街での活動 その49 彼は無思慮な空の星
怪盗ケッツヘンアイの二人が化け物を倒して街を救った。その話はすぐに広まった。実際には勝手に地雷を踏んで逃げ帰っただけなので、俺達の手柄にされるとモニョる。
俺とクー以外で信実に気付いている者も居た。ケイツハルトとデベルだ。しかしこの二人も、俺とクーが倒した事にしたがった。
デベル曰く、「今は英雄が必要なのだ。お前達に拒否権は無い」との事。
デベルは話を合わせる為にと、隠していた事を教えてくれた。
もともとこの街には、古くから伝わる魔術師との盟約があったらしい。
街の人はこの土地に街を維持し続け、魔術師の要求には何でも応える。その代わりに、魔術師は街を護る。そういう盟約だった。
もちろんその盟約はケイツハルトが交わしたもの。それくらい古い盟約なので、今はもう一部の旧家におとぎ話として伝わるのみ。それらの家の人も信じてなんて居なかった。
しかし、隣国と戦争が始まり戦線が街に近付いてくる中、不思議な力を持った少女達が現われた。そのため、おとぎ話だった盟約が真実味を帯び出した。
デベルは盟約の主が俺達ではなくケイツハルトだと知ってはいたが、身を隠すには都合が良いので否定はしなかった。それどころか、率先して“盟約の魔術師はあの少女達”という情報を流して信じ込ませた。
それが今や現実のものとなった。俺とクーが街の護り手だと信じない者など居ない。
そういう話だった。
考えてみれば、ある時期から本気で俺達に害をなそうとする人は皆無になった。殺そうとしてくるのは黒狼団くらい。
衛兵には「傷をつけるな」と命令が下っており、遠隔武器どころか刃の付いた武器も禁止、ミトンガントレットの着用すら禁止されていた。
捕らえてから公開処刑するためだと俺は思っていたが、実際はただの接待だったようだ。少し悔しい。
***
「そういう訳でだ、お前らには元々街を救うつもりだった体で居てもらう。照れたり謙遜するのは許可するが、否定は無しだ」
デベルはそうして説明を終えた。
俺達の英雄譚は大人の都合で塗り固められていた。子供としては癪な話だ。俺は不満をぶつける。
「そんな盟約があるならちゃんと護って下さいよ。今回はたまたま罠にかかったみたいなものじゃないですか。運が良かっただけ。きっと次は無いですよ?」
これにはケイツハルトが答えた。
「今のワシは出来る事が制限されているゆえな。すまんな」
俺はこのケイツハルトが代役の幻影で、その力がない事は知っていた。その為、言ってしまった事に罪悪感を感じた。ケイツハルトでなくて、デベルを責めるつもりだったのに。
「それではお姉様の気が済むように、ハエ男に石でも投げてみますか?」
「はい?」
クーがまた変な事を言い出した。
「うむ、それくらいは出来る。しかし当たる事はないぞ。ワシはツキに見放されているからの」
「ハエ男を飛び回らせる事くらいはできるでしょう。十分仕返しになりますよ」
クーはそう言うと、地図を広げて幾つかの町を指し示す。
「方角から言うと、ココかココ、それとこの町のどれかでしょう」
「ふむ、把握した。真ん中の町を狙うとしよう」
ケイツハルトの幻影が、念力で槍とも杖とも言える棒を引き寄せた。それを見たデベルが不安そうに言う。
「な、ケイツハルト様、何をなさるつもりですか」
「「石を投げる」」
ケイツハルトとクーが、ハモって答えた。
「二段式転位陣のアンカーですか」
「さよう。勉強熱心じゃな。感心感心」
クーの持っていた資料で見たことがある。本当に実在したのか。
ケイツハルトは、棒状のアンカーの周りに透明なうろこ状の結界を張って言った。
「では一投目じゃ」
すると、アンカーは高速に縦に振動を始め、振動が速くなって縦に伸びるように見えた所で消えた。前に見たハエ男の転位とは消え方が違う。
アンカーはすぐに戻ってきた。赤白く焼けていて熱い。離れていても輻射熱が伝わって来る。
「おっとすまぬ。冷却を忘れていた」
アンカーはまた何処かに飛ばされて消えた。今度は振動もせずに、一瞬で飛ばされた。
「ハエ男は動きませんね。一投目はハズレですね。次は二択です。気にせずどんどんいきましょう」
「難しいのう……」
冷却の終わったアンカーが再びケイツハルトの手に戻ってきた。そしてまた振動しだして消えた。
「ハエ男が動きました。正解です」
「ほう!当たったか!やはり誰かと一緒にやると違うのう!」
「あのー、さっきから何をやっているので?」
「お姉様、石を投げると言ったじゃないですか。ケイツハルト、次はココを狙ってください」
「二段式転位陣を使って?意味が分からないよ」
「やれやれですね。オフセット転位を使って遠隔地に石を投げているのですよ」
「あーなるほど。誤差がある事を承知で石を上空に飛ばして落とすのか」
「落としているのではありません。投げているのです。何のための二段式転位ですか」
クーは指でケイツハルトに投石の指示をし続けながら俺に説明した。
「二段式転位は転位陣を転位させる。それはお姉様も知っていますよね」
「うん、それくらいは」
「二段式転位でアンカーを加速させてから目標の上空に転位させ、そこで速度のついたアンカー基準で石を転位しているのです。なので、“落とす”というより“投げる”が正しいのです」
「ごめん、やっぱり意味が分からない」
「ふむ、ワシが説明してやろう。転位陣の基礎の話じゃ。例えばじゃが、馬車で移動中に手に持った転位陣で、隠れ家に転位したとする。転位後に、体は動いているかね?静止しているかね?馬車で走っていた速度は残っていると思うかね?」
「使った事はないですが、たぶん静止していると思います。そうでないと困ります」
「そうじゃ。転位陣との相対速度が維持されるのみじゃ。これは逆も然りじゃ。静止状態から動いている馬車の転位陣に転位した場合も、転位陣との相対速度が維持されて、馬車と同じ速度になる」
「あーなるほど。それで加速したアンカー基準で石を転位させれば投げた事になるのですか。でも、アンカーの加速って?クーデリンデは、それも転位でやっている風に言ってましたが」
「なーに簡単な事じゃ。アンカーに少し速度をつけたら、ベース基準でアンカーをアンカー自身に転位させるのじゃ。そうするとベースとの相対速度が、移動しているアンカーの座標系基準でさらに乗る。結論から言えば、一回の転位で速度が倍になるのじゃ。ワシが念力で動かす程度の速度でも、十数回も転位加速を繰り返せば簡単に超音速に達するのじゃよ」
「ふぁー」
転位陣の使いこなしレベルがハエ男と違い過ぎる。この爺さん凄いな。
「でも、流石にメクラめっぽう石を投げても当たらないでしょう」
「うむ、全然あたらんな」
クーとケイツハルトは石を投げ続けていた。
「お姉様はまだ投石を勘違いしているようです。ケイツハルト、宣伝映像を見せても?」
「かまわん、既に全世界配信済みじゃからな」
ケイツハルトがそう答えると、周囲の景色が荒野になり、生前のケイツハルトが映し出された。手には、先ほどから使っているアンカー転位陣が握られている。
『えー今日は皆様に、転位陣の楽しさをお見せしたいと思います。この後ろに見える石、これを転位陣を使って投げてみたいと思います』
ケイツハルトの後ろには、直径十メートルほどの岩が見える。半分は埋まり、小さな山になっている。
「いやそれ石って言わない。石だけど石じゃない」
「シッ!映像は静かに見てください」
早々にツッコミを入れたらクーに怒られた。
『それでは、この石に後で使う転位陣をつけておきますね。あ、二投目以降は適当に地下の岩盤をくり貫く予定です。それでも、これくらいの石だと思ってくださいね』
ケイツハルトは岩に転位陣を貼り付けた。そして、アンカー転位陣を横にして頭上に掲げ、加速させた後にどこかに飛ばした。次に、自分の周りに結界を張り、箱を作った。
『この結界は大事です。忘れないで下さいね』
次の瞬間、辺りは夜になった。いや、夜の中に浮いていた。足元の遥か下には油絵の具で塗られた様な巨大な玉が見える。不思議な空間だ。
『ここは地上から400キロメートルの上空です。十分に加速したアンカーをこれくらいの高さにオフセット転位させ、それに自分を転位すると、地球のどこに向かっても滑っていくことが出来ます。上手くすれば裏側だって可能です。皆さんもやってみてくださいね。あ、金に汚いジョンブール人の島が見えてきました。今日はあいつらに石を投げてみますね』
ケイツハルトはそう言うと、先ほどからやっている様にアンカー転位陣を縦にして加速しだした。そして次にアンカーが消え、下に見える島の一部が光った。
『おっと、狙いからすこしズレてしまいましたね。距離が遠いので当てるのが難しいのが玉に瑕です。でもこの投石は、一発で直径十キロメートル程を破壊できます。ちょっと失敗したって大丈夫です。もう少し大きな石を投げれば、もっと外したって大丈夫です。でも大き過ぎる石を投げるのは止めて下さい。皆の住む家も無くなってしまいますからね。ハハハ。さ、次は十個同時に投げて見ましょう』
ケイツハルトは投石を続けた。次第に島は煙と雲で覆われ見えなくなった。
『今日はこの辺まででしょうか。最後は島がゴミのようでしたね。あいつらも少しは反省したでしょう。転位陣には、この様な楽しい使い方もあるのです。私は最近、嫌いな人が出来たらこれで嫌がらせをしています。そうすると気分がスッキリします。みなさんも是非やってみてくださいね。転位陣は世界を変える。ケイツハルトでした』
プツッ───
映像が終わり、周りの空間がケイツハルトの地下室にもどった。
「えー……。私の知ってる投石と違う……」
魔女の化け物姿のスケールも桁違いだが、ケイツハルトの言う『石を投げる』もスケールが違った。
クーとケイツハルトの間の地図を見ると、すでに十数個のバツ印が付いている。
「えーと、そのバツ印の所に石を投げたの?」
「そうですね。結局直撃はしませんでしたが、脅かす事は出来たようですね」
豆水晶を見ると、もう投石は止めているのにハエ男の居る方向がコロコロ変わっていた。確かにこれは少し気が晴れる。
でも同時に怖くなった。スケールが大き過ぎて想像できないが、とんでもない破壊行為が行われている気がする。俺は、他の常識人の反応が見たくてデベルの方をみた。
デベルは手で顔を覆って俯き、大きなため息を付いていた。
石を投げるの元ネタ
『月は無慈悲な夜の女王』




