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街での活動 その44 都市防衛線1

ここから数話、バトル回の予定

 俺は毎日四時間、衛兵として壁の上に立っている。基本的には午後。しかし顔繋ぎのためや、街の事を覚えるために違う時間の日もある。


 今日はそうした日。開門の一時間前に出勤してその様子を見た。衛兵は意外と朝から急がしい。特にここ南門は。


 この街の壁は東西南北に門があり、それぞれ使われ方が異なる。ここ南門は他より二時間早く開き、食品や完成した日用品、建設資材などが朝のうちに運び込まれる。朝は税制に詳しい文官が居ないので、その他の物は受け付けて居ないが、日中なら何でも受け付けるのが南門。少し入った所に池があり、誰でも馬を休ませる事ができる。また、池の周囲は開けていて、毎日市場が開かれる。


 開放的な南門とは真逆なのが北門で、基本的にはいつも閉まっていて、特別な時にしか開かない。東と西は南門に若干の制限が付いたような門だ。


 どこの門も見てきたが、やはりここ南門が一番忙しい。人も荷物もひっきりなしに出入りしている。そのために手際のよい精鋭が配備されているが、それが『とりあえず南門に行けば間違いが無い』という認識を生み、さらに人を呼び込んでいた。


「南門は開門前から人がいっぱいですねぇ。この人達って何時に起きてるんでしょう」


 俺は隊長と並んで城門塔の上から下を見る。眼下には、既に荷馬車の列が出来ている。たまの早起きで眠い俺は、荷馬車の人達にただただ感心した。


「多くは前日の閉門後に着いた連中だ。我らの朝番と変わらんさ」


 隊長は壁の外にあふれた街の一角を指差し、俺に解説を始めた。


「あのあたりに宿屋があってな、大抵の旅商人は朝に着いてもあそこで部屋を取る。そしてそこに武器や用心棒を置いてくるんだ。なので、どうせ宿を取るなら前日入りしようと考えるわけだな」


「あぁ、門に来る人が武器持ってないのはそのせいですか。この人達って自衛手段もたないのかなーって不思議に思ってました」


「我々衛兵が公然と武器を携帯した人間を通す訳にはいかんからな。旅商人もその辺は重々分かっている」


「壁の中が安全なわけですねぇ」


「まあな。だがここ数日、少し変な奴が入ってきているようだ。お前も注意して観察しろ」


「変って?」


「上手くは言えないが、何か違和感がある奴だ。例えば、見慣れぬ奴なのに迷路のような路地の中に躊躇わず入っていったりな。それが一人二人なら気にもならん。だがどうも数が多い。清掃隊員からも似たような声が出ている。何か犯罪の臭いがする」


「新米の私が判別するのは難しそうですねぇ……あ、開門する」


 とりあえず普通が何かを知る必要がありそう。俺はそう思い、隊長と一緒に壁の上から人の動きを観察する事にした。


 この感覚はアリの動きを眺めるのに似ている。


 昔、シロアリを黒アリと戦わせようとして、シロアリを黒アリの巣の周りにばら撒いた事がある。アリ同士のバトルが見れると思ったが、黒アリはシロアリに触覚が触れた瞬間にエサと認識し、生物ではなくただのエサとして巣に運び帰った。その躊躇のない動きが面白く、俺は飽きずにながめていた。


 眼下でせわしなく働く人達を見るのも、それと同じで飽きる事はなかった。


***


 そうやって人を虫の様に観察していると、突然クーが警告を発した。


「テオ、敵です。転位陣を詰んだ馬車が近付いています。転位陣の数は四──いや、八つ。四つずつ二台に分かれて運ばれています」


「は?敵?何かの間違いじゃない?」


 俺は近くに隊長が居るにも関わらず、つい声を出してしまった。当然、隊長はそれに反応した。


「おい、突然どうした」


「あ、いえ……すみません、ちょっと待って下さい」


 俺は隊長を置いて壁の内側のヘリから外側のヘリまで移動する。そしてブツブツと独り言を言うようにクーと会話する。


「転位陣が運ばれてくるってどういう事?あんな大きな物を馬車で運べるの?」


「前に見たものとは別の機種です。小型の一人用タイプで、騎馬は飛ばせません」


「くっそ、間違いないのか。ハエ男は?」


「馬車の近くには居ません。馬車は転位先ですから別の場所でしょう」


 クーの言うとおりだと思ったが、俺はつい豆水晶をチラリと見る。大体の方角しか分からないが、確かに南ではない。


「あーもう!どの馬車?」


「今、印をつけました。まだ到達するまで五分以上かかります。列に並ぶとして十分程度でしょうか。壁の外で発見できた事を不幸中の幸いと思いましょう」


「はぁー……、まぁそうだな。でもどうやって説明すればいいんだ……」


 俺は安心しきっていた。今年はもう攻めて来ないと思っていたからだ。


 今の時期にここを攻め落としても、冬の間は道中の馬のエサが無くなるため、補給路が維持できない筈なのだ。周辺の町を押さえられたら終わる。そのため、中継点となる拠点を整備してからだろうとタカをくくっていた。


 でも転位陣なんてものがあるなら別だ。補給路なんて関係ない。なんでそれに気付かなかったのか。あーもう、あーもう。俺のバカ。


 今考えるべき事は、隊長にどう説明するか。それは分かっているが、つい後悔する方に頭が回転してしまう。精神が弱い証拠だ。これにも嫌になる。さっさと切り替えろ俺。


「考えていてもしょうがない。もう出たとこ勝負だ。もしダメなら御者から馬車を奪って強引に止める!残り一分を切ったら教えて!」


「分かりました。また、多少不自然になりますが、馬を止めるだけなら私の幻影でも可能です。留意ください」


「了解!」


 俺は隊長の元に駆け寄り、跪きながら報告をする。


「隊長!敵が迫っています!至急門を閉じて下さい」


「おい!さっきからお前おかしいぞ!分かるように説明しろ!」


 理解できない事を聞かされると、普通の人は怒る。それは分かっていたが、とにもかくにも時間が無い。


「アンブレパーニアの連中です!馬車に転位陣を積み込んでこっちに着ます!あと数分で!」


「はぁ?アンブレパーニアだと?防衛線が破られたなんて聞いてないぞ?」


「奴等には魔術師が居ます。兵を瞬時に移動できるのです」


「魔術師?俺をからかっているのか?」


「申し訳ありませんが説明する時間がありません。壁外のヘリに来て下さい」


 城壁の門は塔になっていて厚みがある。なので壁外を見るには、塔の反対側に移動しなくてはならない。俺らがその距離を移動する間に、転位陣も同じ距離を近付いている。そう思うと移動するだけでも心が焦る。


「あの二台ある屋根付きのワゴン、あれが敵の馬車です。あれが到着する前に、門を閉鎖してください。入られてしまったら、壁内に敵兵を送り込まれる羽目になります!」


「うーむ……にわかには信じがたい話だが……」


「信じてください!入られてからでは手遅れになります」


 隊長は腕組みをしながら、馬車を睨んで考え込んだ。数秒の事だったが、俺は我慢できずに手をバタつかせて決断を急かした。


「よし分かった!落とし格子を使って一台目を捕獲する。その上で取調べを行う。これから皆に指示を出すが、あくまで不審な積荷の取調べという体だ。お前も敵だの魔術師だのは他の奴に言うな!」


「はい!分かりました!私は下に降りて待機したいと思います。よろしいでしょうか」


「それでいい。話は後で詳しく聞かせてもらう」


 話が通ってよかった。俺は少しホッとしながら螺旋階段を駆け下りる。


 隊長の案は二枚ある落とし格子で挟み、敵を捕獲する案だ。確かに相手が到達する前に門を閉めて逃げられてしまったら、後で上に何と報告してよいのか分からない。もちろん捕獲しても敵が出てこず、報告に困る事態になる可能性はある。だが今のところ隊長の案が最良だろう。


 俺が地上について門の先を見ると、クーがマーキングした敵の馬車が見えた。まだ四台後ろだ。しかし、あと三台、あとニ台と近付いてきても、門に動きはないので少し焦る。もー、隊長は何をやっているのか。


 あと一台というところで、詰め所から隊長が他の衛兵を連れて出てきた。上を見上げると、窓から隊長の支持を待つ衛兵も見える。


 そして、直前の一台が内側の格子をくぐった瞬間、隊長は叫んだ。


「格子を降ろせー!」


 その声と同時に、他の衛兵が槍を構えて道を塞いだ。


 しかし、格子は一向に降りてこない。


「何をしている!格子を降ろせ!」


 それでも格子は降りてこない。


 操作機構のある部屋の窓を覗くが、なんの反応もない。先ほどまで顔を見せていた人も居ない。


 おかしい。


 装置に何かトラブルがあったのなら、窓から報告があってもいい筈だ。


 また、馬車の御者も状況を察して馬車を走らせようとしている。後ろの馬車に至っては御者が既に居ない。


 しかし馬は不思議とそれを無視していた。クーが馬にだけ『止まれ』と指示する御者を見せているのだろう。良い仕事だ。あとで褒めてあげよう。


「ゲオルク!パウル!上のレバーを見て来い!最悪は壊して落としても構わんと伝えろ!」


「「はっ!」」


 隊長が部下に指示を出し。二人の衛兵が階段に消える。


 すでにその場に居る全ての衛兵が状況を悟っていた。隊長の指示は正しい。この馬車には何かヤバいものが積まれている。馬車を必死に走らせようとする御者の顔が、それを立証していた。


 しかしその時────


 ピィーーー


 門の外で笛が鳴った。


 そして少し遅れて離れた位置から同じ音が鳴る。さらにそのまた遠くから──という具合に、笛の音はこだまの様に遠くに受け継がれていった。


 それを聞いた衛兵達は一瞬固まった。何かの合図だ。でも何の合図かは聞いていない。理解を超える事態に思考が停止したのだ。


 しかし、俺と隊長は別だった。知らない合図だからこそ悟った。


 これは敵の合図だ!何か起こる!


 そう思ってあたりを見回していると、馬車からガチャッという金属音がし、ギギッと木が軋む音がした。


 それを聞いて俺だけが事態を悟った。


 敵兵が転位され始めてしまった。

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