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街での活動 その52 友達仲介クエスト

 俺は色々と弁解したくなって残念お嬢様に会いに行った。


 しかしお嬢様は居なかった。なにやら忙しいらしい。


「室長殿は不在だよ。私らも用があってお待ちしているんだがね」


 代わりに居たのは工業デザインギルドの二人。カロエのところのちょっぴり怖い女使用人と、落ち着いた控えめの女性。控えめな方は袖を折って一つ上のボタン───ガントレットボタンで留めている。手仕事が似合いそうだし、カロエと繋がりのある職人か何かだろう。


「では私は部屋の隅でデザイン案でも練っていますね」


 怖い方が無愛想に室長の不在を告げると、控えめな方は会話を邪魔しまいと下がった。私らに気を使ったのかもしれない。


「うー、さっさと弁解しておきたかったのに」


「何をやらかした?」


 俺はかいつまんで事情を説明した。


「私だって誰それ構わずペラペラ喋ったりしてないんですよ。あの人は大丈夫だと分かってたんです」


「やれやれ、室長殿が不在でよかったじゃないか。やり直しな。言い逃れしようとせずに、素直に謝る言葉を考えて来なさい」


「うぅ……」


 言い訳は逆効果という事か。でも謝るだけなのは避けたいんだよな。感情的にも、ポジショニング的にも。


「なにはともあれ、手土産が必要なのではないですか?」


「手土産?」


 控えめな方がお絵描きをしながら口を挟んだ。


「弁解するにしろ謝罪するにしろ、犯した過失で得られたもの次第では、多少は体面が保てるのではないですか?」


「そうだよね!」


 俺は、想定外に現われた味方に飛びついた。しかし怖い方は否定し続ける。


「結果の問題じゃない。管理出来ていない事が問題だというのに……。分かってないねぇ」


 一応俺も兵士。そんな事は言われなくても分かっている。それでも言い訳したいんだ!!


 えーと、要するに液火の情報を少年姿の俺から聞いた事ににして提供すれば良いって事か。クーが協力してくれればいけそうだな。


 俺はクーの方に顔を向ける。クーは腕組みをしながら机の上に仁王立ちしていた。もちろん見下し目線。何をやってるんだコイツ。協力してほしければひれ伏せとでも?


 俺とクーが睨み合っていると、控えめな方が話を続けた。


「あ、そういえば私、室長殿の困りごとを一つ知ってます。そちらも解決していってあげると、何かのカードとして使えるかもしれません」


「え、なにそれ?教えて教えて!」


 俺は少女っぽく上目遣いでおねだりするように近付く。控えめな方の女性は手をガシガシ動かし、勢いよく絵を描きながら答える。器用な人だ。


「えとですね……室長殿はカロリシテ様にお話があるようなのですが、ボス──カロリシテ様がそれを避けてしまっていてですね……」


「カロエさんが?なんで?」


「理由までは私もちょっと……」


「ちょっとエーレ!あんたも余計な事を話すんじゃないよ!」


「まあいいじゃないですか。大した情報じゃありませんし。ここに出入りしている人なら、みんな気付いている事です。それに、放っておいてもそのうち室長殿から相談されますよ。きっと」


「ふーん、カロエさんがねぇ……分かった。ちょっと話してみる」


「あ、もちろん私達から教わったって言わないでくださいね?クビになっちゃいますから」


「それくらい分かってますよう~信用ないですねぇ」


 俺はエーレに上目遣いで微笑みかける。エーレもそれに応え、アゴをひいて同じ表情を作る。その間もエーレの手は止まらず、むしろ加速した。


 なんとなくだが、このエーレと呼ばれた女性には、自分に近いものを感じる。変な人だが、いい友達になれそうだ。


 クーは机の上で仁王立ちのまま、しかし背を向けていた。我関せずとでも言いたげだった。


***


「そういえば、なんでカロエ姉さんはコローナ室長が嫌いなの?」


「ブッ!コフ!」


 俺が突然話を切り出すと、カロエはお茶を吹いて咳き込んだ。


 カロエは思考を回したくなった時に、邪魔されまいとお茶を口に運ぶクセがある。俺はその意図を酌み、普段は大人しくしていた。しかし、今日はそこにあえて突っ込んでみた。


 俺もカロエとの付き合いで、相手を動揺させる方法は日々学習しているのだ。


 カロエは俺を笑顔で睨んできた。俺はお菓子をヒョイパクしながら微笑み返す。


(やったわね)

(やってやりました)


 口には出さないが、お互いに笑顔からそんな言葉を読み取る。


 この場ではカロエがお姉さんであり先生である事が多い。そんな先生と生徒のじゃれ合いだ。睨み合ってはいても、その間に敵意は全く存在しない。


 今日のお菓子はカルトッフェルゲベック。何の飾りっけもないクッキーである。結構お腹に溜まるので、育ち盛りの私達にはありがたいが、成長の終わったカロエには食べ過ぎると危険なお菓子。なので俺は遠慮なく頂く。


「その話、誰に聞いたの?」


「誰という訳ではなくて、皆で世間話している時に出てきたんですよ。雰囲気的に、みんな知っている様でしたよ?」


「そう。まぁ隠してはいないからね。むしろ室長殿に察して欲しくてあからさまになってるしね」


「そうなの?コローナ室長も一応は貴族なのに?商魂逞しいカロエが自ら避けるなんていがーい」


「一応どころか領地を持った本当の貴族の娘ね。それを知った時、私はもちろん近付いていったわ。あなた達との関係をダシに使いながらね」


 意外性の無いいつものカロエで安心した。カロエは視線を上げて分かりやすく考えた後、話を続ける。


「でも話してみると、私が知っている貴族とは大きく異なった。本来は貴族だってお金儲けが好きなはずなの。財力も権力の一つだしね。貴族も商人も望むものは同じもの。優先順位は違えどね。そう思っていたのだけれど、認識を改めさせられたわ。彼女は本当に職人達の生活の安定を第一目的にしているようだった」


「コローナ室長は真面目ですからねぇ。でもそんな事で商売を諦めるの?むしろ価値観の違いは商売のタネの一つなんでしょ?」


「そうね。価値観や認識の違いは問題じゃないわ。たとえ彼女にとってのお金が、商売をして誰かから受け取る物でなく、山で取ったものを国に収めて加工してもらう物──という認識でもね」


 お金を使った事が無かった俺が言うのもなんだが、コローナの認識はだいぶぶっ飛んでいるようだ。俺が思わず苦笑すると、カロエは困った顔を隠さずに話を続けた。


「私はその認識の違いを、むしろチャンスだと思った。彼女は商売はおろかお金の事を何も分かっていない。職人の生活を第一にといっても、その為の知識が欠けている。職人のためといって、私に都合のいい知識を刷り込むチャンスだとね」


 ぶっちゃけられ過ぎて、俺は少し呆れながら問う。


「それで調子に乗りすぎて失敗したの?」


「知識が無いからと少し侮っていたのは事実ね。全く分かって居なかったから、市場や商売の基礎から説明する事にしたわ。彼女にはその知識すら欠けていたし。でもしばらくして黙って聞いていた彼女が突然こう言ったの。『貨幣が流動する場を閉鎖系システムとして考える場合、商人が貨幣を溜め込んでしまったら、システム内を流れる貨幣が減って機能不全を起こすのではないですか?』ってね」


「あー、最近の室長は水車動力から離れて、循環型システムの研究をしてますからねぇ。軟水化した水は再利用したいとかなんとか……。そっちの感覚で考えちゃったんでしょう」


「そうみたいね。彼女もそう言っていたわ。それを聞いて、始めは彼女の理解が足りないだけだと思った。なのでさらに話をする事にしたわ。再投資や信用創造のおかげで、逆にお金はもっと生まれるのだから大丈夫とかね。でも私が説明すればする程、彼女はシステムの安定性について問題を呈してきたの。『そんな正帰還の多いシステムだと安定させるのは難しいのでは?少し躓いたら一気にエンジンストール状態になりませんか?』みたいにね。私は彼女と話していて徐々に怖くなり、その場から逃げたって訳」


「彼女の貪欲な知識欲が怖いみたいな?」


「んー……なんというか、彼女の言う事も正しいと思っちゃったのよね。でもその話をつきつめると、お金を稼ぐことを目的とする商人の活動まで否定されそうな気がした。私はお金を稼ごうとする人が居るからこそ、新たに需要を作り出して世の中や経済が発展すると信じているし、商人の活動が世の中のためになっていると信じている。そういった商人としてのアイデンティティを揺るがされるのが怖かった──というところね」


「ふーん。なんか昔ながらの職人ギルドと商人の価値観の違いみたいですね」


「ずいぶんザックリ言うわね。でも簡単に言ってしまうとそうね。職人ギルドを纏める組織に貴族が座ったから仲間だと思って近付いた。そしたら本当に職人ギルドを纏めたような思考をしていたみたいなね」


 カロエはそこで大きくため息をついてから話題を変えた。


「そういえば、あなた達は彼女の家が防壁の再建にまで関わっているって知ってる?」


「あぁそうみたいですね。凄く大きな塔まで建てるとか」


「その事から考えると、貴族間での領地換えがあありそうなのよね。今の領主様にとってここは複数ある領地の一つでしかないし、敵も近付いている。費用負担を嫌って交換されるかもしれない。もしそうなったら、新しく領主になるのは恐らくあの室長殿の家なのよね……。そうしたら当然あの職人ギルドの親玉みたいな室長殿の権力が増すのよ?考えるだけで憂鬱だわ……。はぁ……おかしいと思ってたのよね……領地持ちの貴族を他の土地で公職に据えるなんて……」


 カロエが珍しくぶっちゃけてグチっている。でも個人的にはコローナもお友達なので、あまり嫌わないで欲しい。でもどうして良いか分からない。俺は助けを求めてクーを見る。クーはあまり表情を変えずに言う。


「カロエはコローナを少し誤解していますね。コローナは理解したり問題を解くのが好きなだけです。商人を非難しようとしているわけじゃ有りませんよ」


「そうかもしれないけれど、彼女の立場からすれば結果的にそうなるでしょ。立場が違えば正解は異なるのよ」


 立場が違えば目的が違う。目的が違うから何が正しいかも異なる。まぁそうだよね。カロエがコローナと話すのを避けるのも頷ける。


 でも、カロエがここまでぶっちゃけるのは、私達に仲介を期待してなんだとも思う。後々権力が増すって話も、だから今の内に何とかして欲しいって事だ。それにコローナ側も本当に話をしたいだけで嫌ってはいない。それならコローナとも話せば何とかなりそう。


とはいえ、コローナに会いに行くのには何か手土産が欲しくて、それでこの話の解決がその手土産ななわけで……。他に何か……。


「あぁそうだカロエ姉さん、何か技術的に困っている事とか要望ってない?アレが出来ればもっと需要が開拓できるのに───みたいな」


「ロッテちゃん、なぁに突然?」


「立場が違えば正解が違う。それと同じ様に求めるものも違うはずです。なので姉さんからの技術的課題を、コローナ室長への手土産にできないかなと」


皆の欲しいものが異なるから商売がなりたつ。皆に欲しい物を提供して俺は俺の欲しいものを得る。商売の基本だ。


俺は評価のソロバンを弾き、保身のための絵を描いた。

更新遅いのはきっとスマブラとビルダーズのせい

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