街での活動 その54 彼女の策略
俺とクーとコローナ室長だけで上階に移動し、カロエ攻略会議を開催する事にした。
「お嬢様はカロエさんの事どう思ってます?お嫌いなので?」
「きききき嫌いだなんて違います。むしろ色々教えていただいて感謝しています。まだまだ教わりたい事ばかりで……えーとその、私はお金について早急に学ばなくてはならなくなったのに、なかなかお会いできなくて、その、焦っています。たたた助けてください」
俺が早速本題を切り出したら、コローナ室長もぶっちゃけて助けを求めてきた。
『“嫌い”という倫理観に触る言葉を使い、否定の言質をとってから融和策に誘導しよう』などと少し舐めた一手を打ったら、真剣に助けを求められて渦中に深く引きずり込まれた。闇のファシリテーションスキル──会議進行や合意形成の技術──はカロエから日々学んでいるつもりなのに、まともに成功したためしが無い。とはいえ先手を打ったおかげで、まだかろうじて主導権はこちらにある。と思う。たぶん。
「もちろん私達はそのために──お嬢様を助けるために来ました。出来れば詳しく教えて貰えませんか?早急に学ばなくてはならないって?何かあるので?」
「ええええーと、それは……その……秘匿事項でして今はまだちょっと……」
「やれやれ、お姉様が色々とペラペラ喋ったせいで、話が難しくなりましたね」
「ムキー、ペラペラなんて喋ってなーぁいー。反省もしーてーるー」
足を引っ張る敵は身内にいた。俺は歯をイーっと見せてクーに怒りを見せる。クーは目線を外してヤレヤレ顔を崩さない。そんなやり取りでジャレていると、コローナ室長は弱々しく話し始めた。
「は、話せるところから話します。その前にですが、お二人は今のお金という制度をどう思っていますか?」
「どうって……漠然とし過ぎていてよく分からないですね」
考えた事も無かった俺は答えにつまった。というより、話の主導権を奪われた事の方が気になった。が、まだまだ慌てるような時間じゃない。きっと。
「お姉様、『問題があると思っているか?』という意味でしょう。少なくとも、お嬢様は問題意識があるようです」
「そ、その通りです。今の私は、金貨や銀貨をお金として使う制度に疑問を抱いています」
ん?頭がついていかない。お金といえば金貨や銀貨の事だろう?あぁでも異世界物語ではそれ以外のお金も出てくるか。
「確かに私も金貨に変わる何かが欲しいとは思います。大量に盗むと重さで動けなくなってしまいますし。異世界物語に出てくる紙幣というものを導入して欲しいですね」
「そ、そういう話ではないのです。保有する金属の量により経済規模が決まってしまう、その事が問題だと思うのです。人口の増加に対して金の量が決まっていたら国内のお金は不足します。対外貿易その他で国外に金が出て行けば、国の経済規模は縮小せざるを得ません。異世界から来たものが金貨を持ち帰ったり、不思議なスキルで金貨を消費し続けたら、その国は経済が回らなくなってしまいます」
最後のは無用な心配だと思うが。
「まぁ将来的に問題になりそうなのは理解しました。なんとなく。でも急ぐ必要はないんじゃないですか?戦争で人口はむしろ少し減りましたし。人はそこまで急に増えたりしないでしょう」
「か、貨幣の量を考える場合、おそらく人間だけを数えてはダメなのです。ほ、法人というものもちゃんと頭数にいれるべきだと思うのです。寿命や活動量に限界のある人間個人より、むしろそういった制限が存在しない法人の方が貨幣を集めやすく、また溜め込む性質も高いようなので。私の認識ですと、今現在既に法人側が貨幣を集めすぎ、個々人が使う貨幣が不足気味になっていると思っています。な、何もしなくて良い状況という訳ではないと思うのです」
「なるほど……カロエさんが避けるわけですね……」
「!!」
俺の一言でコローナ室長が驚きと悲しみが混ざった複雑な表情をし、俯いてしまった。そしてクーが眉を潜めた恨めしそうな上目遣いで睨んできた。でも、本来の目的はコローナ室長とカロエとの和解な訳で、そこを見失う訳にはいかない。言うタイミングをミスったとは思ったが。
カロエはミヒャエル・エンデの『モモ』が好きだ。いや厳密に言えばお話自体は好きではないかもしれない。なぜならカロエのスタンスは、悪役として倒される灰色の男達側だからだ。灰色の男達は実在しないはずの仮初めの人格とされ、人々から時間を奪って貯金する存在として書かれている。貯金があるうちは永遠に生きれるが、貯金が無くなると煙の様に消えてしまう。カロエはそんな灰色の男達に感情移入してこう言う。『貯金がなくなったら跡形も無く消えてしまう。そんな存在に生まれついたら貯金は幾らあっても足りないに決まってるじゃない!作者はもっとそちらの立場でも考えるべきだわ!』
だいぶひねくれた考えをしているが、カロエのとこの商会が一度潰れかかっているのも原因の一つだろう。とりあえず、カロエの前で法人の貯蓄を否定するのは、カロエにケンカを売っているようなものなのだ。
やれやれ、問題の根は深そうだ。俺は話しの腰を折ってしまった事を反省しつつ、話の続きを促した。
「えと、でもとりあえずお嬢様は法人の問題としてではなく、お金の制度の問題として捉えているのですよね。カロエさんの誤解を解く鍵もそこにあるのかも知れません。話の続きをお聞かせ頂けませんか?」
「は、はい……私の考えでは、貨幣の供給量に制限がかかっているのが根本原因だと思うのです。個々人が使う貨幣が足りないのであれば、さらに供給すればいい。水が循環するシステムを考えた場合、機器や経路が追加されたり、どこかの機器がタンクに水を溜め込んでしまったら、それに合わせて水を追加する必要があります。それと同じだと思うのです。もちろん、水が多くなり過ぎれば捨てる必要もありますし、水の使用に関するルール作りも必要ですが」
「金との交換機能のない紙幣、不換紙幣を導入したいのですね」
クーが補足すると、コローナ室長は頷いた。
「えー……それって、造幣権を持つ国家への反逆では……えー……」
どうやって価値を保障するのかなど気になる点は幾つもあるが、それ以上に聞いてはいけない事を聞いた気がして言葉に困った。
「あ、え、えーとですね、コレはまだ他言無用にして頂きたいのですが、いずれにせよ軍票は発行予定なのです。お金が用意できなくとも、壁や兵舎は早急に直さねばなりませんし。その軍票を換金させずに流通させ続ける環境を作れないかと」
「軍票って軍が発行する支払手形だよね。それを換金させないって詐欺みたい」
「は、初めから告知しておけば詐欺にはならないかと。あ、あと、手形というよりは各種サービスを受けるためのトークンのように出来ないかと。流通量を調整するためには、回収手段も必要ですし……。それに、手形と思われると、そのうち借金の総額を気にして追加発行に反対する人がでそうです。それでは不換紙幣にする意味がありませんし」
俺が自分の知識で似た事例を探す。確かに一部のジャンルの物語ではそういう事例もある。冒険者が、その世界の露骨なギル回収にウンザリする展開はお馴染みだ。世界を救うような英雄になったはずなのに、お金を回収されまくって日々モンスターを倒して日銭を稼ぐ羽目になるという、所詮は勇者も危険な肉体労働に従事する奴隷に過ぎないという寓話だ。俺なら勇者を目指さない。
俺が思考の沼に嵌りかけていると、クーも否定の意見を述べた。
「お嬢様の指摘はもっともなものです。ですが、理解してくれる人は少ないですよ。不換紙幣が当たり前になって何十年もたった後でも、発行枚数が限られた通貨とは名ばかりの投機商品を、発行枚数が限られるからこそ本命の通貨になりえると信じてしまう人が出る。人類なんてそんなものです」
「そ、そこを教育するのも私の組織の役目だと思います。きちんと話せば、きっと理解してもらえます。人々は、お金についてもっと知るべきです」
悲観的なクーと、希望を見出して進もうとするコローナ室長。なんか以前もこんなシチュみた。
この話について俺の頭に浮かぶのは、未知のモノに対する懐疑心程度のものでしかない。そこに思考を走らせて沼にはまるのは愚作だ。今はカロエと衝突させない事が目的だ。それを主眼に置いて俺は意見を述べた。
「でもそれ、貿易には使えないし、結局は国の信用次第だし、そもそもお金じゃないし、商人の人──カロエさんみたいな人は反対するんじゃないかなぁ」
「だ、だからこそカロシシテさんに相談したいのです。彼女の話では、個々人のお金を欠乏状態にしておくのは労働を買い叩けるという利点もあるとの事です。そういった利点を捨ててでも商人達にプラスになるように制度設計をしたく、彼女の知識を活用したいのです」
「お嬢様、カロエにそこまで話して良いのですか?先程は他言無用との事でしたが」
「あ、そうそう。情報管理どうなってるの?まずくない?」
クーの指摘におれも乗る。自分の事は棚に上げて。
「か、カロリシテさんには既に軍票のデザインを依頼済みです。その中で機密保持契約を結んでいます。また、彼女の商会の規模からいって、彼女が裏で独自に動いても影響は少ないと見積もっています。そういった面でも相談相手に丁度良いのです」
コローナ室長はそういった後、鞄を引き寄せて紙を取り出す。紙には軍票のデザイン案が描かれていた。
「なっ!ちょっ!……これ私達じゃん!」
そこには、ひれ伏せとばかりに見下すクーと、上目遣いで笑顔を作る少女姿の俺が描かれていた。
「こ、この度の戦闘に関して軍票を発行するなら、お二人の図柄が最適と思いまして……」
「なるほど、お姉様の媚びた目線が生々しく表現出来ていますね。これなら労働者達も軍票を受け取るでしょう」
「でででですよね。私もここまでの素晴らしい案が出てくるとは思いませんでした」
「ちょっとクーデリンデ!なに納得しているの!誰よこんなの描いたの!」
クーが薄ら笑いを浮かべながら紙の端を指差す。そこにはエーレのサインが描かれていた。
「あ・ん・の女、私達に黙っていつの間に!とっちめてやる!」
「お姉様、彼女的には機密保持契約に従っただけですよ。恐らくは依頼を受けている事すら秘密でしょう。そんな中、お姉様がこの件について外で彼女を非難すれば、お姉様はまた情報を漏らした事になります。どうしようもありませんよ」
「キー、キー、キー、もーなんでこーなるのー!」
俺は悔しさに悶えた。
あの女とは友達になんかなれそうにない。




