街での活動 その45 都市防衛戦2
サクサク書いてみます
「テオ、敵兵が転位してきました」
俺の首元からクーの声がする。チェインメイルは首元がどうしてもたるむ。クーはいつの間にか小さくなってそこに収まっていた。俺は小声でクーと会話する。
「わかってる。それより上はどうなってるの?落とし格子が落ちてこないぞ?」
「一人の衛兵が他の者を殴り倒してしまいました。操作ハンドルに楔を打ち込んで、動かないように細工もしています。ちなみに既に壁外に離脱済みです」
「チィッ、裏切り者か。落とし格子はなんとか動かせないの?」
「詰め所に手斧もありますし破壊の許可も出ています。放っておいてもじきに動き出すでしょう。所要時間は八分から十五分というところでしょうか。あ、向かった者が仲間の介抱を優先しています。もう少しかかるかも知れません」
「えー?それまで持つかなぁ……」
「テオなら可能ですよ」
さらりと言うな。やるのは俺なのに。
あ、一体降りてきて周囲を伺ってる。馬車の中に手で合図を送って……どんどん降りてき出した。というか、着込みを着けたフルプレートじゃん。ムリムリ。
「ちょっと待って!近くにエストック(鎧通し)ない?あれは俺の短剣じゃ無理だよ!」
「確かにあった方が効率的ですね。手斧と同じで詰め所にあります」
エストックなら鎖帷子を着込んでいても貫通できる。姿を消してプレートの隙間からブスブスやれば、簡単に殺せるだろう。
そこで俺はこれからやるであろう作業を想像してしまい、とてつもなくゲンナリした。
クーの言うとおり俺なら実行可能だろう。敵の兵士を殺す事にも罪悪感はない。殺されるのは兵士同士お互い様。そんな感情はとうに捨てている。
でもこれからやる事は戦闘ではなく、もはや人を殺す作業だ。やりとげてしまったら何かヤバい。俺の勘がそう告げていた。
「なぁクー、とりあえず転位陣を無効にする方法はないの?前に丘の転位陣で何かいじって無効にしたじゃん」
「ハエ男も学習したようで、停止スイッチは壊されています。転位陣を上下逆に───裏返せば安全装置が働いて同様の効果がありますが、次々に転位されてくる中、テオの腕力で実行するのは難しいと思われます」
ダメか。にしても敵が学習するのってイラつくな。相手も人間なんだから当然なんだけど。
でも、学習していないと思える所もある。前にクーが言っていた話だと、受け側が大きなタイプは逃げ帰る用だ。基本的に、安全が確保された場所に置いて使うタイプの転位陣。受け側をいじれば停止できるのはそのためだ。そもそも敵陣に送り込んで使う物じゃないのだ。もし確保されて水にでも沈められたら───あ。
「ねえクー。今から俺が馬車を動かすから、お馬さんの幻影を解除して」
「どうするのです?」
「近くにある池に馬車を落とす。上から見た感じだと、あの池はかなり深い。重装備の兵士にとっては致命的だ」
「エグい事を考えますね。溺死は死の中でも苦しい部類ですのに」
そうかもしれない。でも俺の心の負担はそっちの方が軽いのだ。そもそも俺は悪くない。恨むならこんな作戦を慣行した味方を恨んで欲しい。
俺は装備を外して身軽になり、馬車に乗り込んで御者を蹴り落とす。そして、道を塞いでいる仲間に呼びかける。
「そこをどいて!これ、池に捨ててくる!」
俺の声と同時に馬が嘶き、仲間が道を空けた。
俺は馬車を暴走気味に走らせて池に向かう。池の周りは市場の準備が始まっていた。
「うわーどいてーどいてー」
馬車は勢いが付き過ぎていて、俺にはもう止められない。周りに避けて貰うしかない。
なんとか誰も轢かずに池にたどり着くと、そのまま池の中心に向かって馬車を走らせた。
池は周囲五メートル程はくるぶしが埋まる程度の浅瀬だが、そこから先は急に深くなり底が見えなくなっていた。
馬が深い所に達し犬掻きを始め、馬車もバシャンと水にハマった。箱状になっていた馬車は、俺の想定とは違って水に浮いた。
水に入ってからは馬車より馬が気になった。馬が泳げるのは知っていたが、装具が邪魔になって苦しそうに見える。紐もいつ絡んでもおかしくない。
俺は水に飛び込んで馬をなだめつつ、ハーネスを一つずつバラす。そうしているうちに、馬車の前に伸びた棒が水中から水面に出てきた。馬車が後ろに傾いているのだ。
そして次の瞬間───
「うわっわっ」「た、助けて!」「アーッ!」
ズズズッっと滑る振動を感じさせる音の後、バシャバシャと水をかく音が聞こえた。そうして積荷が後ろからズリ落ちて、馬車は水平に戻った。
同時に、水面から出ていた馬車の先棒が落ちてきた。俺はそれをなんとか避け、安堵のため息を漏らす。
「こっちは片が付いたな。これで残り半分だ」
俺は頭の上で髪の毛にしがみ付くクーに話しかける。
「残りは他の衛兵だけでもなんとか成るかもしれません。馬車をどけたので戸も閉められますし」
「あぁそうか。さっさと全部片付けて閉めちゃおう」
俺は馬達と一緒に泳いで浅瀬に向かった。
入る時には気にならなかったが、この池は何か怖い。立って泳いでいても自分の足の先がはっきり見える。それほど水は透き通っているが、下には真っ暗な闇しか見えない。浅瀬から底を追っていくと、ある深さから突然底が抜けている。池というより底なしの穴だ。こんな所に沈められたらと思うと、背筋が寒くなった。
まぁもう人を沈めちゃったんだけど……。
***
俺が門に戻ると、そこでは隊長が大振りの両手剣───ツヴァイヘンダーで無双していた。
門は上から内部を攻撃出来る様になっている。敵がそれを防ごうと盾を少しでも上げると、隊長の強烈な横薙ぎの餌食になる。逆に隊長を攻撃しようと意識を前に集中すると、今度は上から投石を受けたり、クロスボウでボルトを叩き込まれる。門の構造を知り尽くした隊長は、絶妙な間合いで敵を誘って撃退していた。
また、転位してくる兵士が長柄の武器や、タワーシールドの様な大型の盾を持っていないのも幸いしていた。恐らくは転位先が馬車内のためだろう。転位先がどの様な場所か分からないのに、得物を制限されて取りにも戻れないとは。少し敵兵に同情してしまう。
そうこうする内に、外側の格子が落ちてきた。それを合図に隊長は剣を敵に投げつけ、壁の内側に退避。数名の敵兵を門の内部に残したまま、内側の格子が落とされた。
また、格子の隙間から外を見ると、二台目の馬車は馬ごと大量の石で潰されており、中の転位陣も沈黙していた。
「ふぅ~これで防衛終了かな」
俺は濡れた服を絞りながらクーと会話する。クーはまだ小さいままで、俺の頭にしがみ付いている。
「ココはもう大丈夫でしょうね」
「ココは?」
「転位間隔からの推測です。四人が転位された後、少し時間を置いてからまた四人───というように、変な間がありました。送った兵士が転位陣から退く時間を考慮した可能性もありますが、転位先がココだけならばミューテックスを管理して最短時間で送る方が効率的です。別の場所に置いた転位陣を同時に運用していた可能性の方が高いでしょう」
クーの言っている事はよく分からないが、別の場所にも同時に送るという話を聞いてドキっとした。
ありえる話だ。奇襲は何度も通じない。やるなら一発で決める必要がある。さらに、成功率を上げるなら数箇所を同時に仕掛け、情報が伝わる前に決したいと思うだろう。
また、先手を取って潰したとはいえ、先ほどのが主戦力とは到底思えない。門を占拠させるか、内部を混乱させるためだけの兵だろう。その上で、別に用意した主力を入場させる。俺ならそうする。
その時、壁の上から叫び声がした。
「西門が襲われた!至急応援を請う!」
やっぱりか。
少し遅れて別の箇所からも声がした
「東門が!東門が大変だ!みんな早く来て!」
両方入られたか。最悪だ。
あぁもうどうしよう。どっちに行けばいい?どっちが本命だ?というか、そもそも勝手にココを離れる訳にもいかないから、隊長に命令して貰わないと。
俺は少し混乱しながら、豆水晶を取り出してハエ男の居る方向を確認する。
んんん?北なの?




