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街での活動 その60 変態の手腕

予定通りに予定外

「いきなりぶつなんて酷いなぁ。もう少し優しくしてよ」


 もう一人の奪還対象者は初対面で人の胸にタッチしてくる変態だった。クールなか長髪男子と思いきや全然軽い。


「変なところを触ってこなければ考えます」


「それは難しいなぁ。君らだって手の届くところに仔猫が居たらつい触ってしまうだろう?それと同じだよ」


「それ絶対違う」


 どうしよう。出会ってから一分くらいしか経っていないのに、この人を見捨てて帰りたい。


「お姉様、とりあえず縛っておきますね」


「ヒャンッ」


 クーは長いマフラーの様な布で男を簀巻きにした。変態に出会っても動揺などしないクーはとても頼りになる。いい気味とばかりに俺は変態さんに顔を近づけ、挑発するように話しかける。


「手の届く範囲がなくなっちゃいましたね」


「確かにこれは困ったお手上げだな。もう動かせるのは口だけ。それで、君はどこにキスして欲しいんだい?」


「うわぁこの人、全然こりてないよ」


「お姉様、その反応は違います。この場合の正しい回答は『では床にキスをおし』です」


 クーは簀巻きの首を掴んでうつ伏せに倒した。そして背中に乗りながら頭を踏みつけ、力で床に口付けさせようとする。変態は苦しそうな顔をしながらそれに抗った。だがしかし、苦しそうにしながらもどこか恍惚とした表情が混ざっている。


「成人女性に踏まれるのとは違う新しい感覚……これはこれで……ウグッ」


 最後は結局クーの力に負け、変態は顔面を床に押し付けられるハメになった。でもたぶん懲りていないので近付きたくない。


「クーデリンデ、その変態の相手は貴方に譲るわ。もう一人も連れてさっさと帰りましょう」


「はいお姉様。さ、あなたも着いてきなさい。あまり遅れずに」


「このまま?」


「そのまま」


 変態は表情を変えて不満さをアピールした。しかしクーは意に介さない。変態はそれを悟ると、「ま、この視界も悪くないか」と呟いて芋虫のようにモソモソ動いてクーの後ろについた。素直に従う姿は少し可愛く……いや、ないな。


 錯乱していたオジサンを迎えに行くと、彼は椅子を振りかぶり、部屋の中で俺を待ち伏せしていた。しかしクーが壁を透過させて見せてくれているのでバレバレ。俺は部屋に入らずに扉だけを開け、少し離れてた位置から部屋の中を覗きこみ、上目遣いでオジサンにお伺いをたてる。


「あのー、入っていいですか?」


「ダメだダメだ!入ってきたら攻撃する!ケガをしたくなかったら大人しく帰れ!」


 オジサンはそう言って扉を閉めた。不意打ちを簡単に見透かしてしまったので、また少し混乱させてしまったようだ。


 でも、一時は冷静になったから不意打ちしようと考えたわけで、その冷静になった状態でもまだ怯えていた事になる。理解を超えた事態に混乱して怯えていたのではなく、どうやら怯える理由が存在するようだ。俺が思考をめぐらせていると、変態が提案をしてきた。


「僕が話してみようか?」


「お願いできる?さっきから怖がって部屋から出ようとしないのよ」


「じゃぁ、上手い事この部屋から出てこさせたらこの拘束といてくれる?」


 変態は顔を俺の方からクーの方に向けて不敵な笑みを浮かべた。クーは見下し目線ながらも同じく不敵な笑みを浮かべて返す。


「いいでしょう。やってみせなさい。ただし、余計な事を口にしたときは容赦なく踏み潰します」


「よし、契約成立だ!」


 変態はモソモソと扉の正面に進み出て、中の人に話しかけた。


「叔父さん、この子達は殺しに来たわけじゃないよ。そんなに怖がらなくても大丈夫」


「おぉ、その声はザフロール!無事であったか!」


 扉が勢いよく開けられて、中のオジサンが顔を出した。


 目の前には縛り上げられて床に転がった甥っ子。その頭には、不適な笑みを湛えた少女がいつでも踏み潰せるようにと片足を乗せている。


「全然無事じゃねぇ!!!」


「あ、いや……これは少し特殊な趣向かもしれないけれど、プレイとしては何も問題はなく……ヘブッ」


 変態が変な事を口走り始めたので、クーが頭を踏みつけて黙らせた。うん、客観的にみると脅迫されて言わされたようにしか見えない。大失敗だ。


「おのれ無礼者!ザフロールを放せ!」


 オジサンは再び椅子をもって振り回し、クーを変態から追い払った。そのスキをついてオジサンは変態に駆け寄って抱き起こす。そして俺とクーを睨み、ゆっくりと低い声で言葉をひねり出す。


「我が一族の者に手を上げたこと、後で後悔させてやる……。ザフロール、怪我は無いか?」


「叔父さん、だから平気だって。この拘束だって……」


 変態はクーに顔を向け、再び不敵な笑みを作って話す。


「お嬢さん、見ての通り彼を部屋から出しました……が」


「そのようね」


 クーはそう言って指をパチンと鳴らす。すると変態に撒きついていた布がシュルシュルッと緩みながら消えていった。


「ふぅやれやれ、やっと解けたか」


「ザフロール、お前本当に大丈夫なのか?」


 心配するオジサンほ余所に、変態は余裕の表情で服についた汚れを払っている。それから軽く笑いながらオジサンをなだめる。


「僕の事?それとも僕らのこれから?まぁそのどちらも、ひとまずは大丈夫だと思うよ。彼女達に殺す気があるのなら、寝ているうちに殺しているさ」


「それはそうだが……今の我々にとっては、王の力の及ばぬ敵地が安全というのもまた事実。そこから連れ出そうとするのだから、害をなそうと考えるべきではないか」


「それについてもなんだけど……」


 変態は俺とクーの方をチラリと見て話を続ける。オジサンもつられて俺とクーを見た。


「ここなら王の力が及ばないって話、とてもそうは思えないんだよね」


「ぐぬぬぬぬぬ……」


「あ、いや、私達は王様の命令で来たとか……そんなんじゃ別に……ないですよ?」


 俺はとりあえず否定した。でも彼らの目からは疑いの眼差しがビシバシ飛び続けている。俺はしどろもどろになりつつ、話を自分達から逸らそうと試みる。


「えーと、えーと、よく分かっていないので教えて下さい。お二人は王様から命を狙われているので?」


「んー、別にそうと決まった訳ではないんだけどね。叔父さんは王を失墜させようとしたんだよ。王が王として支持されるのは、この国を勝利に導くからだ。しかし今の王は敗北を恐れて逃げ惑っているだけではないか。そんなモノは王ではない!ってな具合に非難してね」


「ふん、それは本当の事だ。正当な主張だ」


「ま、賛同する人が多かったのは事実だね。で、俺がやってやるとばかりに諸侯達の支持を取り付けて出兵したは良いけれど、見事に散ってこのザマという訳さ。今帰っても味方になってくれる人は誰も居ない。そして王にはケンカを売った状態とくる。まぁ好ましい状態ではないよね」


「あちゃー、それは帰りたくもなくなりますねぇ」


「ワシは王にハメられたのだ!そうでもなければ、自国の領土内で背後から襲われるなどあるはずがない!それにあの化け物……王はおそらく悪魔に魂を売った!王は自国民のみならず、人類にすら裏切りを働いている!そうに違いない!」


「叔父さーん……彼女らがもし王の手の者だったとしたら、そんな事を吹聴するのマズイんじゃないかな……」


「はっ!……なんだお前ら!やっぱり俺を殺すのか!謀ったな!」


 うわぁ、このオジサン超ウザい。この人と話すなら、まだ変態と話す方がマシと思えてくる不思議。


「変態さんもこんな人のお守り大変ですねぇ」


「ははは、変体なんて呼ばないでよ。ザフロール……いや、ザフ様って呼んでよ」


「はいはい、それではザフロールさん、私達はあなた達を連れてさっさとタイヒタシュテットに戻りたいのですが、よろしいでしょーか」


「君にはザフ様って呼んで欲しいのにな……。まぁそれはさておき、さっき言った通り僕らは少し苦しい状況にある。出来ればそれを改善するネタを作ってから帰りたいなー」


 あくまで軽い調子をつらぬく変態に、クーがチクリとクギを刺す。


「ザフ、確かに私達は殺しに来たわけではありません。ですがそれは、要求仕様として生死の状態が定められていないに過ぎません。必要とあらばむくろに変えて輸送の可能性もあるとの認識が必要です」


「なるほど、忠告ありがとう」


 変態はそう言ってクーの髪を優しく撫でた。


 クーの発言は本当の事だ。でも言っていない事もある。骸に変えてしまうと、輸送が結構大変になるのだ。荷馬はそんなに楽じゃない。通常の馬の世話に加え、荷物の積み下ろしが加わるし、その荷物も適当に積めば鞍ズレを起こす。俺はその仕事についていたので、管理出来ない事はない。でも俺一人で大人の死体を毎日積み下ろすなんて考えたくもない。どう考えても、生きたまま馬一頭の管理も任せて乗っていって貰った方が、断然楽だし早いのである。俺はクーにそれを説明し、出来る限り殺さないと合意してもらった。もちろん俺には、単純に無駄に人殺しはしたくないという理由がそれに加わる。


 オジサンはクーの忠告を聞いてたじろいだが、変態は全く動じなかった。


「その話から察すると、他の捕虜達は置いていくつもりなのかい?それ、なんとかならないかな。叔父さんの言った化け物の話は本当なんだ。でも、ボクら二人だけが帰って報告しても誰も信じないと思うんだよね。君らには迷惑かけさせないようにするから。ね?お願い」


「ザフ、それについては心配無用です。タイヒタシュテットの者達の多くは、その化け物を実際に見ています。あなた達の報告は、容易に受け入れられるでしょう」


「あれ?そうなの?アレに襲われたなら敵の手に落ちていそうなものなのにな……。えーとそれじゃどうしようかな」


 変態は目線を左右に振りながら次の言葉を考えだした。しかし良い案は浮かばなかったのか、最後には助けを求めるように俺を見た。俺はヤレヤレと苦笑しながら口を開いた。


「クーデリンデ、変態さんは仲間も一緒に連れて帰りたいんですよ。報告を信じさせるためというのも嘘ではないでしょうが、どちらかというと口実に近いんでしょう」


 変態はバツが悪そうにコクコクと頷く。が、クーの反応は冷たい。


「ザフ、この砦にそこまで多くの馬はありません。ですが徒歩での移動は追っ手に追いつかれる恐れがあります。その提案は受け入れられません」


「そこは気合でなんとか走らせるからさ、お願い」


「非論理的回答ですね。話になりません」


 俺はクーの理屈にも賛同するが、この変態の気持ちも分からないでもない。俺はあからさまにため息をついて、みなの目線を集めて提案した。


「兵装は全て放棄。身軽になった状態で解放する。私達四人は速度を落とさない。ついて来れない者は問答無用で見捨てる。これくらいの条件でどう?」


「お姉様、それではただリスクを増やすだけで無意味です」


「あらクーデリンデ、私達にも意味はあるわよ?彼らに私達の犯行を飾り付けて貰いましょう。それで貸し借りゼロよ」


***


 それから捕虜となっていた味方を全員起こし、一晩かけて巨大な地上絵を描かせた。


 今回は敵を全員眠らてしまったので目撃者が居ない。そのためにケッツヘンアイの犯行を示す物的証拠が必要だった。カードを一枚添えるだけでも良いが、気付いた時にアッと言わせる何かの方が良いに決まっている。なので、砦の上から見て初めて分かる様な地上絵を描かせることにした。クーもこの提案には異議を唱えず、むしろノリノリで指示をし始めた。


 描く絵はもちろんケッツヘンアイのマーク。白い部分は砦の石を運び、黒い部分は大地を深くえぐってえがく。クーの幻影で大地に設計図が描かれ、他の者がそれに従って黙々と働き、巨大な地上絵を作る。


 合理的に考えれば、そんな事をしていないでさっさと逃げるべき。でもそれは口にしてはならない。実際、オジサンが空気を読まずに「砦を占拠しかえそう」などと口走ったために、クーによって口も開けないほどグルグル巻きの簀巻きにされた。努力の無駄遣いは全力でやるから楽しいのだ。


 兵達も色々と言いたい事はありそうだったが、変態が軽くおちゃらけながら指揮を取ると皆はそれに従った。変態のクセに意外と有能である。


***


「さて諸君、我らはこれよりタイヒタシュテットまで帰還するが、敵に追いつかれないように走っていく事にする」


「ザフロール様、走れと言いますがここからタイヒタシュテットまでは通常ならば一週間はかけて進む距離です。走り続けるのは困難かと」


 兵からは当然の様に不満が出る。


「それはまぁそうなんだけど……ごめん。そこのお嬢さん達と約束しちゃったんだ。なんとか頼むよ。五日で帰れば三日間、三日で帰れば一週間はボクが皆の酒と女性の面倒みるからさ、ね?一緒にがんばろう?」


「やれやれ、仕方のないお方ですな。それで、ご紹介いただける女性というのは、我々の守備範囲が考慮されたものですか?ザフロール様の女性の定義は、我々にはいささか大雑把すぎるので」


「ハッハッハ、確かに」


「おいおい酷いな君達。ま、期待に沿えるよう努力はするよ」


 これだけのやり取りで、変態の部下たちは本当に馬についてきた。ビックリだ。


 でも、これはこれで逆に困る。俺は彼らより一足先について、デベルにこの事を報告して調節してもらうつもりだった。予定外の人達を突然連れ帰っても、受け入れ先があるとは限らないのだ。


 仕方が無いので自国の領土内に入ったところで、彼らの事を変態に任せ、一人駈けあしで戻る事にした。俺と俺の馬だけなら道なき道を行けるので、そこからでも一日早く着ける。そうして、俺は予定より一日早く街に帰った。


 が、それがデベルの予定を狂わせた。

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