街での活動 その56 俺のターン
俺に扮したコローナが軍票のデザインを賞賛し出したので作戦を停止した。この一連の作戦は、あくまで俺の立場を良くするためのモノだ。コジらせては意味が無い。
俺の停止命令を受けてクーが指をパチンと鳴らした。すると突然コローナが本来の姿に戻り、俺が現われる。コローナはキョロキョロとキョドっているが、カロエはちょっと驚いただけですぐ呆れ顔になった。
「やっぱりねぇ。変だと思ったのよ。ちゃんと正面玄関から入ってくるし、プリンテンもお茶にジャブジャブ浸さないし」
「勘違いしないで!私はあんなの認めてませんから!」
「フフッ、それよりロッテちゃん?貴方はいったいどちらの味方なの?室長殿?それともまだ私の味方で居てくれているのかしら?」
「誤魔化さないで!そんな話術に引っかかりません!あんな絵じゃ、使われるたびに私が何かオネダリしているみたいじゃない!」
「誤魔化すも何も、室長殿を連れて来たのはそんな話をするためじゃないでしょう?」
「それはそうですけど……」
「それじゃぁどちらの味方?私と室長殿、どっちの話が正しいと思った?」
「そう言われても……カロエ姉さんばかり話してコローナ室長の話なんてなかったじゃないですか」
「そう?それならこれから室長殿のお話を聞いてみる?」
そういうカロエの表情は目をクリクリっと広げた笑顔。俺はそれを見て急に冷静になった。
ヤバイ、これ既にカロエの術中にはまってるパターンだ。恐らく俺ではカロエを言い負かす事は出来ない。そして多分コローナの話がどうあれ、カロエに反論できないと多分カロエの味方にされる。でもそれは宜しくない。カロエの味方にされたらコローナの心象改善が遠のいてしまう。本来の目的が果たせないどころか事態が悪化する。ダメダメありえない。考えろ俺、抜け道を探すのだ。
「えーと、お二人の話は難しくて、私にはどちらの話もよく分かりませんでした。なのでどちらの味方も出来ません」
俺はカロエの笑顔を真似て答えた。
本当はどっちも正しいと思っていたけれど、その返しはきっとカロエの想定内。多分ハメられる。実際には理解していようと理解していまいと、そんなものをわざわざ正直に晒す必要はない。逃げるための理解できていないフリである事は、カロエも察しているはず。でもそれを追求すると野暮になる。もしここでカロエが追求してくるなら、俺は野暮な事をするカロエを今後ずっと引き合いにだして様々な口実に使う。俺のカロエ真似の笑顔には、そんな意思も含まれている。
「……チッ」
カロエが一瞬考えた後で舌打ちして退いた。俺はそれを聞いて少し安堵し、さらに気合を入れた。
まだだ、まだカロエに有利な組み手から逃れただけ。ここからが正念場だ。俺ではカロエの話を打ち破れない。だが負けるわけにはいかない。ならばどうする?そうだ!俺は俺の理論をぶち上げればいいのだ!
「でもその上で、思った事があります。お二人はそれぞれ、とあるジャンルの物語でよくあるプレイヤーと運営という立場なのかなと。神様的な役も人間がやっているフシギ世界の話なのですけどね」
「あのねロッテちゃん。これは現実の話よ。物語とは違うのよ」
「分かってますよ。でもカロエ姉さんだってたまに物語を引き合いに出すじゃない?物語にだって、現実に援用できる話ってあるものですし」
「はいはい、分かったわよ。それで何?何が言いたいの?」
「えとですね……私がそういった物語から学んだ事で、たぶん世の中でも広く通用する真理が一つあるのです」
俺は場の主導権を完全掌握した事を確認し、タメを作ってから口を開く。
「それは、『ガチプレイヤーに合わせた運営をしてはならない』です」
「何よそれ。どう言う事?」
カロエが不満そうに問う。
「ガチ勢に合わせた運営をすると、ライトさんや新規さんがついていけなくなり、結果として世界は衰退してしまうのです。これは必然。経済でも仕事でも教育でも文学でもそうです。ライトは大事にしないといけないのです」
「そんなの真理でもなんでもない。ただの妄想よ。それに、私がそのガチプレイヤーだとでも言うの?」
「えーと、カロエ姉さんが超ガチなプレイヤーである事は、先ほどのカロエ演説の効果もあって、他のお二人も同意する事だと思いますが」
カロエが二人を見回すと、コローナがコクコクと頷き、クーは苦笑で返す。それを見て、またカロエが小さく舌打ちした。俺は満足して話を続ける。
「ガチ勢に合わせた世の中が、いかにライト層にとって嫌なものかは、実例を挙げてみたいのですが───」
俺はカロエとコローナの二人を見てから、またカロエの笑顔を真似てから言った。
「その前に確認です。お二人は恋愛についてはライト層ですよね」
「突然何を言うの?貴方にはいつも、私と彼との恋バナを聞かせているじゃない」
「えーと、私がいつも聞かされているのは『彼のツテも使うとあんな商売が出来る』とか『二人のもつ人材を組み合わせると新たな商売が始められる』とかって話なわけですが……(アレ、恋バナだったのか)。というかカロエ姉さんって、もともと資金難を乗り越えるために、貴族の第何夫人とかに潜り込もうとしてましたよね……」
「いいじゃない。それの何が悪いのよ」
「全然悪くないです。今の彼もカロエ姉さんにピッタシの良い相手なのだと思います。姉さんがそんな人だと知りながらも選んでくれてますし、カロエ姉さんもそれで幸せそうですし。全然悪くないです。それを否定するもの達がいるとすれば、恋愛至上主義者達くらいなもの───つまり恋愛のガチ勢です」
カロエが反論しなくなった。まだまだ俺のターン。
「もしそんな恋愛ガチ勢に合わせた世の中だったらどうですか?相手は熱々の恋愛の末に見つけなければならない世界となったら。昔馴染みで気心も知れてるし、お互い相手もいないしーってくっついた相手だと否定されて見下される世界。そんなの嫌じゃないですか?良いじゃないですか。腐れ縁でも。お家の都合による相手でも。本人がそこそこ満足して、そこそこ幸せなら良いじゃない。恋愛要素なんてちょっぴり雰囲気を味わえたらイイナーくらいで十分。そうは思いませんか?恋愛ライト層として」
「そうねー、多少は同意するわ。恋愛至上主義なんて世界になったら、脱落する人が沢山でるでしょうね」
「わわわ、私も困ります……」
恋愛超絶ライト層のコローナがウルウルしている。そんなコローナを見て、カロエが若干呆れ気味にため息をついた。カロエの目から攻撃色が消えている。俺は締めにかかる。
「まぁそんなこんなで、経済もガチ勢に会わせて運営すると、脱落者が大勢でてしまうと思うのですよ。カロエ姉さんが言うようにガチ勢の活動も重要でしょうけど、ライト層が幸せに暮らせる社会でもあってほしいな。何が正解かは分かりませんが、私はとりあえずそう思いました」
「何よ、私の話にも納得していたんじゃない。もう、ロッテちゃんたら」
「てへっ」
もう緊迫した雰囲気は一切ない。むしろシラけてゆるゆるの空気となった。
そこからはお互いの立場を保ちつつ、意見交流が出来るようになった。コローナも商人の気持ちを知るべきとして、カロエから商売の提案がなされ、新商品の開発の話が出た。
現在、この近辺で作られている綿商品は、緯糸だけが木綿糸で経糸には亜麻糸を使っている。経糸には強度が必要で、木綿糸では強度が足りないからだ。でも強い木綿糸が作れれば、コットン100%の布が作れる。その木綿糸を作る機械を作れないかという話だ。
これは研究室に頼みたい課題として、俺がカロエに考えてもらっていたものだ。非常に地味な開発だと思ったが、それでもカロエ達には画期的らしい。輸出できる商品になり、研究室の実績として宣伝にもなるとの事だった。
コローナの方からは、軍票で日用品を買えるように出来ないか相談していた。コローナの立場では決定権がなく、企画の提案しか出来ないのだが、その企画作りに行き詰っていたようだ。カロエは黒色の脳細胞でその相談に応えていた。
「商人や貴族に高額の復興特別税をかけて、それを軍票で払えるようにするとか?そうすれば店側も受け取るんじゃない」
「よ、良い案ですね。提案してみましょう」
「いや止めてよ。コローナは本当にやりそうだから怖いわ」
カロエとコローナの間には恋愛ライト層同盟という、若干やさぐれ気味の同盟が結ばれ、すでに打ち解けている。この二人は立場も性格も違うけれど、互いに違う変な引き出しを持っていて頭の回転も速い。二人の会話を聞いているだけでも楽しめるくらいだ。
俺は自分のがんばった成果を眺めながら、お菓子とお茶を楽しんだ。
***
しかしその夜───
「私は恋愛ライト層なんて認めませんからね。テオにはきっちり勉強してもらいます」
クーはそう言いながら、俺の前に本をドスドスと積んだ。
「いやあれは場を収めるために仕方なく……」
「ウソですね。普段から考えていなければあんなにツラツラ出てこないはずです」
「うぅ……」
やはり真の敵は身内に居た。




