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街での活動 その63 茶番と少年

色々あるけどこのまま行き着くところまで行きます

 後の事はあまりよく覚えていない。


 クーの言うとおりにしていれば上手く行くと思っていたが、理解すれば理解するほど、考えれば考えるほど難しく思えてくる。


 兄を、黒狼団を、いやそれどころかこれからも生まれてくる全ての犯罪者予備軍を俺は救えない。そう思うとその度に胸が苦しくなって現実世界に目の焦点が合わなくなる。思考が無限ループにはまり、頭のリソースがどんどん消費され、蒸気になって前頭部から放出されていくような感じだ。


 断片的に覚えているのは、自分では動けなくなっている俺をカバーしてくれる優しい皆の姿。


 デベルとの調整はクーがやってくれたし、現場の事後処理はデベルが無言で引き受けてくれた。疲れきっていたので馬に乗ったらすぐに寝てしまったが、馬は俺を落とさないように慎重に運んでくれていた。


 連れ帰っている元捕虜達は、俺が帰るなり深夜にも関わらず心配して集まってくれる。ザフロールは俺が大丈夫というのも聞かず、川に連れて行って血を洗い落としてくれ、傷が無いか心配しながら確認してくれた。川から戻れば他の人らが焚き火を用意してくれていて、すぐに体を温めてくれる。そしてどこで調達してきたのか知らないが、ホットミルクまで飲ませてくれた。


 至れり尽くせり。俺はボケーっとしているだけで、全ての事が順調に進んでいく。皆が俺の状態を察して何の見返りもなく動いてくれる。みんな本当に優しい。でも俺の周りには優しい人がこんなに居るのに、なぜ彼らの周りには居ないのだろう。世界はとことん無慈悲で不公平に出来ている。俺はボーっとしながらそんな事を考えていた。


「お姉様、今日の事は私にお任せください。デベルより筋書きを聞いてきました。基本的に話を合わせるだけですので、一人でも対応可能です」


「そう……それじゃお願い……」


 俺はやる気がやる気を失っていた。そもそもこの遊びは、黒狼団を解散させてマルコ兄さんを帰る気にさせるもの。そこが怪しくなってきているのだ。やる気なんか出るわけが無い。


 さらに言えばどうにもならなくて少しムシャクシャしている。やる気のないそぶりを見せていれば、クーがヤレヤレしてきてケンカを吹っかける事が出来ると思ったが、空気を呼んで全然ヤレヤレしてこない。畜生、誰かに感情をぶつけたいのに。


 俺のそんな気分とは別に、馬は自動的に歩を進める。天気もいい。空気もいい。景色もいい。晴れないのは気分だけ。


 気分が晴れないかと、皆と一緒に少し走ってみた。訓練歌を歌いながら皆で走るのは少し楽しい。俺が楽しそうに走ると、他の皆も嬉しそうに走る。そうなると、俺はさらに楽しくなる。


 そうやって楽しんだ後、また馬に戻って悩む。俺の周りに広がる世界はこんなに楽しいのに、なぜ彼らの世界は───


***


 街に近付くと、出迎えの人たちがやってきて合流した。


「殿下、入場前にお召し替えを」


「うむ」


「ザフロール様はこちらで」


「やれやれ、出迎えられちゃったか。で、この先誰がお待ちかねなのかなー?」


 オジサンとザフロールが馬から下ろされ、全身を弄られている。でも二人とも慣れたものだ。新しい服と鎧が次々に装着されていくが、全く動じない。


 次に他の皆も髪や髭を整えられた。が、こちらは全く慣れておらず「触んな」「弄んな」「切るな」と抵抗しまくりで時間がかかりそう。


 その間、クーは馬をデコって遊んでいる。ガラス玉をちりばめたり、フリルを付けたりやりたい放題。俺はそれを見て苦笑し、馬を撫でてやる。そして渡された台本をパラパラと流し見る。


 出迎えは本日の台本を持ってきていた。なるほど俺達のセリフは少ない。「約束を果たして頂けますか?」と「ありがとうございます」これだけだ。姉である俺が言うべきセリフだろうが、クーが言っても問題はない。役をこなせるかより、台本が茶番過ぎるのが気になるくらいだ。


 そうこうしていると、ようやく準備が整ってようやく動き出した。少し遠回りして工事中の北門に導かれ、走らず綺麗に整列してノロノロと入場となった。


 北門はまだまだ修復中。支保工と足場で厚みの増した門は、長く、暗く、そして狭い。もはやトンネルの様。普段なら封鎖中のはずなのに、なぜか今日は開いている。いつもなら汗臭い労働者であふれているのだが、今日は誰もおらずにすごく静か。とても不思議な感じだ。このまま別の世界にでも通じていそう。


 俺とクーの馬は、出迎えの指示通り先頭を歩く。一応は今回の作戦は俺達のもの。着飾ってはいるがオジサンとザフロールは脇役に過ぎない。指示されるのは気に入らないが、今の俺はそれに逆らう気力もない。さっさと終わらせて帰りたい。


 しかし、支保工のトンネルを抜けると、けだるい気分は吹き飛ばされた。待っていたのは大勢の歓声。壁内の市民が道の脇に並び、俺達一行を歓声で迎え入れた。


 俺は驚きながら馬をさすって平静を保つ。そんな俺をよそに、クーは馬上に立って軽く手を上げて堂々と歓声に応えている。昨日の事がなくとも、今日はクーに任せるのが正解の様だ。


 そのまま少し進むと、道の脇は凝った装飾の鎧を纏った兵士達に変わった。全ての兵士の鎧は、同じ意匠で統一されている。明らかにこの街の兵士ではない。


 さらには馬まで鎧を着込んだ騎士団まで並んでいる。ここまで来ると日常からかけ離れていて、物語の世界に飛び込んだように感じる。


 終着点には絨毯や幕で飾られたステージが待っていた。ステージは地面から2mほど高くなっており、兵士に囲まれていながらも遠くから見えるようになっている。奥は黒く大きい幕で仕切られ、端には舞台袖まで作られている。やれやれ、本当に劇をやる気のようだ。


 俺達は全員馬から下ろされ、ステージ上に導かれた。ステージ上には、既に主催者が待っていた。主催者はゴテゴテの王冠をかぶり、玉座にふんぞり返っている。長髪に長髭、フサフサで金糸の刺繍の入ったガウンを着て、ゴテゴテの指輪をつけた指で王笏おうしゃくを握っている。絵に書いたような王様。本物かは知らない。見た事ないし。でも今この舞台で王様役なのは間違いない。


 王様は何も言わず、床にある×印にチラリと目をやった。そこまで進めという事らしい。俺とクーは意図をくんで床の印まで進んで止まる。すると、後ろについて来ていたオジサンとザフロール、連れて返った捕虜達が一斉に王に向かって跪いた。


 俺はどうすべきか分からずに、不安になってクーの腕を掴む。でもクーは堂々と立っている。なので俺はクーに合わせて立ち続ける事を選んだ。


 そうして演者が配置についたところで、王は口を開いた。


「いやはや、ニーダーレルム公を連れてくるとはな。未だ返還交渉中だったのだがな。これでは他の交渉に影響が出てしまう。まったく余計な事をしてくれる」


「約束は果たして頂けますか?」


「ああ、約束は約束だ。仕方あるまい。穴掘りにだろうと石運びにだろうと好きに使うがいい」


「ありがとうございます。公正なるヴォルミント王には輝かしき未来が訪れる事でしょう」


 クーが王様役の人とセリフを交わした。たったこれだけのセリフだったが、二人とも距離にみあわぬ大声で観客に聞かせるように話している。さらに遠くから見ても分かるように、体全体で嘆きや感謝を表していた。たぶんバロックジェスチャー──オペラや絵画や彫刻等々で用いられるオヤクソク的表現方法──に則った動き。こんなにハードルの高い舞台だなんて聞いていないんだが。


「どういう事だ!我らを奴隷として引き渡すとでも言うのか!」


 オジサンが王様に噛み付いた。感情の乗った良い演技だ。


「遺憾ながらそういう事になる。ワシはこの幼き女神達に懇願され、約束をしたのだ。役立てられず、遊んでいる者がいるのであれば街の再建に貸してやるとな。しかし今やこの国では兵も指揮官も文官も、いや、全ての人が足りていない。手の空いている者など居るはずがない。そう高をくくって承諾したのだが……まさか敵国に捕らえられた者を連れて返ってくるとはな。ハッハッハ!してやられたわ!」


 無論、初耳。


「我らはそんな話を聞いていない!そんな約束は無効だ!」


「ほう。この地の王であるワシと神の交わした約束に対し、おぬしは異議を唱えると。おぬしは神にでもなったつもりなのか?それとも、ワシの事を王とは認めないとでも?またそんな事を言うつもりなのかな?」


「そ、そうは言っておらぬ。しかし王とはいえあまりにも横暴ではないか。こんな横暴は国中の王族貴族が許しはしない!」


「うーむ、その言い分は分からぬでもない。だがこれはワシの意思ではなく、そちらの幼き女神達の意向なのでな。言いたい事はそちらに言ってくれ。ワシには神との約束を反故にする事は出来ん。たとえそれが不本意な事でもな」


「う……ぐ……」


 オジサンはクーを見て、それ以上反論できなくなった。オジサンは既に何度もクーに口答えして簀巻きにされている。オジサンの心を折るには、クーが冷たく見下ろすだけで十分だった。俺はこのオジサンの事が正直なところ若干苦手。でも跪きながら絶望的な表情で見上げる姿には少し同情を覚える。


 それにしても、講和交渉中に捕虜をかっさらうのも俺達のせい。お貴族様をいきなり隷属として扱うのも俺達のせいなのか。


 まぁ意図は分からなくもない。王に楯突いた者として処分すれば、オジサンに賛同した諸侯にも処罰を広げねばならず、それでは国が荒れる。でも俺らの都合って事にすれば一応は筋が立つし、オジサンも逆らえない。


 また、前線に近くなってしまったこの街にとって壁の再構築は急務で、人が足りていないのも事実だ。体力的な面は期待できないにしても、人出や金銭面でオジサンに協力してもらえるのなら、それは願ってもない事だ。この街を拠点にしている私達にもありがたい。


 王に反抗したオジサンが少しばかり罰を受けるだけ。使われる身になるといっても、壁さえ直れば解放される。オジサンにとっては屈辱的なのだろうけれど、俺からすればそんな酷い罰でもない。いつもの俺なら「やれやれ、可哀想に」とスルーするだろう。理性的に考えれば、そんなに悪くない着地点だ。


 しかし今日の俺はムシャクシャしていた。


 兄を救えないかもしれないと思う度に、全ての事が嫌になっていった。


 そしてずいぶんと都合よく扱われた事で、俺はまた少しムシャクシャ度を上げ、少し世の中に反抗してみたくなった。

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