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街での活動 その48 都市防衛戦5

 天にも届きそうな巨大な黒いハーピーが現われた。


 ハーピーは後ろ向きのまま首をブルッと振った後、のっしのっしとこちらを向いた。そして壁の内側を覗き込むように見下ろしながら咆哮で威嚇。


≪ギョアアア########!≫


 化け物は体だけでなく叫び声も化け物だった。精神をかき乱す不快音が、肌をビリビリ震わせるほどの轟音として発せられ、その場の誰もが思考と感情の全て吹き飛ばされて硬直した。


 俺にはその化け物を目で追う事しか出来なかった。何も考えられず、ただ眺めるだけ。恐らくこの場に居る誰もが同じだろう。


 化け物は腕───いや、巨大な翼をゆっくりと広げ出す。


 胸があらわになるとついそこに目が行ってしまう。でもその後すぐに鳥類の険しい目に視線が惹き付けられる。女の顔をしているが、その眼と表情は間違いなく化け物だった。


 化け物は広げた翼を強く羽ばたいた。それだけで街が砕けて空に舞った。遠くから見ると、藁クズが吹き飛ばされた様に見える。しかし宙に放られて落ちていく破片は人や建物だった。


 それでも城壁と城門はビクともしない。風に対しては。


 化け物は再び羽ばたき、今度は宙に浮かぶ。そして落ちながら城門にとび蹴り。城門は真ん中でパックリ割れて、左右の塔が内側にガラガラと倒れこむ。城門は一瞬で瓦礫の山になった。


「あぁ、北門が……」


 俺はつい声を漏らした。先輩達も、思うがままに言葉を発した。


「神じゃ、いにしえの神が攻めて来おった」

「いや、アレは悪魔じゃ。全てを破壊しつくす嵐の悪魔じゃ」

「おっぱい……」

「よく見えねえ!俺にも見せろ!」


 先輩達は北門に続く出口に詰めかけ、俺は外に押し出された。俺はのんきな先輩達に少しイラつく。


 やっている事をよく見て欲しい。街をそのまま壊すのではなく、わざわざ北門を壊した。これは軍隊を入れて占領するって事だ。そんなの神でも悪魔でもない。ただのセコい人間の所業だ。人が人に負け、人に奪われる。これから行われるのはそういう事なのに。圧倒されて呆けてないで、もっと悔しがれコンチクショウ。


 化け物は北門だった所をならしだした。穴を掘るニワトリの様に足でガリガリと。やはりあんなの神じゃない。


 化け物はガレキをならし終えると、木に止まる様に残った城壁の上に乗ってしゃがむ。そして大人しくなり、時折首を動かしながら眼下を見続けていた。


 俺はそれを見てようやく落ち着きを取り戻した。そしてこれからの行動を思案し始めた。


 もう西門の転位陣に拘ってもしょうがない。あんな化け物が居たら勝てるわけが無い。さっさと街を明け渡して撤退するしか無いじゃない。


 でも、衛兵の人達は国の軍隊じゃなくて街に帰属するから撤退じゃなくて降伏か。それじゃぁここで先輩達に別れを告げて、自分の隊に合流すべきなのかな。先輩達は南門側に退いてもらえば安全だし。えっと俺が目指すべきウチの隊の人は東側だから、ここから行くには───


 俺はまた城壁のヘリに登って道を探る。


 そこで東門の方まで見渡したところで、なにやら視線を感じて視界の端をチラ見する。


 ん?あの化け物、何かこっち見てない?


 いやでも、あんな遠くから小さな俺を見つけられる訳が……。


 俺は恐る恐る化け物に顔を向ける。


≪ギョアァーーーーー!≫

「ギャァァァァァァァァ」


 化け物は俺に気付いて再び咆哮した。俺も驚いて叫んだ。完全に目が合ってしまった。


「うわぁ!ヤバイヤバイヤバイ!ちょっ!ちょっと!どいて!中に入れない!」


 塔への入り口は先輩達が完全に塞いでいた。


「オイ、押すなよ」「いきなりどうした?」


 先輩達はのんきに化け物を眺め続けて言った。


「あれ?なにかこっち見てないか?あ、上に跳んだ」


「うわぁぁぁぁ!どいてよ!はやく逃げないと!」


 俺はバタバタ慌てて壁のヘリから下を見る。先輩達をどけるより、いっそ下に飛降りた方が早いかもしれない。しかし、クーが慌てずに言う。


「テオ、大丈夫です。問題ありません」


「何が大丈夫だよ!アレは完全に俺を狙ってる!一直線にこっちに来るよ!」


「一直線、だから大丈夫。だから良いのですよ」


「はぁ?うわぁぁきたあぁぁぁ!」


 俺はパニックに陥って叫びまくった。


 しかしその時───


 ビフウゥゥゥゥゥゥゥ───


 地上から一本の光の柱が天に伸び、化け物の翼を貫いた。


「は?」


 化け物は頭から街に落下。また建物と人が藁クズの様に舞った。


「誰かが……アレを……打ち落とした?」


 クーは小さい体のまま壁のヘリに飛び乗り、エヘンと胸を張って言う。


「すごいでしょう!ケイツハルトの自動防衛機構です!彼は世界中から嫌われているのです。隠れ家をただ土に埋めて隠すなんて事はしません!迎撃する備えくらい当然あります!」


 とても悲しい威張り文句。でも今はそれがとても頼もしい。


 化け物の落下地点の周囲からは、黒く小さい何かが無数に空に飛んだ。建物の破片ではない。小さな生き物のようだった。そして化け物に食らいついて行った。


≪ギッ!?ギャッ!ギャッ!ギャーゥ≫


 化け物は周囲の建物を粉砕しながら暴れた。そして宙に跳んで小さな黒い生き物を振り払う。翼は既に修復されていて、飛べる様になっていた。


ビヒュ、ビヒュ、ビヒフゥゥゥゥ───


 光の柱が再び化け物を襲う。


 しかし化け物は翼の端を削られながらも間一髪で光の柱を避けた。そして高度を保つのがやっとの様子で、北門に向かってふらふらと飛び続けた。


それを先ほど振り落とされた小さな黒い生き物が追う。黒い生き物はムクドリの群れの様に、一つの塊となって空をうねって行った。


「うわぁキモい。なにあれ」


「魔力を感知して自動的に襲う魔法生命体です。街に踏み入れた魔術師を滅ぼすためのものですね」


「え!?なにそれ怖い。俺も危なかったじゃんか」


「やれやれですね。テオは自分で作った魔力感知玉にも無視された事をお忘れですか?意図的に集中でもしなければ反応しませんよ、テオの魔力では」


 なるほど……。俺はまた悲しい理由に助けられたようだ。


 化け物はというと、黒い粒の群れ追われながらも壁の向こうに落ちるように逃げ、そして見えなくなった。


 街からは怪物の出す異様な音は消え去り、一瞬静寂が訪れた様に感じた。しかしその静寂は錯覚で、実際には叫び声や泣き声がそこらじゅうに響いていた。それにはすぐ気付いたが、壁の上から見ていた者達は、そのまま呆然としている事しか出来なかった。


「なんだったんだ一体……」

「俺は悪夢でも見ているのか?夢なら覚めてくれ……」

「巨大な尻と乳が空を飛んで街を壊して消えた……」


 先輩達は何もかもが信じられないようだった。俺は一応は理解しているつもりだった。でも動けなかった。


 魔女が街の上を飛んだら、ケイツハルトの防衛設備が働いて撃退。それで助かった。それは分かる。それは理解できる。でも『それで良いの?助かったの?本当に?』と、気持ちが事態の受け入れを拒み、俺も呆然となってしまった。


「テオ、まだ終わっていません。魔女とハエ男が戻る前にカタを付けましょう」


 俺はクーの声でようやく我に返る。とりあえず豆水晶でハエ男を探す。すると西を指した。でも壁の上から見る限りでは、そちらには誰も居ない。魔女と一緒に逃げたようだ。


 そうなると残りの敵は普通の兵士のみ。とはいえ味方の不利は変わらない。敵の主力は丸まる残っているのに対し、北門近くに駐留していた味方の兵は壊滅が予想される。東西の門に応戦に出ていた兵士だけで、敵の主力を相手にしなくてはならない。それも、門での戦いを早々に決着つけないと挟み撃ち。


 俺が険しい顔になって唸っていると、クーがヘリから飛降りて元のサイズに戻って言う。


「大丈夫ですよ、私とテオなら」


 まぁ一人じゃないならなんとか。状況はそう変わらないが、不思議とそう思えた。


***


 実際、意外とすんなり敵軍を排除する事ができた。


 西門は俺が敵の裏から突いて回るだけで、応戦していた味方があっという間に敵を叩き潰した。


 東門は俺が行くまでもなく敵を排除できていた。周囲の馬車や荷車を集めてバリケードを築き、周辺の建物を内側から崩して転位陣を押さえ込んでいた。さらに建物の上からクロスボウボルトを叩き込んで敵兵を殲滅。隊長は俺と違い、個人技ではなく人と地形を効果的に使って対応していた。


 敵の本体はというと、俺とクーが怪盗コスで不適に笑って幻影を見せるだけで逃げ出した。


 まぁ天を突き抜ける巨大な光の柱と、空を飛ぶ不気味な闇の群れは敵兵も見ていた事だろうしね。味方だった巨大な化け物がそれにやられて、先に逃げ帰ってしまったのだから無理は無い。


 また、軍隊では魔術師には勝てない。敵の兵はそれを良く知っているようだった。


 俺とクーは敵兵をかつての北門まで見送った。敵兵が見えなくなったところで、俺はため息を付きながらしゃがみ込んだ。


「ふー……やっと終わった」


「お姉様、申し訳ありませんが、もう一仕事して頂けませんか?」


「え?まだ何かあるの?」


「先ほどの魔法生命体を回収してください。街の外で対象を見失ったため、帰れなくなっています」


 クーは少し離れた丘を指差した。そこにはインクを高いところから落としたように、黒い何かがベチャりと付いていた。


「アレかぁ、あんなのどうやって回収するのさ」


「魔力を手の先に集めて誘導してください。お姉様でも、魔力を集中すれば反応させられますので」


「えー、それって襲われろって事?なにそれ酷い」


「襲われる前に魔力集中を解けば問題ないです。それに、魔力操作の良い練習にもなります」


「やーだー。こーわーいー。めんどくさーいー」


「これはお姉様にしか出来ない仕事なのですよ。実体の無い私には反応しませんし、ケイツハルトは動けませんから。そうですね、この仕事が終わったら何か甘い物でも食べに行きましょう」


「うぐー……分かったよ。やれば良いんでしょ。甘い物、絶対だからね!」


 クーは満面の笑顔で応えた。


「それにしても今日の俺───いや私って、餌みたいな役割ばかりじゃない?」


「モテモテですね。お姉様には“天然魅了使い”の二つ名を進呈します」


「いーりーまーせーんー」


***


 黒い何かは近くで見るとさらにキモかった。一つ一つはクーの出すオッパイ玉に似ている。無害なら一つ持って返りたいくらい。でも魔力を感知させると集団でズリズリ迫ってきて怖い。


 俺は少し離れながら魔力を操作し、おびき寄せながら連れて帰った。


 街に戻ると、北門にバリケードを作る準備と負傷者の救護が始まっていた。


 俺が通ると兵士達が敬礼をしてくる。俺もつい反射的に敬礼してしまうが、すぐに少女姿である事を思い出し、テレた笑顔で会釈して誤魔化す事になった。兵士じゃない時に兵士の真似はよくない。


 クーはというと、情報を与える事で救護救援の指示を出していた。助かる可能性の低い者をズバズバと見捨てる指示が時々聞こえ、そして反感を勝っていた。


 クーは人も資源と考え、被害を最小限に抑えるために行動している。なのでクーの指示は恐らく正しい。しかし人の命を尊いと思う心は感じられない。クーのダメな所だ。俺もさっさとこのキモい物体を戻して、クーの仕事に加わらなくては。


 キモイ物体は街中を引き回すと、次第に数が減っていった。少なくなってからよく見ると、所々に開いている小さな穴にニュルリと潜っていくのが確認できる。うーん、本当にキモい。


 最後のキモいプニプニが巣に帰った事で、俺はクーの行っていた救援活動に合流し、街中を回る。俺が大切にしている人達は、なんとかみんな生きていた。不幸中の幸いという奴だ。


 しかし悲劇が無いわけでもなかった。


「うわぁぁぁぁ喫茶店が閉まってるぅぅぅぅぅ」


「当たり前ですよ。この非常時に開いているわけないでしょう」


 フラグは見事に回収されて、甘い物はお預けになった。


***


 そして、二人の少女は街の英雄になった。

ひとまずドタバタバトルはココまで

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