街での活動 その70 祝福の日和
前回のつづき
突如カロエ達の上に光の塊が現われ、その場の皆の視線を集めた。
謎の塊は、周囲に薄く黄白色のモヤモヤを纏って白く光る。そして時折り虹色の光線が木漏れ日の様にさしている。それは文字通り神々しいもので、人類より圧倒的に上位の存在を感じさせるものだった。見た者に“これから起こる事に抗う術などない”と覚悟させ、結果として皆は光を仰ぎ見ながら固まった。
告解室の中のクーを除く三人は、壁に顔を近づけて隙間からその様子を窺う。
光は徐々に広がる。そして中央に穴があきドーナッツ状になると、そこに青空が現われた。
光の輪はそのまま広がる速度を速め、天井を青空に書き換えていく。
そして光の広がりに合わせ、周りを覆っていた景色も光のチリとなって弾ける。あっという間に視界が開け、辺りに小さな花が咲き乱れる高原の景色が現われた。
ふと見ると足元も書き換えられていて、レンガ敷きの小道になっている。小道は主役二人の後ろに建つ教会まで続き、道のすぐ脇は草花で埋め尽くされ、周囲の景色と繋がっていた。
唯一の建物である教会は小さく飾り気のない簡素なものだ。しかしペッタリと白く、出来立てかと思わせるように汚れ一つ付いていない。
落ち着いて確認すると、少し離れたところからは小さく水の音も聞こえ、どこからかヒタキの声がする。ところどころの花の上には蝶がヒラヒラし、遠くには針葉樹の森、一角には空を写す湖、その奥には山々が連なって空の縁まで続く。山の一つは飛びぬけて高く、雪をかぶってこれぞ霊峰という主張をしている。
この景色への反応は個人差があった。
司祭様を含め一部の者は理解が追いつかずに戸惑い、まだ緊張しきっていた。しかし俺やコローナの様な田舎出身と思われる者は、理解は出来ていなくても本能的に緊張が解け、大きく空気を吸い込みながら表情を緩ませた。
しかし残念な事に主役の二人は前者だった。
「これで終わりなの?」
「まだこれからですよ」
俺がクーに煽りを入れると空が動き出した。
雲がモコモコしながらザーッと動き、見栄えの良い蒼穹を作り上げる。太陽の光が増したと思えば、少し離れた左右に別の輝きを従えた。そしてその三つの光を貫く横向きの線が一筋光り、天球を一周して巨大な環を作った。
「こ、これほど見事な幻日環は始めて見ます……」
コローナが感動してつい声を漏らす。幻日環は美しいが軌跡というほど珍しい現象でもない。広い空の下で生活し、空を見上げて生きて居る者ならば稀にお目にかかれる。とはいえ、クーが作り出す幻日環はお手本として教科書に出てきそうなくらい完璧なものだった。
「でもこれ、雨の予兆だよね。それってどうなの?」
雨に対する印象も、田舎に住むものと都市住みの者では違う。農民にとっては雨は正に恵み。雷を操る神を主神として称えているのも、大雨を連れて来るからだ。荒々しく暴れる神に子供達は恐れるが、大人は心から感謝し、祈り称える。当然、幻日のような雨の予兆も吉兆である。しかし、街で暮らす人にとっては雨の予兆ってどうなのかと思った。
「変なところに細かいですね。それだからお姉様はダメなのです。特別な空で印象に残る事の方が大事です」
「まぁ確かに忘れられはしないだろうね」
ふとデベルを見ると、デベルまでもが間抜けな顔をして空を見上げていた。司祭様にいたっては感動して祈りを捧げている。雨の予兆などと下らぬ連想しているのはこの場で俺だけのようだ。俺は少し反省した。
「仕上げです」
クーがそう告げると、吹き上げるような風が強く吹いた。皆それに一瞬構えたが、風はすぐに止んだ。そして空から花びらが雪の様に降ってきた。
「わぁ……」「おぉ……」
ここまでくるともう緊張している者は居なかった。現実味の無い夢のような光景だが、この世界の肯定する意思と祝福する意思を誰もが心で悟った。
そして幾つかの花びらがカロエの頭に止まる。それらは柔らかく光ると、連結されて髪飾りとなった。
新郎の胸元にも同じ様に花びらが止まる。それらは同じ様にブートニア──襟に付ける花飾り──を成した。
二人はお互いにそれを見て、何か声を掛け合う。そして二人は向き合い、若干の上目遣いで見詰め合って微笑んだ。
自然な流れで司祭様が誓いを問う言葉を語る。二人はそれに応えて誓いを立て、両手を握り合ったままピッタリとくっ付く。そしてお互いに引かれる様にキスをした。
それを見ていた参列者は、自然に拍手を始めていた。教会の鐘も鳴り響く。
社会的な関係性など全て忘れ、ただ目の前の愛し合う男女が結ばれる様を見て、自然と心から祝福が溢れた。
普段なら厳格な雰囲気を崩さない司祭様までが、一人の人間に戻って拍手している。
二人は拍手に乗って再びキスをした後、司祭様と祝福してくれた皆に向かって礼をする。そして頭を上げたところで、降り注ぐ花びらの隙間から俺達を見つけて目が止まった。
隠れていた告解室は他の建物と同様に消され、俺達は小道の脇にポツンと立っている形になっていた。でも参列者からは後ろになるので見えないポジションだ。
カロエは嬉しそうな笑顔のまま俺達を見つめ、声を出さずに口だけで「ありがとう」と呟く。
心から感謝されたようで嬉しい。しかし、それを見ていた参列者達が本能的にカロエの目線を追った。そして俺達を見つけた。
俺達は突如あつまった視線に動揺する。俺はビクっとし、コローナはバツが悪そうに挙動不審になる。デベルは咄嗟に逃げようとした。しかし俺は服を掴んでデベルを止めた。
「デベルさん、今動くと危ない。えーと、たぶん下手をすると帰れなくなる」
壁は消えているようだが物理的には存在する。クーならそれも踏まえ、当たる前に転ばせて草むらに隠す程度の事は出来るだろう。でも今はクーに面倒をかけさせたくない。
現在作られている天球はクーが作れる最大のものだ。しかも降り続ける大量の花びら。結構な負荷がかかっていると想像できる。まさに持てる力を出し切って演出しているのだ。俺が煽ったせいで。俺も出来る事はする。
「チッ」
デベルは観念したのか、真っ直ぐ立って参列者達を睨んだ。すると一部の人が前に向き直り、他の人もそれに続いて前を向く。そして儀式が再開された。
「ここは一体どこなんだ?あの亡霊と同じ転位の力か?」
我に返ったデベルが俺に質問してきた。
「転位とは違いますよ。言うなれば創造でしょうか。クーデリンデは現実には存在しない場所にも人を連れて来る事ができるのです」
「創造か、まさに神のごとき力だな」
デベルはそう言うとしばらく思考し、そしてまた口を開いた。
「どうやら、今回は負けを認めて考えを改める必要があるようだな。俺は俺なりに動いて今回の式の形を整えた。利害関係のある者が相手を祝福などするはずが無いと頭から決めてな。ところが奴等は今、心からあの二人を祝福している。普通でない者たちが、普通の結婚式を挙げている。うーむ、なるほど……こういう事も可能なのか」
その言葉を聞いて力いっぱいふんぞり返った。コローナも師匠の力が認められて、少し誇らしげにデベルを見上げる。
「フン、調子に乗るな。この場で奴等に見られた事の影響も考えろ。俺達はあの夫婦の後ろ盾として認識されてしまうんだぞ?強く承認しすぎでバランスが崩れる」
「あーそれはそうかも……」
知っている人は知っている裏社会と繋がりのある危ない黒服に、全ての職人ギルドに大きな影響力を持つ領地持ち貴族のコローナ室長、そして王様にもタメ口をきく人智を超えた二人の少女。そんな人らが集まって見守っているとなると、手打ちにしにて敵対しないどころか、敵対してはならない人物として認識されるだろう。
でもまぁそれはそれで良いか。カロエには幸せになって欲しいし。
そんな事を思いながら、白い服と黒い服のペアのまま、並んで式を眺めた。




