街での活動 その64 王の奇跡
まいぺーす
「ねぇ王様?それじゃぁ私の言う事なら聞いてくれるの?」
「あ、いや……そなた達との約束はこれで果たされた事に……」
「そう。じゃぁ新しい約束をして頂戴。クーデリンデ!全員を縛り上げて!」
「やれやれ、後で怒られても知りませんよ」
俺はこの茶番劇をかき回す事に決めた。
「な、何をする!誰か!誰かこの者達を止めよ!」
クーが指をパチンと鳴らすと、王様の体がミイラの様に縛り上げられて椅子からピョコンと立ち上がった。続いて近衛の兵士や舞台の周りの兵士までもが縛り上げられていった。王様の命令に応えられる者は残らなかった。
「ちょっとクーデリンデ、オジ様やザフロール達も縛ってあげてよ。これじゃぁこの人達もグルみたいじゃない」
「言われてみればそうですね」
「アヒャンッ」
クーが再び指を鳴らすと、連れて来た皆も縛り上げられて床に転がった。でもこちらは何度も見ているので慌てる様子は無い。
「さ・て・と、今度の約束はミンナの前でしましょうか。さっきみたいな言い方をされないようにネ!みんな!証人になってくれるかなー?」
俺は右手をクルクル回した後、観客側に乗り出すように顔を突き出して耳に手を当てる。
「あれー?返事はー?」
俺はもう一度同じモーションを繰り返す。伝統的なジェスチャー?そんなものクソ食らえだ。俺は俺のやり方でやる。
「よーし分かったー!」「いいぞ!そのままやってくれ!」「ロッテちゃーん」
ちらほらとバラバラに返事が来た。なんか少し微妙。
「うーん、もう少し元気な返事が欲しかったな。でもまいっか」
俺は観客に笑顔で手を振ってからクルリと踵を返し、大股で王の目の前に移動した。
「さーて王様ぁ。私とお話ししましょうか」
「クッ、ワシをどうするつもりだ」
「嫌ですねぇ、どうもしませんよ。初対面じゃないのですから、そんな怖がらないで下さいよぅ」
もちろん初対面。俺は少し意地悪そうに笑い、手を広げてオーバーアクションを取る。
「ならワシの事も少しは信用してくれんか?既に一度は約束が果たされた。ワシにこの様な拘束は必要ないはずであろう?」
「それもそうね。クーデリンデ、王様の拘束は解いてあげて」
「はい、お姉様」
クーが指をならして王様の拘束だけを解く。王様はため息を尽きながら、玉座に深々と沈んだ。
「ふぅ、話には聞いていたが厄介なお嬢さん方じゃな。それで何が望みじゃ」
「壁はやっぱり皆で直すべきだと思うのですよ。特定の誰かに押し付けるのではなく。街に暮らすみんなで直す様にして頂戴」
「やれやれ、壁を直すためにとニーダーレルム公を連れて来たのはそなた達だろうに。ま、それを抜きにしてもワシにはどうにも出来ぬな。それは領主権や都市法の範疇じゃし」
「なにそれ訳わかんない。国中から徴兵して戦争に向かわせてるくせに。王様ならなんとかしてくださいよ」
今の俺に理屈は通じない。
「なんと理不尽な……」
「ロッテちゃん、王様が行使したり付与できるのは王権に基づくものだけだよ。徴税権とか裁判権とか造幣権とかだね。それも、既にこの地の領主に付与された権利と干渉すると厄介な事になる」
床に転がったままのザフロールが理解を促すために解説した。でも俺は動じない。
「知らないわよそんな事。じゃぁどうすればいいって言うのよ」
「うーん、徴税権の一種として民を徴労させる権利を貰うとか?でもそれ、権利だけ貰っても民衆の理解は得られないと思うよ。本来領主のお仕事だし、その為の税金も取られているし」
「じゃぁ対価としてお金を配れば良いのね。王様、私達にも徴労権と造幣権を下さいな」
俺は深く考えるのを拒否して場を荒らす。主催者は収拾をつけるのに困るだろうが、それもいい気味だ。
「おいこらザフロール。オヌシは誰の味方なのじゃ?縛られてなお余裕をかましておるし、まさか全てオヌシの企みなのではあるまいな」
「ハハハご冗談を。私はただ縛られるのに慣れているだけですよ。後は女性の理不尽さにもね」
王様がザフロールを咎めるが、堪える様子はない。変態は強い。王様は髭をいじりながら眉間にシワを作って少し考え、そして答えた。
「どちらもホイホイと授けられる権利ではないのだがな、そちらも一つ、こちらの要求を呑んでくれるなら考えぬ事も無い」
「さーっすが王様。話が分かりますね」
「王の仕事なんてこんなものばかりじゃからな。で、おぬし等は我が国を護るとこの場で宣言して欲しい。この街だけでなく、わが国の領土全てを護るとな。であれば、そのために民を徴用する事は許可するし、そのための貨幣発行も許可しよう。また、ひとまずこの街で実験的に施行できるように計らいもしよう」
あれ?この王様、ガチで契約にきてない?
俺は少し警戒感を強めて話を吟味した。
「護るって?それは行為だけでよいの?それとも結果も保障するの?そもそも国とは何を指すの?民?国土?それとも貴方の王権の事?漠然とし過ぎていて回答に困るわ」
「はっはっは、そう深く考えんでも良いわ。人智を超越したおぬし等が我が国を承認し、護ると宣言してくれるだけで、この国の民には十分な加護となる。なので宣言してくれるだけでよい」
王様は表情筋を操って微笑みをつくり、俺に承諾を迫った。王様のクセに商人みたいな交渉をしてきやがる。クッソなめやがって。俺だってカロエに鍛えられているんだ。負けてられるか。
こいつが本物の王様なら、デベルから私達の情報は伝わっている。神などではなく、ちょっとした悪さが出来る小悪魔程度の認識なはず。この街を護れたのもケイツハルトの力のおかげであり、俺達に国を護る力などない。それも知っているはずなのだ。しかしその上で俺らに国を護る宣言をしろと言う。本当に言葉だけが目的なのか?それで民が自信をもち、奮い立つので対価となりうると?本当にそれだけか?
「あ───」
この王様は、まだ私達の名前を使って何かをやらかす気だ。俺がその事に気付いたのを王様は察し、ワルそうにニヤリと笑った。
「一つお聞きしますが、私達が宣言をせずに、この交渉を打ち切ったらどうなりますか?」
「どうにもならん。非常に残念な事じゃがな。盟約など結ばなくとも、そなたらはこの国を救う運命にある。しかしそれでは我らは恩を返す機会を失う。それがとても残念じゃ」
つまりは交渉結果と関係なく、計画は実行されるという事か。恐らくもともと計画されていたものだろう。それを良い機会だからと俺達に承諾させようとしている。承諾はなくとも勝手に使うと明言しながら。くっそー、さすが卑怯者で有名な王だ。
でも俺は別に相手が得をするのが嫌なわけじゃない。要はバランスの問題だ。こちらが頂きたいものを貰えるなら名前を貸すくらいは問題ない。あとは若干のコントロール権限も欲しい。望まない状況になった時に破棄できる条項も入れておきたい。俺はそんな事を王と神の契約っぽく脳内変換して口に出す。
「分かったわ。でもこちらからももう少し条件があるわ。護るといっても、私達は自らの名誉を捨ててまで護る気はありません。護るに値する国でないと判断した場合は、一方的に契約を打ち切ります。また、私達の好みにそぐわなくなった場合も同様よ」
「うむ、ヴォルミントの王であるワシの名において誓おう。そなたらの名誉となる国であり続けるとな」
「そしてもう一つ。私達の発行する貨幣を国の徴税でも使えるようにして下さる?価値の裏づけはそれが一番ですし」
「ふむ。して、レートは」
「任せるわ。私達の目的が果たせるようにその都度調整して」
「まぁ良いだろう。他には何かあるか?」
「あとはそうね……あなたが本物の王様という証拠を示してくれないかしら。こんな舞台にノコノコ出てきてあなた本当に王様なの?契約相手が別人でしたじゃ私達の沽券に関わるわ」
「やれやれ今更そこか。しかしそれを問われると困るな。ワシは王権を神々から授かっておる。それが見定められぬのなら、そなたらが女神である事にも疑問符がついてしまうぞ?」
くそー、嫌らしい切り替えし。俺はただ、役者や影武者ではないと確認したいだけなのに。
「お姉様、彼の持つ王笏をよく見てください」
俺が困っているとクーが俺の横に来て耳打ちした。
「おうしゃくぅ?そんな物、私が見たって分かるわけ……え!?アンカー型転位陣!?」
王様の持っている杖はゴテゴテと装飾されていたが、よく見たらケイツハルトが使っていたのと同じアンカー型の転位陣だった。
「ほう、知っているのか。このヤバイ神の作りしヤバイ杖を。……まぁワシもそのヤバさは少し前に知ったのだが」
「……どうやら本物の王様で間違いがないようですね。でもそんな物をおおっぴらに持ち歩いていると、アレをやったのがバレますよ」
「いやちょっとまて、アレをやったのはワシではない。断じて違う」
「はいはい分かりました。色々と。で、そちらに異論がなければ、こちらは契約に同意しますよ」
「こちらも問題はない」
「ではこちらにサインをお願いします」
クーがスッと出てきて、俺と王様の間に天板が斜めになっている木製の机を出した。その上には、これまでのやり取りが書かれた契約書が乗っている。さらに、同じ契約書が大きな垂れ幕になってステージの中央に掲げられた。そして、それぞれが署名すると、垂れ幕にも巨大な文字で署名が入った。クーの作ったものなので、物的証拠にはならない。しかしこの場の皆が証人だ。内容が内容なので、若干ブーイングが飛んでいるが。
俺と王様は署名後にニヤリとしながら握手を交わした。この王様の人間性は信用できない。だが契約相手としては悪くない。俺はそんな風に思った。共犯者として巻き込まれたせいかも知れないが。
「それにしても、本物の王様がこんな所に出てきてて良いんですか?そのー……暗殺とかあったら危ないじゃないですか」
俺は素朴な疑問を投げかける。俺はこの疑問のせいで、王様が本物とは思えなかったのだ。
「そなた等の基準でいえばそうかもしれぬ。じゃが、普通は近衛兵達を一瞬で無力化などできぬからなぁ。それにこの王笏があればテレポートも出来るしな。備えは万全じゃよ」
「え!?王様ってその杖を使えるの?ウソだぁ~。私だって使えないのに」
「フフン、これでもかなり練習したからな。何度も何度もマメを潰すほどな」
「いやいやいや、練習とかそういう問題じゃないですって」
王様からは魔力を感じない。握手までしているのでそれは間違いない。言っている事がおかしい。
「フフン、ど素人めが。未熟者は0.3秒の入力受付時間を意識し過ぎて、両手で力を込めて振り回す。じゃが、それが失敗の元なのじゃ。ワシも始めはそうじゃった。じゃがの、実際は逆なのじゃ。腕の力を抜いて片手で持つ方が成功しやすい。杖と腕を一体化して重心を杖からズラすイメージじゃな。そうして杖をこう……カカカッっと───」
パキン!
「えっ!?」
王様が本当に消えた。わけが分からない。
「お姉様、恐らく同じ場所に戻ってきます。少し離れてください」
「う、うん」
シュバッ!
クーの言うとおり、元の位置……の2メートル上に王様が現われ、ベチャリと落ちた。
「くっ、練習したのに!着地も散々練習したのに!この衣装が悪い!この服のせいじゃ。練習の時の服なら失敗しないのにっ!」
王様の情けない言い訳とは裏腹に、その場に居た者全てが王の奇跡を目の当たりにし、驚愕と畏怖の念を植えつけられた。
そしてそれは俺も例外ではなかった。王様ってもしかして凄い人なのかもしれない。




