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街での活動 その67 メンタルとタイムの指輪

妖精でも強力な魔法をバンバン使えちゃう部屋

 クーが指輪は本物の魔術具だと言い出した。しかも沢山ある指輪の全てが本物なのだと言う。そして魔術具用品店の宣伝チラシまで出して見せた。その瞬間、俺も含めたクー以外の三人は硬直した。


 クーが本当の事を言っているのは直感で分かる。でも相変わらず空気が読めていない。ここでは真偽が分からないから良いのに。クーはそのまま空気を読まない追撃を放つ。


「それらは真似て作られたものではなく、同じ物を探して買い集めたものと思われます。その指輪は昔は誰もが持っていて当然という様なありふれた魔術具の一つでした。今でも探せば見つけられるのでしょう」


 クーはその指輪が特別なものという認識まで壊そうとしだした。俺はヤレヤレとため息をついてクーを止める。


「クーデリンデ、その話は後でしましょう。今は『お爺様の意思はカロエに立派に受け継がれている』というところで納得して」


「分かりました。それに異論はありません」


 カロエと伯母さんは話についていけてなかったが、このやり取りで俺にかかっていた湿っぽい空気は完全に吹き飛ばされた。俺は気持ちを切り替えて、次の現場に向かう事を告げる。


「伯母様、それにカロエ姉さん、私達はカロエの叔父様のところにも行かなくてはなりません。争いを終わらせる様、カロエ姉さんのパパと約束しました」


「頼んだよお前達。私の分も込めて張り倒しておやり」


「ま、待って、あなた達はお父様と話したの?」


「うん、最後に少しだけ……。パパもどちらの指輪が本物かという争いが馬鹿げたものと気付いたみたい。弟にも悟らせる様にお願いされたの」


「フン、死ぬ時になって気付いても遅いんだよ。本当にバカな子達だよ」


 伯母さんはそういい捨てながらも少し涙を滲ませて、カロエを抱く力が強くなった。


「あとカロエ姉さんについても……姉さんの結婚を生きて祝福したかったと言っていたわ。口では何と言っていたか分からないけれど、カロエ姉さんの婚約を喜んでいたんだと思う」


「お父様……うわぁお父様ぁぁぁぁぁぁぁ」


 カロエが激しく泣き出してしまった。ここは伯母さんに任せた方が良いだろう。この二人と俺ではカロエパパに対する想いに差がありすぎる。そう思って俺は伯母さんに目線で別れをつげ、その場を後にした。


***


「クー、さっきのは何なの?あの指輪が魔術具とかって」


 俺は叔父さんの所に向かう途中にクーに聞いた。


「テオ、そのままの意味です。メンタルとタイムの指輪。交渉や話し合いを行う者なら全員がつけていた指輪です。お互いに付けて話をしなければ契約は成立しない。それくらい付けているのが基本中の魔術具です」


「使ってたら契約無効じゃなくて、使ってなかったら無効なのか……不思議な話だな」


 俺はクーが差し出したチラシを手に取って眺めた。


~~~~~~~~

メンタルとタイムの指輪


 この指輪は、精神のクロックスピードを360倍に加速し、精神内に作り出した仮想空間に意識を転位させる魔術具です。仮想空間内では魔力量によらずいかなる魔術も使用可能。また、仮想空間内では脳内にある知識なら明確に再閲覧可能。これまでに出会った人物も脳内にある認識で再現可能です。


設計開発に!

 この指輪があれば、思い立った時にどんな場所でも一人で会議、設計、実験が出来ます。朝食中にも!入浴中にも!就寝前のひと時にも!これでどんなアイデアも逃す事はありません。


交渉事に!

 この指輪があれば、相手の言葉を十分に吟味する時間を得られます。契約書を一言一句確認し、脳内会議に様々な人を召喚、異なった視点から検討できます。相手の思惑を看破し、正々堂々と罠を仕掛け返すことが出来ます。


ゲームに!

 一手ごとに思考のための十分な時間───しかし現実には刹那である───がとれ、物語の様な緻密な頭脳戦をテンポよく展開できます。仮想空間には対戦相手をも召喚できます。シミュレーションを何度も重ねた後に、観客が見惚れるスタイリッシュな一撃を相手に叩き込んでやりましょう。


ご注意

 仮想空間内から外部を認識する手段はありますが、音や移動体の速度は認識できません。本製品の身体出力カット機能は、精神と身体の速度差を利用した擬似的なものです。身体への出力はされ続けますので、身体強化及び身体加速術式と併用した場合、思いがけない事故となる可能性があります。他の魔術具との併用はおやめ下さい。


 この製品は無用な争いを生むための物ではありません。Cool Head,but Warm Heartの精神を忘れずにご利用ください。

~~~~~~~~


「なるほど、よく分からん。とりあえず使ってみるか」


「テオ、歩きながらの使用は───」


 俺は指輪をはめて魔力を流した。すると、一瞬で真っ白な何も無い空間に飛ばされた。


 床は細かな模様のタイル貼りで、離れた所まで目地模様が見える。でも上は濃淡のない白い天球なので目がおかしくなりそう。そして全くの無音なので少し不安になった。


「ねぇクー、お前も来てるの?」


「テオ、何か用ですか」


「あぁ、やっぱお前は居るのか。この何も無い空間ってどうやって使うの?」


「やれやれ、チラシの内容がちっとも頭に入っていませんね。この私はテオの脳内認識で作り出された幻影に過ぎません。思考方法のシュミレートはされますが、テオが知らない事は私も知りません」


 自分が使い物にならないと説明するために、わざわざ俺にヤレヤレしてきた。ヤレヤレだ。


「なるほど。でも人の召喚方法は分かった気がする。父さん、母さん、出てきて」


「テオ!無事か!」「大丈夫?あんたケガしてない?」


「わぁーい。会いたかったー」


 出てきて欲しいと願って呼ぶだけで、人は召喚されるようだ。俺は不意に再会できた父と母に、話したい事を脈絡なく話した。そしてふと思った。マルコ兄さんとも話してみたいなと。


「マルコ兄さん、来て」


「チッ、何か用かよ」


「マルコ!あんた一体どこいっちゃったのよ!生きてるならさっさと帰ってきなさいよ」


「うっせーな!どこに行こうが俺の勝手だろ!」


 俺を差し置いて母とマルコ兄さんがケンカをしだした。


「ちょっとまって今は俺が話したいの。母さんは邪魔しないで」


 俺がそう言って割って入ると、父と母は一瞬でパッと消えた。出てくる時も消える時もクーの出す幻影より演出が荒い。


「呼ぶのも消すのも思いのままか。いいご身分だな」


 マルコ兄さんは不機嫌そうに嫌味を言った。出現演出は荒くとも人格再現は完璧のようだ。


「兄ちゃんはどうしたら帰ってきてくれるの?」


「お前の兄じゃなくなったら帰ってやるよ」


「兄ちゃんは兄ちゃんだろ。そんなのどうしろって言うんだよ」


「フン、お前の兄と呼ばれるのはもうゴメンだ。俺はお前の兄でもハンスの弟でも、粉挽き屋の次男坊でもない。俺は俺だ」


「なんだよそれ、わけが分からないよ」


「人を好き勝手に呼び出してるようじゃな。お前じゃ一生分からねーよ。ムカつく奴だ」


 そう言うと、マルコ兄さんは俺の意思に反して勝手に消えた。くそう、思い通りにならないところまで再現してやがる。


「テオ、そろそろ現実の世界に戻りませんか?この世界に入ってから既に2.6秒ほど経っています」


「これだけやってまだ2.6秒しか経ってないのか。なるほどこれは便利だ」


「歩いている最中に体の制御を放棄する時間としては、2.6秒は十分長いものだと思いますが」


「え!?」


 俺はハッとして仮想空間内で指輪への魔力供給を断つ。すると目の前に石畳の壁が現われた。


「ウヮァー」


 俺はろくに受身もとれず壮大にコケて転がった。


「やれやれ、馬鹿ですねぇ」


 そして現実世界に戻ったら戻ったで早速ヤレヤレされた。

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