街での活動 その46 都市防衛戦3
俺は探し物の豆水晶をハエの魔術師に設定している。俺にとっての危険人物は奴だからだ。でも奴は一箇所にじっとしていない。日に何度も突然居る方向が変わる。転位陣を利用して、日常的に国中を飛び回っているのだろう。その度に驚くのに疲れ、俺は次第に奴の居る方向を追わなくなっていった。
豆水晶を見ると、その嫌な記憶を思い出してしまう。頭が考える事を拒否するので、口に出してクーとの会話で可能性を探す。
「ハエ男さんの方向は北だけど、これってもう壁内に侵入されてるのかな」
「可能性はあります。ですが、東西の門から侵入して南北中心線に達したとするには、少し時間が短すぎると思います」
「それもそうだな。すると、北門の向こうの可能性が高いか。夜の内に沢山の兵を転位させるなら、北側は確かに良いかもしれない。でも北門は基本的に馬車なんか連れて入れないよ?ここや東西の門みたいに入られる事は無いと思う」
北の大きな門は常に閉じられている。一応は馬一頭が通れるくらいの小さい門は開いているが、一般人は通行不可だ。なので、それに続く道にも人の往来は殆どない。ましてや夜間ともなれば、誰一人通らない。壁の上から見ても、灯り一つ点かない暗闇の平原が広がるだけになる。
しかし、北門は殆ど使われないくせに一番防御が厚い。巨大な二つの城門塔に挟まれ、堀があって跳ね橋を下げないと渡れない。絵に書いた様なお城の門になっている。
中に入っても、見晴らしの良い真っ直ぐとした道を、ずーっと衛兵が警備しており、他の門の様に誰でも歩ける区域になっていない。沢山の兵士が詰めており、俺の寝泊りする兵舎もそこにある。そして北門から少しはなれたところに高台があって、壁よりも背の高い領主の宮殿が建つ。さらにその周りを幾つもの塔が囲み、上から塔守りが監視を続けている状態である。
ここの城郭都市の商業的な正面は南だが、軍事的な正面は北なのだ。大軍をもって攻められたってビクともしない。
「東西に送った兵で、内側から北門を開けさせるのではないですか?」
「やはりそうかなぁ。でも、何か違和感あるんだよなぁ……」
一般市民の暮らす市街地を占拠するなら、先の歩兵達でも十分だ。でも、まともに軍事施設を攻めるには弱いように感じる。
また、他の門と違って北門は元々閉じているのだ。こちらは開閉機構を壊すだけで敵の計画を潰す事ができる。そう思うと良い計画とも思えないのだ。
うーん、何をしたいのかよく分からない。
「おいテオ!ボサっとするな!お前は西門に応援にいけ!」
隊長が皆に指示を出し、俺は西門行きを命じられた。
「隊長はどうされるのですか?」
「俺は東門に行く。お前がやったように、馬車ごと沈めたり潰せば良い事を伝えなくてはならん。中央に使いも出したが、それを待っていては遅過ぎる。今、何をされているのか理解しているのは俺とお前だけだ。西門の事はお前に頼んだぞ!」
「ハッ!」
既に指示を受けた者は、壁の上に続く階段に向かっていた。東西の門へは壁の上を通るのが一番早い。俺もそれに続こうとしたが、途中で足を止めた。
そうだ、今度こそエストックを持って行こう。
俺は詰め所に寄って武器を漁る。
あ、スティレット(刃のない刺す専門の短剣)があるじゃん。マンゴーシュ(左手用短剣)まで!衛兵の仕事じゃ使わないだろうに……なんという公費の無駄遣い。でも良い趣味してる。グッジョブだ!
俺は両手に短剣を装備してポーズをとってみる。
これイイ!アサシンぽくてカッコイイ!
「テオ、遊んでないで早く行きましょうよ。皆に置いてかれていますよ」
俺はクーの一言で、中二病の妄想から現実に引き戻された。
子供の俺は緊張感が長く続かない。やれやれ、困ったものだ。自分に呆れる。
***
俺は壁の上に登り、西門に向けて走り始めた。とはいえ着いた時に疲れていては意味が無い。上から街の状況を確認しながら余裕を持って走る。
既に街中で鐘が鳴り響き、非常事態を告げている。半ばパニックになりながら走り回る人々に、バタンバタンと締められていく窓の鎧戸。それを見て俺は緊張感を高めた。
そして先ほどのモヤモヤを思い出し、クーに問う。
「なぁクー。さっきの北門を内側から開けるって話だけど、やはり違和感がある」
「あくまで可能性の話ですからね。しかしハエ男はやはり北側の壁の外です。テオが移動したので位置が割り出せました」
クーが空に地図を出して印をつけた。
「その位置なら北門の塔からも目に入っていそう。北門まわりは蜂の巣をつついた騒ぎになってそうだなぁ」
「それに加えて、他の門が破られた報告も行っているでしょうしね」
街はもう完全に目覚めている。奇襲はもう難しい。ハエ男はどうするつもりなのだろう。
「クー、もう一つ疑問がある。なぜ奴はあのタイプ───バレたら防がれやすい転位陣を送り込んで来たんだ?お前の資料だと、もっと送り込むのに適した転位陣もあるじゃないか。昔の戦争の本にあった二段式転位陣なら、いきなり壁の内側に転位陣を送り込める。もしかしてさっきの転位陣で俺らを油断させ、別のタイプの転位陣で北門を急襲するって可能性も……」
二段式転位陣は、転位陣を送り込む転位陣。
転位陣は座標系を確定させるための物で、実は一つの転位陣だけで離れた場所に転位が可能。転位陣からx方向に五キロの位置に転位、そういう事も原理上は可能なのだ。しかし、転位陣が微妙に傾いていただけで上空に投げ出されたり、地中に埋まってしまうので現実的ではない。そのために送り側と受け側の二つが使用されるようになった。さらに一般的な転位陣では大惨事を防ぐために、オフセットは受け側のz方向ニメートル以内と機能制限がかけられている。
しかし、軍事用にはその制限がない。角度を精密に制御したベース転位陣から小さなアンカー用転位陣を目的地上空にオフセット転位させ、アンカーが地面に落下した後にそこを転位先にするなどした。それが二段式転位陣だ。
昔はそれに対抗するために、転位不可の領域を作る結界が張られた。でも今のこの街にはそんな物はない。使われたらなす術なしだ。
しかしクーは落ち着いて答える。
「ハエ男にそんな技術はありませんよ。ハエ男に出来るのは、大衆向けに市販された魔術具をそのまま使う事だけです」
「なんでそんな断言できるんだよ。お前みたいに色々な設計図を持っているかも知れないじゃないか」
「それはないですよ。先ほどの転位陣を見て、少し状況が掴めました。ハエ男は魔術具を製造する家の末裔です。しかしその原理は何も理解していません」
「作れるのに理解していないの?よく分からないな」
「魔術具は、設計と製造を別の者が行うようになっていたのですよ。ケイツハルトが設計の家系で、ハエ男が製造の家系。二つはもともと同じ組織です。なので、先ほどの転位陣も、私の持つ設計図と寸分違わぬ物でした。後に新たに設計されたり改良された形跡はありませんでした」
「別の国なのに同じ組織だったの?それに、別の設計の家系から知識を受け継いだ可能性は?」
「それもないですよ。少し長い話になりますが、魔術具製造の歴史をお話しましょう」
クーは空中に大陸の地図を浮かべ、解説を始めた。
「最も初期は、それぞれの魔術師が自分の使う魔術具を自分で作っていました」
大陸地図に無数の点が示され、俺が作ったような原始的な魔術具の幻影が現われた。
「しかし、その内に魔術具を作って販売する者が現われ、多くの魔術師は買うだけで、自ら作る事は無くなりました」
大陸地図の点は一気に減らされた。だが、まだ各国に幾つもの点が残っている。
「そして魔術具の生産効率の向上と販売競争により淘汰が始まります。中にはお互いに手を組み、グループを形成する者が出てきました」
幾つかの点同士が線で結ばれ、点が少し強く輝きだした。そしてその周囲の点は消滅した。
「ここで設計と製造が分離します。グループ内で一つの家系だけが設計を行い、残りの家は製造に特化するようになります」
点の一つの色が変わる。俺の地元の村を現す点も変わった。そういう事か。
「そこから徐々に生産効率があがり、製造に特化した家系の数が減らされます。さらに輸送用魔術の進歩により、製造は国内に一箇所で足りるようになります」
「その流れは分かるけど、まだ色んな国に残ってるじゃん」
「テオ、これはまだ序の口ですよ。次に他国にも生産拠点を作るグループが出始めます。それにより、一部の国では純国産のグループが消滅。対抗するためにグループ同士の合併も行われます。国境を超えた集約の始まりです」
線が結ばれたり点ごと消滅したりして、残った点は光を増していった。最終的には全ての点が、線で結ばれる事になった。そして色の違う点は、俺の故郷の村だけになり、最も強く輝いた。
「最終的に、魔術具の販売は一つの組織になりました。それと同時に、魔術具を設計する家系はケイツハルトの家系のみになりました」
「なんだそれ。都合よすぎない?対抗する人は出てこないの」
「その頃になると設計を補助する“考える魔術具”も作られ、設計者にはそういった魔術具を使役できる高度な知識が必要になっています。考える魔術具の発明により設計見習いのような者も必要なくなり、中途半端な知識を持つ者は居なくなりました。結果として一般の魔術師の理解をとうに超え、一から学んで設計を始めるのは不可能になっています」
まぁ俺もクーがどうやって動いているか全然理解できないし、作ろうなんて思った事もないけど。
「そして次に転位陣が開発されます」
「この話、まだ続くの?設計図はクーしかもって居ないってもう分かったよ?」
「まぁ一応押さえておいてください。転位陣が開発されたので、輸送コストと関税という概念が消滅します。結果として、製造する家系も一つに集約されました。生き残ったのは最も人件費の安い奴隷を所有する家でした」
大陸に沢山あった点は、最終的に国境を挟んだ色違いの二つの点になった。
「あー……、それがハエ男の家系か……」
俺はハエ男との繋がりを理解した。今は敵同士だが、昔は同じ組織だったとは。少し複雑な心境だ。
「そうですね。そしてこの後、利益と知識を独占していると叩かれ出し、全世界が敵になって滅ぼされました」
「おっふ。あーでも、悪い事をしたから滅ぼされたんじゃないんだね。そこはちょっとスッキリした」
「そんな単純な話しではないのですけれどね。転位陣の発明は物流コスト無視と関税回避を可能にしました。それにより、殆どの物が世界中で工場が一つあれば良い状態になり、大量の失業者を生みました。ケイツハルトは当時、世界中で最も恨まれていた人物です。善悪の判断は人によりますが、自らの行いのせいで恨みを買って滅ぼされたのには変わりがありません。ケイツハルトはそれを反省し、転位陣を物流に使わせない様にしています」
「あーなるほど……。技術って難しいね」
俺は世の中の難しさを感じ、割り切れない気分になった。ため息を付きながらチラリと横に目をやると、叫びながら走り回る人達が見える。
「うわぁ!何やってるんだ俺!こんな所で立ち止まって話を聞いている場合じゃない!」
俺はいつの間にか走るのを止め、壁の上に一人突っ立っていた。
俺の緊張感は、やっぱり長くは続かない。
サクサク話を進めるつもりで書き出したけど、結局進まなかった……。




