしている場合では無いだろう」
あぁ、ダメだよ俺の分身。勢いで負けて理屈で反論し始めるのは負けフラグだよ。
「ほ、本当にそうでしょうか。すぐに直せないのであれば、敵を寄せ付けない方法は無いでしょうか。前線が近いというのなら、遠ざける方法はないでしょうか。本当に人々の生活を壊して人手を集めるしか無いものでしょうか」
「ハッハッハ!小娘が!やはり何も分かっておらん!そんな事が出来たらここまで押されておらんわ!やはりワシが指揮を取るべきだな!」
「ほ、本当にそうでしょうか」
「なんだと!?まだ御託を並べるつもりか!?」
「へ、陛下は、私の希望案を承諾して下さいました。時間を稼ぐ手立ても既にあるそうです」
「なに!?アイツまた何か姑息な手を使う気か!」
「こ、姑息な手段と申されますが、殿下は本気で国の事を考えられた事があるのですか?本気で国土を護ろうと、本気で民の生活を守ろうと、本気で考え抜いた事があるのですか?私も開発者ですから分かります。誰も考え付かないような、時には卑怯と言われる案は、そうして真剣に考え抜いた末に出てくるものです。陛下がよく卑怯者と呼ばれているのは知っています。しかし私は、そんな卑怯者である陛下を誇りに思います。我ら臣民の事を本気で考えてくれた結果なのですから。耳障りの良い安直な案で民に不利益を与える方よりは、よっぽど仕えがいがあります」
「ぐ……、しかし民にも誇りは必要であろう……」
「そ、それについては我がキルヒシュベルガー家にお任せ下さい。計画は着々と進行中です。今や神話となり忘れ去られていますが、かつてこの街と同じ様に人手不足と人件費の高騰に悩まされた国があったそうです。その国はその逆境を技術力で乗り切り、高度な自動化技術で世界を席巻したそうです。我らもこの難局を技術で乗り切り、科学技術立国と誇れるようにして見せます!そして皆で叫ぶのです!ヴォルミルト王国の技術は世界イチィィィィィ!と…………ハァ、ハァ、ハァ」
やり過ぎて息切れしている。オジサンの幻影も反応に困っている。途中でアドレナリンが出過ぎて止まらなくなった感じだなぁ。本番ではもう少し冷静を保てたほうが良さそうだ。
とりあえず練習も一区切りっぽいので、俺は衛兵の腕をくぐって前に出る。
「お嬢様……ごめんなさい。私お嬢様の気持ち全然分かってなかった。このオジサンは王様の兄弟なんだってね。さっき聞いたわ。話すのも怖くて当然だよね。色々と軽々しく言っちゃってごめんなさい」
俺が出て行くと、コローナは目を見開いて固まった。そして俺とオジサンの幻影を交互に何度も見返す。
「あ、姉弟子が二人……?」
「やだなぁ、そっちはクーデリンデが作った練習台でしょう?練習に熱が入りすぎて忘れちゃったの?」
俺がオジサンの幻影を叩こうとすると、幻影がビクっとして大げさに逃げた。
あれ?何か変。そういえばクーって男性人格の演技こんなに上手かったっけ……?
「クーデリンデ、この人達って貴方が作った舞台セットよね?紛らわしいから消してくれる?」
クーはフルフルと首を振る。
「それらは現物です。私の創ったものではありません」
「な!?それじゃ今のが本番みたいなものじゃない!」
「ももももしかしてこの殿下は本物……」
コローナはグラグラゆれだして倒れた。
***
オジサンは「一度王に会って来る!また来るからな!」と言い捨てて出て行ったが、その後もコローナは平常にもどらず、顔を覆って床に伏していた。
「クーデリンデは酷いなぁ、お嬢様にも騙し討ちするなんて」
「丁度よいタイミングで入ってきたものですから。本番に勝る練習はなしと言いますし、そのまま見守りました」
「姉弟子が悪い!姉弟子が悪い!全て姉弟子のせいです!」
うわぁなんという理不尽。
そしてザフロールが大笑い。
「ハッハッハ!さっきのは本当に凄かったよ。『耳障りの良い安直な案で民に不利益を与える方より、仕えがいがあります』だってさ!それを叔父さんに言っちゃうんだもん。王の反対を押し切って攻めて、連隊いっこ潰したばかりの叔父さん。ハッハッハ、ほんとキッツイよなー。あー苦しい」
「ザフロールさんも大分性格悪いですね。……今ふと思ったのですが、もしかしてザフロールさんも王族の方なの?」
「あぁ……まぁ一応はそうだね。継承権もある。でもあまり気にして欲しくないなー。王族ってさー王族としか基本的には結婚できないんだよね。だからその辺の子がだーれも本気で相手してくれないの。僕が話しかけても、みんな遊ばれていると思っちゃってさ。本気にさせてくれるなら、僕は王位継承権なんか捨てたって構わないと思ってるのに」
あぁ、こいつも王族なのか。とたんに王族がどうでもよいものに思えてきた。そしてこいつには王位について欲しくない。
「ザフ、階級を超えた禁断の恋に憧れるとは良い心がけです。少し見直しました」
こいつはこいつでいつも通りか。あーあ、またデベルに怒られそうだなぁ……。




