街での活動 その53 実験回
文字数がそこそこいったのでオチもなくブツ切り
次の日再び俺は残念お嬢様ことコローナ室長の下に向かった。
事前にクーと取引をし、燃える水の情報も入手している。遠い地に伝わるファイアーウォーターというお酒の話だ。飲むと体内で燃え上がる……様に感じるらしい。非常に突っ込みどころのある情報だが、クーに言わせれば蒸留がキモとなる事に違いはないという。原料により発熱量に違いは出るが、基本的には蒸留により揮発性の高い物質を抽出、濃度を高める事で燃える水を作れるらしいのだ。
胡散臭い情報ではあるが、クーが適宜説明してフォローしてくれるとの事なので、信じてはもらえるだろう。クーとの取引にはそのフォロー分も含まれる。それにより、俺は興味の無い恋愛物語を三つも読まされる事になった。
「なぁクー、毎回思うんだが、なんでお前は俺に恋愛モノを読ませようとするんだ?」
「やれやれですね。私はテオの好みをかなり深く知っています。それなのにテオが私の好みを知らないのは不公平じゃないですか」
「でもさー?クーは俺に本を出してくれるから、俺の好みを知る事に意味はあるじゃない?でも俺はそういうの出来ないよ?意味が無くない?」
「はぁ……そんなレベルだから読ませたいんですよ……」
露骨にゲンナリされた。俺だってもうクーの好みには大分詳しくなっている。でも活用する機会がないから理解してもらえないだけだ。
***
仮でハロワ産総研となっている鍛冶の工場に到着すると、そこでは何やら実験が行われていた。
「巫女様!ムチャじゃぁ!実験機じゃ壊れちまう!」
「ももも問題を出すのが目的です!300まで上げて下さい!」
ガガガガガガガガ!
工場の中は、何かを叩き続けるような激しい音で埋め尽くされていた。音は石の壁で反射して全方位から迫ってくるため、耳では発生源が分からない。仕方なく意識的に聴覚を切り捨て、視覚だけで状況の把握をする事にした。
部屋の中央では、コローナ室長と職人達が姿勢を低くして盾を構えて集まっていた。その真ん中には火あぶりにされている甲冑の胴体がある。その甲冑には頭がなく腕もない。腕が出るべき穴からリンク機構が突き出ており、激しく振動しながら近くに置かれた羽根車を高速で回していた。音の原因はこれのようだ。
甲冑の近くでしゃがんでいる男が、コローナ室長の指示で火の勢いを強めていく。それに少し遅れて甲冑の動きも勢いを増していく。
「260!……280!……300!目標に到達しました!」
「そ、そのままの回転数を維持してくだ──」
パキン!ガラガラガラガラ!
「防御!防御!各自防御体型をとれ!」
高速で動いていたリンク機構がはじけ飛んだ。機械的な接続が切れた後も羽根車は慣性で回り続け、甲冑の腕は負荷がなくなりより高速に動き続けた。その結果、羽根車と甲冑が壊れたリンクロッドで激しく殴りあう事になり、最終的には甲冑側のロッドが強く弾かれて飛び、壁を強く打ち付けた。
「よし!停止動作に入る!火を下げて加減弁を絞れ!」
男達がワラワラと動くと、甲冑の腕は動きを緩め始めて停止した。
「ク、クランクが先に壊れましたね」
コローナ室長とルブさんが並び、少し遠巻きに装置を見ながら話している。
「やはりこの実験用シリンダではなく、新たによりトルクの出る径の大きいシリンダを作るべきだろう。それでクランクの速度は抑え、後段にギヤを設けて目的の速度を出す方が現実的だと思うぞ」
「け、径を大きくすると始動時に重くなりそうなんですよね。大型化の質量増分に加えて上昇分のトルクに見合った強度設計が必要ですし。それに合わせたカットオフ比にすると、蒸気消費量が……」
「カットオフ比を動作中にも弄れる弁装置って設計できないか?定常動作してから絞れれば蒸気消費量は改善できると思う」
「そ、それも案はいくつかあるのですが、どうしても複雑になってしまうのです。い、今の弁装置でも作るのに苦労されてましたし、それを考えると……」
「作り方については俺らも知恵を出せる。俺達以外で作れる奴が居るかもしれない。まずは図面を起こしてくれ」
「わわわ分かりました。頼りにしています」
停止動作も終盤のようで、周囲は片付けに入っていた。バイパス用のコックが開かれて蒸気が直接に復水器に送られる。しばらくすると全ての音が止まり完全に停止した。話しかけても良い雰囲気を感じ取り、俺とクーは近付いて話しかける。
「ずいぶんと派手に実験をしていますね」
「し、師匠!」
コローナ室長の顔が、仕事向きの落ち着いたものから感情丸出しのものに変わった。
「し、師匠!鍛冶ギルドの人達が蒸気機関を造ってくれました!実験楽しいです!」
コローナ室長が自慢げに言うと、ルブさんが火あぶりにされていた甲冑を外した。すると中から管が幾つも生えた箱が出てきた。甲冑はただのカバーだった様だ。安全性のために付けていたのは分かるけれど、教会の人が見たら卒倒しそうな絵面にわざわざしなくてもいいのに。勝手にガタガタ震える甲冑を燃やし、皆で頭を下げながら盾を構えて取り囲んでいるという状況は、異教の儀式と取られても言い訳できないと思う。
「もう出来たんですね。正直なところ驚きました。管をひとつ作るだけでも苦労するはずなのですが」
クーがそう言うとルブさんが言う。
「苦労はしたぞ。しばらくロウ付けの仕事は勘弁してくれってくらいにはな」
「へぇ、こんな複雑なのもロウ付けで作れるんですか」
「おうよ。溶融温度の違う銀ロウを使って、何回にも分けて組み合わせるんだ。こいつはさらに気密性が必要で、穴を塞ぐために何度も何度もロウ付けが必要でな。いや本当に苦労したわ。まぁ次はもっと上手くやるがな」
ルブさんも自慢げだ。そして、しばらくは勘弁と言いながらも、もう次回の事を考えている。これは、気が付いたら二号機が製作されている気がする。
「そのうちに溶接も覚えさせた方が良いかもですね。後で雷を活用した磁石の作成法を教えておきますか」
「あ、新しい技術の話ですか!?」
「そうですね。でももう今年は雷は来ないでしょうし、来年以降の話しになりますが」
クーとコローナ室長が仲良く話しだす。これだけ吸収が早いと教える方も楽しいのだろう。クーは俺にも話したことが無い事をペラペラ話しだした。俺は二人の速度には追いつけないので、ルブさんの方に話しかける。
「それにしてもこれ、何かに使う予定あるんですか?羽根車を回しているようでしたが」
「あぁそれな、化け物を追っ払った記念碑として銅像を立てるらしいんだが、俺らの活動の宣伝として現地での鋳造を考えているんだ。まぁ現地でやるにしても、人力でフイゴを踏めばいい話ではある。でも宣伝だからな。出来ればこの蒸気機関のお披露目もしたいんだよ」
「組織の宣伝ですか。大人は大変ですねぇ」
「まぁな。巫女様の予想では、俺らの活動を良く思わない人らも出るそうだ。だから街の英雄であるお前らとの関係を強調しておきたいと。それに説得力を持たせるのがあの蒸気機関なのさ」
「クーデリンデが出す謎の機械兵器感がありますもんねぇ……。壊れて動かなくなっちゃうところも」
「そこは何とかしてみせるさ。……たぶんな」
俺とルブさんは沈黙を続ける蒸気機関を眺め続けた。えーと、そういえば俺は何をしにここに……。
「おっと、研究室の活動を良く思わない人で思い出した。お嬢様、カンテンブルンナー家のカロリシテお嬢様との件で、お話をお聞きして宜しいでしょうか」
「え?あ……はい」
それだけでコローナ室長の顔が曇った。




