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街での活動 その66 心のズレ

説明ちっくになってしまう

「そんな事より、カロエパパの方はどうなったの?」


 俺はデベルの話をぶった切った。叱責の追撃を免れたかった訳ではない。本当にそちらの方が気になっているのだ。


「昨日の今日だ。新たな事は起こっていない。対象の亡骸は衛兵が回収した後に彼の姉に引き取らせた。お前の殺した方も衛兵が回収し処理している。若干の変更はあったが概ね予定通りだ」


 デベルは威圧気味に睨みながら低い声で言った。批判は受け付けない、そうとでも言いたそうだ。


 だが俺はこの件でデベルとケンカをする気はない。デベルにはデベルの事情があり、その上で理性的に判断した結果としての行動だ。事情をよく知らない俺が感情だけで非難する事ではない。むしろその場の勢いでデベルの手駒を殺してしまった俺の方が、デベルに非難されてしかるべきと言える。俺もそれくらいの立場はわきまえている。


「カロエにではなく、カロエの伯母さんが遺体を引き取ったの?」


「そうさせた方が面倒が少ないと判断した。娘に負荷をかけ過ぎると、またお前らが暴走して余計な事をしかねん。そうした配慮だ、心配しなくていい。あの家は男同士の仲が悪くとも、女同士の繋がりは強い。さらに、娘以上に兄弟間の問題を理解している。別の商家に嫁いでいるとはいえ、収拾させるにはうってつけだ」


 デベルの人を見る目は確かだ。人柄だけでなく、行動原理を理解して事態をコントロールしている。デベルが収拾させると言うのなら、きっとその通りになるだろう。


 それを分からせた上で、俺達に余計な事はするなと牽制している。とはいえこちらにも事情はある。


「デベルさんの判断は信頼していますが、私達は私達で動かせて頂きます。事前に断っておきますが、カロエパパとの約束もありますので叔父さんとも接触する予定です。場合によっては殴り飛ばします」


「それくらいなら構わん。殺したりしなければな」


 俺がデベルの嫌味に苦笑すると、デベルはため息をついてから続けた。


「余計な事をさせないために説明しておく。二つに割れていたカンテンブルンナー家は、今回の件で一つに戻る。たとえ娘に商才があろうと、家長が居なくなれば権利は維持できず商売は続けられない。これはもう確定した事だ。変えようとはするな」


「デベルさんの目的はそれなのね。一応は覚えておきますね。でも何故なの?理由も教えてくれない?」


「ただの防衛上の理由だ。イガミ合あって潰れかけの商会など、存在するだけで懸念事項になる。もし好ましくない者に権利が渡ったならば、全ての者を巻き込んで戦争状態に発展する可能性すらある。危険の芽は早々に摘んでおくに限る」


 デベルの考えは色々と気に入らない。しかし何の責任もない部外者の俺が、感情任せに非難していい事でもない。俺は所詮何も出来ない無力な存在だ。今はそれを痛いほど感じている。無責任な事は言えない。


「デベルさんの理屈は理解しました。納得はまだ出来ませんが。まぁ尊重だけはしようと思います」


「フン、こちらもお前らの感情が理解出来ないわけではない。俺の邪魔にならないのなら、お前らの気持ちとやらを尊重して多少の事は多めにみてやるつもりだ」


 そう言うデベルはムスっとしたままだったが、少し仲直りできた気がした。


***


 デベルから許可が出たのでカロエの叔父さんは殴る事にした。が、今はそんな事よりカロエに会っておきたい。会ったところで上手い慰めが出来るとは思わない。特にプランもない。それでも会っておきたい。


 カロエは伯母さんの家に居た。正面から訪ねたので始めは断られたが、伯母さんと少し話をしたら友達だと信じてくれた。そればかりか叔父さんをぶん殴って来るようにお願いされた。伯母さんに主導権を取らせた事で、どうやら対決構造が家同士のものから馬鹿な男達vs振り回される女達になったようだ。そして俺とクーは女側として快く受け入れらる形となった。


「今は少しカロエをそっとしておいてあげて」


「うん……でもちょっとだけ」


 俺は伯母さんと一緒にカロエの元に行く。カロエは既に泣いてはいなかったが、目の周りは腫れている。動く気力も立ち上がる力もなく、俺達が部屋に入っても座ったまま悲哀に満ちた顔をこちらに向けるだけだった。


 それを見た俺は、悲しみが抑えられなくなってカロエに抱きついて顔を埋める。


「ごめんなさい!ごめんなさい!本当なら助けられたかもしれないのに!」


「あなた達のせいじゃないわ……」


 悲しいのはカロエの方のはずなのに、カロエは俺の頭を優しく撫でて慰めた。俺が甘えればカロエはお姉さんらしく受け止めてくれる。そして謝って許しをもらう事で俺は楽になる。考えての行動ではなかったが、俺はこんな時にズルい事をした自分に嫌悪した。


「昔はあの二人───カロエのパパとその弟も仲は悪くなかったのよね。もちろん良くケンカはしてたけどね」


 伯母さんが昔話を始めた。


「二人の仲がおかしくなったのは、私達の父──カロエにとってのお爺さんね、そのお爺さんが引退してからね。私達は三人兄弟だったけど、当然後を継げるのは一人。正式には長男であるカロエのパパが引き継ぐ事になったわ。でもお爺さんは私と次男の事も気遣ってくれた。弟にも小売権等を買い与えたし、私の嫁ぎ先にも援助をしてくれた。そして私達三人ともに、カンテンブルンナー家に代々受け継がれてきた魔法の指輪をくれたの。この商売の成功と一族の繁栄を約束する魔法の指輪を」


 伯母さんはカロエパパが私達に託したモノと寸分違わぬ指輪を私達に見せた。カロエはそれを見て口を開く。


「お父様もよくその指輪を私に見せながら言ってました。この指輪はお爺ちゃんから受け継いだ本当の魔法の指輪だって。じきに私に授けるって」


「そう、お爺さんは私達三人に同じ指輪をくれた。三人ともに、代々伝わる魔法の指輪だと言ってね。でもお爺さんが付けていた指輪は一つ。残り二つは模造品という事になる。それを知ってから、二人の関係はおかしくなっていったの」


 うーん、その話はどこかで聞いたことが……。俺が反射的にクーの方を見ると、クーはペラりと本をめくって見せた。


「『十日物語デカメロン』に出てくる三つの指輪の物語ですね」


「クーデリンデ、そういう解説は今は要らないわ」


 俺はクーの話を止めた。目で尋ねてしまった俺も悪いが、もう少し空気を読んでほしい。


 三つの指輪の物語とは、同じ神を信じる三つの宗教の“どれが正しいか”という問いへの回答の話だ。『父は三人の息子を同じ様に愛していたので、同じ指輪をつくって三人に贈った。どれが本物かを問われても、それは誰にも分かりません』という話。神がその様に作ったのだから分かるはずが無い。そんな論法で、どれが正しいかを争っている三つの宗教に対し「やれやれ」する話である。


 そしてこの「やれやれ」する話が書かれたのは六百年以上前。そんな昔から「やれやれ」されてきた三宗教は、今現代も抗争中で「やれやれ」されている。たぶんきっとこれから先もずっと「やれやれ」され続ける。三つの指輪の物語は宗教的寛容を説くために良く引用されるが、現実を眺めてみると全く笑えない失敗談の寓話に思える。カロエのお爺さんもそれをやらかした。


「お爺さんにとっては三人とも同じ様に大事だったんだね」


 俺は無難な感想を言って話を戻す。伯母さんはそれに同意して話を続けた。


「そうね。私は元々女だから家を継がないと分かっていた。だからとても嬉しかったわ。たとえ模造品だとしても、お爺さんが私を想って贈ってくれたのだもの。私にとっては本物と同じ意味がある。それでも弟達は違ったわ。実際に家を継いだカロエのパパは、自分の指輪が本物だと信じてそれが態度にも出ていたし、家を継げていない弟の方は指輪だけは本物という思いに固執した。そうしてどちらが本物かを証明するために、商売の競争を始めたのよ?どうせ魔法なんてウソなんだから、どれが本物かなんてどうでもいいのに。馬鹿な弟達よね」


 伯母さんが哀れむように言い捨てると、カロエが泣き出した。俺はカロエの手を握って落ち着くのを待った。カロエはゆっくりと話し始めた。


「お父様にはナイショにしていたけれど、あの指輪は私も持ってるの。しかもいっぱい。子供や孫が出来たら『代々伝わる指輪だ』と言ってこっそり渡しなさいと、お爺様から沢山もらっているの。こんな事になるなら話しておけば良かった」


「あらまぁ……カロエを溺愛していたお爺さんらしいわね」


 なんてこったい、指輪は三つどころか沢山あるらしい。確かに見分けのつかない偽物を作れるならば、二つだけに限定する必要はない。大量に作っておき、価値を落とさないように隠れてひっそりと捌く。贋作商売のセオリーだ。いやでも売り物じゃないし。身内向けの贈り物だし。とんでもない事をする爺さんだ。俺は少し呆れたが、カロエはお爺さんの話を続けた。


「Cool Head,but Warm Heart。指輪に刻まれて指輪のともに代々受け継がれてきた言葉。お爺様はその心こそが大事と言っていた。だから私はその言葉が刻まれている全ての指輪が本物だと思っていたわ。でも現実には、お爺様の愛する心が争いを生み、私がお父様の指輪に対する想いを大切にしたばかりに争いを止められなかった。こうなるともう全ての指輪が偽物に思えてしまうわ。今にでも全部捨ててしまいたいくらい」


 カロエが泣きながら言った。精神が不安定になっている。泣いている女の人は苦手だ。俺は手を握る事しかできなかった。しかし伯母さんは落ち着いた声でカロエをなだめた。


「いいえカロエ、私は貴方に受け継がれたモノが本物だと思うわ。貴方はお父さんが自慢する賢くて心優しい娘なのよ。お父さんのためにも、私達のためにも、その優しい心をずっと大事にして欲しいわ」


 伯母さんはカロエの頭を胸に抱き寄せた。こういう時、年配の女性以上に頼りになる者は居ない。しばらくは伯母さんに任せておけば間違いないだろう。


 ところがそんな空気を平気で壊す者がいる。クーだ。


「真偽が分からずに混乱しているようなのでお伝えしますが、カロエの部屋にあった指輪も、伯母様が今つけている指輪も、そしてカロエのお父様のつけていた指輪も、どれも本物の魔術具ですよ。今のお姉様なら使えます」


 クーはそう言って一枚の紙を見せた。紙には大きく『メンタルとタイムの指輪』と書かれており、下の方には『Cool Head,but Warm Heartの精神を忘れずにご利用ください』と書かれている。どうやら本当に昔の魔術具の様だ。


 クーの一言は混乱を収めるどころか、俺の頭を混乱させた。

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