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街での活動 その61 ホーム

 俺とクーは予定より一日前の夕方に街に着いた。一週間ちょっとしか離れてないけれど少し新鮮。それと同時に、帰ってきたなという安堵感がある。もうここは第二の故郷だ。


「よーし、じゃぁとりあえず帰ってご飯を食べよう。今からならまだ間に合うし」


「テオ、先に仕事を済ませませんか?」


「いやいや、デベルは夜遅くまで起きているけれど、ご飯は始まる前にそこに居なくちゃならない。緊急度が全然違うよ」


 俺は毎日パンと干し肉でも嫌になったりはしない。特に食にコダワリはないし。でもちゃんとしたご飯を食べられるならば、当然そちらの方が良いのだ。それに前日に顔を出しておけば、明日からは俺の分も加味した量で作られる。そうすれば、明日の夜からはいつもの心地よい日常だ。もう俺の心は、今の任務からこれからの日常に向いていた。


 俺は自分の皿とスプーンを持ち、何食わぬ顔をして食事場に紛れ込む。


「あ、テオ。戻ってたのか」


 が、当然バレる。食事の準備をしていた使用人達に早速捕まった。


「えへへ、さっき着いたとこ。まだ仕事終わってないけど一緒に食べたくて来ちゃった」


「戻ってくるなら戻ってくるで、買出し前に戻ってこいよ。今来てもお前の分なんかねーぞ」


「えーそんなぁ……ちょっとで良いから分けてよー。後で片付け手伝うからさー」


「チッしゃーねーな。肉は取るなよ。人数分しかないからな」


「うんわかってる。ありがとう!」


 突然帰ってもなんとかなるこの感じがまさにホーム。そしてこっそり食事の席の端に収まる。遠くの方に座っているアヒムから早速睨まれたが、手が届かない距離なので怖くない。


「お、テオじゃん。お前どこ行ってたの?最近見なかったけど」


 でも当然同僚にも見つかる。


「ちょっと別の拠点までお使い。でもまだ終わってないんだ。明日納品してやっと終わり」


「いいなぁ楽そうで。こちとら毎日土木作業でヘトヘトだよ」


「ははは、仕方ないよ。そっちだと俺は丸っきり役立たずだからね。でも、はいこれお土産。みんなで分けて飲んで」


「お!その皮袋はもしかして……」


「ブドウ酒だよ。去年のだからもう美味しくないらしいけど」


 このブドウ酒は、ザフロールが砦からくすねて来たのを俺が分けてもらったもの。大人が好むものは、やはり大人の方が把握している。


「でかした!やはり適材適所だな。これからもどんどんお使いに行って来い」


「えー、なんだよそれー」


 俺は頭をワシャワシャされながら、不満をあらわにする。すると別の同僚が、俺の皿に食いかけの肉を投げ込む。


「ほらご褒美だ。俺の肉を半分やる」


「食いかけかよ!わーでもありがとー!」


 やはり食事時に帰ったのは正解。食事を分け合うだけで、自分がまだ仲間として認められている事を、理屈抜きに確認できて安心できる。この動物的とも言える感覚を、クーは全く理解していない。


 食事後、使用人達と一緒に後片付けをし、アヒム達への報告はその後で行った。とはいっても、詳しい事は話さず、正式な帰還は明日である事を伝えたのみ。これは秘密の任務である事もあるが、明日の事は俺も詳しく聞かされていないからでもある。デベルからは「こちらの話に合わせろ」としか言われていない。連れ帰った人らを処刑台送りにはしないと思うが、話の出所がデベルなので一抹の不安が残る。後で「殺したりはしないよね」と一応は確認するつもり。


「さーて、そそろそデベルのとこに行きますか」


「寄り道し過ぎですよ」


「まぁまぁ、デベルは基本夜更かしだから大丈夫だよ。えーとデベルは……南の方か。ほら夜なのに外をほっつき歩いてる」


 俺は探し物用の小水晶にデベルの方角を映す。普通の人ならば家に篭っている時間。しかも南側は治安が悪い。こんな時間に出歩いているのは、ダメ人間とロクでもない事を企む輩だけ。俺は姿と共に気持ちを切り替えてデベルの元に向かった。


 デベルは一人、廃墟の様な小屋に居た。息を殺して潜み、壁の隙間から外を伺っている。やはりロクでも無い事をしている。


「(デベルさーん、デベルさーん、ただいま戻りましたー)」


「(!?……お前ら何をしに来た)」


 俺が間合いの外から小声で話しかけると、デベルは不機嫌さを隠さずに睨み、低い声で応えた。


「(少しご報告したい事がありまして)」


「(後にしろ!今は帰れ)」


「(はーい。それじゃデベルさんの部屋で待ってますね)」


 まぁこの対応は想定内。予定より早く突然押しかけているので仕方が無い。俺は素直に引き下がろうとした。が、その時外で声がした。


「ようオッサン、こんな所にわざわざようこそ」


「誰だ貴様!シュトイアグルッペの使いの者……ではないな!?」


「当たり前だろ!へっへっへ、落ち目の商人ほどチョロいモンはねぇな。簡単にひっかかりやがる。おっと逃がさねぇぜ」


 デベルのロクでもない企みが始まったようだ。この声には聞き覚えがある。黒狼団のボスのモノだ。俺はゲンナリを隠さずにデベルに話しかける。


「デベルさーん……私達が居ないのをいい事に、彼らにエサを与えるつもりだったんですか?そういう親に隠れてコソコソする子供みたいなマネはやめましょうよ……」


「フン!やかましい!こっちにはこっちの事情があるのだ!いいから大人しく帰れ!」


「相手が黒狼団となると、そういう訳にはいきませんね。彼らの仕事は私達が奪うと決めているので。トラブルを避けたいのなら初めから私達に依頼してください」


 俺はデベルの命令を無視し、デベルの隣に並んで外の様子をうかがう。


「あ、あの人、カロエのパパじゃん。まだあの商会を潰そうとしているの?止めてよそんな事」


「言ってるだろ、こっちにはこっちの事情があるのだと」


「ははーん、そんな内容だから私達に隠れてやってるのね。でも残念でした。彼らの物は私達の物。黒狼団が奪ったものを私達が奪い返してそのままカロエに返しちゃいますよーだ」


「ケッ、勝手にしろ!」


 外ではカロエパパが羽交い絞めにされ、黒狼団に殴られている。そろそろ助けた方がよいかもしれない。そう思いだしたころ、黒狼団ボスがパパの顔にねっとりと顔を近づけながら腹を殴る。そのまま何かを囁いた後、ヘラヘラ笑いながらヨロヨロっと酔払いの様に後ずさりをした。ボスが離れたところで羽交い絞めが解かれ、カロエのパパはうずくまりながら膝を落とした。よし、出て行くならこのタイミングだ。


「あなた達そこまでよ!今日も獲物は私達が頂くわ!乱暴はやめて大人しく帰りなさい!」


 俺とクーは通りの真ん中に立ち、ビシッと黒狼団を指差してポーズをキメた。これだけでその場の主導権は俺達の者。正義の味方はこうでなくては。


「へへへ……、アハハハハハ、ハッハッハ」


 だが、黒狼団ボスの様子がおかしい。いつもなら罠にかかった獣のごとく敵意をぶつけてくるのに。


 黒狼団ボスがヘラヘラ笑いながら俺の方を向く。そして腕を大きく広げながら芝居がかった口調で言い返す。


「頂くって?一体どうやって?お前らは死からも盗みを働けるのか?」


 そう言う彼の手は黒く濡れ、液体が滴っている。そして手に握られた金属も同じ様に濡れており、醜いメタメタな槌跡つちあとを月明かりに晒している。チンケなゴロツキに相応しい傷だらけの安っぽい鍛造ナイフだ。


「何してんだこの野郎!」


 俺は叫びながら前かがみになってダッシュした。


「死ねクソガキ!」


 ボスはナイフを構えて俺を待ち受ける。


 俺もそれを見て左手でマンゴーシュを抜く。そして殺意を込めて睨み返す。


 俺が速度を落とさずに走りこもうとすると、それに合わせてボスがナイフを振りかぶった。


(チッ素人が)


 小さなナイフを剣の様に振るっても、人なんか殺せやしない。


 俺はイラつきながら獲物の脅威度判定を下げ、方針を完全な不殺に切り替えた。


 俺がさらに近付き、ボスがナイフを振り下ろし始める。するとクーが刃の軌跡を赤く俺に示した。


 俺は右手も左手に沿え、両手で武器を支えると、下から押し返すように赤い軌跡をなぞる。


 ギン!


 小さく当てるのが難しいナイフを相手に、余裕でパリィを決める。


 すると、一撃目しか考えていない───いや、そもそも一撃目も考えて放たれたか怪しい───ボスは、攻撃を弾かれると思考が飛んだように固まった。


 俺はそのスキをつき、胴を反対にねじりなおして縦に回転蹴り。ボスの顔面に踵を叩き込む。


 ボスは受身を取る意思すら感じさせずに、丸太の様に倒れて転がった。俺はそれに向かって怒りをぶつけて叫ぶ。


「俺の邪魔すんな!死にてぇのか!」


 もうだめだ。少女の演技などしている余裕はない。俺は何も考えられなくなったまま、うずくまるカロエパパに駆け寄って話しかける。


「おじさん!大丈夫!?しっかりして!」


「うぅ……」


 血が出続けている。大丈夫なわけがない。


「クー!」


 俺は何を聞けば良いのかも分からず、クーの名を呼んだ。クーはそれを受けて、落ち着いて状況を説明する。


「内臓が傷ついています。治す手立てはありません。ですが出血を抑えることで、若干の延命が図れます」


「出血を抑えるっていったってどうすればいいんだよ!おじさん蹲って動かないんだよ!」


「精神操作はお姉様の領分です。お姉様なら彼を話が出来る状態にする事が可能です。お姉様、まずはお姉様が落ち着いてください」


 お芝居なんかしている場合じゃないのに!


 俺はイラつきながらも、確かに俺なら出来ると思いなおし、慌てる心をグっと押し込める。そして深呼吸。それから対象の精神を直に触れながら状態を確かめる。うん、まだ生きている。そうしてようやく自身が冷静になれた。


「クー、痛覚低減してやって」


「既にしています」


「チッ、それじゃぁ確かに後は俺の領分だな」


 俺はカロエパパを落ち着かせようと、精神操作を始めた。

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