街での活動 その65 偽慈悲の女神
王が王たるのは、神がその様に定めたからだ。その証明は統治の結果をもってなされる。戦はもちろん、作物の出来や疫病までもが王の責任とされる。
戦争に勝てるのは神がその様に望んだからであり、農業においても同様だ。逆に負けるのは神が今の王を望んでいないからであり、王のすげ替えが必要になる。結果として、王が王でい続けるためには、国を繁栄させ続けなければならず、民は神の恩恵にあずかる事が出来る。そうやって世界は回っている。王様の仕事も楽じゃない。──真面目にやるならば。
ところがどっこい。この王様は戦に負け続けているくせに、王として認められる方法を思いついた。神と契約している事を皆に見せてしまうのだ。
神に定められたといっても普通は証拠なんてない。だから統治の結果という曖昧なもので判断される。ならば証拠を示せばよい。神と契約している所を見せればいい。奇跡を起こる所を見せればいい。そうすれば統治の結果はどうあれ、民には王として認識される。俺とクーはまんまとその見世物に付き合わされた訳だ。
実際には俺もクーも神様なんかじゃないので、民をペテンにかけているだけだ。王様が使った転位も、どうやったか分からないが奇跡などではない。
とはいえ、俺にはそんな王様が少し頼もしく思えた。この王様なら俺の抱える問題もなんとかしてくれるかもしれない。世の中のルールに縛られず、からめ手に長けたこの王様なら、世の中の理すら出し抜く方法を思いつくかもしれない。
「王様ぁ。ちょっと相談いいですか」
「なんじゃ、まだ何か欲しいのか?」
「そんなんじゃないです。人の世界に詳しい王様に、少しアドバイスを頂けたらというだけです」
「結局貰いたいんじゃないか。まぁいい。話してみろ」
「人を害するようになってしまった人間を、普通の人間に戻す方法はありませんか?人を傷つける事が目的になってしまっていたり、人を傷つける事が喜びとなっている人に、他人を思いやる心を取り戻させる良い手はありませんか?」
俺は雰囲気を変え、落ち着いた様子で王様に質問した。王もそれに応え、真面目な顔で少し考えてから口を開いた。
「まず始めに伝えておくが、昨夜の事はワシの耳にも入っている。大変だったな。本来は統治する者がせねばならぬ事じゃ。そなたらのせいではない。嫌な思いをさせてしまった事、全ての者を代表して謝罪する」
「だれの責任とかそんな事はどうでも良いのです。私が知りたいのは、これからどうすれば良いかです」
「そうだな。大事なのはそこだな。一言言っておきたかっただけじじゃ。しかし正直に言ってしまうと、ワシもそれについては明確な答えを持ち合わせておらぬ。使い方については幾らかの知見はあるが、善悪だの更生だのなると坊さんの領分になるのでな」
「確かに。そうですね。修道士に相談するような内容でしたね。変な質問をしてすみません」
「まぁ待て。そう結論を急ぐな。ワシの知見から出る案も考慮してみてくれ。更生という訳ではないが管理すれば標的をコントロールする事は可能だ。そして攻撃対象が変われば悪人とは呼ばれなくなる。人を殺すことに喜びを覚えようとそれが敵ならば英雄になれるし、他者を陥れる事に喜びを見出そうが金さえ稼げれば成功者と呼ばれるし、部下を虐げる事に喜びを感じていようと現場コストを下げて結果を出せればよい管理者と賞賛を受ける。攻撃的な人格であろうとも、知性と才能のある者はそうやって社会に適応している。自ら適応する能力のない者も、上手くお膳立てしてやれば同様に適応する可能性はあるだろう。例えば、今回そなたらがやろうとしている徴労の監督官にそえるとかな。労働力を極限まで引き出してくれるやもしれんぞ」
「うーん……確かにそうかもしれません。でもダメな気がします。他者を攻撃したり虐げる事が評価される仕事なんて、犯罪と同じく続けたら性悪な人間になってしまいますよ。よっぽどの人格者でない限り。ましてや元々性格が悪い人なんて、歯止めが利かなくなって何かの拍子にやっぱり破滅しちゃうと思います」
「ダメか」
「発想は好きですが。それになんか美しくないです。それで解決とか言われてもモニョります。やはり他人を攻撃する事に喜びを見出してしまうのを何とかしたいです」
王様の道徳観に少し違和感を覚える。悪気はないのは分かるのだが。
「とはいえ一度好になったモノを嫌いにさせるのは難しいぞ。より強力なトラウマでも埋め込まない限りな」
「というと?」
「身体刑じゃな。ムチ打ちやら烙印刑やら肉刑やらじゃ。激しい痛みの体験は人間だろうと動物だろうと中々忘れないものだ。特に傷跡が残る場合にはな」
「有効なのは認めますが、なんの捻りもない案ですね。そしてやはり美しくない」
「ハッハッハ、それは認める。だが身体刑はシンプルで分かりやすいからな。隣国では身体刑の変わりに禁固刑───罪に応じた期間、監獄に閉じ込める刑罰に切り替えたりもしているが、金がかかって大変なようだぞ?被害の額より刑を執行するのにかかる額の方が高くつくらしい」
「それはそうでしょうね。反省するほど長く監禁となると管理が大変そうです。その案も微妙そうですね」
「ワシもそう思う。ピークエンドの法則───人間は出来事について、ピーク時の感情と最後の印象のみで良否を判断し、快不快の総量や時間の影響は少ない───というのもあるしな。釈放されてすぐに美味い酒でも飲めば、長い監禁期間の記憶などすっ飛んでしまう。ルールに慣れさせる効果くらいはあるだろうがな。そもそもそれに至ったのは、単に王制が廃止されたからに過ぎない。それまで王の権利と責任の下に行われていた流血裁判と身体刑が、王制を廃したので根拠がなくなってしまった。そうして考え出された刑罰なのだよ。効果があるから採用された訳じゃない。責任を取る奴が居ないから発生したモラトリアムがそのまま制度になってしまった様なものだ」
「辛辣ですね」
「ハッハッハ、アンブレの悪口になるとつい熱が入ってしまうわい」
敵国批判だったか。やれやれだ。
俺は呆れた様子を大きなポーズで表し、少し笑いながらため息をつく。そして言う。
「色々と参考になるお話ありがとうございました。でも私はもう少し別の道を探してみたいと思います。また相談させてください」
「もちろんじゃ。いつでも相談にのらさせてもらう。慈悲深き女神よ、どうか罪深き我らを救いたまえ」
そう言って王様も大げさに恭しく頭を下げた。今日のところはこんなところか。
俺は王様にカーツィをした後、クーに皆の拘束を解いてもらい、観客に手を振りながら叫ぶ。
「みんなー、今日は付き合ってくれてありがとー。まーたねー」
「「「ロッテちゃーん」」」
幾人ものオッサンが俺の呼びかけに応えた。俺は背伸びをしながら手をブンブン振ってその声援に応えた。
「さてクーデリンデ、そろそろ帰りましょうか。あ、おじ様達はハローワークで仕事貰う……でいいのかな?」
俺が王様をチラりと見ると、王様が頷いた。
「じゃそれで」
最後に俺とクーは観客に向かってカーツィをし、そのまま消えて立ち去った。
***
そして当然の様にデベルに怒られる俺。
「あそこまで勝手な事をしてくれたんだ、王に認めさせた徴労権と造幣権の使い方について、当然細かくちゃんと考えてあるんだろうな。どう制度に落とし込んで、だれがどう運用するかまでキッチリと」
「あーあーきこえなーい、きこえなーい」
「ふざけるな!お前の勝手な行動は俺の不手際って事になるんだぞ?分かってんのか?このクソジャリが!結局俺が責任とってなんとかせにゃならん!」
「デベル、どちらもコローナが欲しがると思いますよ」
「あー?あのお嬢様が実際に運用まで持っていける訳ないだろ!理論と実践は違う、特に人を動かす場合はな!しかも新しい制度を一からつくるなんて、気が遠くなるほどの根回しが必要だ!しかも新しい貨幣の発行とくる。もう俺ですらどうすれば良いか分からん。……本当にどうすりゃ良いんだ俺」
「デベルさーん、ふぁいとー」
「こ・ん・のクソジャリがっ!」
なんだかんだ言いつつも責任を取るつもりはある大人なデベルであった。
たぶんこのへんという参考文献
『王の奇跡―王権の超自然的性格に関する研究/特にフランスとイギリスの場合』マルクブロック
『監獄の誕生 ― 監視と処罰』ミシェル・フーコー




