街での活動 その51 みんなの憧れ巨大軍事構造物
俺が何を建てるのか聞いたら、ヒゲダンディは目がギラリと光らせて話し出した。
「ワシは城郭都市にも剣が必要だと思うのだ。盾となる壁だけでなくな」
「武器というなら大型の投石機……トレビュシェットはありましたよ?過去形になってしまいましたが」
「トレビュシェットか。ウム、確かにアレもイイ!だがあれは動いていてこそ魅力を発揮するものだ。平時のトレビシェットなど鳴かないサヨナキドリ。格納されたまま置物となったトレビュシェットなど、しなびたジャガイモにも劣る」
なるほど、このヒゲダンディは確かにお嬢様の父上だ。変なものにロマンを感じている。
「では閣下は何を作るおつもりなのですか?」
「コローナ、アレを出してくれ」
「お、お父様、アレはまだ未発表のもので……」
「おおコローナよ、ワシから楽しみを奪わないでおくれ」
「……わかりました」
お嬢様は鞄を前に引き寄せて蛇腹折りの紙を出した。躊躇いがちに渋々と、始めはそういった印象を受けた。しかし、鞄を覗き込む時には口をいびつに曲げてニヤリとしていた。嫌々?いや、むしろニヤニヤが抑えられないといった様子。それを隠そうと頭を下げていたが、馬上のお嬢様を見上げている俺からは丸見え。ダメだこの親子。親子そろって残念な人だ。
「お父様、こちらを」
「うむ」
紙は縦にも横にも蛇腹折りにされていた。お嬢様はそれを縦にだけ開くと、横には端を一回だけ広げ、その広げた部分をヒゲダンディに掴ませた。そして───
ビラビラビラビラ。
お嬢様は、紙の端をヒゲダンディに掴ませたまま、馬を巧みに操って紙を広げていく。そして紙を広げ終わると、二人して俺を見下ろしながら左右対称の半身になり、口を大きく歪ませてニヤつく。そして口をそろえて言った。
「「これが未来の天守塔だ!!」」
父と娘の見事な連携が決まった。紙の中身よりもそっちに目を奪われる。二人の息が合い過ぎ。ちょっと羨ましい。
そもそも馬に乗ったまま紙を破かないように二人で広げるって、そんな簡単な事じゃない。お嬢様に至っては両手は紙を支えるのに使っている。なので足と腰の動きだけで馬を動かした事になる。いとも簡単に当たり前の様にやってみせたが、騎士並の技術だ。
俺が驚いてうろたえていると、ヒゲダンディが不満そうに言った。
「少年よ、ワシらの事はいいから絵の方を見てくれんか」
「あ、はい」
俺はそれからようやく紙に目を向けた。そこにはコマツザキ流で書かれたベルクフリートの絵があった。所々がカッティングされ、内部の様子も書かれて注釈が添えてある。
天守塔(Bergfried)とは、城での最終防衛拠点となる塔だ。大抵は最も高く、とてつもなく壁が厚い。天守塔といっても普段は塔守りだけしかおらず、あまり広くは作られていない。地上階に入り口を設けていない事も多く、出入りもも不自由。いざという時にだけ篭る、本当の最後の砦となる塔だ。
ところがこのベルクフリートは一辺が50メートル以上ある。高さは40メートル余り。それだけでも異様だが、さらに頂上から数メートル下に、ツバメの巣のようにバルコニーが外壁から張り出している。ツバメの巣は塔を囲む様に一周、等間隔に沢山付いている。こんな不思議な塔は見たことが無い。
それぞれのツバメの巣にはバリスタが備え付けられ、地上を攻撃する他、真上にも向けられるようにと描かれている。また、塔の屋上にも四つの巨大バリスタがあり、空を狙っている。こちらはかなりの遠くか空しか狙えない。明らかに魔女の巨大ハーピーを意識した設備だ。
「これは先日の化け物の対抗施設ですか……」
「ウム!城門塔を粉砕した蹴りの威力から計算すると、ベトンなら───ベトンとはこの娘が研究中の新素材だが───それならば5メートルの厚みで耐えられる。それを安全率をとって壁の厚みは8メートルとしている。あやつが蹴ってきても壊れるのはやつの鳥足の方だ!」
確かに頑丈そう。内部は数千人が避難できるようになっており、治療施設も完備と書いてある。これがあれば、敵が壁内に侵入してきてからも民衆を庇いながら戦闘を有利に進められるだろう。見た目は奇抜だが、これは確かに良いベルクフリートとして機能する。
しかし、相手は普通の軍隊ではない。化け物なのだ。これだけでは倒せない。
「閣下、お言葉ですがあの化け物は鳥の様に飛びますし、丸太をも切倒す羽根を飛ばし、さらには全てを吹き払う風を起こします。大きなバリスタ程度では対抗できるとは思えません。先程閣下がおっしゃった、剣の要素にはなり得ないのではないかと……」
「クックック……そう言うと思ったよ。いいだろう!とっておきの秘密兵器を見せてやろう!」
「お、お父様!アレは極秘資料です!こんな所で見せてはなりません!」
「ええいウルサイ!今見せずして、いつ見せるというのだ!」
「あぁ!そんな!」
ヒゲダンディは制止の言葉を振り切ってバサッと大きな紙を捲り、下にあったもう一枚の資料を見せた。
反対側の端を持つお嬢様もヒゲと呼吸を会わせて同時に捲った。待ってましたといわんばかり。というか、見せれるように一枚下に準備していたのはお嬢様。
「「これが秘密兵器の撃竜杭だ!!」」
なにこの親子コント。
俺は少し呆れながらも絵の方に目をやる。
そこには大きな杭が塔から撃ち出され、化け物に突き刺さる様子が描かれていた。杭には車輪がつき、後ろから火が噴き出している。わけが分からない。
「この杭、どうやって飛んでるんですか?」
「よしコローナ!説明してやれ!」
「ここここの杭にはタービン推進エンジンが搭載されており、さらにその高温の排気ガスに、再度燃料を追加する機構を加える事で推進力を倍加。また、高速に噴き出す排気ガスの反作用で推進するため、塔から射出した後も加速し続ける事が可能です。理論上はどこまでも加速し続けられます」
「どうだ!すごいだろう!キルヒシュベルガーの技術は世界一ィィィ!」
やれやれ、とんだ空想兵器だ。ドヤり顔を決めているが、もうツッコミ待ちにしか見えない。
俺はため息をついてから力をため、トルナードアッパーを放つ。
「こんなん出来るかー!!」
人を吹き飛ばしそうな衝撃波は出るが、所詮は幻影なので実際は紙すら破く力はない。突っ込みに適した必殺技だ。
「むむむ、コローナの意味不明な説明にも圧倒されないとは、少年!やるな!」
勢いで乗り切る気だったのかよ。俺はため息をついてから、ヤレヤレ顔で反論する。
「意味不明も何も、タービンエンジンは内部が鉄をも溶かす高温になるために実現出来ないって話でしょう?大体、噴射する液火の目処はついたんですか?」
「「!?」」
おれの冷静な突っ込みに、親子は驚きの表情を隠せない。やってやったぜ!
あれ?でも想定していた反応と少し違う気が……。
「おおおお父様!この少年は本当の秘匿事項を知っています!危険です!」
「マヌケは見つかったようだな!皆の者!このスパイをひっとらえろ!」
「え!?え!?え!?」
味方を攻撃するわけにも行かず、身分を明かしているので逃げることも出来ず、俺はあれよあれよという間に捕まった。
どうやら燃える水である液火は、経済的覇権を握る重要物資として極秘に、しかし国をあげて研究されているようだった。確かにクーもそんな事を言っていたけれど……。
***
俺は仕方が無いので自分を売って解放された。
「えぐっ、えぐっ、私は面白い話があると世間話として聞いただけで、そ、そんな重要な話だとは知りませんでしたぁ」
「あ、姉弟子の男癖の悪さには本当に困ったものです」
「悪気は無いのだろうが、男に取り入るためにペラペラと情報を垂れ流すとはな。相手が信頼の置ける者だからよかったものの、これが他国のスパイであれば遅れを取る事になったやもしれぬ。コローナ、二度とこの様な事が起きないよう、お前から注意しておけ」
液火を探している事は、南門の警備中にケッツヘンアイのテオロッテから聞いた事にした。
本当は漏洩元をクーデリンデに押し付けたかったが、頭の中でイメージが全然わかず、結局自分を頭の悪いビッチに仕立てるしかなかった。たぶん適当な事を言っても、クーを師匠あつかいしているお嬢様に否定される。悲しいが俺が被るしかなかった。
俺は解放されてから、クーを恨めしそうに見て言う。
「俺の少女姿のイメージがどんどん汚れていく……」
「やれやれ、本当にバカですね」
冷たくヤレヤレされたが何も言い返せなかった。
***
一見はお馬鹿に見える残念親子の計画も、民衆の不安を払拭する役割があってのものだった。
今回の戦いで守りの象徴であった北の城門塔があっさり壊され、外敵が壁内に侵入した。その事はこの街に暮らす人々に容易に拭えぬ不安感を植え付けた。
もちろん北の城門塔もより巨大に作り直される。しかし城壁や門は空を飛ぶ敵には効果が無い。いくら城門を強力に作り直したところで、人々の不安は払拭できない。人々を安心させるためには、敵に立ち向かう力を目に見える形で示す必要があるのだ。例えそれが妄想全開であったとしても───。
そうして考えられたのが、このベルクフリートだったようだ。
そんなお嬢様たちの置かれた状況も知らずに、ただヤレヤレと馬鹿にして否定してしまったのが俺。一番のバカは誰かと言われたら、やはりそれは俺だろう。否定すべくもない。
ちなみに、撃竜杭にもちゃんと現実味のある機構が考えられていた。ツバメの巣を壊して落下させると、それにワイヤーで繋がれた杭が引っ張られ、レールの上で助走をつけ自動的に飛び出す仕組みになっていた。非常に原始的な構造。しかし現実的な構造だ。(お嬢様的にはジェットエンジン化を諦めていないようで、あくまで初速を得るための機構との事だったが。)
さんこうぶんけん
『ドイツ高射砲塔───連合軍を迎え撃つドイツ最大の軍事建造物』 (光人社NF文庫)広田 厚司 (著)




